第二話 修道会の竜姫
市街地から一時間ほど歩き、
森を越えた先に変異持ちの集落はあった。
酒場からも同様だ。
廃墟や瓦礫の並ぶ鋼鉄の荒野を縫うように歩く。
見通しが悪く迷いやすい地形となっているが、
これでも奥地よりは随分とましだった。
三十分ほどで森が見えてくる。
森があるということは水脈があるということだ。
アルテミスの湧水がどこから届いているものか、
僕も正確には知らない。
だがここもその源の一つではないかと思う。
森の中の見通しの悪い小道に入ると、
木々の向こうには変異生物の姿が垣間見えた。
どれも臆病なものだ。
人の姿を見ると姿を隠す。
人を襲うような猛獣は、
駆除されているのか見当たらなかった。
道の途中には見張り番がいる。
路傍の鉄屑に座り込んでいた変異持ちの少年は、
ちらりと僕らを見ると面倒そうに左手を上げた。
僕も左手を上げて返礼し、そのまま通り抜ける。
顔見知りは素通しだった。
しばらく歩くと視界が開ける。
枯れた遺跡である。
そこに広がるのは
都市近郊の遺跡に典型的な姿で、
価値あるものは開拓初期に、
全て持ち去られた後の、
壁と柱だけが残された遺跡の成れの果てだった。
その中には雑多な素材のバラックが並んでいる。
遺跡で発掘される鋼鉄の板や線、
変異生物から採取した骨や毛皮、
植物由来の薄板や縄が渾然一体となった家屋だ。
変異持ちの集落特有の姿だった。
空き地は畑になっており、
屋根があるスペースには、
解体された変異生物の毛皮や骨、
近場の森林から集められた丸太、
その辺に転がっている鉄屑が集められていた。
その中では職人が作業を行っている。
それらを日用品へと加工しているのだ。
不恰好な代物だが案外と実用的である。
肝心の肉の姿が見えないが、
一時の保存のため冷暗所に取り置かれているか、
そうでなければ香辛料や塩と共に、
干し肉になる工程に入っているということだ。
僕とフレアは挨拶をしながら残骸の中を進んだ。
集落の中心には一際巨大な施設が鎮座していた。
教会堂である。
保存状態のよい遺跡で、
内部にあった機器はもう発掘済みだが、
屋根や壁はしっかりと原型を保っている。
太古に建造された時点の本来の機能としても、
おそらく人が集まり話す場であったのだろう。
現在は改造され、堅固な要塞となっている。
改造の時期はそれほど前ではないだろう。
ここ十年程度のことだ。
門番はいるがここも素通しだ。
玄関に近付くと怒鳴り声が聞こえてきた。
「なぜ長老は何も動かない!
俺たちはもう我慢の限界だぞ!
好き放題を黙って見ているなんて
臆病者のやることだ!
俺たちは臆病者じゃない!
幾ら叩かれても、
背中を丸めているだけの弱虫じゃない!
そのことをやつらに思い知らせてやるんだ!
