……ごめんなさい、忘れてました(2)
みんな、この中に……
僧服の一人が、部屋の片隅に用意していた二つの木箱を引っぱってくる。
その形、大きさ、何よりこの状況。
用途は、ひとつしか考えられなかった。
「……まさか……」
「お二人にはこの中で休んで頂きます」
僧服が鞭を片手に、淡々と述べた。
「サラ姉妹。大人しく眠っていただけますね?」
「……眠る? 永眠の間違いじゃないかしら?」
「…………」
「……ユーリア! あんたカナリアの亡骸がどんな風に扱われているのか、本当に分かってるの?」
「もちろんよ。でなきゃ、わざわざこんな汚い場所にやって来るわけないじゃない」
「確かにそうね…………だったら、遠慮はしない!」
サラが奴隷の尻尾を引っぱりあげる。
同時に、足元の硬い岩盤がひび割れ、地面が僧服たちだけでなく、ユーリアの身体をも飲み込み、拘束したのだった。
「――――な、なによ――何なのよ、これは――――っ!」
奴隷の指先から地面に入り込んだ穢れは、深く浸透し、着実に破壊の手を伸ばしていた。
その力の流れをサラは尻尾でコントロールし、相手の足元に地割れを起こしたのである。
結果、地面は崩落することなく、僧服たちとユーリアだけを咥え込むように崩れた。
「こんな、もの――――うぐぐぐ――――」
手のひらに力を込めて、這い上がろうとするユーリア。
だが、足元は踏ん張れず、身体のあちこちに小さな岩が入り込み、わきの下まで地面に埋まっているため、思うように動けない。
「……無理に、動かないほうがいいです……地割れが進行したら、もっと深くまで沈んでしまいますので……そしたら、助けてあげることもできなくなってしまいます……」
一方、足場を崩すことで、ユアの身体にまとわりつく粘着物質の拘束はわずかに緩んでいた。
もぞもぞと、身体を地面にこすりつけながら、這い上がろうとしている。
「ハッ、何それ脅し? しかも助けてあげるですって? あなたが、あたくしを?」
「え、あ、はい。見逃してもらえるのなら、私たちはそれで……」
「ふざけないで! あんたの正体も、魂胆も、こっちは全部分かっているのよ! さぁ、本当のことを言いなさい!」
「……本当の、こと……?」
きょとんと、ユアはサラと顔を見合わせる。
「……それを言えば、聞いてもらえるのですか?」
「えぇ、きっとそうね。あんたがあたくしになるんだから、そういう形になるんでしょうね」
「…………?」
「……何よ、その顔。あたくしが何も知らないとでも思っていたの?」
「……いえ、その……何というか……」
「ひょっとしてだけど……あんた何か勘違いしていない?」
「勘違い? この期に及んでまだとぼける気?」
「と、とぼけてなんていません――――ですよね、サラちゃん?」
「聞くな! というか、あんたはいつまで転がってるの!」
「だ……だって、ネバネバが絡まって……」
地面から剥がれたものの、手足に粘着物がくっついて、うまく立ち上がることのできないユア。
「もぉ……取ってあげるから、両手を出しなさい」
「こうですか……あつぅ!」
「急に動かないでよ、危ないわねぇ!」
「サ、サラちゃんこそ、いきなりロウソクなんて近づけて、火傷しちゃうじゃないですか!」
「だったら両手を固めなさい。燃やして溶かすのが一番手っ取り早いんだから」
「あ、なるほど」
ユアは両手を硬化させる。
「すごい……本当に取れちゃいました」
「残りは砂埃でもくっつけて剥がしなさい」
どさくさ紛れに奪った鞭を、サラは片手で弄ぶ。
「この鞭は一本一本が何にでも引っ付く、丈夫な糸みたいなもので出来ていてるから……」
「――サラちゃん!」
ユアの叫びに、サラが振り返る。
地面に埋まって動けないはずの僧服二人が、ふいに跳ねた。
飛び出したのは影。
身体は埋まったまま。細く伸びた影だけが、壁面の闇に逃げ込もうとする。
そのうちのひとつを、サラが鞭打った。
ほとんど一瞬の出来事で、ユアの目には影の形さえよく分からなかったが、サラにはその動きが暗闇の中でも正確に見えていた。
だが――。
「……逃げられたわね」
壁の粘着物には目もくれず、サラは通路の奥を見据える。
落ちてきた部屋とは逆方向。僧服たちが棺桶を引っぱってきた方向。
さらに地下へと通じる横穴のある部屋である。
「……この人たち、意識が……」
「完全に気を失っているわね」
白目を剥いて、ぐったりと首を傾けている僧服たち。
「無事……と言っていいのか分からないけど、とりあえず生きているわ」
「とりあえず掘り起こしますね?」
周囲の岩を慎重に砕きながら、一人ずつ地割れから引きずり出すユア。
その横顔を凝視しながら、「……化け物……」とユーリアは歯噛みした。
「ずいぶん物騒な表現ね」
サラが背後からささやく。
「高貴な家柄の、お偉い院長補佐様が、たかが家畜相手に使う言葉じゃないわよ、それ」
「……えぇ、そうね。あたくしが間違っていたわ。あんたたちは家畜なんかじゃない。最低最悪のけだもの。それ以下の害獣よ!」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「あんたたちに逃げ場なんて無い。あたくしから全て奪ったところで、あんたが本物に成り代わることは無い。あんたは必ず死ぬ。あんたは死ぬのよ、ユーリア!」
「…………あのぉ…………それって、私のことですか?」
「他に誰が居るのよ!」
「だって、私はもうユーリア・リンゼじゃありませんから…………」
「はぁ?」
「本物とか偽者とか、よく分かりませんが……今の私はカナリアのユアです。リンゼの名前は捨てちゃいましたし、名乗らない約束ですので、どうかお気になさらず……」
「捨てた? ふざけないで! あんたは奪われた名前と身分を取り戻しにやってきた!」
「ち、違います。私たちはここに連れて来られた仲間を探しにやって来ただけで……そもそもユーリアさんの存在すら、私は全然知らなかったわけで――」
「――全、然――?」
「あ、はい。だってユーリアさんとは、これが初対面…………ですよね?」
「…………」
「両親には申し訳なく思っていますし、ユーリアさんにもご迷惑をおかけしました。お怒りはもっともですし、その責任は私にあります。知らなかったとはいえ、本当にごめんなさい」
ぺこりと、ユアは頭を下げた。
「でも、他のカナリアたちは関係ありません。動けないという理由だけで、アニマにするなんてあんまりです。どうか、ココたちを解放してください」
身動きできない相手を前後で挟みながら、頭を下げてお願いするという状況。
「……もしかして、脅迫してるつもり?」
「ちがっ――私、そんなつもりは全く――」
「じゃあ、無条件でここから出してくれるの?」
「そ、それは困ります……みんなを解放してほしいですし、できれば私たちのことも秘密にしてほしいので、ちゃんと約束してくれるまでは……」
「やっぱり脅迫じゃない!」
「で、ですよねぇ……じゃあ、とりあえずユーリアさんには人質になってもらうということで……」
「何がどう『とりあえず』よ! さっきの謝罪は何だったの!」
「この件とリンゼの家は関係ありませんし、このまま逃げても追われるだけです。なので、このままみんなを探しに行きたいので、ユーリアさんにはどうか道案内をお願いします」
「断ると言えば?」
「その口を塞いで、縛って連行するだけよ」
サラが口元に鞭先を向ける。
「『お願い』、聞いてもらえるかしら?」




