第四話 アルテミス技師街
廃ビルを出ると僕とフレアは、
廃屋の並ぶ郊外を歩き始めた。
アルテミスは同心円を描く構造になっている。
中心のトランスポーター、
それを囲む城壁内の貴族の居住区、
城壁の門前には豪商の拠点が居並ぶ商人街。
中心との距離に応じて住人の性質が移り変わる。
最外周にある廃墟地区は町と荒野の境界だ。
廃材が散乱したままになっており、
角やくぼみには土が積もっている。
その層の厚みは数センチ程度だが、
その全てに背の高い野草が根を張っていた。
それらは防壁というには頼りないが、
身を隠しているという感覚を得ることはできる。
そこは町に寄生しながらも、
町と距離をとる者たちの住む場所だった。
五分ほど歩く。
この辺りから瓦礫のほとんどが撤去され、
どこに何があるか、把握できるようになる。
しばらくは身を隠すもののない平原だ。
瓦礫の中を縫う細道でしかなかった道も、
合流しながら次第に大きな通りとなっていく。
更に進むと柵と大きな門が見えてくる。
そこには数人の男が立っていた。
紫の衣の上に皮鎧を着ている。
手にしているのは長槍だが、
腰には小剣と銃が提げられていた。
僧兵だ。
門の脇には高さ五メートルほどの鐘楼がある。
そのてっぺんには見張りの僧兵が立っていた。
門は日頃は閉ざされており、
通行人は脇の通用口を通ることになっていた。
「ラッカード、今から入るのかよ」
僧兵の一人が嫌そうに言う。
彼は一年前まで傭兵だった。
嫁を迎えるため安定した僧兵になったのだ。
読み書きも覚束ない腕っ節だけの傭兵が、
簡単なものではあるが、
戒律の運用に関わる試験に合格するのは、
それなりの苦労だっただろう。
そして得られたのは食える程度の俸禄と、
死ぬまで終わらない気苦労だけだ。
かつての仲間はみんな彼を哀れんでいた。
だが、身重の嫁だけは喜んでいたはずだ。
「面倒を起さんでくれよ。
入れた俺の責任になる」
「ひどいことを言うじゃないか」
「当然の心配だぜ。
いかれているのはそっちだろう。
どういう事情で貴族の商会をクビになったんだ?
アルテミシアの当主とも仲がよかったんだろう?
いったい何をやらかしたんだ?」
「本当に知りたいのか?」
男は顔をしかめた。
「勘弁してくれ。
俺はもう危ない橋を渡る気はねえんだよ」
「それがいいな」
「最近は盗賊がまた出て来ているらしいからな、
閉門時間は延ばせねえぜ。
暗くなるまでには戻ってきてくれよ」
この門は夜間には完全に閉鎖される。
スターライトが停止するまでもう二時間ほどだ。
「間に合うように帰って来るさ」
僕らは門を抜ける。
男は定位置から動くこともなく僕らを見送った。
いつものことだ。
来訪者が見慣れない顔であれば警戒するし、
それが多数であれば厳戒態勢をとるだろう。
しかしこんな街道方面から離れた門を通るのは、
決まった顔だけである。
この対応で十分なのだ。
門を抜けても景色はあまり変わらない。
瓦礫の撤去された空間は、
表土が一定の厚みで敷かれ農場となっている。
畑では穀物が栽培されており、
道の脇には木々が植えられていた。
休耕地には家畜が放牧されている。
五分ほど歩くと家屋が見えてくる。
農業家の拠点だ。
半壊した倉庫を補修したものが点々と並ぶ。
それは肥料工場などの必要設備を兼ねている。
数百メートルほど奥を見れば、
倉庫の間にバラックが立ち並ぶようになる。
その先はもう迷路のように過密になっている。
僕らは奥には立ち入らず、
農地と居住地の境界を回り込むように歩いた。
十分ほど歩くと、
通行人の姿が増えていく。
街道に近付いてきたのだ。
アルテミスの中心は、
トランスポーターへ続く道と街道の交差点だが、
市の内と外を分かつ門まで、
中小商人の拠点は街道沿いに点々と続いていく。
僕らは街道を横切り反対側の裏通りに入り込む。
幾つか角を曲がる内に店の種類が変わっていく。
そこは別世界だった。
空気の匂いが違い、
景色を構成する素材が異なっていた。
空気からは煙と潤滑油が濃厚に臭う。
半壊した倉庫が並んでいるのは街道と同じだが、
雰囲気は全く異なっていた。
油に汚れた鋼鉄の道の中心をそぞろ歩くのは、
腰に工具をぶら下げた技師たちであり、
道ばたには加工途中の鉄屑が放置されている。
空中には電線が行き交い、
角にはガスの詰まったタンクが鎮座している。
動力機の駆動音が遠く唸りを上げ、
金属を叩く槌の音が断続的に響く。
溶接の火花が視界の端で閃き、
切断される金属が金切り声を上げる。
無数の作業場が通りに面して存在し、
それ以上の作業場が裏通りにはある。
工具商や素材商が小さな店を開いている。
店を持てない駆け出しの買い取り屋は、
かごを抱え雑談をしながら、
ふらふらと通りの中をさまよっていた。
こうして異なる専門の技師が寄り集まることで、
結果的にあらゆる技術を扱える集団が生まれる。
そこは技師街と呼ばれていた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
三ヶ月前――
アルテミシア商会の事務所にて、
顔を見せに来る山師や技師の相手をしていると、
合間にフレアが尋ねてきた。
(以前にモリーちゃんの伝手で見学した、
教育施設のプログラムは確か、
語法、算法、戒律の三科目だけでした)
家族参加行事の代理出席をした時のことだろう。
(そうだな)
僕は頷く。フレアは僕を睨んだ。
(ここに来る山師や技師の方々は、
ずいぶんと物知りのようですが、
どこでその知識を得ているのでしょうか?
