第十二話 霊薬の正体
いつの間にか夜になっていた。
スターライトは消えている。
遠い星々の光は都市の奥深くまでは届かない。
町から見上げれば、
丘の上の無名墓標の社は、
スワルガの暗闇の中で電気灯に照らし出され、
空中神殿のように浮かび上がっているだろう。
門の中の社殿は迷路も同然だった。
丘の上にあった始まりの小屋を中心に、
数百年にわたり無計画に増築され続けた社殿は、
僅かな見通しすらつかないものになっている。
その中にあって、
武装した黄衣派が潜んでいるとなれば、
その危険度は迷宮を越える。
独立派は戸惑って足が竦んでいるようだ。
その中を僕とフレアは迷いなく先へと進む。
内部の状況はおおよそ把握している。
折れ曲がった回廊を巡り、
庭園の橋を渡り、
書院を通り抜け、
少々後戻りもしながら、
最短距離を選び続ける。
その中で遭遇する黄衣派は全て、
フレアが一撃で気絶させた。
(やっと着いたな)
僕らの第一目標は発電設備だった。
(配線を潰すぞ。奥を頼む)
(分かりました)
数分後、社殿を照らしていた灯りが全て消える。
これで集団行動は更に難しくなる。
僕にとっては、黄衣派も独立派も、
どちらもが混乱している方が有利だった。
作業を終えると僕は社殿の中心へと向かう。
中心部には堅い警備が敷かれていた。
だが灯が消えたことで混乱しているようだ。
僕とフレアは大きく跳び上がり、
屋根を駆けて警備を潜り抜けた。
直後に独立派と警備との小競り合いが始まる。
僕は人影のない中心部を走る。
そして目的のものを見つけた。
(想像してはいたがこれほどとはな)
古びたあばら屋の周囲は倉庫で埋まっていた。
倉庫の中に入ると容器が積み上げられている。
(これは……)
フレアが小さく呟き暗い倉庫の中を見つめる。
もう空気の匂いで分かっていたが、
確認のため、容器の一つを開けて、中を覗く。
ぷんとソーマ独特の匂いが広がる。
ちゃぷりと内容物が揺れる。
当たりだった。
(この粘性の高い液体がソーマだ。
それにしても、ここは保管をしているだけで、
製造工場は別にあるようだな)
(……少し調べても、いいですか)
フレアは容器の中の液体を見つめている。
(何か気になることでもあったのか?)
僕はフレアを見る。
フレアは液体に指を浸し動きを止めている。
答えはない。
(五分だ。それ以上の時間はかけられない)
(分かりました)
フレアはその場で座り込んでいる。
僕はフレアを残して外に出た。
そして周囲をもう一度調べて回る。
乾燥させ、固形化させる機器や、
出荷のための包装装置など、
多くの設備があったが、
中心となる製造設備が見当たらない。
やはり迷宮の中だろうな。
この下には迷宮側からは侵入不能の区画がある。
そこには確実に何か、あるだろう。
僕は迷宮への入り口を考える。
少なくともこの周辺にはなかった。
まだ調べていないのは、
聖域そのものである中心の小屋だけだ。
黄衣派とはあまりことを構えたくないが、
ここまでやれば幾らやっても同じか。
直接に調べてみるしかないな。
(ありがとうございました)
そこで声が聞こえた。
倉庫の中からフレアがゆっくりと出てくる。
(何か分かったのか?)
(成分を分析しました。
これは、通常の麻薬ではありません。
私たちが使用するナノマシンの一種です。
おそらく医療用の有機オートマトン。
それもターミナルケアを目的としたものですね)
(ターミナルケアってのは何だ?)
(治癒や延命ではなく、
苦痛の軽減を目的としているということです。
しかし、このオートマトンは、
特定の個人のために調整されています。
その個人以外に使用しても、
問題の多いものとなるでしょう)
フレアは社殿の中心部を見た。
(会いに、行かねばなりません)
フレアの言ったことの意味を考える。
僕はフレアを見つめた。
(陽電子脳がここにいるのか?)
