表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/69

第一話 酒場での報告

第三章開始です。



 スワルガから帰還して二週間――


 その日も僕は、

 スターライトの照射開始と共に目を覚ます。

 寝床から起き上がると、

 寒さに固まった身体を軽くほぐす。

 それから僕は部屋を出て階段を昇り始める。


 屋上に出ると、

 茜色の瞳の少女は既にその場にいて、

 複雑なステップを踏みながら

 仮想の敵と戦っていた。


 少女が右へ左へ身を翻すたび、

 赤みがかった金の髪がふわりと跳ね、

 スターライトを反射して煌めく。

 小さな身体は折れそうなほどに華奢だが、

 その骨格が鋼鉄以上の強度を持つことを

 僕は知っていた。


 視線や体捌きからすると、

 対戦相手は竜人ドラゴンレイスか。

 猛攻を捌いて反撃を返す動きを繰り返しつつ、

 時には足を止め正面から打ち合うこともある。

 新たなスタイルはまだ荒削りだが、

 少しずつ形になろうとしていた。


(熱心だな)


 彼女の名はフレア。

 フレア・スティールマンだ。

 その実体は陽電子脳を搭載した機械だが、

 こうしてスターライトの下で見る限りは、

 か弱い少女にしか見えなかった。


(ゆっくりしてはいられませんよ。

 今日は酒場で約束があるのでしょう)


 待ちくたびれたと言うように

 フレアは僕を睨む。


(時間は十分にある)


 全身の関節をよく伸ばしてから立ち上がる。

 そして自然体で手足から力を抜く。

 フレアは腰を落とし、

 両足をべったりと地に着ける。

 折り曲げた両腕を胸元に揃え、

 僕の出方を窺う。

 相変わらずの消極的な構えだ。

 だが少しずつ変わり始めている。

 攻勢に出る際の隙を恐れなくなってきている。

 逆に隙をわざと見せることで僕の暴発を誘い、

 カウンターを狙う気配さえあった。


(今日こそ一本とりたいものです)


 生意気な言葉を吐くものだ。

 ドラゴンレイスに勝ってからというもの、

 妙に押しが強くなったように感じる。


(調子に乗るなよ。

 習い始めて四ヶ月の、

 素人に負けてやる気はまだない)


 フレアは笑った。


(やってみなければ分かりません)


 僕らは拳を交える。

 ルールは変化なし。

 殴り、蹴り、絡めて、投げ、極める。

 身体能力を制限した格闘訓練である。

 技術はまだまだ僕が上だ。

 だが完勝はもうできない。

 敗北のリスクを負わなければ、

 勝つことは難しくなっていた。

 だがその方が面白くはある。

 いつの間にそうなったのかは分からないが、

 この訓練の時間を僕は楽しむようになっていた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 三十分ほどで日課を終える。


