ご飯はゆっくり噛みましょう(1)
向こう岸に渡れました…
『……今夜はここでキャンプか……』
「ネロ様――良かった、下りてこられなくなっちゃたのかと思いました」
他の者が作業している中、奴隷はじっと樹の下で待機していた。
万が一おれが樹から滑り落ちても、キャッチするためだそうだが……落下程度の衝撃でおれは死なないし、手足を広げれば滑空できるというのに、こいつは今ひとつ理解していない。
とはいえ、奴隷としての心がけは悪くない。
望みどおり、頭の上に着地してやる。
『おかえり、ネロちゃん。ご飯の用意するから、もうちょっと待っててね~』
ライラは川辺で犬を使って魚を捕まえている。
サラは周辺調査と山菜集め。ここ数日の野外生活で、食用とそうでないものの区別がつくようになったそうだ。
まだ日が落ちるのは先だが、ここから人里に向かえばどうせ夜になる。人間たちの町や村で、カナリアどもが寝泊りできる場所はごく限られているし、トラブルになりかねない。ここで夜明けを待ってから、出発するのが無難といったところか。
『……ところで、ライラ。その犬はどうするつもりだ?』
アニマで武装した一頭と、その配下数匹を連れてここまで来たが、この先はやつらを連れて歩くメリットが無いため、ここで別れる予定だった。
なのに、ライラは頭目の一匹を連れたまま。
奴隷も橋を破壊しているので、この一匹だけは手元に残すつもりらしい。
『ロンのこと?』
『……名前まで付けたのか……』
『ネロちゃんの言ってることも正しいし、私もみんなと帰るように言ったんだけどね……この子だけ、最初から私たちに付いてくるつもりだったみたい。群れはシリウスとブラウとに任せてあるから大丈夫だって、聞かなくって……』
開拓村を出た時から付き従っていた三頭に、奴隷どもは名前を付けようとしていた。
飼い慣らして人里に連れて行けるわけでもないので、やめておけと忠告はしたのだが……。
『……まぁ、一匹くらいは想定内だ。居ても居なくても大差なかろう』
「……グルル……」
『フン……犬風情が図に乗りおって……誰がきさまらにアニマを与えたのか、そろそろ身を持って教えてやろうか?』
「ダメですよ、ネロ様」
後ろから、奴隷に抱え上げられる。
「邪魔をしては、お魚さんに逃げられてしまいます。私、薪を集めるように言われてますので、ネロ様も手伝って下さい」
振りほどこうとしたが、両腕にガッチリ挟まれていて抜け出せない。
しかし、これはこれで楽チンな格好。
胸をクッション代わりに、揺られるまま寝入った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日が暮れ始める。
ライラの主導で、夕餉の支度はすでに整えられていた。
メインは魚。
ライラが探り当て、犬が仕留めた。そのままでも食べられるが、十分炎で炙って、骨まで柔らかくなってから食べるとまた美味いので、仕上がるまで待つことにする。
他は山菜。シダだのキノコだの、サラが集めてきたものを、石焼きにしている。
口に入れば何でもいいと思うが、脆弱な人間は毒や菌ごときで簡単に死ぬ。
ここ数日、サラはライラの協力も借りて、生き物どもを観察し、情報を集め、食用植物を見分けられる『目』を培っていた。
穢れの力にいくら猜疑的でも、生きるためなら手段は選んでいられない、という好例だろう。
そして、それぞれが奴隷の作った器と箸を手にしている。薪割りの副産物であるが、モノを意図した形に分解、分離したものだ。
もちろん、おれ専用の器はおれが手を貸している。
「どうぞ、ネロ様」
いい感じに焼き上がった魚と山菜を、奴隷はおれの器に盛り付ける。
ほのかな塩の香りに、目が醒めてくる。
『……きさまは食わんのか?』
「まだアツアツですから。もうちょっとだけ冷ましてからにします」
『フン。取られても泣くなよ』
「泣きませんし、ネロ様ほど猫舌じゃありません」
とはいえ、待っているだけというのも退屈だ。
『――ところで、ココとはどんなやつだ?』
「急にどうしたの?」
サラが怪訝そうに右の目で睨む。
『どうもこうもない。奴隷から得た情報と、きさまらの印象はまた別だ。ココとはどんなカナリアだったのか、きさまらの話が聞きたい』
「聞いてどうするつもりよ?」
『まぁまぁ……別に隠すようなことじゃないんだし、これから会いに行く相手なんだから……ネロちゃんだって、ココについて正確な情報がほしいだけなんでしょ?』
『当然だ。きさまらも、ココとやらを助けたいのだろう?』
『もちろんよ。だから、私から話してあげる』




