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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
2章 地下の国の、カナリアたち
43/46

……ごめんなさい、忘れていました(1)

…コリョウ修道院の副院長さん…

 奴隷の生家、リンゼ家は聖職者の家系。

 にも関わらず、穢れたカナリアに落ちぶれたゆえ、家名を捨てさせられたのだが……。


「あんたが、リンゼの――?」

「――ユーリアさん?」


 驚く奴隷の足を、サラが思いっきり蹴りつける。


「おばか! それがあんたの本名でしょうが!」

「だ、だって、今の私は……いたっ、いたいです、サラちゃんっ!」

「あーもぉ、腹立つ。この足、全然外れない。このベタベタ、一体何で出来てるの?」


 奴隷の四肢は、粘着物質によって地面に縫い付けられている。

 同じ物質で出来ているのが、ユーリアの持つ鞭だ。

 白い光沢を帯びた鞭は、刃物のような鋭さと、絹のような滑らかさを兼ね備えている。そして、打ち付けた箇所にべったりと貼り付く、強い粘着物質を残す。

 最初の一撃を奴隷が庇った時、その腕に絡みつく糸のようなものに気付いて、サラは奴隷を呼び止めたのだったが……。

 今にして思えば、ユーリアの狙いは最初からユアだったのだろう。あえてサラを狙うことで、ユアを罠におびき寄せたのだ。

 自分さえ動けていれば、ユアが窮地に陥ることもなかった。

 何より、己の意思で付いてきたのに、フォローするどころかユアの足を引っぱってしまった自分自身に、サラは憤慨していた。




 ……自分たちの出身だけでなく、性格まで知りぬいている相手。

 奴隷に罵声を浴びせながら、付け入る隙を探すように、サラは左目に意識を集中する……。


「ふふ……適当なこと言って、本当はもう気付いているんでしょ? だからベタベタに触れようとしないし、私の鞭の間合いも警戒している。偽者さんみたいな間抜けは嫌いだけど、意地汚いドブネズミはもっと嫌いよ」

「気が合うじゃない。あたしも、あんたみたいな性悪は大嫌いよ」

「えっとぉ…………とにかく、ケンカはやめましょう…………ね?」

「「うるさい!!」」

「……あうぅぅ……」


 涙目になっている奴隷の腰を踏みつけながら、サラは深いため息を吐いた。

 そして、両手を掲げる格好で、改めてユーリアと向き合う。


「――――降参よ。このおばかは動けないし、抵抗したって勝ち目は無さそうだもの」

「あら、ずいぶん素直ね。どういう風の吹き回しかしら?」

「単純な話よ。あなたはここのお偉いさんで、あたしたちはただのカナリア。逃げ場なんてどこにもないし、争うだけ時間の無駄。抵抗して痛い目を見るくらいなら、大人しく言うことを聞いたほうがいいに決まってる」

「賢明な判断ね」

「でも不思議ね。あたしたちはこれでも人目を忍んで来たつもりだし、町にも問題なく入れてもらえた。修道院の誰かが不審に思ったとしても、それであなたみたいなヒトが動くとは思えない。一体、どこでバレたのかしら?」

「ふふっ、知りたい?」

「えぇ、是非」

「教えてあげない」

「…………」

「あははっ、なんて酷い顔。ただでさえ穢れているのに、まだ醜くなりたいの?」

「――サラちゃんを、馬鹿にしないで下さい――!」

「それは命令かしら、偽者ちゃん。いいわよ、好きなだけさえずってみなさい。偽者が本物に、一体どうやって言うことを聞かせられるのか、試してみようじゃない」

「……そういう話じゃなくて、私は……」

「私にとっては大事な話なの!」


 びしりと、鞭が奴隷の腕に叩きつけられる。


「あんたが覚えていなくても、私はあんたを知っている。あんたが開拓村に送られたことも、そこで殉教したことも私は知っているの。ようやくあんたという偽者をこの世から抹消できたと思ったのに、どうしてあんたは生きてるの! ねぇ、どうして!」

「…………」


 鞭が原型を無くすまで奴隷を打ちつけ、それでもなお叩きつけようとするユーリアの手を、左右に控えていた僧服が掴んだ。


「どうかお控え下さい、ユーリア様」

「放しなさいっ! この偽者は、今度こそ私の手で――」

「……果たしてそれは、今すべきことでしょうか?」


 僧服たちの顔はフードで隠れてよく見えない。だが、背丈はユーリアよりも小さく、声もずっと幼い。しかし、その背中から伸びた大きな影に、逆上していたユーリアは気圧され、その表情からみるみる血の気が引いてくようだった。


「――そうね。こんな偽者、この私が手を下す価値も無い。あとは任せます」

「ご理解頂けて何よりです」


 僧服の一人が、鞭を受け取る。

 物腰と言葉遣いこそうやうやしいが、明らかにその力関係は見た目通りのものではなかった。


「待ちなさいっ!」

 サラがユーリアの背に向かって叫ぶ。

「一体あたしたちをどうするつもり?」


 ユーリアは鼻で笑い返す。

 少しでもこの場の時間を引き延ばそうとしている、サラの考えを見透かした態度だった。


「あなたたち、家畜仲間を探しに来たんでしょ? 会わせてあげるから、ないて喜びなさい」


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