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第九話 迷宮探索

 


 物思いから覚めた僕は、

 教会の隅に座り込んでいるフレアに気付いた。

 フレアは両手を円筒に触れさせ、

 じっと俯いている。


(何をしているんだ?)


 僕は尋ねた。

 フレアは僕に目を向ける。


(内部の解析をしていました)


(何か特殊なところはあったか?)


(はい)


 フレアは頷いた。


(これはトランスポーターを、

 改造したもののようですね)


(どういうことだ?)


(これは円筒の先端から、

 鉛直方向十一メートル先を中心に、

 半径十メートルの重力場を作ることができ、

 また引き寄せる力と遠ざける力を

 手動で切り替えることができます。

 これはトランスポーターのゴンドラに

 搭載されているものとほぼ同じです。

 重力場の方向制御が、

 装置の向きに依存していること、

 重力場の強度がレバーで調整可能であることは、

 単独で機能するように改造されたためでしょう)


(改造された?)


(はい)


(誰がしたと思う?)


(現状の技術水準と比較すると、

 非常に高度な技術が用いられています。

 あなたがたの誰かとは考えられません。

 あなたがたの誰かとは思えませんね。

 六百年以上前、

 かつての技術が維持されていた頃に、

 その改造が為されたと考えるのが自然でしょう)


 僕は考える。

 これは使えるのではないか。


(これはトランスポーターとしても使えるのか?)


(手動で重力場を操ることに習熟すれば、

 いずれは可能になるかもしれませんね。

 しかし人間が背中にロケットをつけて、

 そのまま飛ぶようなものです。

 これを操作してから

 トールハンマーが反応するまでには、

 かなりのタイムラグがありますから、

 その遅延を計算に入れておく必要があります。

 バランス感覚だけではなく

 思考力も必要となるのです。

 それができる者は相当限られるでしょうし、

 その天才をもってしても、

 操作は非常に難しく、危険なままでしょう)


(だが可能である、と)


(そうですね。

 ただもっと簡単な方法があります。

 この状態でも、これはまだ、

 発着点の部品とのリンクを保っています。

 それらと協働するようにシステムを復元すれば、

 トランスポーターとしても機能するようになる。

 おそらくこれらの部品は、

 一まとめに置いてあったはずです。

 ただ発見者が一つだけで機能するものと誤認し、

 持って来てしまったのではないでしょうか)


(発着点の現在位置は分かるか)


 僕の問いにフレアは答える。


(もう確認しています。

 おおよそこの艦の下方三百メートル程度ですね)


 その距離では艦内ではない。迷宮の中か。

 だが位置が分かるなら到達は難しくはない。

 作戦が形になり始めていた。

 僕が考えたのはこういうことだった。


 現状で独立派とリバース・セントラルは、

 同盟関係にあると見ていい。


 だが一枚岩ではない。


 独立派は支配からの自由が欲しいのであって、

 貴族の支配下から逃れられるなら、

 リバース・セントラルの支配下に入っていい、

 という訳ではない。ならば、

 力を自ら保有することには興味があるはずだ。


 そう。

 この装置を使って独立派を懐柔し、

 内部分裂を誘うのだ。

 そのためには不興を買うと分かっていても、

 踏み出したくなる餌が必要だ。

 重力を使って自由に移動でき、

 発着点を置けば輸送に使うこともできる、

 また場合によっては、

 自力でセントラルに乗り込む手段にもなる、

 実質上の簡易連絡艇なら、

 それだけの価値がある。

 僕はそう思うし思いたかった。後は賭けだ。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕はナイジェルに目をやる。