そうしなければ、
あいつらには何も分かりやしない。
俺たちを人間だとさえ、
思ってやがらねえんだからな!」
「まあ、待て。
気持ちは分かる。
私たちだって悔しいと感じている。
どうにかしなければならないと思っている。
そして今対応しているところだ。
だがそれが実を結ぶには時間が必要なんだ。
お前たちがここで暴れたら、
今までの全てが無駄になる。
だからもうしばらく耐えてくれ、お願いだ」
受付横のテーブルでは数人の若者と壮年の男が、
額を突き合わせるようにして怒鳴り合っている。
これもいつものことである。
受付前の広場に集まる変異持ちたちは、
それぞれに野次を飛ばしながら見守っていた。
どいつもこいつもだらけきっていて、
他にやるべきこともないようである。
その場には他にも、
武具の手入れをする生真面目な者もいれば、
大量の肉を焼いては食べ続ける一団もいた。
武器を手に模擬戦を繰り広げている猛者も、
地面に書いた図で戦略を語り合う者もいる。
たむろしているのはおおよそ狩人連中だ。
確か昨日帰ってきたばかりだったはずだ。
狩りは大成功で獲物も大物揃い。
残る仕事は疲れを癒して、
次の狩りに備えることだ。
だが寝ていても暇だし、
嫁には邪魔者扱いである。
必然的に彼らは教会堂に集まることになった。
そこなら仲間がいて騒ぐことができる。
その集団から少し離れたところでは、
老人が子供たちの相手をしている。
玄関前まで歩く。
「おう、ラッカード、遅かったじゃねェか!」
そこで声をかけられた。
目を向ける。
変異持ちの青年だ。
灰色の髪に赤茶色の瞳。
狼のような顔をしているが、
人語を話すのに問題はないようだ。
むっくりとした四肢は、
灰色の毛で覆われている。
複数の突起を持つ帽子と、
装飾過剰なコートを着て、
手には骨を加工したステッキを持っている。
その姿は想像上の悪魔に似ていた。
「アレク、どうしたんだ?」
彼はベルトでも数少ない服飾の専門家であって、
そのセンスは僕には少々理解しがたいことだが、
外でもそれなりに評価されている。
そのため外の商人とも対等に付き合っていた。
そんな彼が今何をさせられているのかと言うと、
「どうしたも何もないぜ」
ステッキで床をかつんと叩いて苛立ちを示す。
「お前が来ないから、情けねえ野郎共の泣き言を、
一人でずっと聞く破目になったンだぜ。
俺様はこれから自由商人どもとの調整に行く。
夜まで帰ってこねェから後はお前が好きにやれ」
ここに迎え入れられて以来、
僕とアレクはこの教会堂の一角を拠点として、
共に労働問題の解決にあたっていた。
とは言え抜本的な対策をとるという訳でもない。
絶対に前例として許してはならないことだけを、
二人の個人的な人脈を利用して修正する。
そんな対症療法を繰り返すだけだった。
「アレク、無理をするなよ」
「ハハハ、何を馬鹿なことを!
俺様にできねェことなんてねェンだよ!」
言うだけ言うとアレクは去っていく。
(では私はここで)
フレアは暇な狩人や護衛仕事をする者相手に、
稽古という名目でちやほやされる仕事に入る。
本人は状況把握のために、
個別に話を聞いているつもりかもしれないが、
あれでは民俗学者のフィールドワーク状態だ。
得られる情報の中身が雑多で、
まとめ終わる頃には全て終わっているだろう。
だがその姿勢によって、
彼女が変異持ちの信頼を得ているのは確かだ。
僕自身への信頼は決して高くはない。
だが鉄壁が十分な信頼を得ている限り、
僕はその兄代わりとしてここにいられる訳だ。
(ああ、しっかりと頼む)
その時だった。
「おお、フレア様!」
声をかけてきたのは長老の一人だ。
毛織物の着物に毛皮の上着を羽織っている。
この集落にあっては平凡な装束だ。
頭と胴体までは人の姿をしているが、
四肢が残らず金色の毛皮に覆われた老人である。
子供たちの教師も兼任している博識な男だった。
かつては名の知れた戦士であったらしいが、
今はただの痩せた老人にしか見えない。
老人はフレアの隣にいる僕には目もくれないが、
それは珍しいことではなかった。
住人の半分くらいは今も、
僕のことを詐欺師か何かと疑っているのだ。
フレアの前で口には出さないが、
ほとんど信用されていないのは確かだった。
フレアは困ったような表情で問い返す。
「どうしたのですか、マシュー様」
老人は言葉を重ねる。
「フレア様は今お越しなられたので?」
「はい。酒場に寄っていましたので」
その答えに老人は目を輝かせる。
「おお、それでは途中で、
レイシャ様をお見かけになりませんでしたか」
フレアは首を振る。
「残念ながら」
「そうですか」
老人は肩を落とす。
そこに何人かの女たちが奥からやってくる。
その中の眠そうな目をした少女が言う。
「マシュー様、レイシャの行き先が分かりました」
「何だと! それはどこだ!」