(おそらく)
フレアは静かに頷く。
僕は呻く。
黄衣派が何を考えていたのか、
その意図が理解できなかった。
(行こう。確かめなければ何も始まらない)
僕らは中心へ向かった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
社殿の中心にあったのは、
廃材で組み立てられたバラックだった。
その裏庭には迷宮へと続く亀裂があった。
亀裂は小さな祭殿の中にあり、
極彩色の布で豪華に飾り立てられていた。
僕らは祭殿の中の扉を開け奥に向かった。
下方へと伸びる階段はよく掃除してあった。
それは地下に伸びる円柱状の空間の壁際に、
螺旋状に続いていた。
後の時代に整備されたものなのだろう。
歩くとぎしぎしと軋みを上げていた。
僕らは足元に注意しながらも、
全速力で駆け降りた。
十分で最下層につく。
円筒の最下部には、
奇妙な台座のようなものがあった。
その周囲には分厚い壁があるが、
一点が爆破されたようにひしゃげている。
扉であったと思しきそこを通り抜けると、
白い廊下が続く。
十メートルほどの廊下を進むと、
広い空間に繋がる。
エリアの底に広がっていたのは、
奇妙な庭園だった。
天井は十メートル近く上にあり、
区画全体は百メートル四方を越えている。
その中には奇妙な建築物が並び、
よく分からないオブジェが転がっている。
居住区ではない、と思う。
だが生産設備がある訳でもない。
いったい、何なのだろうか。
(……こちらです)
フレアが歩き始めた。
その足取りに迷いはない。
オブジェや建築物の間を縫って進む。
その先にあったのは見覚えのある空間だった。
(これは……)
それはまさに神殿だ。
水銀色に光る液体が青白いチューブを循環し、
銀色の柱や歯車による精巧な機構が、
ゆっくりと時を刻むように動いている。
ただかつて見たものとは、
パイプの数と規模が段違いで、
フレアのものを精密機器の工場とすれば、
ここは化学物質の精製プラントのようだった。
(ポータブル・ファクトリーです。
私たちが単独で整備を行う際に展開するもの。
ここがソーマの生産拠点で間違いありません)
その周囲は人の手による装飾で飾られていた。
黄衣派はこの存在を知って、
祭り上げていたのだ。
それがどういうことなのか、
僕には分からなかった。
フレアは神殿の中心へと進む。
中心にいたのは巨大な残骸だ。
人型ではない。
幾つもの操作腕を備えている。
強いて言えば、
機械整備を主目的としているような、
少なくとも戦闘用には見えない、
そんなロボットだった。
その外殻は大きく破損している。
八つあったと思しき操作腕は四つしかなく、
下肢は完全に失われていた。
断裂した部分からは、
モーターの欠片や人工筋肉が露出している。
そのどれもが長い年月で劣化しきっていた。
また中心部の装甲も幾つか欠損しており、
奥には陽電子脳が格納されたブロックが見えた。
フレアはロボットの装甲に足をかけよじ登ると、
そのブロックに指を伸ばした。
触れる――
ただそれだけの行為で、
何かが変化した、
そんな気がした。
フレアは動かない。
触れたまま静かに動きを止める。
一分ほどでフレアは指を離した。
ファクトリーが停止し自己分解を始める。
(何をした?)
僕は尋ねる。
降りるフレアは足場を確認しながら答えた。
(これまでの状況を教えてもらった後、
私が把握している現状を全て伝え、
同意を得ました。
ここでソーマが生産されることは、
もうありません)
気付けばファクトリーは塵に返っている。
そしてフレアはロボットの巨体に向けて、
右腕を向ける構えを取った。
茜色の輝きがフレアを包み、
その右腕に巨大な手甲が出現する。
閃光が走り、轟音が響いた。
フレアの右腕から何かが放たれたのだ。
その一撃は陽電子脳の収められた筐体を、
完全に破壊していた。
残骸が床に落ちてがらがらと音を立てる。
突然のことに僕は呆然とする。
(何をした?)
