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第二十二話 新たな戦いの始まり

遙花視点を含みます。



 報告の内容は僕の行動の仔細全てに及んだ。

 それはスワルガ到着から始まって、

 情報屋であるナイジェルとの接触、

 アブラハムとの取引、

 取引の現場でのアブラハムの策略、

 策略を見破った独立派の暴走、

 変異持ちによる殺戮、

 フレアと竜人の戦い、

 リバース・セントラルの介入、

 重力装置を無事確保したこと、

 独立派が口封じを狙って検問を敷いたこと、

 トビー・ビショップの正体、

 黄衣派がソーマを生産していたこと、

 ナイジェルと協力しての策略、

 独立派との共闘、

 ソーマの撲滅、

 黄衣派内の粛清、

 シモン派の教会襲撃、

 アブラハムの当主の交代、

 フレアが変異持ちに二つ名を与えられたこと、

 黄衣派の法皇が代替わりしたこと、

 そこまでを語り尽くす。


 さすがにトビーの正体を知った経緯は、

 街の情報屋を巡って得たことにしたが、

 それ以外は包み隠さず全てを報告した。


「スワルガから来た人たちに色々と聞いてたけど、

 改めて全容を説明されると酷い黒幕っぷりだね」


 最後まで聞いたアリスは、

 呆れたように溜息をつく。


「これじゃあ事件の裏でアルテミシア商会が、

 糸を引いてたように見えても仕方がないね」


「どういうことだ?」


 僕は目を丸くする。

 スワルガでは個人として動いたつもりだった。

 少なくとも公式にはアルテミシアの連絡員は、

 何もしていない。


「来る商人、来る商人、みんなして言っていたよ。

 アルテミシアは黄衣派を見限ったのかって。

 そりゃある程度情報に通じていれば、

 ラッカードさんがトビーの協力者なのは、

 簡単に推測できることだしね。

 そこから素直に考えれば、

 アルテミシアはトビーを援助している、

 という結論に至るのは必然の流れだよ。

 今まであたしたちはソーマを黙認していたから、

 いきなりの方針転換にみんな戸惑っているのさ。

 あたしは何も聞いていないし、

 もしそんな事実があったとしても、

 部下の独断だという風には言っておいたけど、

 信じてもらえてないだろうね。これは困ったね」


 そう言って、ちろりと僕を見る。


「ラッカードさんはその辺りどう考えてるのかな」


 確かに明白な証拠はないが、

 僕が果たした役割を客観的に見ると、

 そう見えるようになっていることも事実だった。


「表向きは独立派がトビーと協力して、

 問題を解決したことになっているはずだ。

 アルテミシア商会の連絡員についての噂は、

 独立派が黄衣派の拠点を襲う理由として、

 流した虚偽ということになっているのでは?」


「表向きはそうかもしれないけど、

 事実は違うってのは当たり前にあることだよ。

 騙されてくれる子ばかりじゃないってこと。

 確かに証拠を残さなかったことは評価できるし、

 たまには黄衣派にお灸を据えるのも悪くはない。

 表向きは何の介入もしていないことにするけど、

 でも、落とし前はつけないとね。

 理由を明確にするつもりはないけど、

 とりあえずしばらく謹慎してもらうことにする。

 これがアルテミシアの総意じゃないってことは、

 はっきりさせておく必要があるからね」


 僕は呻いた。


「少し考えが足りなかったようだ」


「あのさ、勘違いしないでほしいんだけど、

 怒っている訳じゃないんだからね。

 状況からするとラッカードさんの動きは、

 ほとんど最善に近かったと思うよ」


 アリスは微笑んだ。


「初期の目的である、

 重力装置の回収は成功しているし、

 それに加えて、

 少なくともリバース・セントラルと、

 交戦状態になることを避けた上で、

