絶対に真似しないでください
日が昇る頃には森を抜け、まっすぐコリョウを目指す。
本来なら荒地を迂回するため、近隣の村から街道に入るのがセオリーだが、薄汚れたカナリア三名に、武装犬と、ウサギという構成は、どうにも悪目立ちが過ぎる。
ならば、荒地を抜けるのみ。
コリョウと北部開拓地の間には、穢れたまま放置された荒地がいくつか点在している。
穢れが土壌深くにまで浸透し、沼と化した地域。こういった場所は、植物型グリムのテリトリーである。
この荒地の支配者は樹木らしい。
元が何の樹だったのか、遠目では分からないし、知ったところで意味は無い。それはすでに、成り代わっている。
霧ただよう沼の中心に、ずんどうの、やたら枝を横伸びさせた、真っ黒い樹が一本。
葉はもちろん、一つの花もついていない。しかし、枝先には粒々の黒い実をつけている。
光合成を必要としなくなった身体で、この生き物は足元の養分だけで生きている。それは水、そして土壌に含まれる、穢れである。
風に揺れた枝先から、実がいくつか落ちた。覗かなくても分かる。中身は、穢れの塊だろう。
この地に他のグリムは居ない。が、沼の中心には穢れの影響を受けた動植物が潜んでいる。
中心部を避けて、荒地を横切るだけなら手出しはしてこないはずだが……しばらくは、背後をひたひたと追いかける、何かの気配には付きまとわれた。
……コリョウを見上げる平原に辿り着いたのは、昼下がり。
ここから先は身を隠す場所もない。街道に入って町に向かうか、あるいは夜が更けるまで待つかの、二択である。
「……もう二度と荒地には入りたくないです」
足元の泥を落としながら、うっすらと霧を張った黒い並木道を見下ろす形で、奴隷は草むらに腰を下ろした。
『安全かつ最短の道、だったではないか』
「えぇ、分かっていたわよ……。荒地なんて、普通は誰も近づかないし、通るなんて考えない。穢れたあたしたちには好都合。でもね……あそこまでヤバいなんて知っていたら、絶対に近づいたりしなかった。あぁ……見るんじゃなかった……」
『私も……まだ変な声が聞こえている……あの樹、何だかよく分からない言葉でずっとぶつぶつ呟いていて……ううう……』
『皆さん、どうしちゃったんですかぁ? はむはむ』
「――ちょっとココ、なに食べてるの!」
『え、草?』
「すっ、捨ててください! 危ないです!」
『平気ですって。あたし今、ウサギですから』
『いや、そういう問題じゃなくって――』
「こんな場所の得体の知れない雑草、あんたよく食べられるわね!」
『ん? まぁいけるかな、って?』
「いけるわけないでしょ!」
「お願いです、人間に戻ってきて下さい!」
『ココ……あなたの適応力には引くほど驚いているし、ウサギ姿も可愛らしいと思う……でも、あなたは人間なのよ。それだけは忘れないでちょうだい』
『…………ネロさん、あたし何か悪いことしちゃいました?』
『中身はともかく、きさまの身体はウサギそのものだ。食事内容に問題は無い』
『ですよねぇ。この身体、本当すぐにお腹がすいちゃってすいちゃって……ところでそれ、おいしいですか?』
『やらんぞ』
『分かってますって。あたし今、草食ですから』
『――で、どうだ。きさまの本体はあの町にあると思うか?』
丘の上にそびえる町を見上げながら、ウサギは喉を鳴らした。
『そうですね……多分、あるんじゃないですか?』
『確かか?』
『まぁ……何となくですけど』
確信は持てないようだが、こればかりはココの感覚頼みだ。
いずれにしても、あの町を調べることには変わりない。
『おい、きさまら。遠巻きに見てないで、こっちに来い。作戦を伝える』
コリョウは中継都市だけあって、ヒトの出入りも多い。
潜入そのものが難しくないとはいえ、動物を連れたカナリア三人で乗り込むのは非現実的だ。
なので、チームを二つに分ける。
一つは潜入組。おれとココは絶対に外せない。同行する人間は、奴隷であるユア一人居れば十分だろう。
残りは支援組。こちらはライラが担当する。通信役のライラには、万が一に備えて町の外で待機してもらう。犬はもとより町中に連れて行けないので、ライラの護衛だ。
「――あたしは?」
話の途中で、サラが名乗りを上げる。
『知らん。好きにしろ』
「どういうことよ、それ。あたしを置いていくつもり?」
『……きさま、常日頃おれの命令は聞かないだの言っているではないか』
「――――っ」
『それとも何だ、仲間ハズレは嫌か?』
「ちがっ――そ、そんなんじゃないわよ! あたしはあんたを信用していないだけ。それとこれを一緒にしないで!」
『…………何がどう違うのかは知らんが、付いてくるなり、居残るなり、勝手にすればいい』
「い、行くに決まっているでしょ! あんたらだけに任せておけるわけないじゃない!」
『ほぉ、きさまおれに付いてくるつもりか?』
「何よ……勝手にしろって言ったの、あんたじゃない」
『言ったが、同行する以上はおれの命令に従ってもらう。少なくともあの町を出るまでは、奴隷のように従え。それが、きさまたちと、ココの身体のためだ』
「……………………」
『約束できないのなら別に構わん。きさまは外で大人しく――』
「――分かった、今だけよ! 命令は聞く。けど、言いたいことは言わせてもらうからね」
『……まぁ、いいだろう。下僕の意見を聞くのも主人の務めだ。おれの命令に絶対服従するのなら、他はどうでもいい』
「~~~~~~~~っ」
「でも、サラちゃんが付いて来てくれるのはとても心強いです」
奴隷が尻尾を立てて、サラの手を取る。
「一緒に頑張りましょう」
「別に…………居残ってもライラの邪魔になるだけだもの。それに、あんた一人送り込むなんて、気が気で仕方ないわ」
『じゃあ、あたしは当面サラさんに運んでもらえばいいですか?』
ウサギが奴隷を押しのけ、サラの肩に飛び移る。
『見つからなければ何でもいい。どうせ町中に入れば、おれと修道院に忍び込むのだからな』
「いたた…………ネロ様たちだけで大丈夫ですか?」
『管轄外の修道院内を、きさまらが自由に歩けるわけがない。しかし、猫とウサギには人間の規則や見張りなど通用しない。まぁ、任せておけ』
『コリョウ…………』
ライラが丘の上の町を呼ぶ、
『ここからじゃ聞こえてこない…………もっと近づけば私の声、向こうにいるココたちにも届くのかしら…………』
『時と場合によっては、きさまにも動いてもらう。それまで、きさまは町全体の様子を観察しろ。犬から絶対に離れるなよ』
「……グルル……」
言われるまでもないと、犬がおれを睨みつける。
おれを同じペットか何かだと、相も変わらず勘違いしているらしいが……犬は人間に隷属するが、猫は人間を隷属させるのだ。
付いて来た以上、きさまも奴隷ども同様、こき使ってやるから覚悟しておけ。