 僕の視線を受けて、

 ナイジェルは無言で顎をしゃくる。

 話は奥でやろう、そういうことだ。

 小部屋に戻るとナイジェルは椅子に座る。


「情報を買わないか」


「どういうことだ?」


「僕は今スワルガの住人にとって、

 非常に重要な情報を握っている。

 こいつをあんたにただで譲ろう。

 代わりに頼みたいことがあるんだ。

 あんたはそれを受けてくれるだけでいい。

 代金は別に払う」


 ナイジェルは僕を睨んだ。


「面倒なことになったようだな」


「ああ、僕にとっては最悪の状況さ。

 だがあんたらにとってはそうでもない。

 情報をうまく活用すれば、

 それなりに儲けられると思う」


「言うじゃねえか」


 ナイジェルは僅かに考えた。


「いいだろう。

 ただし最初に言っておくが、

 俺と、俺の子供たちに、

 命の危険が迫るような時には、

 お前の頼みは二の次になるぜ」


「それは当たり前の話だ」


 僕は頷く。


「まず情報だ。

 今日、僕はアブラハムと取引をした。

 集まったのはシモン本人と僕、

 それに独立派とアブラハムのサクラだ。

 独立派と僕はサクラを見抜き、

 シモンを糾弾した。

 シモンは口封じに

 僕たちを殺そうとしたが、

 逆に反撃を受けて死んだ。

 直接手を下したのは、

 独立派が連れて来た

 ドラゴンレイスという変異持ちだな」


「……なんてこった。マジかよ」


 ナイジェルは天井を見上げる。


「確かにこいつは扱いに困る情報だ。

 だが確実に儲けられる。

 知ってる奴と知らない奴で、

 絶対的な差ができる。

 スワルガがひっくり返るぞ」


「後はナイジェル、あんたの立ち回り次第だ。

 この情報は独立派も握っている。

 時間的な有利はさほどない」


「分かった」


 ナイジェルは頷く。


「で、頼みってのは何だ?」


「さっきの状況でのことなんだが、

 まずいものを見てしまったんだ。

 詳細は言えないが、最善の策が、

 僕たちの口封じになるような代物だ」


「お前を匿え、というのか? 無理だぞ」


「僕じゃない。

 うちの妹を匿ってほしいんだ。

 できればほとぼりが冷めた頃、

 アルテミスまで送り返してほしい」


 ナイジェルは黙り込んだ。


「それなりの護身術は仕込んだが、

 裏稼業としてはずぶの素人だ。

 一緒に連れて行けば確実に死ぬ」


 僕は続けた。


「こんなこと普通は頼めない。

 でも、あんたなら信用できる。

 あんたは無知な子供を見捨てられないから」


 ナイジェルの表情が歪んだ。


「貴様はこれだから気に入らねえんだ!」


 そして苦しげに頷いた。


「守ってやるよ。

 だがお前たちのことは

 全部ばらしちまうぞ!

 アブラハムとやりあった後、

 ここに来たことも含めてな!」


「それでいい。

 シモンの死の情報を使うなら、

 手に入れた経緯も説明する必要があるだろう。

 僕らはこれから迷宮の中でほとぼりを冷ます。

 まあ、派手に暴れる予定だがな。

 こいつも広めてくれていい」


「面倒な話に巻き込みやがって」


 ナイジェルが毒づく。


「そうだ、依頼の前金だが……」


「いらねえよ」


 ナイジェルは吐き捨てた。


「全部後払いでいい。

 何もかも終わったらお前が払いに来い」


「ああ、必ず」


 僕は頷く。


「死ぬなよ」


「難しいところだが最善を尽くすさ」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 ナイジェルとの話を終えた僕は、

