涙の夜(2)
なぜ、ココがウサギの姿になったのか。
おそらくだが、自身の穢れを他者に移したのだろう。
それ自体、特別珍しいことではない。似たような要領で、おれもグリム・ハウンドの亡骸を元に作った人形に、自分を移植した。つまり、コピーである。
だが、おれと違ってココはグリムではない。
ただのカナリア。穢れを自在に扱えるなら、全身麻痺の寝たきりに陥ったりはしない。
とはいえ、穢れを知らない常人とも違う。
穢れは共通して宿主の身体に侵食し、肉体と感覚を奪い、やがて意識そのものを食いつくす性質を持つが、決して宿主を滅ぼしたいわけではない。成り代わりたい、だけである。
身体の主導権を巡って宿主と争いはするが、それゆえに殺したりはしない。
必要に応じて、宿主と身体を分け合い、共有することさえする。時と場合によっては、その命を助けることさえするだろう。
結論から言えば、命の危険からココの心身を守るために、穢れがウサギの身体に取りついたのだ。
危険とは何か。そして、なぜウサギだったのか。
その辺りの記憶は、ココ自身も困惑していて、よく思い出せないという。だが、状況とココの断片的な証言を合わせれば……時は一ヶ月ほど前、場所はコリョウ近郊、死という原初の恐怖からココの心身を守るため、穢れが通りがかりのウサギに乗り移ったものと思われる。
結果、取りついたウサギ自身の記憶や思考に振り回され、ウサギとしても人間としても不完全なまま、ただ目の前の状況に翻弄される日々を過ごし、空腹で死にかけていたところ、おれたちに遭遇した……といった流れだろう。
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「……結局、このウサギはココ自身なの?」
おれの聞き取りに、サラが割って入る。
「それとも、あんたが前に見せた分身と同じ、ただのコピーなの?」
両断されたおれの姿を思い出したらしく、奴隷が涙目になっている。
『両方だ。必要があって、コピーを残す。本体が消えれば、コピーが本体になるしかない』
『じゃあ、ココの本当の身体は……』
『おそらくまだ生きている。こっちはあくまでコピーだからな。しかし、放っておけばこのウサギが本体になるしかないだろう』
『ふぅん。なるほどなぁ』
当のウサギは、まるで他人事。
自分がココという人間の少女だったことを思い出しておきながら、器に顔を突っ込んで、カリカリカリカリ食い散らかす様は、まさしくウサギそのものだった。
「……あんたねぇ……自分がどういう状況なのか、本当に分かってるの?」
『分かってますよ、サラさん。でも、悩んだって仕方ないじゃないですか。そんなことより、今はご飯。あたしもうずっとお腹ペコペコで……』
「そ、そんなに慌てて食べると、かえってお腹壊しちゃいますよ? 誰も取ったりしないから、もうちょっと落ち着いて……」
『フンだ。そーはいきません。ユアさん、意外と根に持つタイプだって、あたし知ってるんですよ。うまいこと言って、あたしのご飯横取りするつもりなんでしょ? 分かってるんですからね』
「取らないし、元々それ私のご飯~~っ」
『……とにかく、本人が気にしていないみたいだから、コピーの問題は置いておいて……予定通り、ココの本体を助けに行くことには変わらないんだよね、ネロちゃん?』
『コピーがいれば、本体の居場所も特定しやすい。かえって手間が省けたと見てもいい』
「そうなの? ココ、あんた自分の身体が今どこにあるのか分かるの?」
『え、全然』
「……ココちゃぁん……」
『ここからコリョウまでの距離を考えれば、まぁ当然だ。しかし、ただのウサギが人間の群れに、犬にも気取られない速さで近づくことはない。しかもきさまらは穢れたカナリア。グリムを除けば、易々と近づく動物はそういない』
「……言われてみれば……」
「つまり、ココには私たちの見分けがついていた、ということですか?」
『そして、ユアのご飯ばかり狙った。今もだけど』
ウサギは答えることなく、ユアに背を向けたまま食べ続ける。
夜の森に、奴隷の泣き声が浸み渡った。




