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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
2章 地下の国の、カナリアたち
34/46

ご飯はゆっくり噛みましょう(2)

私たちの旅の目的…

 ――ココ。

 現在、おれたちはこのカナリアを追っている。

 理由は単純明快。その行方を追えば、アニマの製造と加工の秘密に近づけるからだ。

 そもそも、ユアたち開拓村のカナリアは、四人一組だった。

 宿舎の食器や家具の数が合わなかったので、奴隷に確認したところ、一ヶ月ほど前までココを含めた四人で生活をしていたらしい。

 活発で、最年少でもあったココは、穢れによる身体の影響が最も少ないと考えられていた。

 開拓村にやって来てしばらくは問題なく過ごしていたのだが、破滅は突然やって来た。

 察するに、脊髄への侵食だろう。

 人間どもは肌の色や状態で穢れの深度を計っているのだろうが、実際に侵食がどこまで進んでいるのかなど、ただの目視では絶対に分からない。自覚症状が少なければ、なおさらだろう。

 ココも、時々身体が痛むとは口にしていたようだが、自身の脊髄が穢れているとは考えていなかったようだ。

 ともかく、ココは動けなくなった。

 昨日まで走ることのできた足、丁寧に筆を走らせた指だけでなく、ベッドから起き上がること、大きな声で笑うことさえ、ある朝から全く出来なくなってしまった。

 終わりは、常に唐突である。

 ユアも、痛みや痺れを感じていても、手が全く動かせなくなったのは突然だったと記憶している。

 当たり前だ。それは穢れが、肉体の一部と成った瞬間。

 自分の一部だったものが、異なる何かに変わってしまったのだから、これまで通り動かすことはもちろん、見たり話したり出来なくなるのも当然。

 そうやって、穢れは全身を奪い、やがてそのものに成り代わる。

 脊髄機能を奪われたココは、しだいに息をするだけのガラクタに成り果てた。

 カナリアであれば誰にでも起こり得る現象である。

 ココの場合、それが予想より少々早かっただけの話。

 ユアたちはクドウ司祭と相談し、やって来た救護部隊にココは搬送された。

 行き先はコリョウ。

 都と北部開拓地域を繋ぐ、中継都市である。

 ヒトやモノといった物流はもちろん、穢れに倒れたカナリアも全てそこに運び込まれるらしい。

 名目は治療だが、壊れたカナリアが復帰した例など皆無。

 ココも、コリョウに送られたきり、音沙汰は無い。

 いずれ全身を蝕まれ、息をすることさえ出来なくなってしまうだろう……。



 