 僕とフレアは廃ビルを出た。

 向かったのは市街の外を囲む鋼鉄の荒野だ。


 廃ビルから十分も歩けば、

 そこはもう人類の領域ではない。

 変異生物と遭遇する確率も高い。

 完全武装のキャラバンでも、

 不意を突かれたり、

 群れに出会えば全滅しかねない。

 だがそんな原野でも、

 行き来する人が絶えないなら、

 そこには踏み固められた道ができる。

 人と変異生物の匂いが混じり合えば、

 いつしか中立地帯が生まれる。


 一時間ほど歩くと廃墟が見えてきた。

 周辺には幾つかの偽竜が佇み、

 荷物の見張り番が立っている。

 続く道の先にあるのは二階建ての倉庫だった。

 狭い入り口を抜けて倉庫の中に入る。


 そこに広がるのは煙草の煙る薄暗い酒場だ。

 カウンターやテーブルには、

 薄汚れたコートのままの山師、

 武器を身につけたままの戦士や狩人、

 油断のならない目をした自由商人、

 ありとあらゆる社会の落伍者が集まっている。

 隔離されてはいたが変異持ちの姿すらあった。


 混雑する酒場の中を見渡す。

 するとぽっかりと誰もいない空間が見つかる。


 その中心、カウンターの隅に座っているのは、

 艶やかな長い黒髪の小柄な少女だった。

 民族色を感じる手織りのポンチョを羽織って、

 突き出た細く白い足をぶらぶらとさせながら、

 退屈そうに何かを呑んでいる。

 その脇には空になった瓶が幾つも並んでいた。


 その姿はあまりに場違いで無防備だ。

 だが最も奇妙なのはそれでいながら、

 誰にも絡まれていないことだった。

 まるで触れてはならぬ猛獣であるかのように、

 逆に巨体の戦士でさえ恐々と振舞っていた。


「アリス!」


 呼びかけると、

 とろんと蕩けた黄金の瞳が僕を捉える。


「あー、ラッカードさんだぁ!」


 アリスはすっと立ち上がる。

 ポンチョがふわりと揺れる。

 周囲の男たちがびくりと震え、僕を見る。

 助けを求めるような視線だ。

 早くこの爆弾をどこか遠くへ捨ててきてくれ。

 そんな懇願が聞こえるような気がした。

 一体何をやらかしたのか考えたくもなかった。

 僕はカウンターの向こうに目をやる。


 そこに悠然と座っているのは、

 枯れ木のように痩せた爺さんだ。


 やり手の自由商人だったが、

 十年くらい前に引退して、

 この酒場の管理を受け継いだという話である。

 爺さんは僕の姿を見ると、何かを投げてきた。


 受け取る。

 鍵だった。


「ラッカード、後は頼むぞい」


 爺さんは疲れたように呻く。

 目の前の少女の正体を彼はよく知っている。

 おそらく見守っていてくれたのだ。

 彼女が酒場そのものを破壊しないかどうか。


「面倒をおかけしました。

 それと気付けの水をお願いできますか」


「上で待っていろ。持って行かせるわい」


「ありがとうございます」


(では、私はここで待っていますね)


 そこでフレアが立ち止まる。


(ああ)


 フレアはアリスの座っていた席に座る。

 爺さんは僕を見る。


「何か食わせてやってください。

 払いは僕たちと一緒で」


「わかったわい」


 老人に軽く頭を下げ、

 僕は酒臭いアリスを抱えて階段を上がった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 二階には幾つか個室がある。

 僕は鍵に記された番号の部屋に入った。

 そこには大きなテーブルと椅子が幾つかある。

 重要な商談に使われることの多い部屋だ。

 持ってきてもらった気付けの水で一息つくと、

 アリスはにまにまと笑った。


「久しぶりに来たけど、

 ここは変わらないねぇ」


「何をしていたんだ?」


「お酒を飲んでいただけだよ」


「そんな空気じゃなかった気がするけど?」


 アリスは獰猛な笑みを浮かべた。


「行儀の悪い子が一人だけ痛い目を見たの。

 女子供相手だとすぐ調子に乗る人いるけど、

 ああいうの、よくないよね」


 僕はため息をつく。

 遙花と違いアリスには何を言っても無駄だった。

 危険なことばかりするのに妙に手際がいいのだ。

 これもあの婆さんの直伝ということなのだろう。

 アリスはくすくすと笑う。


「あたしのことは置いといて。

 ラッカードさんはこの二週間どうだったのさ?」


 僕は肩をすくめる。


「帰って来てからずっと、

 変異持ちの抱えるトラブルに付き合っていたよ」


「トラブルってどんなもの?」


「自由商人との労働条件の交渉がほとんどだな」


「お金の問題?」


「最終的にはな。

 最近の話だが仕事の急な取り消しや、

 時間の変更、場所の変更が増えている。

 そのくせ追加の払いもない。

 いつものことだが、

 最近はそれが結構な頻度になっているらしい」


「どうにかなりそう?」


「どうにもならないな」


 僕は肩をすくめる。

 まともな状態ではないと思うが、

 僕たちでは解決できそうにないのは確かだった。

 問題は日を追うごとに件数を積み増している。

 一つ始末する間に三つ舞い込んできており、

 幾らこなしても件数は増えるばかりだった。


 それに僕らが間を取り持ったとしても、

 雇い主から僅かな譲歩が得られるだけで、

 変異持ちが泣き寝入りの状況に変化はなかった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



(変異持ちはこれまでもずっと、

 こんな劣悪な契約を受け入れていたのですか。

 スワルガでは、私の見る限り、

 このようなことはありませんでした。

 私には何が起きているのかよく分かりません)


 アルテミスの変異持ちと関わるようになり三日、

 幾つかのトラブルを経験したフレアは尋ねた。

 僕は答える。


(アルテミスプレートには、

 地下迷宮へ侵入可能な開口部が存在しない。

 だからアルテミスの変異持ちに探索者は少ない。

 仕事の質が違えば単純な比較はできないだろう)


 フレアは目を細める。


(一つもないのですか?

