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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
2章 地下の国の、カナリアたち
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おしおきです!

ネロ様…一体どこへ…

「どうぞ、こちらへ」


 ――おれとウサギが、地下に潜り込んでいる一方。

 奴隷どもは、僧服に案内されるまま、修道院の奥へと連れて行かれていた。


「責任者を呼んでまいりますので、こちらでしばしお待ち下さい」


 通されたのは、薄暗い部屋。

 背後で扉が閉められて、それが罠だと気付いた時には、すでに手遅れだった。


「――やられた!」

『……サラちゃん……?』


 口に出さず、思念話トークで呼びかけながら、ユアは振り返る。


『鍵をかけられた。閉じ込められたのよ』

『どうして――』

『こっちが聞きたいわよ。あたしだけならともかく、あんたも一緒だなんて普通じゃない』

『じゃあ、扉を壊して……』

『待ちなさい。こっちの正体がバレているとしても、手の内を明かすのはまだよ。あんたの阿呆力までバレているなら、こんな所に閉じこめたりしない』

『――な、なるほど』

『中に入り込めただけでも上出来。あんたの下手な演技で、ごまかしきれるなんて最初から思ってないわ』

『……それはそれで複雑な気分です』

『とりあえず、相手の出方を観るとして……』


 暗い室内を、サラは穢れた左目で見回す。


『……ここは何の部屋かしら。狭いだけで、何も無い』

『懲罰部屋でしょうか? ずいぶん奥まで来ましたし……』

『だとしても、物が無さ過ぎるわ……何かしら、この床の感じ……』


 がくんと、足場が揺れた。

 地震かと疑い、壁に寄りかかって奴隷どもは気付く。


「動いてるっ――?」

「――落ちてるのよ、この部屋がっ!」


 揺れと浮遊感で身動きが取れない、十数秒間は突然訪れて。

 終着は始まりと同様に激しく、そして唐突だった。


「――止まった?」


 奴隷は面を上げ、あたりを見回す。

 それから両手を広げ、腰元にしがみつくサラにささやきかけた。


「……サラちゃん、目を開けて下さい。もう大丈夫ですよ」

「…………ほ、本当に…………?」

「はい。揺れも止まっています、ほら」

「…………」


 恐る恐る、サラは奴隷の腰から手を離し、足元に触れてみる。


「ふふふ」

「――なっ、なに笑ってるのよ!」

「サラちゃんって不思議ですね。強くて勇敢なのに、昔から地震とか雷に弱くて」

「し、仕方ない、じゃない…………馬鹿にしないでよ!」

「違いますよ。ただ、なんとなく嬉しいというか、懐かしいというか……」

「…………それを馬鹿にしてるって言うの。ほら、もう立てるから――」

「あら、遠慮なさらず」


 ――ふいに、扉が開かれ。


「どうぞお好きなだけ、地面を這いつくばっていなさいな」


 細く、鋭い何かが、サラの顔に振り下ろされた。

 それが鞭だとサラは視認していたし、その軌跡もはっきり捉えられていた。

 ただ、身体が動かない。顔をそらすことも、ユアの身体を突き飛ばすこともできない。

 開かれた眼に向かって、襲い来る衝撃を待つことしか出来ない。

 出来ることは、目を閉じて痛みをこらえることだけ。

 しかし、いつまで経ってもその瞬間はやって来ない。

 恐る恐る、開いた黒い瞳の前に在ったのは、黒く穢れた腕。


「どこの誰だか知りませんが、サラちゃんを傷つけるつもりなら容赦しません!」


 むき出しの手が、絡みつく鞭を引き裂いた。


「私がお相手します!」


 そのまま、逃げた相手を追って扉の向こうへと奴隷は駆け出す。


「――ま、待ちなさいっ!」


 ふらつきながら、サラはその後に続く。

 扉の先は修道院内のどこでも無かった。

 足元は土と岩。地面をくりぬいたのか、元からあった空洞を利用したのかは判別できなかったが、ここがはるか地下だとサラは瞬時に察知した。

 得体の知れない場所。得体の知れない相手。

 何より、得体の知れない武器。

 鞭の残骸を手に、奴隷の名を呼びながら追いかけたサラは、すぐに予想通りの光景に遭遇した。


「……あうぅぅぅ……」


 足を何かで絡め取られ、うつ伏せに倒れたあげく、両手を同じ何かで地面に縫い付けられ、身動きできずにいる、ユアの泣きっ面である。


「……だから待てって言ったのに……」

「サ、サラちゃん……こっち来ちゃ、ダメです……」

「見れば分かるわよ、おばか。というか、そういうセリフは敵の前で言わない。あんたも、そう思うでしょ……?」


 薄闇の向こう。

 二人の僧服を従える女に、サラは呼びかける。


「……敵?」

 黒地に金の刺繍が施されたローブ姿の女が、くすくすと笑った。

「あなた方が、私の敵ですって?」


「あたしはそう思っているけど、違ったかしら?」

「えぇ、全然違うわ。あなた方は家畜と同じ。犠牲のための供物。人間の姿をした動物なの。だからカナリアなんて呼ばれている……なのに敵だなんて……くすくす……」

「……確かにそうね。で、こんな畜生相手に司祭様自らお出でになるなんて、一体どういう風の吹き回しでしょうか?」

「司祭? あぁ、この服ね。よく勘違いされるけど、私は年齢の問題でまだ拝命されていないの。だけど副院長という役職上、こんな重たいローブを身につけないといけない。ほんと、かったるいわぁ」

「……あっそう、ご苦労様。じゃ、このバカ連れて帰ってもいいかしら?」

「残念。私はそこのおばかさんに用があるの。もちろんあなたもよ、サラ・コクトー」

「…………どうして?」

「ファミリー・ネームなんてカナリアに必要ないもの、修道院に容れられた時点で剥奪されたのに、どうして知っているのかって? おばかさん。あなたたちの個人情報は、全て教会で管理されているの。ちょっと調べれば、そんなの簡単に見つけられるに決まっているじゃない」

「――知ってるわよ、それくらい。ただ、そんな昔の情報がコリョウにあるわけ――」

「当然、家畜の本名なんていちいち全教区で共有しないわ。私だって、そんなの覚えるほど暇じゃない。だけど、ユーリア・リンゼだけは別」


 女が、奴隷の鼻先に鞭を叩き落す。


「…………あんた…………ユアの何?」

「正真正銘、本人よ。ユーリア・リンゼが私の本名」


 鞭が、奴隷の右手に振り下ろされた。


「こんな穢れた面汚しじゃなくて、今は私がリンゼ家の長女、ユーリアよ」


※『ユア』は、略称。

 カナリアは教会の所有物で、市民ではないため、カナリアとなった時点で名を失う。

 だいたいのカナリアはファースト・ネームをそのまま使うようだが、奴隷は『ユア』というニックネームで修道院に登録している。

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