第七話 竜人とフレアの戦い
途中でフレア視点が入ります。
スターライトの輝きは薄れかけつつも、
未だベルトを明るく照らしている。
砲塔跡の瓦礫の中で、
二つの影が向かい合っていた。
一つは竜人――
ドラゴンレイスと呼ばれた変異持ちだ。
その姿は、もはや人の姿を留めていない。
二メートルを越える体格。
全身は全て鱗に覆われ、頭は完全に竜だ。
その存在が人であることを、
僅かにでも感じ取れるのは、
直立二足歩行で、
金属片の埋め込まれた皮鎧を着ていること、
所作に人としての思考が宿っているからだろう。
先ほど見せた銃を持つ兵士に向かう踏み込み。
それは獣のものではない。
知恵を持つ人の計算された動きだ。
獣の力と人の知恵を兼ね備えたもの。
それが変異持ちなのだ。
対するのは十四歳の子供――
小さな身体は吹き飛びそうなほどに軽く、
細い手足は軽く折れそうなほどに儚く見える。
だがその実態は頑丈この上ない機械だった。
外套を脱ぎ捨てる。
中に着ているのは街娘にありがちな服装だ。
両腕と肘、膝、脛には、
鍛冶屋で調達した鋼鉄の防具が巻かれ、
拳にも同じような鉄の保護具がついている。
一応、腰にはナイフがくくりつけてあるが、
あんなものは飾りでしかない。
敵の集中力を僅かでも散らすことができれば、
役目を果たしたと言える。
本命は純粋な膂力による殴打。
だがその構えはいつものまま、
完全防御の構えだった。
消極的だがそれでいい。
まずは相手の動きを見極めるのだ。
最初に動いたのは竜人だった。
何かが閃く。
フレアの服が切れ飛ぶ。
爪だ。
地を這うような踏み込みでフレアに接近し、
左腕を外へ払うように振り抜いたのだ。
「ほう」
感嘆するのは男だ。
「あの一撃を避けるかよ」
爪はフレアに届かなかった。
フレアは体勢を崩さず、
滑るように後方に引いて、距離をとる。
だが前進する竜人の踏み込みの方が速い。
竜人は手足が確実に届く距離を確保する。
インファイトだ。
鈍い輝きが閃く。
両腕が嵐のように叩きつけられる。
だがフレアは弾く。弾く。弾く。
小さく折り曲げられた両腕を器用に使って、
いなし、逸らし、叩き落している。
竜人と対等の膂力あってこその芸当だが、
それでもあの猛攻を完全防御する技量は、
三ヶ月の訓練の成果として上々すぎるだろう。
もし僕が彼女と同等の筋力を持っていたとして、
同じようにさばけるかと問われれば、
疑問符がつく。
彼女の防御の技量は天才的だった。
竜人はフレアの防御を崩すため、
死角へ死角へとステップを踏み、
全方位から両腕での連打を続けていた。
だが唐突に流れが変わる。
一際素早い突きを顔面へと放った直後、
竜人は姿勢を低くして足払いを繰り出したのだ。
上半身に意識を集中させての虚をついた一撃だ。
だがフレアは万全の体勢で、
前に出ていた足をひょいと浮かせ、
足払いを脛で受け、簡単にいなしてしまう。
竜人は足払いを受けきられて、
僅かに体勢を崩し、
攻勢を鈍らせる。
それを確認して、
フレアが拳を突き出した。
だがその反撃は致命的に遅い。
その時には竜人は姿勢の安定を回復していた。
竜人は低い姿勢のまま、
前腕を回転させるように受け、
フレアの拳を完璧に逸らし、跳ね上げる。
今度はフレアの身体が浮いた。
跳ね上げられた片腕の分だけ、
鉄壁の防御に隙間ができていた。
その隙間を縫って、
フレアの顎先に、
跳ね上げられた竜人の手の甲が触れる。
強烈な打音が響く。
宿っていた威力に、
フレアが頭から大きく後ろに吹き飛んだ。
そのエネルギーに逆らわず、
フレアは自ら勢いに乗る。
くるりと宙を回って着地。
防御の姿勢を堅持する。
ダメージは当たり前だがほとんどない。
その力強い動きに男は目を見開く。
「あの女、変異持ちだな」
「でなければ、こんな戦いは挑まない」
男は笑った。
「同じ変異持ちでもどうにもならんよ。
確かに防御は随分と鍛えているようだが、