(役割を果たし終えたなら、
休息が与えられる。……当然の報酬でしょう)
フレアは手甲をどこかに収めて静かに答える。
その顔に感情は浮かび上がっていない。
ただ決然たる意思を秘めて、
視線は自分の行為の結果を直視している。
いや、どこか羨ましそうですらあった。
(そうか)
僕はそう言うことしかできなかった。
僕はそのロボットを見上げる。
その中枢は完全に破壊されていた。
疑問はあった。
陽電子脳がなぜこんなところにいたのか。
何のために、ソーマを生産し続けていたのか。
フレアはこの陽電子脳と何を話したのか。
どういう風に同意を得たのか。
そして、なぜ殺したのか。
聞きたいことは幾らでもある。
だが今はその疑問を晴らす時ではない。
もうかなりの時間を浪費している。
ソーマの製造場所を潰した。
その事実があれば十分だ。
これ以上、計画を遅らせる訳にはいかない。
(トランスポーターの部品の位置は分かるか)
フレアは頷く。
(こちらです)
侵入口の方角へと歩き出す。
入り口から少し離れた倉庫のような空間。
ガラクタに混じって、
二つの山型の円盤のようなものが置かれていた。
直径は四十センチほどで、
厚みは頂点で十センチほどだった。
重量はやはり重く、僕では持ち運べそうにない。
(これですね)
(機能は問題ないか)
(はい。しっかり稼動しています)
(なら、回収しよう)
僕はその二つを紐で縛ると、
フレアに背負わせる。
(地上に戻るぞ)
僕らは急いで引き返した。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
階段を駆け上がり祭殿を出て、周囲を確かめる。
地上の暗闇の中では、乱戦が続いているようだ。
僕らは中心に留まり目的の相手を探す。
ここに入る前、あれだけ姿を晒して誘ったのだ。
僕らを殺す絶好の機会を逃すはずはないと思う。
(位置を確認できるか)
フレアはじっと周囲を見渡す。
その間、僕も状況を整理する。
社はほとんど独立派に占拠されていた。
生き残りの散発的な抵抗はあるようだが、
それもすぐに途絶えている。
あの戦力差を考えれば当然のことだろう。
小屋を囲う防壁を盾代わりに、
近付いてくる独立派を撃ちながら僕は迷う。
このまま姿を現さないのであれば、
この包囲された状態から脱出して、
もう一度仕切り直さなければならない。
それはかなり厳しい展開となるだろう。
そこでフレアの返事が来た。
(いる、と思います。
位置の特定はできていないのですが、
確かにあの外骨格が駆動している痕跡が……)
そこまで答えたところでフレアは一度止めた。
(いえ、発見しました。
情報が届いているのでしょう。
こちらに向けて一直線に近付いてきています)
目論見通りの展開だった。
だがそれは安全な道ではない。
一歩間違えれば死あるのみだ。
だがこの道だからこそ、
得られるものがある。
僕はフレアに告げる。
(手筈通りに頼む)
(本当にいいのですか?)
既に目的は話していたはずだ。
だがフレアは再度、確かめる。
僕を心配しているのだろうか?
よく分からなかったが、
それでも計画通りに行動してもらう必要がある。
だから僕は説明した際に言った言葉を繰り返す。
(僕が死んだら後のことは好きにするといい)
(あなたはやはり、ろくでもない人間ですね)
(そうかな)
フレアはもう答えもせず、
(必要なら声をかけてください。
五分以内に戻れる位置で待機します)
言い捨てると飛び出した。
暗闇の中を圧倒的な速度で走り抜ける。
そのまま屋根に跳び上がると、
一気に加速する。
それを追える者はいなかった。
そして僕一人がこの場に残る。
ここからが本番だ。
材料は揃っている。
手順も明確だ。
ならば後は腕次第ということだろう。
絶対に成功させる。
それだけのことだ。
握り締められた拳をゆっくりと解き、
五本の指を広げる。
指は震えていた。
僕は再び拳を握り締める。
銃を構え直す。
そして交渉相手が姿を現すのを待つ。




