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第十三話 独立派との交渉

 


 隠れて待つこと五分。

 僕はリバース・セントラルの強化外骨格を、

 視界に入れた。


 外骨格の巨体と、その機動力を考えれば、

 屋根に上がり、跳躍しながら移動した方が、

 もっと早くここまで到達できたはずだ。


 それでも障害物の多い地上を選んだのは、

 目撃される機会を最小限にしたいという、

 計算ができる状態である証だった。

 それは好材料である。


 外骨格は、僕が隠れている防壁から、

 少し離れたところで足を止めた。

 警戒しているのだ。

 臨戦状態で、周囲を観察している。

 僕は防壁の陰から顔を出す。

 即座に銃撃が返ってきた。

 急いで首を引っ込める。

 かなり頭に血が昇っているようだ。


「僕をここで殺しても意味はないぞ!」


 大声で叫ぶ。


「銃撃を止めろ!

 僕は話をするためにここに残った!」


 だが銃声は止まない。


「ここで僕が死ねば、僕の相棒が、

 アルテミスに戻ることになっている!

 そうなれば君たちのしたことは、

 全て貴族に伝わるぞ!」


 そこでやっと銃撃が止んだ。

 僕はそのまま話し続ける。


「まずは話を聞いてほしい!

 誰か独立派の代表として、

 僕と話ができる者はいるか!」


 ひそひそと話し合う声がする。

 数十秒で話し声は止み、

 一つの足音が近付いてくる。

 僕は顔を出し、相手を見る。

 競売に参加していた男だ。

 その左腕は固定され、

 首にかけられた紐で吊られている。

 男は微笑んで言った。


「やあ、久しぶりだね、青年。

 今回も面白い話を聞かせてくれるのかな」


 だがその目は値踏みをするように酷薄だ。


「先日のような馬鹿げた提案をしたらどうなるか、

 あなたも分かっているよね」


 僕も微笑み返す。


「期待に応えられるよう努力するさ。

 それにしても、こんなに簡単に、

 交渉の席に座ってくれるとは思わなかったな」


「話し合う用意はできていると、

 もう回答を送っていたはずだけどね」


「だがこの場ではもう、

 話し合いに付き合う必然性はないだろう?