「酒場で一仕事とってくると言っていたそうです」
「やはりか!」
「マシュー様への伝言も子供が聞いていました。
申し訳ないが、客人にはお引き取り願ってくれ。
しばらく戻らなくていいような長旅を選ぶので、
帰りは遅くなるだろうが心配はしなくていいぜ、
だそうです」
「あの馬鹿娘がっ!」
老人は怒りに震える。
「そんな都合のいい依頼が、
すぐ見つかるはずがない。
今ならまだ酒場を、
うろうろしとるに決まっている!」
そして吼えた。
「捕まえに行くぞ!」
僕はその声を聞きながら、
レイシャという少女のことを思い出していた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
一週間と四日前のこと――
(来客のようですね)
トラブル対応を終えて、
廃ビルに戻った僕とフレアは、
入り口に立つ三人の変異持ちと出会った。
一人は奇妙な扮装の狼人の青年。
一人は黄金の四肢を持つ老人。
最後の一人は皮鎧を装備した長身の少女だった。
年の頃は十五、六というところだろうか。
爬虫類の系統で滑らかな鱗の皮膚が垣間見える。
二足歩行する竜だったドラゴンレイスとは違い、
変異は両手足など体の末端に集中し、
胴体や顔のつくりは人と同じだった。
髪と瞳と鱗は深緑に染まっている。
輝く髪は邪魔にならぬよう、
後ろで一つにくくられていた。
髪の中からは二本の角が飛び出ている。
ゆらりゆらりと揺れる尻尾は、
身体のバランスをとりながら力を蓄えていた。
背には弓矢や槍など複数の武器を負っている。
腰には小型の剣が二本結わえ付けられていた。
「こいつが例の鉄壁かよ」
少女は値踏みをするようにフレアを睨む。
「小せえし、細えし、強そうにゃ見えねえなあ」
「レイシャ様、
失礼なことを言うものではありませんぞ」
老人はたしなめると僕らの方に目を向けた。
「不躾ながら確認させていただきたく。
鉄壁の二つ名を受けた方で間違いありませんか」
(フレア、話はお前がしろ)
僕は一歩下がる。
フレアは頷くと口を開く。
「その通りです。あなたがたは?」
「私はアルテミス修道会の司教、
マシュー・ネーデルと申します。
こちらに控えますのは」
そこで二人が声を重ねる。
「アレクだ」
「あたしはレイシャでいいぜ」
ぶっきらぼうな物言いである。
「二人とも失礼だぞ!」
老人が睨むが、二人は知らん顔だ。
「あたしはまだ認めたわけじゃないぜ。
まずは確かめさせてもらおうじゃねえか。
鉄壁よ、あたしと勝負だ!」
深緑の少女は吼える。
尻尾は苛立ちを示すようにゆらゆらと揺れる。
(どうしましょうか)
(どうせ戦うことになりそうだが、最初は、
これは修道会の総意と考えて問題はないのか?
と老人に確認しておこう。対応を見たい)
(そうですね)
フレアは老人を見つめる。
「これが修道会の総意と考えて問題ありませんか」
老人は言葉を失う。
「そ、それは……」
「そういうことでいいぜ」
老人の言葉を遮って、少女は笑う。
「正直言ってよ、
貴族なんぞに雇われてたガキが、
実は変異持ちでした、
これからは二つ名持ちですよ、
なんつーていきなり言われても、
これっぽっちも信じられねえんだよ。
スワルガの連中は頭狂ったんじゃねえかって、
今でも疑ってるくらいだぜ。
んでもって、今この目で見て、
全部冗談だって分かったよ!
そのなりであの竜人よりもつええってのか?
ありえねえわ!」
言い放つ少女に、老人は吼える。
「こんの、馬鹿娘がっ!」
僕は困惑していた。
この三人組が修道会からの使者であること。
そのこと自体に疑いはないだろう。
だが二つ名持ちをどう利用するつもりなのか。
その狙いは僕にもまだ予測しきれていない。
それを知りたいと思ったのだが、
今の状況を観察しても、
何の統制もとれていないか、
またはそう見せかけようとしているか、
その程度のことしか理解できなかった。
仕方なく、僕はもう一人を観察する。
アレクと名乗った狼面の青年だ。
自己紹介したきり黙り込んで、
愉快そうに少女の行いを眺めている。
(どうしましょうか)
(こうして相手が挑発してきたんだ。
大義名分はこちらにある。
後は戦うだけだ。
それにあの頭の軽そうな女、
自分の力にかなり自信があるようだからな。
黙らせておいた方が、後々やりやすそうだ。
だが油断はするな。
見た限り戦い慣れているようだからな、
どういう手を使ってくるか分からないぞ)
(そうですね)
老人と喚き合う少女にフレアは静かに言う。
「あなたの言葉は、
私だけではなくスワルガの方たちへの侮辱です。
撤回してはいただけませんか?」
「へえ、怒ってんのかよ」
少女は楽しげに笑った。
「あんたが勝てたら撤回でも何でもしてやるよ!」
「その言葉、忘れないでください」
フレアも外套を脱ぎ捨てて構える。
その姿に少女は目を細める。
「あんだ?