 奴らの動きを事実として掴めたことは、

 今回の何よりの収穫だよ」


 そこまで言ってアリスは溜息をついた。


「これも対策を打たないといけないよね。

 ラッカードさん、独立派とリバースの連中が、

 何のために同盟を結んでいるのか、

 その辺りで何か分かったことはあったかな?」


 僕は答える。


「ことが終わった後、

 できる限り探ってみたが、

 狙いは全く掴めなかった。

 リバース・セントラルの側に限って言えば、

 独立派に戦力を与えて、

 貸しを作ること自体が目的なのではないか。

 個人的にはそう思ったな」


 アリスは唸ると、横に座っているベルを見た。


「ベルはどう思う?」


「可能性は二つだな。

 ロッドが言うように、

 何らかの計画のため独立派が駒として必要で、

 対価として協力しているという可能性が一つ。

 もう一つは、

 独立派が単独でやっている計画が間接的に、

 リバース・セントラルの利益となっており、

 援助のため、協力しているという可能性だ。

 今の状態では正確な判断は難しいな」


 アリスは確かに、と頷いた。


「この件を公にしなかったのは正解だね。

 このことが評議会の連中に知られたら、

 どうなっていたことか。

 不満の捌け口に使おう、

 なんてふざけた理由で、

 戦争が始まっていたかもしれないよね」


 僕はアリスを見る。


「評議会は今どうなっているんだ?」


「相変わらずだよ」


 アリスは苦笑いする。


「評議会への対応は、

 あたしとベルに任せてくれたらいいよ。

 ラッカードさんは気にせず謹慎、謹慎。

 とりあえず今日は残務を整理して、

 明日から二、三ヶ月ぐらい謹慎しといて。

 ほとぼりが冷めるまで出て来なくていいから。

 暇だったら、

 独立派の裏を洗ってくれると嬉しいかも。

 コネもできたんだし有効活用しないとね。

 ただ一応謹慎中だし、

 行動範囲はアルテミス周辺に留めておいて」


「最善を尽くそう」


 答えて僕は立ち上がる。


「あ、そうだ」


 アリスが思い出したように言う。


「フレアのことなんだけど、

 あの子が変異持ちだってこと、

 二つ名もあって広まってきてるみたいだし、

 ちょっとほとぼり冷ました方がいいかも。

 ラッカードさんと一緒に休んだらどうかな」


 僕が仕事に出なければ、

 フレアも出ないだろう。

 休む理由が必要だった。


(フレア、それでいいか)


(問題ありません)


 本人の了解も取れたので僕は頷く。


「それで頼む」


「じゃフレアも連座で謹慎ってことで。

 本人にはきちんと説明しておいてね」


 アリスは軽く言うとソファに寝転がる。


「もう行っていいよ」


 そして僕は部屋を出た。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 残務があると言っても、

 例のトランスポーターもどきを、

 安全な地下金庫に入れてしまうことと、

 スワルガにいる間に消費した、

 商会の金や装備の記録をつけておくぐらいだ。

 倉庫の隅で手早く記帳を済ませたところで、

 僕は近付く気配に気付いて顔を上げる。

 淡青の瞳が間近にあった。

 座り込んでいた僕を見下ろすのはベルだった。


「ロッド、少し時間はあるか?」


 ベルが小声で言う。


「大丈夫。でもどうしたんだ?」


 ベルは困ったような顔をした。


「相談がある。ハルカのことだ」


 僕は周囲を確認する。

 誰もいない。

 だが倉庫の隅の事務机では、

 立ち聞きされる可能性があった。


「場所を変えよう」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 四階の個室で二人きりになるとベルは言った。


