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第八話 苦境

 


「これはどういうことだ?」


 僕は呆然と尋ねた。

 誰に、という訳ではない。

 強いて言うなら自分自身に問いかけていた。

 遙花はアルテミスの町にいるはずだ。

 僕はそう信じ込んでいたのだ。

 だが漏れた呟きを聞きつけ、

 答える者がいた。

 昨日案内をした掏摸の少年だった。

 少年は誇らしげに言う。


「こいつ、あんたの仲間なのか?

 そいつはラッキーだったな。

 世間知らずっぽいのが、

 いきなり裏町に入り込んで来たと思ったら、

 やばそうな奴らにからまれていたからさ、

 このキリーン様がキリっと助けてやって、

 ナイジェルさんとこまで連れてきたんだけど。

 こいつは正解だったな。

 ありがたく思えよ!」


 遙花一人でスワルガにいたのか?

 どうして? 何のために?

 僕は混乱する。

 疑問は脳内から溢れ、

 凝視となって遙花に突き刺さっていく。


「……キリーンって言ったかな。

 ありがとう、感謝するよ。僕の妹なんだ」


 その視線に耐えられないというように、

 遙花は表情を曇らせる。

 その変化に気付いた少年は、

 僕ではなく遙花に確認を取った。


「おい、本当にそうなのか?」


 少年の問いに遙花は僅かに頷く。


「はい。兄さん、です。

 あの人を追って、ここに来たんです」


 遙花に確認した後、少年は僕を睨む。

 義憤に溢れた表情だ。


「あんた、もうちょっと、

 しっかり妹の面倒見た方がいいぜ。

 あんなかわいい顔してるのが、

 スワルガを一人で歩いていたら、

 大金を見せびらかしてるみてえなもんだ。

 十歩も進まないうちに攫われて、

 ひどい目に遭っちまうぞ!」


 僕を責める言葉だ。

 だが震えたのは遙花だった。


「そうだな。その通りだ」


 僕はただ頷く。

 そしてナイジェルに声をかけた。


「奥の部屋を借りてもいいか。

 ちょっとばかり二人で話がしたい」


 ナイジェルはかっ食らっていた飯を飲み込むと、

 水を飲み、それから顎をしゃくった。


「かまわんさ。説教でも何でも好きにしろ。

 ただし、あまりうるさくはするな。

 何をするにしても静かにやれ。

 俺たちが食事中だってことを忘れるなよ」


「分かっている」


 僕は遙花に目を向けた。


「遙花、来るんだ」


 一言告げ、教会の奥へと向かう。


(フレア、ここで待っていてくれ)


(……分かりました)


 フレアは静かに立っている。

 遙花はすぐには動かなかった。


「あう、おねえちゃん、いっちゃうの?」


 膝に乗っていた五歳ほどの子供がむずがる。

 その言葉に促されるように、


「ごめんね」


 子供を優しく下ろすと遙花は立ち上がった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 そこは教会の奥に設けられた小部屋だった。