武器も持ち歩いてねえのかよ。
あたしのでよけりゃ好きなのを貸してやるぜ」
フレアは四肢の防具を点検して微笑んだ。
「私はこれで十分です。
もちろんあなたは武器を使って構いませんよ」
「なめるなよ!
てめえが素手ならあたしも素手だ!」
背中の武器の束と腰の剣を地面に落とす。
「行くぜええ!」
身軽になった少女は吼える。
本当に直情的な性格だな。
(フレア、
始める前に勝敗の判定方法を確認しておこう。
こういう性格の奴との勝負を、
曖昧なままで始めると、
あれの体力が尽きるまで続ける破目になるぞ)
(どういうものがいいでしょうか)
(何でも構わないが、
勝利の確実性を考えるなら、
防御が優位となるよう誘導することだな)
フレアは言う。
「待ってください。条件を確認しましょう」
「な、何だよ、条件って?」
「勝敗はどう決めるのですか?
どちらかが死ぬまで、
という訳でもないのでしょう」
「降参するか、動けなくなるか、でいいだろ?」
「それではあなたが意地を張れば、
いつまでたっても終わらなくなるでしょう?」
深緑の少女は目を細めた。
「お前が勝つ前提かよ。
まあ、確かに面倒かもしれねえな。
じゃあ、てめえはどんなルールがいいんだ?」
「先に一撃を入れた方が勝ち、
というのはどうでしょう?」
「かすっただけで勝ちってのは納得できねえな」
「では動きが止まる程度に重い一撃が入ったら、
ということにしましょう」
「なんかつまんねえな。まあ、それでもいいぜ」
少女は同意すると、
全身を脱力させて、尻尾をゆらゆらとさせる。
その姿は獲物を狙う野生の獣のようだ。
対するフレアはいつも通りの構えだった。
重心を下げて、足と足の間を広く取り、
両手は胸元でコンパクトにまとめられている。
「いつでもどうぞ」
「なんだよ、そのちっちぇえ構えは」
呆れたように少女は笑う。
直後、跳んだ。
少女は鋭く回り込む軌道でフレアの死角に入る。
その勢いのままに強烈な蹴りを放つ。
僕の反射神経では捉えきれなかっただろう。
圧倒的な速度だ。
だがその見えない蹴り足に、
フレアは視線さえ向けないまま反応し、
両の掌を側頭部に上げる。
少女の鋭い動きは、
生物の眼球の性質を逆手にとって、
まるで姿が消えたかのように見せる術だが、
ロボットにその種の詐術は意味をなさない。
カメラは眼球とは構造からして異なるからだ。
激突音と共に蹴りが炸裂する。
だがその衝撃全てを受け止めながら、
フレアの身体は全く揺るがない。
そのまま掌に触れた足首を握り、
肩に乗せるようにして体を捻る。
抵抗できずふわりと浮く少女を、
そのまま背負うようにして、投げ飛ばす。
これはフレアが一度だけ上段蹴りを放った時、
僕が見せた技だった。
相手の力を利用する僕の術理とは異なり、
フレア自身の絶大な膂力のなせる技だが、
返し技としての性質は変わらない。
宙を舞った少女は勢いのままに地面に激突した。
時間が停まる。
決着か。
そう思ってしまうほどの勢いだった。
だがフレアはまだ構えを解かない。
少女が動き出す。
ふらふらと揺れながら立ち上がると、
「い、いったい何が……」
夢の中にいるように呟く。
状況を理解できていないようだった。
「終わりでよろしいですか?」
フレアは静かに問う。
「な、訳、ねえだろう!」
少女は吼えると跳ねる。
もうろうとした覚束ない足取りのまま、
勢いに任せて飛び出してくる。
今度は拳の連打だ。
だがその精度はドラゴンレイスには及ばない。
フレアはその全てを掌で迎撃して叩き落す。
そして大振りから生まれた隙に、
狙い澄ました一撃を叩き込んだ。
腹に拳を受けた少女は吹き飛ぶ。
膝をついて荒い息をつく少女にフレアは尋ねる。
「まだやりますか?」
「つ、つええな」
息も絶え絶えに少女は呻く。
「こいつは鉄壁なんて言われる訳だぜ」
「あなたも武器を使えば違ったのではないですか」
「そりゃそうだけどそれでも勝てる気がしねえな」
少女は笑う。
「こいつは完敗だ。
訂正するぜ!