 もう一度、遙花と話をした。


「遙花、言っておくことがある」


 僕は本題に入った。


「僕とフレアは、

 これから仕事の関係で、

 ちょっとばかり狙われることになる。

 僕らはもちろん隠れる準備は整えているけど、

 場所も移動手段も二人分しか用意していない。

 遙花は連れて行けない。

 だからこの教会の主に、あの大男だ、

 ここに住まわせてもらえるよう頼んでおいた。

 遙花が狙われることはないと思うが、

 しばらくはここで目立たないようにすること」


「あ、わ、私も一緒に……」


 見捨てられると思っているのか、

 遙花は心細げな声で言い募る。

 そう言うと思っていた。

 だから、僕は続ける。


「それともう一つ、

 遙花に手伝ってほしいことがある」


 僕は大きな手提げケースを示した。


「これを預かっておいてほしい」


「これは?」


「これの確保が

 アリスに頼まれた仕事だったんだ。

 それ自体は成功したけれど、

 僕らは顔を見られていてね、

 追われる破目になった訳だ。

 だが、それは重すぎて持ち運べない。

 どこかに置いておく必要がある。

 だから遙花には、

 この教会でこれを守ってもらいたい。

 ここでは遙花しか信用できない。

 頼んでいいかな」


 その言葉に遙花は大きく頷いた。


「はい。任せてください」


「いい返事だ。

 ただ言っておくけど、

 本当に危険になったら遙花の命が優先だ。

 それは捨ててしまっていいからね」


「大丈夫です。任せてください!」


 遙花の返事を聞くと、

 僕はフレアと共に教会を出た。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 それから僕たちは迷宮探索用の道具を買い込む。


(あの男は信用できるのですか?)


 準備を整えたところでフレアが尋ねてくる。


(気になるのか)


(いえ、ただ、ハルカさんが敵の手に渡れば、

 あなたは動きようがなくなります。

 少しぐらい危険があっても、

 手元に置いておいた方がよかったのでは?)


 当然の疑問だろう。

 僕は生命線をナイジェルに預けてしまっていた。

 だが僕はそんなことは心配していない。


(大丈夫だよ。

 あいつは信用できるし力もある。

 表にはほとんど出てこないが、

 裏事情に詳しい者なら誰もが知る、

 この都市の実力者だ。

 それに奴には十五年の間、

 育てた子供たちがついている。

 その大半はそのままマフィアに入って、

 少しずつ地位を築いている。そいつらが、

 ナイジェルと孤児たちの後ろ盾なんだ。

 ナイジェルが僕の情報を隠さず流していれば、

 彼が僕の味方であるとはまず疑えないだろう。

 その状態であの教会を狙う馬鹿はいないはずだ)


(それならば、よいのですが……)


(連れて行っても危険なのは同じだ。

 僕たちは足手まといがいない方が動きやすい)


(それはその通りですね)


 僕は歩きながら、迷宮地図を確認する。


(お前の情報が正しければ……)


 と地図の空白部分を指す。


(このどこかに何らかの空間があることになる。

 僕たちはこれから、そこに通じる道を探すか、

 もしくは切り開くことになる。

 大仕事になるぞ)



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 ベルト地帯は、

 複数のアダマンティウムプレートが連なり、

 輪のようになることで構成されている。


 このプレートは、

 セントラルと比べれば紙のように薄いのだが、

 それでも二千五百メートル程度の厚みがあり、

 その中には埋設型の設備が詰まっている。

 実のところ、表面構造よりも内部の方が、

 旧時代の遺産は多い。


 だがそのほとんどは利用されておらず、

 人は地下には踏み入ることなく、

 表面で暮らし続けていた。


 