 今なら僕を殺すことも簡単にできるはずだ」


 男は目を細めた。


「青年……あなたは……」


 会話が止まる。

 強烈な殺気が男から溢れた。

 そんなに死にたいのかと、

 男は目で威圧していた。

 僕を恐怖で萎縮させようとしているのだ。

 だが、ここで引く理由はない。

 威圧を受け流して僕は続けた。


「君たちは僕を完全に包囲している状態だ。

 今なら確実に僕を殺せる。

 そうすれば少なくとも、

 僕の口は永久に封じることができる。

 本来の君たちの狙いはそうだったはずだ。

 だが独立派のこれからをしっかり考えるなら、

 君たちはそんなことはできないだろう。

 僕はそう信じていた」


 微笑み続ける僕を、男は睨み返した。

 凶相である。

 だが手は動かさない。

 その時ではないと分かっているのだ。


「君たちには感謝するよ。

 僕の期待に本当によく応えてくれた」


 既に戦いは始まっている。


「座ろうか。

 立ったままでは、

 落ち着いて話もできないだろう?」


「そうだね」


 男はゆっくりと頷いた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕は男を防壁の中に案内し、

 古いバラックの近くにある腰掛けに座った。

 そして僕は男に視線を合わせる。


「独立派も随分と馬鹿なことをしたものだよ。

 自分で自分の首を絞めているようなものだ。

 そうは思わないかな」


 僕は問いかける。


「何のことか、分からないね」


 男はとぼける。

 だがその瞳は、

 僕の言った意味をある程度理解していた。

 僕は認識を共有するために続ける。


「スワルガの包囲と通行者の検問。

 あれがまずいけなかった。

 この都市には、そうやって調査されることを、

 好まない派閥が幾らでもあるからね。

 その後、彼らの声に重い腰を上げた黄衣派に、

 正面から対立したこと。

 あれも悪手だ。

 あの臆病な黄衣派のことだ、

 君たちと実際に戦う気などなかっただろう。

 軽く圧力をかけた後、おそらく仲裁のため、

 話し合いに持ち込むつもりだったのに、

 過剰反応した君たちが、

 その芽を潰してしまったんだ。

 愚かにもほどがある。

 そして今、黄衣派の重要拠点に、

 こうして襲撃をかけてしまったこと。

 これはもう言い訳のしようがない。

 何の大義もない暴挙だ。

 スワルガでも最大級の戦力を誇る君たちが、

 そんな理不尽な力の使い方をしては、

 もう誰も君たちを信用しない。

 ここで僕を殺せたとしても、

 スワルガに君たちの居場所はもうない」


 男は何も言わない。

 僕は包囲の中にいる外骨格を一瞥した。


「もちろん、

 君たちにはそうまでしても、

 隠したかったことがあるんだろうけどね」


 男は僅かに表情を変える。

 その変化から独立派の状況を読み取れた。


 今回の問題の原因を作ったのは彼自身だ。

 組織での彼の立場は悪化しているだろう。

 粛清されてもおかしくない失敗だ。

 だがこうして統率者として出てきている。

 挽回のチャンスを与えられたのだ。

 もちろんそれだけではない。

 そこには人柱の意味もある。

 物事が好転しなければ、

 全てが彼の独断だったことにされ、

 彼は処刑されるだろう。

 それだけで全てが丸く収まる訳ではない。

 だが当事者が死んでいた方が、

 言い訳をするにも都合がいいものだ。

 おそらく彼は生と死の狭間にいる。

 それは取り入る隙だった。


「そして分かっているだろうけど、

 既に僕を殺すことも悪手になっている。

 理由は似たようなものだ。

 君たちが僕を狙っていることは、

 もう周知の事実になってしまった。

 今ここで僕が行方不明となれば、

 リバース・セントラルの存在など関係なく、

 それはもう、 

 独立派が貴族に対して公然と反抗した、

 ということになる。

 それは貴族が独立派を討伐するための、

 いい口実になるだろう。

 貴族は遊ぶ口実が欲しいだけだが、

 その遊びが苛烈であることは、

 君たちが一番よく知っているだろう。


 僕の変異持ちの相棒は別の場所にいる。

 彼女には、これからのことを指示して、

 先に離脱してもらった。

 指示の内容は一つ。

 僕から生存の連絡がなければ、

 単独で包囲を突破し、アルテミスに帰ることだ。

 君たちの包囲が変異持ちの突破を防げなければ、

 目撃者は、無事に貴族の元にたどり着くだろう。

 もちろん他にも道は用意している。

 もう情報を抑える術はない」


 僕は話し終えると男を見つめた。

 男は深く息を吐くと凶相を緩め、笑った。


「面白い話だったよ。

 確かにあなたの話では、

 私たちは追い詰められているようだねえ。

 その考えを否定する気はないよ。

 ただ気になるのは、あなたがどうして、

 そんな私たちにわざわざ接触しているかだね。

 言っておくけど、

 私たちは割と短気で向こう見ずなんだ。

 そうでなければ、

 貴族に敵対するなんて馬鹿なこと、

 できるはずもない」


 男の声には寒々しい軽さがあった。

 それは己の命を投げ捨てた経験のある声だ。


「だからね、

 そんな脅しで私たちを好きに操れるなんて、

 考えない方がいいよ」


 そして男は続けた。


「あなたの話を聞いて、

 やっと私にも状況が理解できたよ。

 なぜこうにも情報の流れが、

 私たちにとって不利な方向に向かったのか。

 あなたが裏で糸を繰っていたんだね」


 僕を試しているのか。

 それとも純粋に疑心暗鬼にかかったのか。

 噂のほとんどは自然の流れだが、

 否定する理由はない。


「君がそうだと思うのなら、

 そうなのかもしれないね。

 ついでに言えば、

 僕は君たちを脅迫しようなんて思っていない。

 ただ、少し手伝ってもらいたいことができて、

 そのお願いに来ただけなのだから」


 僕は微笑む。

 男は苦虫を噛み潰したような顔だ。

 僕の背後に実在しない巨大な影を見ているのだ。

 僕は続けた。


「怖がることはない。

 僕は君と同じで、取引は適正にやる主義だ。

 君たちにも利益が出るように、配慮してある。

 君にしてもこのまま捨石として始末されるより、

 君自身の功績をあげられる方がいいだろう?」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕の言葉に男は呻く。