スワルガの連中の目は正しかったよ。
このちっこいのは二つ名に値する戦士だ。
少なくともあたしは認めるぜ! マシュー爺!」
そして立ち上がると、フレアに握手を求める。
「あたしはレイシャ。
緑鱗のレイシャだ。
アルテミスじゃ最強のつもりだったが、
今日からそいつはあんたに譲るぜ。
鍛え直したら、また挑戦させてくれよ」
フレアはそれに応じ、
深緑の鱗に覆われた手を握り返す。
「よろしくお願いします、レイシャさん。
私はフレア・スティールマン。
鉄壁の名をスワルガの皆さんから頂いています」
「よろしくな、フレア。
あたしのことはレイシャでいいぜ」
この女、頭は軽そうだが、性格はいいようだ。
勝負を見届けつつ、僕は残る二人を観察した。
狼面の青年は退屈そうに、
黄金の老人は不安そうに二人を見守っていた。
「マシュー爺。あたしの用事は終わったけど、
そっちはこれからじゃねえのかよ」
少女の言葉に老人は唸る。
その気分は僕にも分かった。
想定外の状況に計画を組み直しているのだ。
本来はもっと偉そうな態度で、
僕らにもっと恩を売るような形で、
上の立場から迎え入れる予定だったのだろう。
だがあの頭の軽い女が適当なノリで、
全てをぶち壊してしまったのだ。
「ああ、まだ用向きを伺っていませんでしたね」
フレアが老人に目を向ける。
「え、あ、ふむ。そ、そうですな」
老人は口ごもる。
時間が流れる。
狼面の青年が口を出した。
「何黙ってンだ、マシュー爺。
大したことじゃねェだろうが。
俺たちの目的はただの勧誘だ。
あんたら、今までアルテミシアにいたようだが、
その兄さんの無茶で追い出されちまったンだろ。
どうだ? 俺たちと仕事する気はねェか?」
要はそういうことなのだ。
駆け引き無用と言わんばかりの態度に、
僕は思わず笑い出しそうになった。
「そうですね。
行く当てもありませんし、
しばらくお願いしたいと思います」
フレアもまた微笑む。
こうして僕らは、
修道会と行動を共にするようになった。
フレアはレイシャと共に戦士の一人として。
僕はアレクと共に商人たちとの折衝を。
その中で僕たちは修道会を探っていく。
そして時が過ぎ――
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
教会堂を出ておよそ一時間後――
僕とフレア、
そして老人と眠そうな目の少女は、
アルテミス郊外の酒場に到着していた。
僕とフレアがついているのは、
レイシャが応じなかった場合は、
力ずくで捕まえる算段になっていたからだ。
だが事態はそれすら超えていた。
「もう出発しただとっ!」
老人は愕然としていた。
その場にいた者たちの話によると、
レイシャが酒場に到着したその時に、
タイミングよく緊急の依頼が入ったのだ。
レイシャは酒場にたむろしていた戦士をまとめ、
その場で依頼を受けるとすぐ、
依頼主が用意した偽竜に乗り、
戦士たちと共に現場に向かったらしい。
実にあの女らしい即断即決ぶりだった。
「これは困りましたね」
眠そうな目の少女が言う。
「う、ううむ」
老人は唸る。
どういうことだろうか。
感じた疑問をフレアに伝える。
(分かりました。確認してみましょう)
「彼女が帰らないと何か問題があるのですか」
フレアが尋ねる。
「それは、その」
老人は口をもごもごさせる。
フレアは続けた。
「今さらレイシャを追ったところで、
いつ連れて帰れるかは分かりませんし、
彼女ほどの重要な戦力を無理に連れて帰れば、
緊急依頼をかけた方に迷惑をかけてしまいます。
できることはもう何もないのではないですか?