水準自体はかなり低い段階に留まっていますが、
それでもあの程度の教育で、
彼らのような技師を育成できるとは思えません)
(言っておくが貴族の商会に顔を出すようなのは、
最高の腕を持つ一握りの連中だけだ。
ベルトの山師の誰もがああもできる訳じゃない。
だが、お前の言うことも当たってはいる。
鑑定能力のある山師はベルトでも確かに希少だ。
戦闘系の探索者は、
五年迷宮に潜り続けて無事ならもう一人前だが、
技師が一人前に達するには独学では限界があり、
誰かの助けが必要になるのは確かだ。
その助けにありつけるのはおおよそ、
機械が当たり前のように転がる街に生まれ、
物心つく頃からそれをいじっていた輩だな。
それなりの器用さとかなりの賢さがあれば、
十年もあれば基本的ないじり方は身につく。
後はそれなりの師匠に弟子入りして、
仕事を見よう見真似で覚えていけば、
四、五年ほどで即席技術者の完成という訳だ。
まともな理論がない分、
大成するのは感覚的な才の持ち主だけだがな。
そこそこの腕の山師は、
大半がこの道を辿った者の成れの果てだろう。
このタイプは機械をいじる腕は確かだが、
感覚的で知識が伴わないというのが、
典型的な評価だな)
フレアは僕の言葉が終わると、
すぐに切り返してくる。
(私がここで会っている方は、
もう少し体系的な教育を
受けているように感じます)
(分かっている。
お前が聞きたいのは高等教育のことだろう。
これから説明するつもりだったんだ。
道はもう一つある。
うちに来るのはだいたいがこの学僧崩れだ。
ネオブッディズムの僧院には、
学院という学僧の育成機関が存在している。
そのほとんどは法僧育成のために、
経典の内容を解釈込みで教え込み、
それを人々に伝える際の技術や、
戒律を実地に適用する際の注意を教えるものだ。
だが工僧と呼ばれる技術者を育てるための科も、
僅かながら存在する。
工僧の家系が後を継ぐために学ぶこともあれば、
どこぞの次男坊以下が仕事を求め、
入ってくることもある。
育成された工僧のほとんどは、
僧院の中で機器の管理をして一生を終えるが、
ドロップアウトする者も少数ながら出てくる。
そいつらは結局、在野の技師や山師になるんだ。
その知識と技術は町育ちとは一線を画している)
(あの人たちが僧職ですか。
随分と個性が豊かですね)
フレアは皮肉めいたことを言う。
(あいつらを基準に考えてくれるな。
学院の堅苦しい生活に適応できなかった奴らだ。
どいつもこいつも一癖あるに決まっている。
まあ、あれでもまともな方だ。
僧院暮らしが長かった者だと、
ごろつきに近い山師とも反りが合わず、
騒動を起こすことが多いんだ。
まあ、アルテミスほどの規模の街になれば、
先輩となる元工僧も何人もいるし、
受け入れの仕組みもそれなりに整っている。
最近は大きな問題は起きていないはずだ。
まあ、妙にまともすぎる奴も、
たまに混じってるけどな)
(どういうことですか?)