 片面のみとは言え、これだけ巨大な構造物に、

 点検用のハッチが一つもないとは思えません)


 僕は頷いた。


(その通りだ。

 最初からなかったという訳じゃない。

 かつては他のプレートと同じく幾つかあって、

 地下迷宮として利用されていたけれど、

 アルテミスの当主がここを拠点と定めた際に、

 危険だと残らず封印してしまったという話だ。

 今ではそれがどこにあるかも分からないけどな)


(それにしては山師はたくさんいるのですね)


(地表構造物が多いんだ。

 ほとんどが変異生物の巣だけど、

 奥深くに入り込めば、

 過去の遺産が確実に眠っている)


(山師の目当てはそれですか。

 では変異持ちも同じようにすればいいのでは?)


(地表の構造物は小規模で、広域に分散している。

 未踏域なら確実に収穫がある地下迷宮とは違い、

 長期間の滞在を続けながら、

 財宝の在り処を探すことになる。

 また地表は広いから、

 少人数の部隊なら変異生物を避けて通れるし、

 変異生物も迷宮のものよりも弱いものが多い。

 探索は隠密行動の山師の地道な発掘作業となる。

 必要になるのは金目の品を識別する鑑定能力だ。

 変異持ちにとっては分の悪い分野だろう。

 アルテミスの山師稼業は、

 一攫千金を狙った技師崩ればかりだよ)


 フレアは唸る。


(アルテミスの変異持ちは、

 荷物運びや護衛として、

 商人たちに雇われているのですね)


(そういうことだ)


 僕は頷く。

 フレアは少し考え尋ねる。


(他にまともな働き口はないのでしょうか)


(別に働かずとも食うものに困る訳じゃない。

 ベルトでは、

 原野の変異生物を狩ってその肉を食らい、

 たまに草や木の実を摂っていれば、

 肉体を維持することはできる。

 大半の変異持ちは常人と同じ力しかなく、

 変異生物と戦うには厳しいものがあるが、

 中には僅かながら、

 ドラゴンレイスのような超人が含まれる。

 彼らを中心として狩りを行えば、

 集落一つの腹を満たすことは何とかできた。


 だがそれでは動物並みの生活しかできない。

 人として生きるためには、

 最低限の衣類や家財が必要で、

 それなりに文化的に生きるには、

 金属の武器や道具が必要になる。

 彼らの製造技術は未熟であり、

 高品質なものは買うしかない。

 そのためには金が要る。

 そして金を得るためには、

 市場で取引を行わなければならない。

 だが変異持ちにはそれができない。

 彼らは社会から排斥された存在だからだ。


 ベルトでそれなりに地位を確立した者は、

 変異持ちと関わりを持つことができない。

 変異持ちと取引すること、

 変異持ちのために便宜を図ること、

 その全てがネオブッディズムの戒律違反となる。

 他者の視線の中で公然とそれを行うことは、

 社会的な死に繋がるだろう。

 自由商人やスワルガのマフィアの間であっても、

 それはよい行いであるとは言えなかった。

 そのために変異持ちの受けられる仕事は、

 自由商人の中でも犯罪者に近いならず者からの、

 護衛や荷物運びの依頼ばかりになる。

 戒律を破ったところで失うものがないのは、

 既に罪に塗れた者だけだからな。

 この選択肢の少なさが、

 変異持ちの発言力を低下させ、

 理不尽な要求を呑まざるを得なくする)


(例えばですが、

 変異生物の肉や毛皮を、

 売ることはできないのですか?