「ハルカ、少し疲れているように見えなかったか。

 スワルガでのことがどうと言う訳ではないんだ。

 私が評議会のためにセントラルに行った時には、

 もうそうだった。本人はいつも通りだというが、

 そうでないことぐらい分かる。

 ロッドはハルカ自身から何か聞いていないか?」


 僕は首を振る。


「アリスからここでの遙花の様子は聞いているか」


 ベルは頷く。


「聞いた。絶対におかしいとアリスも言っていた」


 僕は少し考える。


「学院で何かあったということは?」


「ロッドも知っているだろう。

 あのボーディンの次女を護衛につけているから、

 直接的な危害が加えられることはないはずだ。

 彼女からの報告を見る限りでは、

 小さな嫌がらせは幾つもあるが、

 それはいつも通りで、特筆することはなかった」


「そうか」


 僕は唸る。


「だが前にベルトに来た時は様子が違ったぞ。

 問題は春休みが始まるまでに起きたはずだ。

 僕が一度勧めて断られていることなんだが、

 ベル、お前の手で遙花を休学にできないか。

 もうずっとベルトにいさせた方がいい気がする」


「ハルカは受講態度も成績も悪くはない。

 本人にその気がないとなると難しいところだ」


「現状維持しかないか。

 くそ、僕がセントラルに上がれれば、

 何があったのか、直接探り出してみせるのに」


 二人で話していても、打開策は見つからない。

 ベッドに座り込んで悩む。

 ふと隣を見るとベルが僕を見て微笑んでいた。


「どうしたんだ?」


「こんな相談をしている時に、

 不謹慎かもしれないが、

 ちょっと安心したんだ」


「何がだ?」


「スワルガでの活躍を聞いているとロッドが、

 親父殿と同じになったように感じたんだ。

 でもやっぱり、ロッドはロッドのままだな」


「あいつと一緒にしないでくれ」


 僕は吐き捨てる。

 ベルはくすくすと笑って、

 僕の肩に頭を預ける。


「私はこれから上にいる時間が増える。

 だからハルカのことは任せてほしい。

 ロッドほどうまくはないけれど、

 なんとか原因を探してみようと思う」


 その言葉に僕は考える。

 アリスは言葉を濁していたが、

 セントラルで何か起きているのだろうか。


「心配するな。

 向こうでは親父殿が例のごとく楽しんでいるぞ」


「それならあいつ一人で十分だろう」


 僕は吐き捨てる。

 ベルは俯いて言った。


「私もいい年だ。

 そろそろ身を固める必要がある」


 沈黙が生まれた。

 触れる肩と腕からベルの体温だけが伝わる。

 ベルは二十一歳だ。

 五十年しか生きられない貴族としては、

 もう結婚していて子供の一人もいる年齢だった。


「親父殿は好きにしろと言ってくれているが……」


 ベルは僅かに身じろぎした。

 ベルの肢体が深く密着する。

 その柔らかさ、体温、鼓動、全てを感じる。

 緊張からか、その首筋は火照っていて、

 僕を見上げる瞳はどこか濡れていた。

 何を求めているのかは分かる。

 それを口に出さないのは、

 なぜだろう。

 それはたぶん、

 僕が選べないと分かっているのだ。

 だから僕に選択を迫らない。

 ただ側にいてくれる。

 だがそれもいつまでも続く訳ではない。

 そう考えると不安になる。

 しばらくして、

 ベルは名残惜しそうに身体を離した。


「そ、そろそろ仕事に戻らないとな」


 ぱたぱたと去っていく。

 階段を降りる靴の音が遠ざかっていった。

 しばらく虚脱していた僕の脳内に声が響く。


(あなたにもそういうところがあるのですね)


(……何の用だ?)


 僕は不機嫌を隠さずに言う。


(夜になる前に拠点に戻りたいのですが。

 いつまでふて寝をしているつもりですか?)


 勝手に戻ればいいと苛立ちを覚えたが、

 このままでいても仕方がないのも確かだった。

 僕はのろのろと立ち上がる。

 部屋を出て、階段を下りる。

 フレアは一階の隅に座っていた。

 その隣には樽のような腹の男ジャックがいた。

 僕の姿を見ると二人は立ち上がる。


「ラッカの旦那、

 しっかり謹慎してきてください!」


(帰りますよ)


 そしてフレアは僕の斜め後ろに立つ。


(そうだな)


「悪いが後のことは頼んだぞ、ジャック」


 事務所を見回す。

 男たちが笑いながら見ている。

 僕は何度か手を振って、それから事務所を出た。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



(なぜ彼女の誘いを受けなかったのですか?)