攻勢はまるで精彩を欠いているな」
僕は黙って状況を見つめた。
戦いは止まらない。
攻めているのは竜人だ。
圧倒的な膂力と手数で、
そのまま相手を沈めようとしている。
フレアはほとんど手を出せていない。
たまに出す反撃は、それこそ、
竜人にとっての好機にしかなっていない。
竜人のカウンターを受けて、
フレアはあえなく手を止める。
その間に竜人はきっちりと姿勢を安定させ、
再び攻め始める。
その動きに付け入る隙はない。
だが有利なのはフレアだ。
フレアは竜人の猛攻を全て防ぎきっていた。
打撃、急所、いなし、つかみ、投げ。
すさまじい回転で次々と繰り出される技の数々。
しかしフレアはその全てを、
弾き、受け、押し返し、どれも防ぎきっている。
竜人は焦り始めている。
だがフレアに決め手があるわけではない。
そして竜人は攻勢を解いた。
息を整えに来たのだ。
僕はフレアに告げる。
(休ませるな。ここで仕留めろ)
僕はずっと周囲を探っていた。
探していたのは伏兵だ。
こうやって膠着状態を続けていれば、
しびれを切らして動き出すかと様子を見ていた。
だが気配はない。
もしかするとまだ待機しているのかもしれない。
だが、こちらには援軍が来る予定もない。
これ以上の時間を費やすのは愚策である。
(フレア、力ずくで倒してしまえ。
少々変異持ちの限界を超えても、
目撃者の口を封じればいいだけだ)
僕は言う。
だがフレアはこう言った。
(偽装は解きません)
(何だと?)
何を言っているのか分からなかった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
フレアはここで目覚めてからずっと、
ジレンマを感じていた。
突入した陽電子脳の最後の一人として、
確かな成果を残さなければならない。
役立たずのまま終わることはできない。
だがそのためには己の存在を、
危険に晒さなければならなかった。
もしかすると何も成し遂げられないまま、
壊れてしまうこともあるかもしれない。
打ち捨てられた数多の同胞のように。
始まりの王に負けたあの時のように。
フレアはそのことを恐れていた。
そして立ち止まっていた。
何もしなければ、
何を失うこともない。
終わりのない結末に、
逃げ込んでしまっていたのだ。
だが、それで本当にいいのか。
フレアはロデリックの行動を思い浮かべる。
彼は己の死を前に、決して絶望しなかった。
あらゆる事象を利用して戦い抜き、
最後にはフレアと対等の立場にまでなった。
否、彼は勝っていた。
フレアの生死は、
あの時、確かに彼に握られていたのだから。
眼前のドラゴンレイスという戦士も同じだ。
フレアはそれを羨ましく思い、
彼らのようになりたいと思う。
ハルカ・アブライラの言葉を思い出す。
何かを得るために失うことを覚悟する。
勇敢な言葉だ。
あんなに小さな少女が、
その覚悟を宿している。
ならば自分もその覚悟を持つべきだ。
まだ何もできていない今、
存在を失うことは何よりも恐ろしい。
それでも、踏み出していかなければ、
何も得られないのだ。
だから始めていこう、
小さな一歩から――
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
(今のままでも勝てばよいのでしょう)
フレアは僕にさらりと言う。
こいつは何を言い出すのか。
(それができないから言っているんだ)
実戦で十全に発揮できるのは、
何度も訓練したことだけ。
今のフレアは彼に負けない。
そして勝てもしない。
それは厳然とした事実だった。
しかし、フレアは言う。
(ずっと考えていました。
なぜ私は勝てないのか。
彼の動きを見ていて、
やっと自分の間違いが分かりました。
守らなくても守ることはできるのだ、と)
そしてフレアは、静かに構えを解いた。
僕には唐突過ぎて理解できない。
(どういう?)