 というのも、地下は地表以上に混沌として、

 生半可な覚悟で入り込めば、

 生きて帰れるかも危いような、

 強大な変異生物の巣窟と化しているからだ。

 また、その構造は複雑怪奇かつ広大で、

 ほとんどの領域では、

 地図さえまともに存在していなかった。

 いつしか人は、その空間を迷宮と呼び、

 忌避すべき禁域と考えるようになっていた。


 それでも、一攫千金を狙って、

 宝物庫に踏み込む勇者が絶えることはない。

 そんな無謀な者たちを、

 僕らは探索者または山師と呼ぶ。

 この二つの言葉は、

 迷宮に踏み入る者、

 という点では同じだがニュアンスが若干異なる。

 探索者は主に、

 未踏の迷宮のマッピング作業をこなす者を指し、

 対変異生物に特化した傭兵を想起させる。

 それに対して山師は、

 主に迷宮で発掘と鑑定に携わる者を指し、

 技術者や職人を想起させる言葉なのである。

 迷宮に入る集団の特性も、

 この二種類に分けられる。

 戦闘能力を高め、正面から突破するもの。

 危険はやりすごすことを基本として、

 発掘に重点を置くもの。

 この二種類が混在した状態になっている。

 この観点で見ると、

 僕とフレアの組み合わせは後者寄りだった。


 迷宮の入り口となる部分は通常は限られている。

 というのもこのベルト地帯が建造された当時に、

 通路として最初から空けられていた部分以外は、

 ほとんど破壊不能だったからである。

 だがスワルガの迷宮は異なっている。


 艦がベルト地帯外装に激突した際、

 一部が内部にまでめり込んだのだ。

 そのため、艦の下に亀裂が幾つも存在している。

 迷宮へは都市の中の複数の個所から侵入できた。

 独立派は迷宮への入り口で検問を張っていたが、

 黄衣派の勢力圏中心に近い入り口では、

 さすがに何もできない。

 さりげなく見張っているだけだ。

 僕らは全身を外套で覆い、顔をマスクで隠した

 迷宮探索者のスタイルで、その入り口を抜けた。


 迷宮の中は暗い。というよりも光源が全くない。

 侵入者が何かしらの明かりを持ち込まない限り、

 そこは常に暗黒の世界だ。 


 空気は淀んでいて、

 鉄錆とも腐敗物とも化学物質ともとれない、

 混沌とした匂いが漂っている。


 空間は意外なくらい広い。

 迷宮というものの、

 その実態は廃工場を探索するのと変わりはない。

 ただ足場は悪い。

 足を踏み入れていいものかという沼。

 視界をふさぐように積み重なった瓦礫。

 生い茂る樹木。

 崩れかかった天井。

 乗り越えがたい巨大な段差。

 人が通るために用意された道は、

 脆く、狭く、ねじくれており、

 高所にあっては、

 足場自体の落下の危険が常にあり、

 低所にあっては、

 頭上からの落下物を警戒しながら、

 慎重な移動を強いられる。


 そして何より変異生物。

 迷宮は彼らの住処である。

 静かに物陰に潜んでいることもあり、

 天井に張り付いていることもある。

 問答無用で襲ってくるものもあれば、

 襲わずとも近づけば大きな鳴き声をあげて、

 周囲の眠れる魔物を、

 呼び起こすようなものもいた。


 山師はまっとうな人間のやる仕事ではない。

 その偏見は紛れもなく真実であった。


 僕とフレアは迷宮を奥深くへと進んでいった。

 そして地図の空白の周辺にたどり着く。

 だがそこはアダマンティウムの隔壁に囲まれ、

 完全に侵入不能となっていた。


(この壁の向こう側だな)


(位置は間違いありませんが……)


 外周沿いに回るが侵入できる隙はない。


(強引に突き破ることはできそうか?)


(私の力では不可能です)


(だろうな。予定通り、道を探そう)


 僕らはその空白領域の周囲の探査を始めた。

 その間にも独立派と思われる捜索班と、

 幾度となくニアミスしたが、、

 その全てから僕らは簡単に逃れていた。

 フレアの視覚頼りではあるが、

 全く光を放たず行動できたからだ。


 仮眠を含めて、三日三晩の時が過ぎた。


 空白と同じ深度の層で無理ならと、

 その下の層、その上の層と、

 探索の範囲を広げたがやはり侵入口はない。


(完全に隔離されているな。

 こいつは一体、何なんだ?)


 ほとんどの層を調べ終わった僕たちは、

 一度作戦を練る。


(分かりませんが、

 特殊なブロックであることは確かでしょう)


 フレアは言う。


(この隔離領域は、

 ほとんど全層を貫くように存在しています。

 もしこれが完全に地上まで続いていたのなら、

 地上の亀裂から直接侵入できるかもしれません)


(あり得るな。確かめに行くぞ)


 僕たちはこうして地上に戻ることになった。


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