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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
23/46

いくら何でも大きすぎます(3)

ネロ様が……

『ユア! 上っ!』


 おれより先に、サラが声にしていた。

 奴隷はおれを拾い上げながら、固めた腕で爪の一撃をはじき返した。


『……キれない、ダと……』


 獣がもう一方の前足を振り下ろすより先に、犬が奴隷を乗せて逃げた。


「ユア、大丈夫? 怪我は?」

「わ、私は平気です……でも、ネロ様が……ネロ様が……」

『……まだ意識はあるみたい……でも、このままじゃ……』

「――身体の残りは? この化け猫なら、きっと――」

『こっちダ』


 獣が、おれの下半身を摘みあげ……。

 何度も何度も、叩きつけ、踏みつけ、地面がえぐれて穴が開くまで、バラバラに引き裂き。


『――オレは、自由ダぁぁぁぁぁ――!』


 獣は、勝利の雄たけびを叫んだ。


「……なんて事を……」

『とにかく、この場を離れましょう……早く手当てしないと……』

『ニがすとおもうか……?』


 後方の森から、野犬どもがじりじりと迫って来る。

 退路は無い。強行突破したところで、背後からグリムに野犬ごと踏み潰されるだけ。

 だが正面のグリムを相手にするなら、犬どもに背中を狙われる危険は少ない。

 倒すべきはグリム・ガルム一匹のみ。

 だが、それにはひとつ問題がある……。


『……おい、サラ……』

「――なっ、あんた――」

「ネロ様、喋っちゃ駄目です……!」

『……聞け。あいつの首……何か、おかしい……』

「首って……おかしいのは最初から……」


 言いかけて、サラが絶句する。


「ちょっ……何あれ、増えてる……!」

『増えるって? 首は二本のままよ、サラ』

「そうじゃなくって……! 中から生えてきているのよ!」


 サラの叫びに、獣が反応する。


『……ワかるのか……おまえ、いい眼をしているナ……』


 嗤い、そして吠える。

 右の首が、内側から食い破られ、はじけ飛んだ。

 血しぶきのごとく、黒い結晶を散らして……。

 同時に、新たな首が入れ替わるようにして生えている。

 生まれたばかりの赤子のように、血と体液にぬれて、瞳を閉ざしている。

 閉じた瞼からは、まだ意思のようなものは感じられない。

 ただ静かに、月の光を浴びていた。


『どうなってるの! あの首は再生でもするの!』

「おそらく、あれは予備の頭よ……これ以上ネロに操らせないために……ううん、きっとこうなると分かっていて、あえてネロに操らせた……」

『ネロちゃんを油断させるために……?』


 上半身だけになったおれを一瞥して、ライラは獣に向き直る。


『――もしかして、あの頭……まだ生きている――?』

「えぇ、気味が悪いわ……動いているのは片方だけど、もう片方もそのうち動き出すかもしれないし……」

『意味が違うの、サラ。どうやってなんて考えたくもないけど、あれは他の生き物を取り込んで自分のものにしてしまう……そういう生き物なのよ』

「は? じゃあ、あの新しい首って――」


『かすかに声が聞こえる。あの獣とは明らかに別……』

 互いを落ち着かせるように、ライラは犬の背を撫でていた。

『……そう、あなたの知ってる子なのね……』


『……ナるほど……オマエたち、オンケイを、ウけているのか……』


 獣は腰を下ろし、奴隷たちを眺めるように見下ろした。

 その声が、自分たちに向けられたものだとライラは察し、聞き返す。


『……恩、恵……?』

『オレと同じ……うばい、くらい、なりかわる……あいされ、めぐまれた……』

『…………あたしたちが……愛されて、恵まれている…………ですって?』

『ソうだ。オマエたちはユるされている。ユるしがナければ、うばわれ、くわれ、ノまれるだけ。コイツの、ようにナ』


 自分の新たな首に、獣は牙を立てる。


『……なぜ、そんなことを……?』

『オマエ、イイ声をしているな……コイツは、犬をウごかすためにある。オレひとりで、なわばり全てをウごかすことはできナい……だが、オマエたちがいれば……ククク……』

『言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!』

『オレにしたがえ。オマエと、オマエは、コロさず、オレのモノにしてヤる』

『……この子たちは?』


 おれと奴隷のことである。


『――ヤつざきにしてイヌにくわせてヤる――!』


 獣の叫びに、森が、空気が、野犬どもが震え、静まり返った。


『……分かったわ。サラ、答えてあげてちょうだい』


 息を吸い込んで、相手に負けないくらいの大声で、サラは叫ぶ。


「――くたばれっ! この駄犬っっ――!」


 言葉を解するまでもない。

 視線と行動だけで、ヒトと獣は互いを理解できる。


『……ざんねんダ……』


 獣が嗤いながら身を起こす。

 一歩、一歩、背後の野犬たちと連動して、距離を詰めてくる。


『……あたしが囮になる。その隙に、二人はあいつの脇を駆け抜けて……』

『何言ってるの、あなただけ危険な目に合わせられるわけないでしょ。ここは、私が――』

『あいつのスピードに対応できるのはあたしだけ。あなたじゃ囮にもならない』

『…………』

『背中を見せたらお終い。あいつは、部下ごとあたしたちを殺すつもりよ。逃げるなら、前しか無いの。大丈夫、あたしも適当に相手して逃げるから』

『……サラ、あなたって子は……』

『ユア、あんたもいいわね。あたしが合図したら、ライラと一緒に…………』

『…………』

『ちょっと、ユア。聞いてるの?』

『――ユア?』

「……わたし、まちがってました……」


 ぽつりと、一言だけ呟き、奴隷はおれをライラに差し出す。

 布で包まれ、目を開けていることしかできないおれの上半身を置いて、奴隷と犬は歩き出す……。


「ちょっ……何やってるの、あんたが出てどうするのよ!」

「わたしの、せいです……わたしが、言うとおりにしなかったから、サラちゃんたちを危ない目に合わせて……ネロ様も、こんな……」


 奴隷は顔を伏せたまま、制止も聞かず獣に向かう。


「ユア!」


 風のように早く、静かな一撃だった。

 動きに気付き、目で追えたのはサラだけ。

 奴隷に至っては、相も変わらずうつむいたまま。

 ただ、尻尾だけを立てていた――。


『――ナっ?』


 振り下ろした前足を、奴隷は受け止めている。

 押し返しながら、掴んだ前足に指先を深く食い込ませていた。


「……だからもう……ためらったりしません……!」


 獣が身を引いたその瞬間、肘から先が陶器のように欠けて、前足が砕け散った。


…ユアの両腕は、穢れで出来ている。

コントロール次第で、腕を硬質化することも可能…


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