その瞬間、まるで倒れるように、
全身を投げ出すようにして、
前のめりにフレアは踏み出していた。
フレアは一瞬で竜人の懐に入り込む。
拳をそのまま放つ。
素直な一撃だ。
それはいつもの反撃と同じように、
簡単に防がれる。
だがそこからが違った。
フレアは既に次の拳を放っていた。
それも防がれる。
だが次の一撃。
弾かれる。
それでも次の二撃。
防がれる。防がれる。
フレアの拳打は一撃たりとて通らない。
だがフレアは止まらない。
嵐のような連打。
その動きはシンプルで隙だらけだ。
しかし力強く、速い。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
フレアは拳を叩きつける。
思い浮かべるのは、
ロデリックの動き、
竜人の動き。
彼らがどのように動いて、
どのように狙っていたか。
それだけをイメージして、
身体を動かし続ける。
竜人はフレアの動きに対応できていない。
攻勢に出られず、防戦一方となっている。
そして、今のフレアは知っている。
どうすればその防御を破れるかを。
竜人による手本を、もう何度も見ていた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
圧倒的攻勢――
永遠と感じられるほどに続いた連撃に、
ある時、フレアは一瞬の間を作った。
竜人は反射的に、
苦し紛れの反撃を放ってしまった。
握られているのは釘のような暗器。
拳の射程が僅かに伸び、
防御の目測を狂わせる。
それが決まれば戦局は
一気にひっくり返っただろう。
だが準備の分だけ手の速度は遅かった。
生まれた間隙にフレアは最速の拳をねじ込む。
拳は竜人の顔面に直撃した。
フレアはそのままの勢いで、
竜人の頭を地に叩きつける。
後頭部を鋼の床で打たれた竜人は、
全身を大きく跳ねさせて、
大の字に倒れた。
倒れた竜人は一度痙攣しただけで、
その後はもう動かなかった。
「決着だな」
僕は警戒を崩さず、男を見つめる。
男は護衛同士の戦いの決着に、
目を細め、笑っていた。
「やるね。戦ううちに学ぶとは。
こういうのは本当にぞくぞくするよ。
だが困ったね。それ、譲る気はないんだ」
男は滑るように僕に向かって走り寄る。
手には短刀が握られていた。
僕は転がり逃げる。
男が迫る。
そこでフレアが間に合った。
短刀をがちりと受け止める。
僕はその隙に円筒を確保する。
かなりの重量だった。
円筒自体は持ちにくいので、
取っ手付きのケースに入れて持ち上げる。
腕に負荷がかかった。
やはり重過ぎる。
この円筒の中は、
隙間なく金属が詰まっているのではないか。
そう感じた。
(逃げるぞ、フレア!
そいつの相手をしながらでも引けるか?)
フレアが男の脇を力のこもった拳で打つ。
それは男の防御の上から、
骨を叩き折っていた。
男がうずくまる。
(これで問題ありません)
(よくやった!)
だがそこで男は後ろに転がって、
フレアから距離をとった。
「これはしょうがないね。
本当は使いたくなかったんだけどなあ」
呟いて男は何かを空に向ける。
カチリと音がした。
何かが発射される。
信号弾だ。
夜の闇に信号弾が一瞬輝く。
「何をした!」
男は折れた腕を庇うようにして笑う。
「さあね。
ただ勝者に忠告をあげよう。
全力で逃げたほうがいいよ。
まあ、逃げられないけどね」
次の瞬間、
砲塔に巨大な影が降り立つ。
魔物ではない。茶色の強化外骨格。
鋼の大地ががごんと軋む。
(リバース・セントラル!)