 二人が入っただけでもう狭苦しく感じるが、

 防音が行き届いており密談にはちょうどいい。

 ナイジェルはこの部屋を、

 情報屋の商売道具として使っているが本来は、

 懺悔だとか告解だとかをする場所なのだろう。

 その意味では今の状況にぴったりとも言えた。


「なぜここにいるんだ、遙花?」


 僕は尋ねた。

 小さなテーブルに向かい合って座る遙花は、

 悄然として答えた。


「ごめんなさい」


 遙花の声は小さい。


「あ、あの、兄さんのことが気になって……

 置いて行かれたって思って、

 そうしたらもう耐えられなくなって……」


 遙花は詰まりがちに話す。


「……ごめんなさい、兄さん。怒らないで」


 遙花は繰り返した。

 僕はため息をつく。


「遙花、顔を上げてくれ」


 僕はテーブルに身を乗り出して、

 遙花の頭の上に手を伸ばす。

 薄茶色の髪を荒々しくかき乱してやる。

 遙花はぶるりと震えた。

 優しく撫でる。

 震えは止んだ。

 僕は俯いた遙花に、話しかける。


「僕は確かに怒っている。

 でもそれは遙花が嫌いだからじゃない。

 遙花が危険なことをしたからだ。

 大事な妹が馬鹿なことをしたら、僕は叱る。

 それは遙花が、

 僕の見ていないところで傷ついたら、

 とても悲しくなるからだ。

 もし遙花がいなくなったらと思うと、

 僕は足が震えて、

 まっすぐ立っていられなくなりそうなんだ。

 そんなことには絶対になってほしくない。

 それだけなんだ」


 遙花は涙のたまった目で僕を見ていた。


「兄さん……」


 ほうと遙花の唇から溜めた息が漏れる。


「……兄さん、大好きです」


「僕もだよ」


 遙花はそれから、ぽつぽつと事情を話した。

 僕とフレアが出かけた日のことだ。

 遙花はその日のうちに、

 アルテミスの町を出たらしい。


「それにしても、どうやって来たんだ?

 普通に移動すれば、

 スワルガまで一週間はかかるはずだぞ」


「特急の偽竜を使いました」


「特急を?

 あれは運送屋にいきなり頼んで、

 はいどうぞ、

 と使わせてもらえるものじゃない。

 それなりの依頼が必要なはずだぞ」


 僕の問いに遙花は答えた。


「依頼はアリスにしてもらいました」


 よし、あいつを半殺しにしよう。

 僕の思考が読めたのか、

 遙花はとりなすように言う。


「あ、アリスはすごく嫌がったんですよ。

 でも私が強引に頼み込んだた、

 最後にアリスが折れてくれたんです」


「頼み込まれたぐらいでそうなるなら同じだ」


 遙花はちょっと慌てて付け加えた。


「いえ、お願いを聞いてくれなかったら、

 ここで首の動脈を切る。

 そう言ったんです。

 そしたらすぐに用意してくれました」


 ……何を言っているんだ?


「よく分からないんだが、

 遙花はアリスのこと、そんなに嫌いだったのか」


「え?」


 遙花が目を丸くする。

 あまり意識していないのだろうか。

 僕は表情を厳しくして、強い声音で告げる。


「脅しでも、

 言ってはいけないことがある。

 友達の首を掻っ切るとか、

 幾ら遙花でも、許せないな」


 驚いたように遙花は言い募った。


「違いますよ。

 そんなひどいことはしませんし言いません。

 私が切ろうとしたのは……」


 自分の首を撫で、柔らかく微笑む遙花。


「……私の頚動脈ですよ」


 ……何を言っているんだ?


「その方が駄目だろうが!」


「そうでしょうか?」


 遙花は首を傾げて、続けた。


「ついでにアリスは、

 護身用の道具も貸してくれたんですよ。

 だから、この街で出会ったごろつきも、

 本当はキリーンに助けてもらわなくても、

 一人で解決できたんです」


 その通りだろう、とは思う。


「それは……少年が来てよかったな」


 僕は呻く。

 遙花が首を傾げた。


「どうしてですか?」


「幾ら相手が弱いからと言って、

 突っかかってきたら、

 問答無用で殺していいというわけじゃない。

 そういう奴らが遠慮するようなサインを、

 自分からきちんと出せるようにならないと。

 誘っておいて皆殺しというのは悪趣味だし、

 恨みを買いやすい。

 かかる火の粉は払わなければいけないけど、

 その前にやっておくべきこともある。

 前にも言ったけど、

 場所によって常識は違う。

 確かにセントラルでは、

 無害に見せた方が暮らしやすいけれど、

 スワルガでは、自衛能力があることを、

 ある程度誇示した方が物事がすんなり進むんだ」


「はい。気をつけます!」


 遙花は頷く。

 本当に分かっているのだろうか。

 僕はため息をつく。

 だが状況は分かった。


「いいか。こんなことは今回限りだ」


「はい。反省してます!」


「ここでは僕の言うことに必ず従うように」


「はい。絶対服従です!」


「そこまでは言っていない」


 そう言う遙花は既にご機嫌で、

 僕の隣に椅子を移動させて、

 ごろごろと身体を擦り付けてくる。

 本当に反省しているのだろうか。

 これでよかったのだろうか。

 もっと厳しく叱った方がよかったのではないか。

 そもそもここに来た経緯からして何かおかしい。

 もっと突っ込んで話をするべきではないか。

 僕は、そんな迷いを抱えながら、

 今にも壊れてしまいそうな遙花の雰囲気に、

 何も言うことができず、

 そのまま可愛がってしまうのだった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 それから僕は部屋を出る。