 自分自身の足元を見られている。

 そのことにやっと気付いたのだ。

 だがそれは彼にとって、

 突っぱねるには魅力的すぎる提案だったようだ。


「……話を聞かせてもらおうか」


 男は低く言った。

 声は警戒に満ちている。

 僕がどう出るか全く分かっていない顔だ。


「彼を呼んでくれるかな。

 君だけではなく彼の同意も取っておきたい」


 僕は待機している外骨格を見遣った。


「……聞こえていただろう。来てくれ」


 男は諦めたように言う。

 リバース・セントラルの強化外骨格は、

 少しためらった後、僕の傍まで跳び、

 その場で立ち止まった。


「立ったままで悪いね。

 君が座れそうな席がないんだ」


 一応言っておく。

 外骨格は立ったままだが、

 どうせ中の人は楽な格好でいるのだろうし、

 座っても腰掛けが壊れるだけだった。


『お気遣いなく。

 それよりも話というのは何ですか?』


 腰部のスピーカーから答えが返る。

 かなり若い女の声だった。

 スピーカー越しであるため判別は難しいが、

 僕と同年代、二十歳前後と感じる。

 少し苛立っているようだった。

 優等生的に整った言葉遣いで、

 声からはプライドの高さを感じる。

 その若さで外部工作員に選ばれたのだから、

 それなりに優秀なのだろうと思う。

 だが交渉役としては経験不足だった。

 声に感情を乗せすぎている。

 素直すぎるのだ。


「ああ、そうだ。

 まずは自己紹介をしておこう。

 僕はアルテミシア商会のラッカードだ。

 ラッカードと呼んでくれ」


『私はリディアと呼んでいただければ。

 それよりも話を……』


「リディア」


 僕はにこりと笑う。


「初めに言っておくんだが、

 僕は君個人とリバース・セントラルに対して、

 含むものは何もないんだ。

 現在僕がついている職業上の立場で、

 困ったことを言うこともあるけれど、

 悪意によるものとは考えてほしくない。

 僕は、この苦境について、

 君と僕が共に納得できる解決を考えたい。

 それが僕の本心だ。どうか手を貸してほしい」


『それは願ってもないことですが……』


 戸惑いが声に乗っている。

 だが悪感情は薄くなっているようだ。


「青年、そこまでにしておけ。

 あまりうちの嬢ちゃんを誑かさんでくれるかな」


 男は渋い表情で口を挟む。


『ケイマン、あなたはまた!』


「それと私も関係者に付け加えてほしいものだね」


「気をつけよう」


 僕は答える。


「リディア。

 ここまでの僕と彼の話は、

 君も聞いていた、ということでいいんだな」


『はい』


「では分かっていると思うが、

 これからの話は君の処遇が、

 深く関係してくる。

 僕は君に命令はできない。

 ただよく考えて、

 君にとって最善の行動を、

 選んでほしいと思っている」


 外骨格は僅かに身じろぎした。


『最初からそうするつもりですが……』


 よく分かっていないようだ。

 だが今はその程度で十分だろう。

 僕は男に向き直った。


「さあ、始めよう」


「何を考えているのか知らないけど、

 全てを解決するような計画があるのなら、

 ぜひ聞いてみたいところだねえ」


 男は低く笑った。

 だがその瞳は猜疑心の塊だった。

 僕はその視線を受け流し話し始めた。


「今回の件は、

 君たちがそこにいた、

 という事実そのものに問題がある訳じゃない。

 リバース・セントラルがベルトで何をしても、

 貴族はあまり気にしないだろう。

 問題はリディアが、

 僕たちと独立派が対立していたところに現れ、

 独立派の味方をしたように見えたことにある。

 言っておくが貴族に虚偽の報告はできないぞ。

 それが判明すれば、殺されるのは僕だからな」


「それでは私たちが困る」


『ケイマンの言う通りです』


 僕も頷く。


