3頭と征く(3)
丸太の壁、突き破ってしまいました…
「……本当に壊しちゃって良かったのでしょうか……?」
触れるものを内側から穢し、破壊する自分の手を改めて見下ろし、奴隷がつぶやく。
『すでに足元が綻びていた箇所だ。丸ごと破壊したほうがかえって守りやすいし、警戒も高まる』
「――ねぇ、このままで大丈夫なの? ここらで降りたほうが――きゃっ」
防壁を抜けた時点で、野獣の身体は三つに分離した。
野獣の正体は、三頭の犬ども。
並べた三頭を、巨大な一頭だと人間どもが誤認したのは、おれが見せた幻。
これは、奴隷と初めて出会った時にも使った『手』である。
一方で、犬どもがそれぞれの背にカナリアどもを乗せているのは現実。
サイズに関わらず、犬の身体つきは人間を乗せて走るには不向き。パワー、バランス、耐久性……いずれも欠けている。
ゆえに、足りないものは補う必要があった。
『落ち着いて。こんな茂みの中、野犬も居るし、罠だってある。もっと頭を低く、身体をくっつけて……そう、今はこの子たちに任せなさい』
「分かってるけど……本当にこの子たち大丈夫なの!」
『口を閉じてろ。舌をかむぞ』
『――大丈夫ですよ、サラちゃん。この子たちだって無茶はしていませんし、無理なら断っています。でなきゃ、大嫌いなネロ様の言うことなんて聞きません。ね?』
最後の一言は犬の背中に向けたもの。
尻尾が触れ合う距離だ。犬は奴隷の言葉を完璧に理解して、力強く吠えた。
カナリアどもはもちろん、おれにもはっきりと伝わるように……。
『……だけど、ネロちゃんって本当にグリムだったのねぇ……』
『今さらだな。おれがただの喋る猫だと思っていたのか?』
『うん。半分くらいそう思ってたわ』
『あたしも』
『…………きさまらなぁ…………』
『わ、私はネロ様のすごい所、ちゃんと知ってますよ。眼がとっても青くてきれいですし、毛並みはつやつや、ノミも付いてなくて香ばしくって……』
『……まぁ、いい。きさまらがいかにおれを猫としてしか見ていないかは、よく分かった』
『だけど、グリムの死体からアニマを取り出すなんて、思いもしなかったわ。しかもそれを、ワンちゃんたちに装着……いえ、これはもう融合に近いわね……。こんな使い方があったなんて』
『アニマ……きさまらはこれをそう呼んでいるのか?』
『そうですけど……?』
『…………なるほど。連中の戦い方を見て妙だとは思っていたが、そういうことか…………全く、きさまらは愚かしいほど哀れな存在だな』
『……急に何なの……何が言いたいの?』
『言いたいことは山ほどある。が、面倒だ。とりあえずは、犬どもに取り付けた穢れ……いや、アニマについてだったな』
三頭の犬には、それぞれ四肢と胴回り、そして額に黒い水晶に似たものを取り付けた。
原材料はグリム・ハウンドの死体。その、穢れである。
穢れはそれ自体が生きている。
グリムは破壊したが、グリムを構成する穢れ全てが死滅するわけではない。
だが、つなぎが失われてしまった以上、個々の穢れは崩れ、やがて塵となる運命だ。
穢れは宿主との結び付きが浅ければ浅いほど、切り離しも容易で崩壊も早い。
逆に、グリムのような一つの生命体と呼べるまで宿主と結びついた存在は、この結びつきが簡単には解けない。
この場合、グリムとしての生命が終わってもなお、残された穢れは生きようとする。生命としての形を、保とうとする。結果、穢れは自身を硬質な結晶体へと変えていく。
消えないため。失わないため。あるいは残すため……。
そうまでして生き永らえたところで、元には戻らないのだが……細胞レベルの穢れに言ったところで仕方ない。重要なのは、この現象が『使える』という点だ。
結晶化した穢れは、それ自体が生きている。
強靭かつ柔軟な素材としてだけでなく、おれのようなグリムにも通用する武器にもなる。
警備隊の連中が持っていた、黒い刀や槍の正体がこれだ。
もっとも連中は、これを穢れを浄化する刃くらいにしか考えていないようだったが……。
ともかく、アニマは生きた結晶である。
死後間もないグリムなら、加工するのに特別な道具や場所は必要ない。
おれは尻尾を使い、それを犬どもに振り分けた。
犬どもに与えた理由は簡単。死んだグリムが、同じ犬だからである。
生きた結晶は、うまく定着すればプロテクター以上の効果を発揮する。四肢と胴回りのアニマが、カナリアを乗せて走るだけのパワーとバランス、そして耐久力を犬どもに与えている。
さらに額当てのアニマが、ボス犬の咆哮による精神攻撃を遮っている。
アニマと化しても、元は犬。
主従関係さえ成立すれば、同胞や同族に従い、協力し合うのは容易い……。
『……だけど、それは結晶化した穢れがこの子たちに同化している……ってことよね?』
『それがどうした?』
『じゃあ、この子たち自身はどうなるの? 侵食が進めば、あたしたちと同じようになるか……最悪、グリムになるってことじゃないの?』
『まぁ、いずれそうなるかもな。しかし、それが何だ?』
『何って、あんた――』
『野性の犬が、穢れにまみれた土地で生きているということは、何らかの形で穢れから身を守る必要がある。ゆえにこいつらはグリムに従い、今はきさまらに従っている。より強く、より穢れた者が、こいつらの主人だ。ならば、こいつら自身がグリムになることに、一体どんな不都合がある?』
『…………』
『もっとも、仕立てたのはおれだ。気に食わないなら、外してやってもいい。こいつらとアニマの関係が逆転するのは、まだまだ先の話。仮にグリムと化しても、あのグリムが甦るわけでもない。こいつらの思考が消えても、きさまらとの主従関係はそのままだろうよ。どんな形になろうが、犬は犬。きさまら主人が決めろ』
『……一本取られたわね、サラ』
『茶化さないでよ、ライラ……』
『私は……出来ることなら、犬さんたちともっと仲良くなりたいですし、もっと一緒に居たいです。わがままで、身勝手だと思いますけど……』
『いいんじゃない? 勝手なのは、あなたのご主人様だって同じなんだから』
笑いながら、ライラは一点の闇を見据えていた。
『とにかく――話の続きは全部終わってからにしましょう。お出迎えが来たわ』
暗い茂みの海から、獣たちが飛び出してきた。
※犬の特徴
3頭の体高は65㎝~70㎝ほど。いわゆる、大型犬。
野生化した狼犬なので、通常は飼い慣らせない。
毛並みはそれぞれ黒、茶色、グレーの3色。
同じ並びで、ライラ、サラ、ユアを乗せている。
(…後に、ロン、ブラウ、シリウスと勝手に命名される…)