 教会ではもう食事が終わり、

 子供たちが片付けをしているところだった。

 遙花を子供たちの中に行かせてから、

 僕は考える。

 この先どう動くべきだろうか?

 アリスから頼まれていた問題は片付いた。

 そのものを確保できたのだから、

 後はこれを無事に持ち帰ることができればいい。

 だがその中で新しく発生した問題もある。


 不可抗力とは言え、

 独立派とリバース・セントラル――

 二大勢力が繋がっている証拠を、

 僕が目撃してしまったことだ。

 昔から疑惑はあった。

 だが疑惑があることと、

 事実が目撃されてしまったこととでは、

 話がまるで違うのだ。

 逃げ帰っている時は頭が回らなかった。

 だがこうして冷静になると、

 だんだんと恐ろしくなってくる。


 セントラルとリバース・セントラルは、

 現在、緊張した関係にある。

 単純に言うと、

 実質的に敵対しているが、

 公式に認めることはせず、

 建前として、

 お互いに友好的であるというふりを続けている、

 という状態だ。

 もう友人ではないが、

 完全な戦争状態には入りたくない。

 そんな意見の一致が今の状態を生み出していた。


 両者の争いは、

 常に証拠の残らない裏工作として進められる。

 証拠があったとしても、

 はっきりとしない疑惑の段階に留まる程度で、

 宣戦布告の根拠となるものではない。


 独立派の反抗自体は、

 実のところ、貴族は、

 子供の遊び程度にしか考えていない。

 目に余れば叩き潰すこともあるが、

 そうでなければ、ほとんど放置している。

 貴族の中の無意識的なものとして、

 ベルト住民は庇護の対象のようなものである、

 という前提がどこかにあるようだった。


 だが、リバース・セントラルは違った。

 貴族にとって、それは明確な敵である。

 リバース・セントラルが絡む時、

 それは子供の遊びではなく、敵対行為になる。


 リバース・セントラルと独立派が手を結ぶこと。

 それ自体は十分にあり得ることである。

 だが今はもう可能性ではない。

 実際に目撃されたという事実なのだ。

 このことを僕が貴族に直接報告すれば、

 それは十分に開戦の理由となった。

 無論、今開戦するべきかどうかは、

 別の判断となるけれど、

 そういうレベルの失敗をしたこと自体が、

 リバース・セントラルにとっては、

 大きなダメージになる。


 今この都市には、独立派に手を貸している

 リバース・セントラルの工作員がいる。

 性別は分からないが彼としておこう。

 彼は確実に僕たち二人を、

 あの場で始末するつもりだった。

 それができると思って姿を見せたはずだ。


 だが失敗した。


 今、彼は苦境に立たされている。

 アルテミシアの現地代表である僕に、

 独立派に協力する姿を見られたのだから。


 この苦境を解決する方法はただ一つ、

 僕らの口を封じることだ。

 直接の目撃者を消せば事実は可能性に戻る。

 今は全力で僕らを探しているだろう。

 協力関係にある独立派も、

 動員されている可能性が高い。

 となると、どうなる?


 僕とフレアだけなら、

 何とでもなるかもしれない。

 だが今ここには遙花がいる。

 ならば第一の目標は遙花の安全の確保だ。

 そして第二の目標が僕らの安全の確保だ。

 力ずくで脱出するのは論外。まず死ぬ。

 運がよくても一人は死ぬ。


 さあ、考えろ。この苦境を脱して、

 目標を達成する方法を考えるんだ。


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