 しばらくして、

 倉庫街を抜け、廃墟へと差し掛かる頃、

 フレアは尋ねてきた。


(ミーアの言葉を借りれば、

 彼女は誘えば即落ちる状態だと思います。

 あなたも彼女を好ましく思っているのでしょう。

 何をためらうことがあるのですか?)


 自惚れかもしれないがその通りだとは思う。

 何を言っても言い訳にしかならない。

 僕には選択できなかった。

 それだけのことなのだ。


(分かりませんね)


 フレアはそれだけ言う。

 沈黙したまま僕らは歩く。

 そうしてたどり着いたビルの入り口、

 そこには幾つかの人影が座り込んでいた。

 全員が薄汚れた外套を被って姿を隠している。

 外套の上からでも、

 彼らが常人ではないことは一目瞭然だった。

 骨格や肉のつき方がどこか違うのだ。

 彼らは変異持ちだった。

 僕とフレアが近付くと彼らは立ち上がる。

 卑屈そうに縮こまった体勢で僕らに顔を向ける。

 僕らを待っていたようだ。


(早速、二つ名が効いてきたようだな)


 変異持ちの情報網は、

 おそろしく迅速に情報を拡散させたようだ。


(安心してください。

 変異持ちに関わる問題で、

 あなたに迷惑はかけません。

 私が責任をもって解決します)


 フレアはそう言うと歩き出す。

 謎の自信に満ちているようだが、

 裏付けがあるようには思えなかった。

 何も分かっていないのは確かだろう。


 変異持ちの抱える問題は、

 単純な個別の利害の問題ではない。

 宗教的な価値観そのものとの軋轢だ。

 解決するには、

 価値観そのものとの対決を避け、

 具体的な問題が発生している部分を抜き出し、

 そこをうまく迂回する方法を探す必要がある。

 それは苦闘の連続となるだろう。

 脅迫と暴力しか使えないあいつに、

 まともな解決方法が見つけられるはずもない。


 現実的に言うと、

 変異持ちであるフレアは、

 外から見れば僕の付属物として認識される。

 フレアがやらかしたことは、

 僕がやらかしたことになるのだ。

 それに独立派と変異持ちの繋がりは深い。

 変異持ちのコミュニティに深く入り込むほど、

 独立派の情報を掴める機会も増えるだろう。


 立ち止まった僕はしばらく迷い、

 それからフレアの後をゆっくりと追いかけた。


(それなら僕は、お前が本当にできるものか、

 暇つぶしに見物させてもらうとしよう)


 しばらく忙しくなりそうだった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇





 セントラルに向かうトランスポーターの中――


 ハルカ・アブライラは心を決めようとしていた。

 リディアという女性は言った。

 彼は自殺をするような人物ではないと。

 ずっと見てきた妹だからそれだけは分かると。

 ずっと悩んでいた疑問が解けた気がした。

 父はやはり殺されたのだ。

 ハルカを捨てた訳ではなかったのだ。


 その事実はハルカの中に、

 想像以上に強い感情を巻き起こしていた。

 それは安堵と怒りだった。

 許してはならない。そう強く思う。

 何を?

 問う必要もない。もちろん父を殺した者だ。

 ハルカは心に決める。

 絶対に探し出して、必ず償わせてやる。

 そして復讐を果たしたなら、

 その時こそ新たな人生を始めよう。


 あの人は約束してくれた。

 ハルカをリバース・セントラルに連れて行くと。

 リバース・セントラルの人間の娘として。


 兄さんのことを少し考える。

 離れるのは寂しい。けれどハルカがいなくても、

 兄さんの側には姉さんとフレアさんがいる。

 納得しきれないもやもやした感情を抱えながら、

 それでもハルカの決意は鈍らなかった。

 戦いはここから始まるのだ。



     第二章  破戒都市スワルガ  了



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