いくら何でも大きすぎます(1)
暗い夜の森…
犬さんにまたがって駆け抜けます…!
犬に限らず、猫にもヒトにも縄張りというものがある。
家畜でも野良でもグリムでも、独自の縄張りを持ち、それは時と状況に応じて変化していく。
踏み込めば手に入る土地を、見過ごす人間が居ないのと同じ。
縄張り意識が高く、従える配下が多ければ多いほど、機会は見過ごさないものだ。
犬のグリムがなぜ大群を率いて突然人間の開拓村に押し寄せてきたのか?
答えは簡単。
おれという猫のグリムが、自分の縄張りを手放したからに他ならない。
『……つまり私たちがネロ様の縄張りに踏み込んだから、この子たちが襲ってきた……?』
執拗に迫る野犬どもを振り返りながら、奴隷がつぶやく。
『そうだ。土地を欲しがって、おれさまの縄張り深くにまで入り込んできたのはきさまら人間だ。おれから奪った土地を、きさまらが守るのは当然の責務。穢れが少なく、平穏で、安全な土地だと判断したから開拓を始めたのだろう? ならば、きさまら自身でそうすれば良いだけの話だ』
『待ちなさいよ…………じゃあ、何? 仮にこの子たちの親玉を追い払ったところで、また別の群れがやって来るってこと?』
『土地が空けば、寄ってくるのは人間だけとは限らない。当たり前の話だ』
『……でも話を聞く限り、ネロちゃんが今まで彼らを抑え込んでいた……ということよね。同じようには出来ないの?』
『そうよ。だいたい、あんた一匹でこんな大群、どうやって抑えつけていたっていうのよ』
『どうもこうも、ボス犬をおれの下僕にしていた』
おれは二本の尻尾を立てる。
『こいつでな』
『……あのぉ、犬さんたちがネロ様を狙っている理由って、まさか……』
『図体ばかりでかくて、群れるしか能の無いくせに、偉そうな連中がおれは大嫌いだ。そんな群がる犬どもを従える趣味など無い。だから、おれの縄張りを守るだけの防波堤にしてやった』
叫びが森を走る。
犬どもにとって、それは恐怖の咆哮。おれにとっては耳障りな騒音。
意味は、『くそネコをつれてこい』だ。
「…………ネロ様ぁ…………」
「――結局全部あんたのせいじゃない!」
『ネロちゃん……話し合いはできないの?』
『永らく尻尾で繋いだ関係性だ。会話など無意味だろう』
「だったら、もう一度その尻尾で――」
『断る。おれの縄張りを求めたのはきさまら人間だ。そしておれは縄張りを放棄した。よって、この先は全てきさまら人間の問題だ。しかも、おれは大事な尻尾を一部奴隷に与えている。以前と同じようにはできない』
「……私のせい、ですか……」
奴隷は自身の尻尾に触れる。
『ユア。こいつの言うことなんて気にする必要ない。あんたに尻尾を付けたのだって、責任をあたしたちに押し付けるためじゃない』
『きさまらではない。人間ども、全員だ。これは奴隷ひとり、カナリアふたりの問題ではない』
『……だけど、今現在の状況は、私たちで解決しないといけない……』
『その通りだ。そしてこれは、きさまらの今後にも関わる問題だ。だから手を貸してやると、おれは犬ころにも言った。きさまら奴隷を死なせるためだとでも思ったか?』
野犬どもの襲撃が止んだ。
アニマを装備した犬どもの速度、加えてカナリアどものレーダーによって、攻撃位置が全て読まれ、かわされたのだ。
仕掛けるだけ無駄……と、悟ったわけではない。
攻撃に失敗したもの。潜伏していたもの。全てが、おれたちの背後に集まる動きをしている。
おそらく、退路を断ち、そして――。
『――上よ!』
森が開けたとたん、ライラの声が犬を含む全員に響いた。
犬どもが全速で飛びのいた瞬間――衝撃が走り、地面がえぐれ、千切れた草木が舞った。
『――くそねこぉぉぉぉぉ――!』
獣が、月に吠えた。
「……何よ何よ……これは何なのよ……!」
「ものすごく大きな……犬、さん……?」
『声は間違いなく犬だけど……この大きさ、それにあの頭……』
月明かりが、獣の全身像を映し出す。
『双頭……まるで昔話に出てくる、地獄犬……』