『……放っておけば、の話だがな』


 黒い穢れ……と人間どもが呼ぶ病に、治療法は無い。

 在ればカナリアも必要無い。その事実は、当のカナリアたち自身がよく知っている。

 治療に送られたココが、そのまま還らぬ者となることを、ユアたちも内心では受け入れていた。

 ――死後、アニマにされることを除いては。


「……あんた、本当にココを動ける身体に戻せるんでしょうね?」

『戻すという表現は正しく無いが、まぁ生きてさえいれば何とかなるだろう』

「ココ……まだアニマにはされていないのですよね?」

『穢れの目的は宿主を殺すことではなく、成り代わることだ。奪われたのが脊髄機能なら、自死もできまい。一年ほどかけて、慌てずじっくり全身を食い尽くすだろう』

「一年って根拠は?」

『この白猫の身体から、最初に奪ったのが尻尾だ』


 他ならぬ、おれ自身の経験である。


『尻尾時代の記憶は曖昧だが、そこから全身まで半年程度。人間サイズなら一年はかかるだろう』

「……ネロ様がやたら尻尾にこだわる理由って……」

『重症化したカナリアが、どのタイミングでアニマにされるのかは知らんが、今ならまだ間に合うだろう。コリョウという町にココが居ればの話だがな』

『見つけられなくても、行き先くらいは掴んでみせる』


 いつになく、ライラは神妙な面持ちだ。


『ネロちゃんの提案に関係なく、ココを助けられるなら私は助けたい。元通りには出来なくても、また元気に笑ってほしい。一番最初がココだなんて可哀相すぎる……』


 ライラに限らず、ココ救出に関しては、全員が積極的だ。

 もっとも、今まさにアニマと作りかえられているカナリアは他にも居るだろう。

 その可能性は認めても、実際にどう動けばいいのか、奴隷どもはまだ答えを見出せていない。何より情報不足だ。

 まず、ココを見つける。

 救出だの、アニマだのは、そこから始めるしかない。


「ココ……今頃どうしてるかなぁ……ちゃんとご飯食べさせてもらってるのかなぁ……」

「あんたのんびりしてるから、よく取られてたじゃない」

『もぅほら、ユア。早く食べないと、横から取られるわよ』

「大丈夫です。お二人は乱暴じゃありませんし、ネロ様は熱いのダメですから、そんな心配はどこにも……」


 目線を下げた奴隷は、初めて略奪者の存在に気付き、目と目でしばらく見つめ合った。

 白黒模様のウサギ、とである。


「ぶっ」


 先に動いたのも、ウサギであった。

 土を蹴って奴隷の顔に浴びせ、その間に器の食料を口に詰めるだけ詰めて、入り切らないものは前足で掻き集め、まさに脱兎のごとく逃げた。


「あうぅぅ…………どうして、こんな…………って、私のご飯は?」

「……だから言ったじゃない……」

『あのウサちゃんも、真っ先にユアを狙ってたからねぇ』

「そ、そんなぁ…………」

『やっぱり泣いた』

「泣いてません。目に、砂が入っただけです」


 そう言って、奴隷は顔をごしごし拭う。


『とにかく、ここはお家の中じゃないんだから。ネロちゃんみたいに、しっかり守らないとダメよ。ほら、私の焼いた魚があるから』

「ぐす…………ありがとう、ございます…………」

「……もぉ、ライラはすぐそうやって甘やかす……」

『いいじゃない、私とロンが捕った魚なんだから。これから気をつければいいのよ』

「……しょうがないわねぇ……ほら、こっちのキノコも残ってるから」

「サラぢゃぁん…………」

「いいから早く食べなさい。今度取られたら、もう知らないんだから」

「は、はい。じゃあ、いただき……」


 ――刹那、影が奴隷の箸に飛びつき。

 器ごと食料を奪い、走り去ったのだった。


「…………」


 また、ウサギである。

 無言でボロボロ泣いてる奴隷はさておき。

 状況が尋常でないことに、他の二人は気付いていた。


『……もしかして、あのウサギ……』


 グリムではないかと、サラはこちらを見る。


『いや。一応おれもその可能性は疑ったが、さすがにアレは違う』

『そうねぇ……ネロちゃんみたいなグリムだったら、ご飯には困らないと思うし……それに……』

『……どうかしたの、ライラ?』

『うまく言えないけど、どこかで会ったような……そんな気がするのよねぇ……』

『……まぁ、開拓村でもウサギは害獣だったけど……』

『ううん。そういうのじゃなくて……』

『捕まえてみれば分かることだ。すでに放っているのだろう?』

『そうね…………ロン、お願い』


 ライラの命令の下、密かに後を追っていた犬が、岩陰でウサギを捕獲した。

 すでに一度侵入を許してしまったゆえ、犬としては名誉挽回のつもりらしい。

 ウサギの首根っこを咥えて戻ってきたその表情は、どこか誇らしげである。


『ありがとう、ロン』


 ライラは犬の頭を撫で、沈黙してうなだれるウサギへと手を伸ばそうとする。


「――危ないっ」


 その手を、サラが遮る。

 突如、ウサギが暴れ出したのだ。

 奇声を上げながら、かみつき、ふりまわし、ゆさぶり、もがく。

 うかつに触れていれば、指の数本はもっていかれただろう。


「……今、何か聞こえませんでしたか?」


 奴隷もようやく泣き止んで、こちらへやって来る。

 捕食者である犬に抑えこまれながらも、萎縮するどころか、全力で抵抗するウサギの叫びが、耳に届いたらしい。

 ウサギもまた、奴隷の顔を見るなり、再び声の限り叫んだ。


『おなかすいたおなかすいたおなかすいたなんかよこせっ!』


「――喋った?」

「このウサギ、やっぱりグリム――」

『間違いない。この声、この感じ……』


 ライラが一歩、前に踏み出した。


『あなた、ココね?』


 その発言に驚いたのは、奴隷どもだけでなく。

 当のウサギ自身も、目を丸くしていた。


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