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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
17/46

…あまり尻尾で遊ばないで下さい(2)

家を出ていきなりバトルとか…

 ユアとサラが向かい立つ位置……それはちょうど、リーダー犬が潜伏している位置の、真正面に他ならない。


『せいぜい気をつけろ』


 おれとライラの退路を塞ぐように、野犬どもが三体回り込む一方。

 正面の闇から、一回り大きな一匹が姿を見せる。


「ひっ……」


 奴隷がこらえきれず、喉をひきつらせる。


「……これが、グリム」


 サラの声も、恐怖と緊張で震えている。

 おれというグリムには見られなかった反応だが、まぁいい。

 おそらく、やつの容姿と雰囲気が、人間どもの知るグリムにほど近いためだろう。

 黒い、犬のグリムだった。

 全長、胴回り、共に警備隊の軍曹と互角。

 だが、その肉体のほとんどが、穢れで出来ている。

 長い手足も、漆黒の毛並みも、鋭い牙も、全て穢れ。肉や骨はもちろん、血管や神経など存在しない。

 おれ同様、黒い穢れが、犬の姿形を形成しているだけなのである。


『そいつは猟犬ハウンドだ』


 離れていても、おれの声は奴隷の尻尾を通じて直接聞かせることができる。


『少数の群れを率いて、おれを炙り出すことを目的に送り込まれたのだろう。ゆえに、戦闘能力よりも偵察とかく乱に優れている。動きに惑わされるな。一撃の威力なら、きさまの方がずっと上だ』