「一つ言えることがある。

 僕が見たものはただの状況証拠だ。

 僕はリディアから、

 自分は独立派の味方だ、

 というような説明は聞いていない。

 独立派とリディアが協力しているように、

 見えただけ、でしかない。

 だからこうしようと思う。

 リディアは確かにスワルガに現れた。

 しかしそこに貴族と敵対する意思はなかった。

 ここにいたのは別の目的があったからだ。

 そういう事実を作ってしまえばいい。

 その別の理由が、

 十分に納得のいくものであれば、

 もう真実などどうでもよくなる。

 リディアはこの都市の問題を解決しに来た。

 その中で独立派と協力することもあった。

 偶然いた僕と協力することもあった。

 そういうことにしてはどうかな?」


 男は目を細めた。


「本気かい?」


「君たちに損はないはずだ。

 君たちはそうだったと主張するだけでいい。

 それは事実だから、何を怖れることもない。

 僕も同じように言う予定だ。

 確かに見かけたが、

 貴族とは関わりのないことをしていたとね。

 それも事実と矛盾しない」


「本当にそんなことができるのかい?」


「どこに不可能があるのかな。

 僕は貴族のために死線を潜る気はないし、

 君たちと取引することにためらいもない。

 そして君たちも、僕一人を殺して、

 取り返しのつかないことになるよりも、

 僕に協力して、

 丸く収める方がいいとは思わないかな」


 男はため息をついた。


「あなたの提案は魅力的だ。

 だか保身のためなら、

 もっとよい方法があったはずだ。

 姿を隠して、身を潜め、

 ほとぼりが冷めるのを待つ方が、

 あなたが生き残る可能性は高かった。

 それでもあなたは姿を現した。

 己を囮として私たちを誘い出し、

 黄衣派と争い合わせた上で、

 こうして話し合いをする場を設けている。

 破談になれば、

 ここで死ぬことになるにも関わらず、だ。

 あなたは最初から私たちと交渉するために、

 動いていていたように感じられる。

 私にはその理由が分からないよ」


 男は僕を見つめた。

 僕は答えた。


「僕は、今は貴族に雇われているが、

 元々ベルトで生まれ育った人間だ。

 それなりに愛郷心もある。

 リバース・セントラルの工作員が、

 ちょっと迂闊だったというだけで、

 そこかしこに戦火を撒かれては堪らない」


「ほう」


 男は目を細めた。


「付け加えておけば、

 僕の意図が分からないからと、

 君たちに選択の余地があると思っているのか。

 黄衣派の施設をここまで荒らしておいて、

 君たちはどう釈明するつもりだ?

 これは完全に君たちの暴走だ。

 どんな理屈でも正当化できることではない」


「確かにそうだろうな。

 末端の連中がしたことだが彼らも独立派だ。

 我々が責任を取らざるを得ないだろう。

 それで、あなたは

 その蛮行も正当化できると言うのかい?」


「もちろんだ」


 僕は頷き、そして言う。


「僕はこれから黄衣派を潰す予定だからな」


 声が止んだ。

 二人は呆然としていた。

 沈黙が続く。

 最初に回復したのはリディアだった。


『……黄衣派を? 潰す?』


 リディアの声に理解は伴っていない。

 理解できないからこそ、繰り返しているのだ。


「……本気で言っているのか?」


 しかし男は違う。

 僅かな理解を感じさせる声音で、

 確認の問いを返してくる。


「もちろんだ」


 僕は返す。


「黄衣派の名を貶め、

 悪とし断罪する。

 それが僕の目的で、

 君たちに協力してほしいことなんだ」


「……説明を求めていいかね」


 僕は頷く。


「トビー・ビショップという青年を知っているか」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕の問いに男は少し考えて答えた。


