……ごめんなさい、忘れていました(1)
…コリョウ修道院の副院長さん…
奴隷の生家、リンゼ家は聖職者の家系。
にも関わらず、穢れたカナリアに落ちぶれたゆえ、家名を捨てさせられたのだが……。
「あんたが、リンゼの――?」
「――ユーリアさん?」
驚く奴隷の足を、サラが思いっきり蹴りつける。
「おばか! それがあんたの本名でしょうが!」
「だ、だって、今の私は……いたっ、いたいです、サラちゃんっ!」
「あーもぉ、腹立つ。この足、全然外れない。このベタベタ、一体何で出来てるの?」
奴隷の四肢は、粘着物質によって地面に縫い付けられている。
同じ物質で出来ているのが、ユーリアの持つ鞭だ。
白い光沢を帯びた鞭は、刃物のような鋭さと、絹のような滑らかさを兼ね備えている。そして、打ち付けた箇所にべったりと貼り付く、強い粘着物質を残す。
最初の一撃を奴隷が庇った時、その腕に絡みつく糸のようなものに気付いて、サラは奴隷を呼び止めたのだったが……。
今にして思えば、ユーリアの狙いは最初からユアだったのだろう。あえてサラを狙うことで、ユアを罠におびき寄せたのだ。
自分さえ動けていれば、ユアが窮地に陥ることもなかった。
何より、己の意思で付いてきたのに、フォローするどころかユアの足を引っぱってしまった自分自身に、サラは憤慨していた。
……自分たちの出身だけでなく、性格まで知りぬいている相手。
奴隷に罵声を浴びせながら、付け入る隙を探すように、サラは左目に意識を集中する……。
「ふふ……適当なこと言って、本当はもう気付いているんでしょ? だからベタベタに触れようとしないし、私の鞭の間合いも警戒している。偽者さんみたいな間抜けは嫌いだけど、意地汚いドブネズミはもっと嫌いよ」
「気が合うじゃない。あたしも、あんたみたいな性悪は大嫌いよ」
「えっとぉ…………とにかく、ケンカはやめましょう…………ね?」
「「うるさい!!」」
「……あうぅぅ……」
涙目になっている奴隷の腰を踏みつけながら、サラは深いため息を吐いた。
そして、両手を掲げる格好で、改めてユーリアと向き合う。
「――――降参よ。このおばかは動けないし、抵抗したって勝ち目は無さそうだもの」
「あら、ずいぶん素直ね。どういう風の吹き回しかしら?」
「単純な話よ。あなたはここのお偉いさんで、あたしたちはただのカナリア。逃げ場なんてどこにもないし、争うだけ時間の無駄。抵抗して痛い目を見るくらいなら、大人しく言うことを聞いたほうがいいに決まってる」
「賢明な判断ね」
「でも不思議ね。あたしたちはこれでも人目を忍んで来たつもりだし、町にも問題なく入れてもらえた。修道院の誰かが不審に思ったとしても、それであなたみたいなヒトが動くとは思えない。一体、どこでバレたのかしら?」
「ふふっ、知りたい?」
「えぇ、是非」
「教えてあげない」
「…………」
「あははっ、なんて酷い顔。ただでさえ穢れているのに、まだ醜くなりたいの?」
「――サラちゃんを、馬鹿にしないで下さい――!」
「それは命令かしら、偽者ちゃん。いいわよ、好きなだけさえずってみなさい。偽者が本物に、一体どうやって言うことを聞かせられるのか、試してみようじゃない」
「……そういう話じゃなくて、私は……」
「私にとっては大事な話なの!」
びしりと、鞭が奴隷の腕に叩きつけられる。
「あんたが覚えていなくても、私はあんたを知っている。あんたが開拓村に送られたことも、そこで殉教したことも私は知っているの。ようやくあんたという偽者をこの世から抹消できたと思ったのに、どうしてあんたは生きてるの! ねぇ、どうして!」
「…………」
鞭が原型を無くすまで奴隷を打ちつけ、それでもなお叩きつけようとするユーリアの手を、左右に控えていた僧服が掴んだ。
「どうかお控え下さい、ユーリア様」
「放しなさいっ! この偽者は、今度こそ私の手で――」
「……果たしてそれは、今すべきことでしょうか?」
僧服たちの顔はフードで隠れてよく見えない。だが、背丈はユーリアよりも小さく、声もずっと幼い。しかし、その背中から伸びた大きな影に、逆上していたユーリアは気圧され、その表情からみるみる血の気が引いてくようだった。
「――そうね。こんな偽者、この私が手を下す価値も無い。あとは任せます」
「ご理解頂けて何よりです」
僧服の一人が、鞭を受け取る。
物腰と言葉遣いこそうやうやしいが、明らかにその力関係は見た目通りのものではなかった。
「待ちなさいっ!」
サラがユーリアの背に向かって叫ぶ。
「一体あたしたちをどうするつもり?」
ユーリアは鼻で笑い返す。
少しでもこの場の時間を引き延ばそうとしている、サラの考えを見透かした態度だった。
「あなたたち、家畜仲間を探しに来たんでしょ? 会わせてあげるから、ないて喜びなさい」