『そんなこと言われても当てられる自信無いです!』

『だからサラと協力するんだ』


 おれの意思に従い、奴隷の裾から伸びた尻尾が、サラの右手に絡みつく。


「ちょっ、あんた急に何やってるのよ!」

「わ、私じゃないです! 尻尾が、勝手に……!」

『いいから前を見ろ』


 二人が目を逸らした隙を狙い、グリム・ハウンドが真っ直ぐ奴隷の喉元を狙って跳躍した。


「――ユア!」


 その動き、狙い、サラには全て見えている。しかし、奴隷は反応すら出来てない。


「ひぃぃぃっ!」


 だが、間髪のところで奴隷はその場にしゃがみこんで身をかわした。


『命令しろ!』


 おれの言葉の意味を、サラは感覚で理解していた。


『――アッパーカット!』

「うきゃあ!」


 しゃがんだ体勢から、即座に奴隷は拳を上に突き出す。

 胴体を狙ったようだが、サラの反応速度に奴隷の身体が追いつかず、後ろ足を掠めただけ。

 グリム・ハウンドは着地と同時に、今度はサラに狙いを定めた。

 ユアの両手より、先にサラの目を潰すことにしたらしい。

 なかなか優秀な猟犬だ。人間どもの防壁の穴を見つけ、おれの居所を探り当て、おれの奴隷どもの正体を見破った上で、攻撃を仕掛けただけのことはある。

 最初から狙いをサラに絞っておけば、あるいは上手くいったのかもしれないが……。


「ぎゃう?」


 土を蹴った刹那、後ろ足が砕けた。

 着地、反転、加速の反動に耐えかねたのだ。精密で素早い動きは、一度崩れてしまうと建て直しが難しくなる。

 ヒトでも犬でもグリムでも、自分自身で招いた失敗には弱い。

 若くて良い猟犬ハウンドであるがゆえ、さぞかし敗北も少なかっただろう。


『――掴んで!』


 相手の動き、足のダメージ、そして今度は自分が狙われることまで読み切っていたサラが、グリム・ハウンドの崩れる瞬間を狙い、ユアを動かしていた。

 尻尾から伝わる指示通り、奴隷はグリム・ハウンドの首を押さえつける。

 体毛が金属のように硬化し、毛先が針と化して奴隷の右手を貫いたところで、黒い手はビクともしない。

 すでに指先の穢れは、グリム・ハウンドの外皮を通過して、心臓部にまで達していた。


「……手、離していいわよ」

「……うん……」


 グリムといえども、心臓は存在する。

 およそ元の生物からかけ離れた存在と化し、血液を必要としなくなっても、黒く穢れた心臓の形は生命としての最後の証なのだろう。

 そして、生物として維持できなくなった穢れの塊は、徐々に結晶化していく……。


「……ごめんユア、あたし……」

「サラちゃん。まだ、終わりじゃないです」

「――分かった。ライラ、今そっちに――」


 駆けつける二人よりも先に、残る三匹の野犬がライラの膝元にまで集まっていた。

 いずれも膝を曲げ、頭を下ろし、頭を撫でられ、エサをもらっている。


「……なんですか、これ……?」


 駆けつけた奴隷が、振りあげた拳を下ろすこともできないまま、ぽつりとつぶやく。


『干し肉よ。非常食に持ち出してきたんだけど、この子たちお腹すいてるみたいだったから……』

「そ、そうじゃなくって……!」

「一体どうなってるの? ライラ、あなた一体何をしたの?」

『きさまらだけに戦わせていたわけではない。こっちもこっちで、話し合いを持ちかけただけだ。まぁ、きさまらがリーダーを始末してくれたおかげでもあるがな』

『ネロちゃんが間に入ってくれて、この子たちともお話が出来るようになったの。元々、この子たちはグリムに従っていただけ。二人がやっつけてくれたから、自由になれたみたい』

「ライラ、犬さんとお話ができるのですか?」

「自由にって……じゃあ、さっきのグリムがこいつらを操っていたってこと? そんなことが出来るの?」

『出来るも何も、犬とは群れる生き物だ。グリムならなおのこと、穢れを配下に仕込ませて、思いのまま動かすことなど造作も無い。ちょうど、きさまが握っている尻尾のようにな』

「ご、ごめん、ユア……あたし、そんなつもりじゃ……」

「サラちゃんは悪くありません! 今回ばかりは、ネロ様が悪いです! というか何なんですか、この尻尾は!」

『おれの尻尾だよ。だから、おれの気分次第で意のままにできる。ちょうどコントローラーみたいなものだ』

「コン――」

「どうせそんなことだろうと思った! あんたなんてものをユアにくっつけたのよ!」

『おかげできさまは奴隷を自由に動かせた。きさまがどれだけ見えていても、ユアが思い通りに動かなければ勝てなかった。違うか?』

「そ、それは、そうだけど……」

「だったら最初からそう言ってください! いきなりこんなこと、ひどすぎます!」

『聞かなかったきさまが悪い。それとも、言えばきさまは尻尾をサラに握らせたのか? どうせ恥ずかしがったり嫌がったりしたに決まっている。戦いはためらったほうが死ぬ。ヒトだろうと猫だろうと、この事実は変わらん』

「う……」

『……というのは建前で、きさまらの反応が面白かったのが一番の理由だがな』

「こ、このくそ猫……」

『おいおい、文句があるなら尻尾から手を離すことだな。案外、きさまも奴隷を使役するのを楽しんでいたように見えるが?』

「そ、そそっ、そんなわけないでしょ! は、放すわよ……放せばいいんでしょ!」

『あらあら……。だったら私が握ってみてもいいかしら?』

「だ、駄目です、ライラっ! 放して……きゃんっ!」

『はい、お手。本当に言うこと聞くのね、よく出来ました~』


 野犬どもも、一緒になって奴隷を迎え入れる。どうやら、ユアを自分たちの同胞と見なしたらしい。

 鼻をおしつけ、首筋をなめたり、食べかけの干し肉を与えようとする。


『……慰めてくれてるんですね。ありがとうございます。でも、ご飯はさっき食べたから大丈夫です。遠慮なく召し上がってください』


 そう、奴隷がささやくと、野犬たちはおのおのの干し肉を平らげ始める。


「――って、あんたこいつらが何言ってるのか分かるの?」

「あ、はい……ぼんやりですけど、気持ちと言うか何と言うか……」

『そうそう。言葉とはちょっと違うけど、通じ合ってる感じかなぁ』

「はい。お互いの考えや気持ちが直接繋がっているみたいな……あれ、でもどうして……?」

『仮初だが、今はきさまをライラが支配している。だからサラの目と同じように、きさまもライラと同じ感覚を共有しているのだ』

『へぇ~。よく分からないけど、とにかくすごい尻尾なのねぇ』

「……恥ずかしいです……頭撫でないで下さい……」

『このワンちゃんたちが私の言う事聞いてくれたのも、もしかして関係ある?』

『きさまの声は、相手の意識を繋ぐものだ。犬のグリムほどの支配力は無くても、影響力は十分。まして、グリムを始末した二人のボスはきさまだからな。強いられるまでもなく、服従を選んだのだろう。まさしく、犬らしい犬どもだ』