闇夜に浮かぶその姿は
悪夢に出てくる魔物のようだ。
重装甲のコクピットブロック。
突き出す操作腕。堅牢な構造の下肢。
その腰部には固定の火器。
背面には複数の武装がマウントされている。
(まずい。引くぞ!)
僕は走り出す。
だがそれでは速度がまるで足りない。
(フレア、僕を担いで運べるか!)
(……分かりました)
答えるや、
フレアは僕を担ぎ上げ、
全速力で走り出した。
その速度は人知を超えている。
だがそれでも安心できない。
リバース・セントラルの外骨格の性能は、
変異持ちの領域にはないのだ。
(あれは、何なのですか?)
(リバース・セントラルの強化外骨格だ!
くそ、どういうことだ。?
やつら、独立派の裏についたってのか?)
リバース・セントラルは、
ベルト地帯とも国交を持っていない。
セントラルとベルトとの抗争にも、
不干渉の立場をとってきたはずだった。
後方からは強化外骨格が、
跳ねるようにして追ってくる。
その速度は圧倒的に速い。
一歩踏み出すごとの距離が段違いなのだ。
(これは追いつかれますね)
(追いつかれたら、詰むぞ!
リバース・セントラルの戦闘用外骨格は、
防御力、膂力、機動力の高さが特徴だ。
ついでに大口径の火器も備えている。
僕たちが持っているような豆鉄砲では、
傷を与えることもできない。
接近戦なんてもっての他だ!
お前が全力を出せば勝てるのかもしれないが、
そんなつもりはないだろう?)
(そうですね)
僕は活路を探す。
そして一つ案が閃く。
(この船のシステムに干渉はできるか?)
俺の問いに、フレアは肯定を返す。
(もともとは私たちの船です。
死んでいる部分が多く難しいですが少しなら)
(隔壁だ。
隔壁をおろせ!
足止めだ。
時間を稼げればいい!
生半可な方法じゃあれは倒せない!)
フレアは、階段のある空間を、
壁面を跳ねるようにして降りていく。
負けじと外骨格が追ってくる。
一気に近づいてくる。
(もうすぐ追いつかれるぞ!)
(この周辺のシステムは全て反応なし。
あ…… ありましたね。
この先、二百メートルほど進んだところ。
そこの隔壁なら下ろせますね)
(そこだ!)
(はい)
僕はフレアに抱えられて、
高速で艦内を走り抜けていく。
既に外骨格は背後に見えている。
すさまじい跳躍で天井や壁を蹴りながら、
近づいて来る。
(隔壁、動かします)
前方で隔壁が動き出す。
僕らはそこに飛び込む。
隙間をぎりぎりですり抜ける。
背後を見た。
外骨格はこちらにアームを伸ばしていた。
だがぎりぎりで届かない。
もう隔壁はほとんど閉まっている。
外骨格は通り抜けられない。
だがこれで完全に妨害できたとは思えない。
(一気に逃げる!)
僕らは全速力でその場を離脱した。
中心街に帰り着く頃には、
僕は疲労困憊していた。
(ひどい目にあった)
(ですが目的は達成できたようですね)
(できていなかったら、
徒労感で人生を呪っていたよ)
ケースはフレアに持たせていた。
このまま宿に帰るのはまずいだろう。
潜伏するには、どこがいいだろうか。
そして僕らは教会に向かった。
到着すると、僕は中に入る。
「ナイジェル、すまないが、
ちょっと頼みたいことが……」
僕は声を失った。
教会内にはナイジェルと子供たちがいた。
ナイジェルは街で孤児たちを集めて、
教育するのを趣味にしていた。
今日も集めて、夕食を食べさせていたのだろう。
その輪の中にどうにも見覚えのある顔があった。
「あ、兄さん……」
煌く黒い瞳が僕を捉えた。
少しばつの悪そうな顔だ。
そこにはなぜか、
事務所にいるはずの遙花・アブライラがいて、
子供たちをあやしていたのだった。




