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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
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尻尾が動いて止まりません

『――やった』


 右前足を失い、よろめくグリム・ガルム

 今なら、簡単にとどめをさせるように思えたが……。


「まだよ! 近づいちゃダメ!」


 双頭の獣はサラを睨みつけながら、低くうなる。

 途端、肘の付け根から新たな足が飛び出したのだ。


『――また生えた? 全然効いていないってこと?』

「あいつはグリムよ。全身のほとんどが穢れで出来てるから、材料さえあれば作り直せるんだと思う。ダメージはあるし、無限に生えるわけじゃないけど……あいつの本体……頭を潰さないとダメ」

『……マナのうごき、ミえる目……ますます、ホしい……』


 サラを見据えながら、獣はよだれをたらす。

 視線を遮るように、ユアが間に入った。


「サラちゃんたちに手出しはさせません」

『――ジャマだ』


 横薙ぎ。

 犬を狙った動きだが、奴隷はこれを固めた腕で弾き返した。

 穢れで出来たユアの両手は、触れるだけで破壊することができる。

 ――だが。


『……砕けていない?』

「穢れごと引き裂く爪よ……吹っ飛ばされないように固めたせいで、攻撃ができないのよ。多分、あいつもそのことに……」


 獣は新たな右前足の状態を確かめ、にやりと口元を歪める。


『やはリ……オマエの手、サわらせなければいい……』


 獣の声に応じて、四匹の野犬たちがユアの背後に回りこむ。

 両手を攻撃に使わせない方法など、いくらでもある。

 たとえその結果、配下が何匹犠牲になろうとも、獣にとっては痛くも痒くもない。

 だが、当の野犬たちは違う。

 死ねと言われて死ぬやつはそういない。生存本能の強い、野性動物ならなおのこと。

 ユアの背後に張り付いておきながら、次の一歩を踏み出せないでいる……。


『やれッ!』


 野犬どもの恐怖も、意思も、獣はたった一声でねじ伏せた。

 命じられるまま、野犬たちが飛び出してくる。


『――させない!』


 ライラとサラの下僕犬が、攻撃に割って入る。

 数こそ負けているが、二匹にはアニマの装甲がある。加えて、ライラが声の限り獣の命令を妨害している。


「じゃあね、くそ犬っ!」


 サラが嘲笑い、獣は視線をさまよわせる。


『――どこだ。アの目、ドコへきえタ?』


 立ち止まったところへ、ユアが突撃する。

 狙うは獣の頭部ただひとつ。

 他は何も考えていない。殺さない限り、絶対に止まらない動き……。

 ――そう察知した獣は、前に踏み込んだ。

 相手より先に攻撃すること。それが、破壊の手を防ぐ手立てだからだ。

 純粋な身体能力は全てにおいて獣が勝っている。

 一手の遅れも、即座に取り返し、先に両手に爪を叩き込んだのだ。


『――もらった』


 グリム・ガルムが口を大きく開く。

 あらゆる獣の最大の武器は爪ではない。爪とは、手足を守り、土を蹴り、獲物を捕らえる、便利な道具のようなもの。

 野生の獣が本気で相手を絶命させる時につかうもの。いつだってそれは、命の日数だけ獲物を噛み砕いてきた、その牙である。

 ――同時に、それは諸刃の剣。

 猫でもヒトでも獣でも、トドメを刺す瞬間が、もっとも無防備状態になるのだから。


「……はい。もらいました……」


 獣の牙は、奴隷の肩に触れたところで止まっていた。

 噛みつかれるより先に、奴隷の尻尾が獣の首に巻きついていたからだ。


『…………』


 獣が何か言おうとしたらしい。

 だが、もう口元は動かない。感覚はすでに無く、なおも動こうとするのは本能か反射か。

 いずれにしても、それは崩壊を早めただけ。

 奴隷を掴んだ格好のまま、首だけがボロリと落ちて……それは壷みたいに割れた。


「…………」


 続けて、奴隷も仰向けに犬の背から落ちた。

 後頭部から落ちたというのに無反応。

 犬が吠え、サラが駆けつける。


「ユア!」

「……サラちゃん……?」

「――とりあえず生きてるみたいね。立てる?」

「えっと……ごめんなさい、よく分からないです……」

「最後に腰を抜かすとか、あんたらしいわ……とにかく無事なら良かった」

「でもどうしてここに? 逃げたんじゃ……」

「それはあいつの気を逸らす方便。身を隠すとは教えたけど、あんたら置いてあたしだけ逃げるわけないでしょ?」

「…………おかげで助かりました。私ひとりじゃ、きっとやられていました…………」

『お礼ならこの子たちにも言いなさい』


 ライラが犬どもを連れてやってくる。

 野犬との戦闘は、獣の死と同時に終わっていた。

 野犬どもも、獣の命令を全うするよりは、ライラの声に従う道を選んだらしい。グリム・ハウンドの時と同様、より強いものに従うという、群れる生き物の習性だ。


「……ライラ……みんな……」

『それと、ネロちゃんにもね……』

「……ネロ様……」


 布でくるまったおれの身体を、ライラは奴隷の隣に寝かせる。


『戦い方を教えてくれたのはネロちゃんよ。だけど、もう声はほとんど聞こえてこないの……』

「……ネロ様、私ちゃんと言われた通りにやりました! みんな生きてます……!」


 奴隷と目が合う。

 人間は猫と同じくらい勝手な生き物だ。

 とりわけ、こいつは勝手なやつだ。毎日、大小構わず、どこかで誰かが必ず死んでいるというのに、目の前の猫一匹だけのために泣く。

 実に、勝手極まりない。

 涙に意味や価値など無い。猫のあくびと同じだ。人間は泣きたいときに泣き、猫は眠りたいときに眠る。

 ましてや、こいつはカナリア。

 生きている限り、なき続けるしかない。

 ないてばかりで、うっとおしいと思ったが。

 耳を澄ませば、意外と心地いい。


 ……よく眠れそうだ……。


「――ネロ様、起きて――目を、目を開けてください――!」


 奴隷の胸の中で、おれの半身は冷たい結晶と化していった……。


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