「……あたしたちがリーダーを殺したこと、何とも思っていないの?」

『あれはこいつらにとって支配者だ。犬のグリムは群れを従わせる能力に特化しているが、結果その主従関係は機械的なものになる。こいつらはグリムの意のままに動く駒に過ぎん。命令のまま従い、命令のまま殺し、命令のまま死ぬ。そこに、何らかの感情があると思うか?』

「……じゃあ、防壁を襲っているボスさえ倒せば……」

『残りはただの野犬の群れになるだろう。だが、犬は集団戦を最も得意とする生き物だ。向かうなら切り離しを考えるべきだな』

「――とにかく、見つかる前に移動するわよ。あたしたちはもちろん、その子たちだって捕まったらどうなるか分からないんだから」

「そうでした……じゃあ、犬さんたちをどこか安全なところに……」

「あるわけないでしょ、そんな場所。こっちだって余裕無いんだから」

「放っておくんですか? 危ないって分かっているのに?」

「しょうがないじゃない……他にどうしろって言うの?」


『……二人とも、静かに……』

 ライラが二人の口元に指を当てる。

『まずはこの子たちの話を聞いたらどうかしら』


 ライラに同意するかのように、犬どもはその足元に集まった。


『……もしかして、付いて来てくれるのですか……?』

『逆よ。この子たちは防壁の抜け道を知ってるし、外の群れに近づくこともできる。だから、私たちが案内されるの』

『――無茶よ。危険すぎる。こんな状況で、あたしたちと一緒だなんてかわいそ――じゃなくて、危ないのはあたしたちで――』

『ダメよ、サラ。口先と違って、心は思ってもいない声を繕えないのよ』

『~~~~っ』

『賢いあなたは、すぐにこの子たちの有用性に気付いた。分かっていて、考えないようにしたんでしょ。おばかさん』

『……ライラ、あたしの心を読んだの?』

『そうね。でも、言い出したのはこの子たち自身よ。じゃなきゃ、私も黙ってた』


 ヒトの言葉は解さなくても、犬どもは己の言葉を持っている。

 誇らしげに見上げるまなざしだけで、サラは全て理解した。


『……本当に、いいの……?』


 この場合、沈黙は肯定だった。

 さっそく付いて来いとばかりに、一頭が身を低くして先行する。


「……大丈夫でしょうか……?」

「あんたは自分の手だけに集中しなさい。見るのは……あたしの役目よ」


 フードを払い、視界の外にまで『目』を広げようとする。

 ……コンビネーションか。

 犬ごとき、せいぜい道案内と囮くらいにしか考えていなかったが、他にも使い道があるかもしれん……。


『――よかろう』

「ネロ様?」


『いくらきさまが見張っても、防壁に近づけば必ず誰かに見つかるだろう』

 先導する犬の背に飛び移る。

『喜べ犬ども、このおれさま自ら手を貸してやる。ありがたく――』


 言いかけたところで、振り落とされた。


「……ウウウゥゥ」


 立ち止まり、おれを睨みつけて威嚇さえしてくる。


『……何なんだ、急に……おれはきさまの主人だぞ?』


 再び飛び移ろうとするが、さっと身をかわされる。


「あんた、嫌われてるんじゃない?」

『まさか……奴隷に服従した下僕の分際で……』

「そうですけど…………ネロ様のこと、この子たちがよく分かっていないのでは?」

『戦ったのがユアとサラで、エサをあげたのが私だから…………うん、ありえるわ。この子たちにとってネロちゃんは、自分たちと同じかそれ以下なのよ、きっと』


 ……ば、ばかな……。

 このおれさまが……奴隷以下?

 完璧なまでに白く美しく、全てに愛され、全てを許されている、このおれさまが……小汚い犬ころ以下……だと……?


「……確かに、嘘はつけないみたいね……ひどい本音……」

『ネ、ネロ様、しっかり――ネロ様は可愛いです! ちょっと偉そうでワガママで時々ウザかったりしますけど、私は嫌ったりしませんからぁ!』

「……あんたも本音もれてるわよ……」


カナリア同士、思念話トークできる者同士なら、尻尾でユアを操縦できる。

直感で動かせる上、操縦者の能力も反映されるので、操作感はバツグンだ。


「余計な情報を広めないで下さい(涙)」

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