(実際にある程度は、
僧院公認で野に下っているような気もするんだ。
少なくとも結果として、
奴らは僧院が保存している高度な技術を、
ベルトに広く伝える教師の役割を果たしている。
それに教え方を見ると分かるんだが、
奴らは明らかに全てを語っていない。
一部の理論については決して話そうとしない。
どこまでの情報なら広めていいか、
僧院を出る際に取り決められているんだろうな)
フレアは目を細める。
(情報統制が行われているということですか)
(その通りだ。
だが旧時代のあらゆる技術を野放しにして、
この不安定な世界を維持できると思うか?)
フレアは答えない。
僕は続けた。
(彼らのしていることは正当なことだ。
僕はそう思う。
お前も知識の扱いには注意してくれ)
フレアは黙り込んだままだった。
僕は事務仕事に戻ることにした。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
技師街をしばらく歩く。
夕刻の技師街では仕事中の者はもういない。
各工場の店仕舞も終わりかけている頃合だった。
通りを歩くうちに僕は奇妙な気配に気付く。
何かがおかしい。
視界を確認する。
視野の端にいる技師風の男が違和感の源だった。
立ち話をしながらも視線が浮いている。
身体が居着いていない。
いつでも瞬発的に動ける体勢を維持している。
その気配は静かに獲物に近づく狩人に似ている。
男は懐に手を入れている。
断定はできないが、
銃を隠している気がした。
僕は視線を巡らせる。
同じく怪しい気配の者が幾人か視界に入った。
(フレア。
この通りの通行人の中から、
武器を隠し持っている者の確認を頼めるか?)
僕はフレアに声をかける。
(どういうことですか?)
フレアは僕を横目で見る。
(暗殺者が何人か紛れ込んでいる。
少なくともそこの手を懐に入れた男はそうだ)
(確かに銃に触れているようですね)
フレアは一瞥しただけで確認できたようだ。
(やっぱりそうか。
僕は標的になりそうな人物の所在を確認する。
お前は暗殺者の絞り込みを頼む)
(暗殺を阻止するのですね?)
(可能ならな)
アルテミスの技師街は僕の第二の故郷だ。
ここで暗殺を許すつもりはない。
フレアは頷いた。
(協力します)
暗殺者の捜索はフレアに任せ、周囲を見回す。
それにしても誰が狙いだ?
ただの山師や技師を狙うだけなら、
昼間から人数をかける理由がない。
近くに標的にする価値のある人物がいるはずだ。
僕は視界に入った顔を片端から識別していく。
五秒後、気付く。
僕たちの位置から五メートルほど離れた地点だ。
通りに面する入り口は小さいが、
奥には広い倉庫があることを僕は知っている。
店を開いているのは元工僧の老人だ。
店仕舞はもう済んでいるようだが、
軒の下では小柄な老店主と向かい合って、
中年の男が座り込みチェスの駒を動かしている。
その男の顔には見覚えがあった。
(フレア、左手の軒下に座る老人と男が見えるか)
(チェスをしている二人ですか)
(おそらくあいつらが標的だ。
暗殺者の候補は見繕えたか?)
(銃を持っているのは五人だけです。
全員が暗殺者かどうかは分かりません)
フレアがその五人を示す。
それぞれ技師街に相応しい格好をしている。
貧乏そうな服装である。
それが逆に怪しかった。
銃はあらゆる点で金食い虫だ。
それを日常的に運用しているなら、
もっと金回りのよさそうな格好のはずだ。
(全員だと考えた方がいい。
五人なら同時に撃たれても銃弾は全て防げるな)
(弾道次第です)
(上位の変異持ちは銃弾程度では死なないはずだ)
(身体で止めろ、ということですか)
(そうだ)
(彼らはそこまで重要な人物なのですか)
(少なくとも若い方は評議会の議員、
アルテミスの最高権力者の一人だ。
暗殺者を雇ったのが誰かは知らないが、
現状が気に入らない奴らか。
今のアルテミスの統治はまともではない。
そう判断するなら見殺しにしてもいいがな)
(その言い方は卑怯です)
フレアは目を細める。
(それに守るだけでは限界があります)
(暗殺者は僕が始末する)
(できるのですか?)
(相手は単なる人間で、
僕は武器を持っている。
しかも背後から奇襲可能だ。
この有利な状況で僕が負けると思うのか?)
(……今回限りです)
フレアは諦めたように告げた。
(感謝する)
フレアが姿勢を低くする。
次の瞬間、茜色の風が吹き抜けた。
地を這うように五メートルを走り抜けると、
フレアは老人と男の前に到達する。
ぐるりと二人に背を向けて構える。
銃声が鳴ったのはほぼ同時だった。




