いくら何でも大きすぎます(3)
ネロ様が……
『ユア! 上っ!』
おれより先に、サラが声にしていた。
奴隷はおれを拾い上げながら、固めた腕で爪の一撃をはじき返した。
『……キれない、ダと……』
獣がもう一方の前足を振り下ろすより先に、犬が奴隷を乗せて逃げた。
「ユア、大丈夫? 怪我は?」
「わ、私は平気です……でも、ネロ様が……ネロ様が……」
『……まだ意識はあるみたい……でも、このままじゃ……』
「――身体の残りは? この化け猫なら、きっと――」
『こっちダ』
獣が、おれの下半身を摘みあげ……。
何度も何度も、叩きつけ、踏みつけ、地面がえぐれて穴が開くまで、バラバラに引き裂き。
『――オレは、自由ダぁぁぁぁぁ――!』
獣は、勝利の雄たけびを叫んだ。
「……なんて事を……」
『とにかく、この場を離れましょう……早く手当てしないと……』
『ニがすとおもうか……?』
後方の森から、野犬どもがじりじりと迫って来る。
退路は無い。強行突破したところで、背後からグリムに野犬ごと踏み潰されるだけ。
だが正面のグリムを相手にするなら、犬どもに背中を狙われる危険は少ない。
倒すべきは獣一匹のみ。
だが、それにはひとつ問題がある……。
『……おい、サラ……』
「――なっ、あんた――」
「ネロ様、喋っちゃ駄目です……!」
『……聞け。あいつの首……何か、おかしい……』
「首って……おかしいのは最初から……」
言いかけて、サラが絶句する。
「ちょっ……何あれ、増えてる……!」
『増えるって? 首は二本のままよ、サラ』
「そうじゃなくって……! 中から生えてきているのよ!」
サラの叫びに、獣が反応する。
『……ワかるのか……おまえ、いい眼をしているナ……』
嗤い、そして吠える。
右の首が、内側から食い破られ、はじけ飛んだ。
血しぶきのごとく、黒い結晶を散らして……。
同時に、新たな首が入れ替わるようにして生えている。
生まれたばかりの赤子のように、血と体液にぬれて、瞳を閉ざしている。
閉じた瞼からは、まだ意思のようなものは感じられない。
ただ静かに、月の光を浴びていた。
『どうなってるの! あの首は再生でもするの!』
「おそらく、あれは予備の頭よ……これ以上ネロに操らせないために……ううん、きっとこうなると分かっていて、あえてネロに操らせた……」
『ネロちゃんを油断させるために……?』
上半身だけになったおれを一瞥して、ライラは獣に向き直る。
『――もしかして、あの頭……まだ生きている――?』
「えぇ、気味が悪いわ……動いているのは片方だけど、もう片方もそのうち動き出すかもしれないし……」
『意味が違うの、サラ。どうやってなんて考えたくもないけど、あれは他の生き物を取り込んで自分のものにしてしまう……そういう生き物なのよ』
「は? じゃあ、あの新しい首って――」
『かすかに声が聞こえる。あの獣とは明らかに別……』
互いを落ち着かせるように、ライラは犬の背を撫でていた。
『……そう、あなたの知ってる子なのね……』
『……ナるほど……オマエたち、オンケイを、ウけているのか……』
獣は腰を下ろし、奴隷たちを眺めるように見下ろした。
その声が、自分たちに向けられたものだとライラは察し、聞き返す。
『……恩、恵……?』
『オレと同じ……うばい、くらい、なりかわる……あいされ、めぐまれた……』
『…………あたしたちが……愛されて、恵まれている…………ですって?』
『ソうだ。オマエたちはユるされている。ユるしがナければ、うばわれ、くわれ、ノまれるだけ。コイツの、ようにナ』
自分の新たな首に、獣は牙を立てる。
『……なぜ、そんなことを……?』
『オマエ、イイ声をしているな……コイツは、犬をウごかすためにある。オレひとりで、なわばり全てをウごかすことはできナい……だが、オマエたちがいれば……ククク……』
『言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!』
『オレにしたがえ。オマエと、オマエは、コロさず、オレのモノにしてヤる』
『……この子たちは?』
おれと奴隷のことである。
『――ヤつざきにしてイヌにくわせてヤる――!』
獣の叫びに、森が、空気が、野犬どもが震え、静まり返った。
『……分かったわ。サラ、答えてあげてちょうだい』
息を吸い込んで、相手に負けないくらいの大声で、サラは叫ぶ。
「――くたばれっ! この駄犬っっ――!」
言葉を解するまでもない。
視線と行動だけで、ヒトと獣は互いを理解できる。
『……ざんねんダ……』
獣が嗤いながら身を起こす。
一歩、一歩、背後の野犬たちと連動して、距離を詰めてくる。
『……あたしが囮になる。その隙に、二人はあいつの脇を駆け抜けて……』
『何言ってるの、あなただけ危険な目に合わせられるわけないでしょ。ここは、私が――』
『あいつのスピードに対応できるのはあたしだけ。あなたじゃ囮にもならない』
『…………』
『背中を見せたらお終い。あいつは、部下ごとあたしたちを殺すつもりよ。逃げるなら、前しか無いの。大丈夫、あたしも適当に相手して逃げるから』
『……サラ、あなたって子は……』
『ユア、あんたもいいわね。あたしが合図したら、ライラと一緒に…………』
『…………』
『ちょっと、ユア。聞いてるの?』
『――ユア?』
「……わたし、まちがってました……」
ぽつりと、一言だけ呟き、奴隷はおれをライラに差し出す。
布で包まれ、目を開けていることしかできないおれの上半身を置いて、奴隷と犬は歩き出す……。
「ちょっ……何やってるの、あんたが出てどうするのよ!」
「わたしの、せいです……わたしが、言うとおりにしなかったから、サラちゃんたちを危ない目に合わせて……ネロ様も、こんな……」
奴隷は顔を伏せたまま、制止も聞かず獣に向かう。
「ユア!」
風のように早く、静かな一撃だった。
動きに気付き、目で追えたのはサラだけ。
奴隷に至っては、相も変わらずうつむいたまま。
ただ、尻尾だけを立てていた――。
『――ナっ?』
振り下ろした前足を、奴隷は受け止めている。
押し返しながら、掴んだ前足に指先を深く食い込ませていた。
「……だからもう……ためらったりしません……!」
獣が身を引いたその瞬間、肘から先が陶器のように欠けて、前足が砕け散った。
…ユアの両腕は、穢れで出来ている。
コントロール次第で、腕を硬質化することも可能…