 安く供給できれば、

 それなりの需要はあるでしょう)


(変異持ちと関わろうという者はほとんどいない。

 そして、その点を無視したとしてもだ、

 どれほど安くしても買い手はつかないだろうな)


 フレアは目を細めた。


(価格の問題ではないということですか)


 僕は頷く。


(魔物に触れるべからず。それも戒律だからだ。

 ベルト上のそれなりの規模の集落には、

 中心にネオブッディズムの寺院がある。

 彼らがこのベルトにおける戒律を定め、

 人々の生き方を規定し、それを教え指し示す。

 その戒律の中で変異生物は魔物と呼ばれ、

 穢れの象徴となっているんだ。

 よき生を送るためには、

 魔物に触れてはならない。

 もちろん食べてもいけない。

 もちろん例外はある。

 変異生物由来の原料が不可欠なものもあるしな。

 その場合も僧が事前に浄化したもののみ可だ。

 事後でも浄化は一応可能らしいが、

 そちらはかなりの金がかかる。

 つまりどうにか市場に出したとしても、

 買い手がいないのでは売れるはずもない。

 そして変異持ちがどう市場に席を確保するのか、

 そこが最大の問題である点は変わらない)



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



「ということだ。今のところ、

 独立派に関係のありそうな話はなさそうだ」


 そうして僕はアリスに、

 この二週間で見聞きした情報を伝えた。


「修道会には接触できたかい?」


「しばらくして案内された。

 というか最初の数日に、

 変異持ちが問題を持ち込んできたのは、

 僕らが本当に味方かどうかを見定める、

 試験だったんだろうな。

 何とか向こうのお目に適ったようだ」


「何か気付いたことはあった?」


「そうだな」


 僕は少し考えをまとめる。


「修道会というのも実態としては、

 子供の学校と大人の集会所を

 兼ねる程度のものだったからな。

 目立つことはないが強いて言えば、

 周辺の変異持ちをしっかりと

 統制できている点が気になったかな。

 今回の労働条件の問題についても、

 修道会幹部を中心に

 自由商人の重鎮と交渉しているようだし、

 不満だらけの末端の暴走をよく抑えている。

 それが整然としすぎていて、

 ただの互助組織としては正直なところ、

 構成員が優秀すぎるのではと感じている。

 独立派とは関係はないかもしれないが、

 興味は湧いたな」


「ふうん」


 アリスは目を細める。


「実はね、それはあたしも気になってた。

 お婆ちゃんの話だと、

 アルテミスの変異持ちには

 不満があればすぐに暴れ出すような、

 直情的な伝統があるって聞いていたのに、

 あたしの知る限りだと大人しいどころか、

 町の実力者への献金も欠かさないとか、

 気を回すにも程があるって感じだからさ。

 どういうことなんだろうって、

 ずっと不思議に思ってたんだよね」


 アリスは少し考える。

 そして微笑んだ。


「修道会についても、

 ちょっと調べてもらってもいいかな。

 たぶんどこかで変化があったはずだから」


 アリスには何か確信があるようだった。

 それが何なのかは、

 調べていけば自ずと分かることだろう。


「了解した」


 僕はただ頷く。

 そこでアリスは姿勢を崩す。

 テーブルに額をつけるように突っ伏す。

 しばらく動きを止めた後、小さな声で呟いた。


「ラッカードさん」 


「何だ?」


「……やっぱり怒ってる?」


 何を言っているのか分からなかった。


「あたしのこと、ひどい女だと思ってる?」


「ど、どうしたんだ?」


 僕は混乱する。


「なんだか冷たい。

 ラッカードさん冷たい。

 そうだよね。ラッカードさんがんばったのに、

 謹慎とか言われてそりゃ怒るよね。当然だよね」


 顔を隠したまま、アリスは呟く。

 アリスが何を気にしているのか、

 やっと分かった僕は思わず笑ってしまっていた。


「なんだ、そんなこと気にしていたのか」


 いきなり笑われたアリスは顔を上げる。

 涙目で怒っているようだ。


「な、なんで笑うの」


「そりゃそうだ」


 僕は笑う。


「そんなこと気にする必要はない。

 というかだ、

 アリスがまじめな調子で話すから、

 それに合わせていただけなんだけどな。

 僕から見れば、冷たいのはアリスの方だ。

 そんなに背負い込まなくていいのに。

 僕がここにいるのは力になりたいから。

 アリスの背負っているものを、

 少しでも肩代わりしたいと思うからだ。

 遠慮されれば、

 その方が悲しくなる。

 アリスはもう少し僕を頼るべきだ。