「確か例の装置を発見した探索者の名だったかな」


「その通りだ。

 彼がどのような人物だったかは知っているか?」


「それは知らないな」


「全ては彼から始まったんだ」


 僕は語った。


 トビーが先代アブラハムの息子であること。

 アブラハムがシモンに乗っ取られた後、

 トビーが優秀な探索者として成長したこと。

 そしてトビーが、父の仇であるシモンの背後に、

 ソーマ製造者の影があることを知ったこと。

 それから、その正体を探り続けたこと。


 彼が全力で駆け抜けた生涯を、

 推測と若干の作り話を交えながら僕は語る。


「そして、彼は突き止めた。

 ソーマの生産者が、黄衣派であることを。

 彼は証拠を得るために黄衣派の拠点に侵入した。

 その後は、明らかではない。

 おそらく一度は脱出したのだろうが、その後、

 黄衣派の息がかかったアブラハムに捕縛され、

 拷問の末に殺された。

 だが彼は死の前に情報を残していた。

 僕は以前から個人的に彼に協力していてね、

 その意思を継いでスワルガに来た。

 そして、この無名墓標の社で、

 遂に証拠を見つけたんだ」


 語りながら、

 僕はソーマの保管庫を案内していた。

 大量の現物を見れば疑う余地など残らない。


『ぐす……ぐす、トビー様、かわいそうです……』


 リディアは感情移入してしまったのか、

 中で鼻水を垂らして泣いているようだ。

 黙って耳を傾けていた男は口を開いた。


「ではあなたはただこの拠点に侵入するために、

 己の命を囮として私たちを動かした、

 ということなのか」


 その目には僕への畏怖の念が篭っていた。


「最初から考えていた訳じゃない。

 ただこの状況で好都合だと思ったのは確かだ」


 僕はそれだけを答える。


「それに僕は、彼らの罪を暴くのは、

 貴族の犬である僕ではなく、

 この都市に住む誰かであってほしいと思う」


 そして僕は男を見た。


「だから君たちを巻き込んだ。

 巨大な黄衣派に対して、

 正面からものを言えるのは独立派だけだからね」


 僕は笑う。


「君たちからちょっかいをかけてくれて、

 助かったよ」


 男は僅かにためらうように息を呑み、

 言葉を探すように天井を見上げて、

 それから厳粛な面持ちで頷いた。


「今までの非礼を謝らせてほしい。

 そしてその依頼、独立派が受諾しよう。

 上層部は私が責任を持って説得する。

 私もソーマにはいい感情を持っていなかった。

 いや、ごまかしてはいかんな。

 それが悪だと理解していた。

 だが得にならないと分かっていたから、

 関わらなかったんだ。

 あなたがたは忘れていたことを教えてくれた。

 私たちが何のために立ち上がったのか、

 それは虐げられた者を救うためだったはずだ。

 正義のために命を賭けた、

 あなたとトビー・ビショップの勇気に敬意を」


 男はそう言って僕に敬礼をした。

 独立派式のものだ。

 その返し方を僕は知らない。

 だが男は必要ないと笑った。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕は独立派が提案を受け入れない理由はない。

 そう考えていた。


 独立派は己の愚行をなかったことにし、

 正義の立場から黄衣派を断罪し、

 その上で失った面目を完全に回復できるのだ。

 理性的に損得を計算すれば、

 受け入れる以外の道はない。

 そういう場所に追い込んだ。

 激情に我を忘れた独立派に殺される覚悟も、

 していたのだが、

 どうにもそんなことにはなっていない。

 逆に向こうの方が乗り気になっていた。


 男は何かを悟ったような顔をしていた。

 リディアも泣いていた。

 そんなに感動的だっただろうか。

 大げさに語りすぎただろうか。

 よく分からなかった。


 考えるのは後でいい。

 今は仕事を進めよう。

 僕はリディアにも確認を取る。


「リディア。

 君も問題ないかな。

 君もトビーの協力者の一人だった。

 スワルガに来たのは彼を助けるためだった。

 これからは、そういうことになる」


『はい。光栄です、ラッカード様!』


 リディアは鼻声で返事をした。

 こうして僕の計画は望外の成果を得た。


 二人は余韻に浸るように静かになった。

 それを横目に、僕は大きく深呼吸する。


 現実感がなかった。

 本当にうまくいったのだろうか。


 身体が揺れている。

 ふと足元を見る。

 足が震えていた。

 うまく進みすぎているのではないか。

 不安がどこからともなく忍び寄ってくる。

 だがまだ感情に身を任せることはできない。

 失敗した時のことは考えるな。

 今は計画の遂行だけを考えろ。

 僕は男に微笑んだ。


「では、詳細を詰めよう」


 そして長い一夜が始まった。


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