客人が来ているという話でしたが、
彼女でなくては対応できないのですか?
武力が必要なのであれば、
私でもお手伝いできることはあると思います」
あのレイシャにしかできないことなど、
その卓越した戦闘能力しか考えられなかった。
だが老人の答えは違うものだった。
「レイシャ様でなければならないのです。
確かに武の力だけで言えば、
フレア様はあの娘以上かもしれませんが、
そうですな……
参考までに尋ねさせていただきたいのですが、
フレア様のご両親は人間でありましたかな?」
「……はい」
フレアは頷く。
老人はため息をつく。
「そうでございましたか。
お気を悪くしないでいただきたいのですが、
それでは代わりを務めることは叶いますまい」
老人はきっぱりと言った。
フレアは眉をひそめた。
(どういうことでしょう)
僕は考える。
老人が尋ねてきたのは、
フレアの両親が人間であるかどうかという問い。
そして人間だという答えに対応して返答した。
それでは資格がないと。
どういうことだろうか。
僕の疑問はフレアを通して放たれる。
「他に代理が務められる者はいないのですか」
老人は首を振る。
「レイシャ様がお戻りになられない限り、
何も始まることはありません。
それはレイシャ様も十分理解しておいでのこと」
「何をすることになっているのですか」
「おかしなものではございません。
彼女は修道会の重要な役職の後継者なのです。
彼女は生まれた時からその地位を継ぐことを、
定められておりました。
このたびのことは、
その継承のために必要な儀式の一部なのです」
「彼女は納得しているのですか」
フレアの言葉には険があった。
何が気に入らないのだろうか。
「そうではないようですな」
老人は率直だ。
フレアの様子に気付いていながら、
隠すということをしない。
淡々と言う。
「しかし仕方のないことです。
我々とフレア様は違う。
あなたは力を隠せば人と見分けがつきません。
人の中で生きることもできるでしょう。
知恵のある友人もいるようですしな」
老人は僕を見る。
どこか疑わしげな目だ。
だがすぐに視線は外された。
「しかし異形の姿は隠すことができません。
そして誰も助けてはくれないのです。
修道会を離れた変異持ちは孤独です。
多くは死ぬしかありません。
力あるレイシャ様であっても、
孤独の生は辛苦に満ちたものとなるでしょうな」
「従わなければ追放するということですか」
老人は表情を変えずに言う。
「仲間と共に生きることを望むのなら、
求められる役割は引き受けなければなりません」
「このまま彼女が帰らなければ、
自ら孤独を選んだとしたらどうなりますか」
老人は目を丸くして考え込んだ。
「それは考えておりませんでした。
これは前言を撤回せねばなりません」
そして苦々しげに笑う。
「レイシャ様にそれだけの覚悟があって、
もしもそのようなことになれば……
力ずくでも連れ戻すことになるでしょう。
私にはそうなるとは思えませんが、
捜索隊を出してもいいかもしれませんな」
フレアは目を細めた。
(私はレイシャを追いかけようと思います)
そう言うような気がしていた。
(行き先は分かっているのか?)
(これから調べます)
適当なことを言うものだ。
(追いついたとして、
素直にレイシャが戻ると思っているのか)
(私は彼女の望むことを助けるつもりです)
フレアは既に心を決めているようだった。
(僕も付き合おう)
フレアは驚愕の表情で僕を睨んだ。
(そんな簡単に…… いったい何が狙いですか?)
(お前が何を考えているのかは知らない。
だがお前単独で何ができると言うんだ?
レイシャの行き先をどう突き止めるつもりだ?
もし見つけて追いつくことができたとして、
お前に自由商人との話し合いができるのか?)
フレアはうさんくさそうに僕を見た。
(あなたに何の利益があるのですか?)
(情報だ。
今回の件はなかなかに興味深い話だし、
そもそも、それこそが僕の仕事だからな。
他に何の理由が必要だ? 何を疑っている?)
フレアは全く信じていない様子で頷く。
(いえ、何も…… 今は信じましょう)
そしてフレアは告げた。
「私がレイシャを連れ戻してきます」
老人はレイシャを見た後、僕をちらりと窺う。
そして頷いた。
アルテミス修道会の様子でした。