 僕はそんなに頼りにならないかな」


 僕はアリスの頭を撫でる。


「あううう」


 アリスは顔を真っ赤にして口ごもる。

 それからしばらくして、


「今言ったこと、後で後悔しても遅いから」


 アリスはぼそっと呟いた。

 そしてすっと僕の手から逃れて、

 にやりと笑う。


「もっとさぼっちゃうからね」


 僕はアリスを睨む。


「それは駄目だな」


「ラッカードさん、冷たい」


「責任の重みと仕事の量とでは問題が違う」


「だって忙しいと考えもまとまらないし」


「言い訳は聞かない」


 僕はぴしゃりと言う。

 アリスはまた俯く。

 ぼそぼそと何か言っているようだが、

 もう聞く気はなかった。


「それとね」


 ふとアリスが顔を上げる。


「何だ?」


「考えたんだけどさ、

 あたしとしてはね、

 変わった考え方とか

 問題のある過去を持ってる人でも、

 貴族としての責務に反しない限り、

 受け入れればいいと思ってるんだ。

 ご先祖様たちがみんな、

 スワルガとの貿易を認め続けたのも、

 そういうことなんだと思う。

 変異持ちも同じだよ。

 頭の固い人たちが何と言おうと

 どうだっていいの。

 あたしはそういうつもりだから」


 アリスは僕を見て言う。

 その言葉の意味を少し考え、すぐに理解する。

 フレアを受け入れる。

 アリスはそう言っているのだ。


「いいのか」


「というか迷うことじゃないよ。

 あんだけ優秀な子を手放せるわけないしね」


 僕はこの二週間で、

 変異持ちの置かれた状況を実感していた。

 その言葉を実現するのはとても難しいことだ。


「ありがとう」


 それでも僕は嬉しかった。

 別にフレアがどうなろうと、

 それはあいつの自業自得だ。

 僕とアリスで同じものを見ている。

 そういう風に感じられることが嬉しかった。


「ベルはどうしている?」


「セントラルだね。

 忙しいみたいだけど、元気にはしているよ」


 それから僕らは、

 細々とした情報を交換して話を終えた。

 部屋を出て一階に降りる。

 そこではフレアが男たちに囲まれていた。


 最初は何が起きたのかと身構えたが、

 よく見てみるとアリスの時とは違い、

 小さな笑いがたまに漏れる

 和やかな雰囲気で歓談が続いている。

 ともかく危険な状況に陥ってはいない。

 それで十分だった。


「うわ、すごい人気だね」


 アリスはにひひと笑い、

 胸元から僕を見上げる。


「気に入らないなら、

 こんなところに放っておかず、

 一緒に連れて上がればよかったのに」


「そんなことはない」


 僕は冷静に否定した。


「フレア!」


 どうせ気付いていただろうに、

 フレアは声の主を探すように周囲を見渡す。

 そして僕を見つけたふりをした後、

 周囲の男たちに別れの挨拶をして、

 僕とアリスのところに歩いてきた。

 何食わぬ顔で言う。


「もうお話は終わったんですか?」


 僕は頷く。


「待たせちゃってごめんね」


 アリスは苦笑いする。


「大丈夫だった?

 ここって結構酒癖の悪い人が多いから」


 言いながら、じろりと酒場を見回す。

 こちらを窺っていた視線がすっと逸らされる。


「皆さん、親切な方ばかりでしたよ」


 フレアは微笑む。


「ふうん。それならいいんだけどね」


 その言葉に、

 先ほどまで取り巻きだった男たちは、

 それぞれ安心したように表情を緩めた。

 酒場の前でアリスは微笑む。


「ラッカードさんたちはこれからどうするの?」


「いつも通り修道会に向かおうと思う」


「そっか。じゃあここでお別れだね。

 次の定期報告まで無理しないように。

 それと何かあったら、

 いつでも連絡してくれていいからね」


 言い置くとアリスは一人で去っていく。

 それを見送りながら、フレアに尋ねる。


(何かめぼしい情報はあったか?)


 僕が報告をしている間、

 フレアには情報収集をさせていたのだ。


(特にはありません。

 それよりも修道会の件、

 あなたの言葉では

 変異持ちの苦境が伝わりませんよ)


 何を言っているのだろうか。


(伝えてどうする?

 言っておくが、彼らがどのような苦境にあれ、

 僕にもアリスにもそれを解決する理由はない。

 僕の仕事は彼らの中で情報を集めることだけ。

 とは言えだ、安心しろ。

 お前がやりたいことをやっても、

 僕の邪魔にならない限り、止める気はないよ)


 僕は不満そうなフレアを連れて、

 修道会へと歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