…あまり尻尾で遊ばないで下さい(1)
…脱出します!
宿舎には出入り口が二つある。
教会堂に通じる扉と正面扉。
どちらも、中から開けることができないように作られている。特に後者は鍵ではなく、外から閂が下ろされているため、女の力では束になっても開けられない仕組みになっている。
しかしあいにく、閉じこめられているのは普通の女ではない。
カナリアと呼ばれる、穢れた女どもである。
「……私、本当に壊せるのでしょうか?」
分厚い扉を前に、奴隷は不安をこぼす。
『まぁ、今のきさまの腕力では無理だな』
「ちょっと――あんた、ユアを怪力に出来るんじゃなかったの?」
『そういうきさまは、なぜ椅子を抱えている?』
「これは、その……加勢というか……」
「サラちゃん……気持ちは嬉しいですけど、私なら大丈夫です。晩ご飯も食べたから、元気いっぱいです。だけどネロ様、私の手はただ思いっきり殴ればいいというわけではないのですね?」
『あぁ。きさまが狙うのは目の前の扉ではなく、その奥……つまりは、閂そのものだ』
「閂さん……でも、そんなのどうやって壊せば?」
『きさまはライラの背中越しに、呼吸器の穢れに触れた。同じ要領で扉から閂にまで手を伸ばしてみろ』
「そう言われましても……」
呟きながら扉に触れた途端、奴隷は手を離した。
「は、入った……なんか、入っちゃいましたぁ!」
『手を離すな、この馬鹿!』
「いいから続けなさい、おばか!」
『……ぷぷっ……おおばか……』
「……みんな、ひどいです……」
泣きそうな顔で、奴隷は再び扉越しに閂まで手を伸ばす。
「……指の感覚だけがどんどん入っていく……不思議な感じです……」
『そのまま閂を握り潰してみろ』
「うりゃ――って、出来ませんよ、そんなこと!」
『だろうな。しかし、穢れは十分に入り込んだ。じゃ、扉を開けてみろ』
「でも、閂がまだ……」
『掛けられたままか? だったら力いっぱい押してみろ』
「え、えい――」
両手を突き出し、奴隷は扉に突撃した。
一撃では開かなかったものの、閂が割れたため、外への隙間が出来た。
あとは何度か扉を開け閉めするだけで、閂が完全に抜け落ち、遮るものは無くなった。
「――開きました――」
「うそでしょ……あんなへっぴり腰で、こんな風になるなんて……」
『違うわ、サラ。原因はへっぽこ突きなんかじゃない』
ライラが落ちた閂の破片を拾い上げる。
『よく見て、断面がすごくきれい。この割れた部分だけ、砂みたいにボロボロ崩れる。こういうの、私たち見たことあるわよね?』
「……穢れの、残骸……」
穢れに侵された部位を切除した際。
切り取られた部分は、黒く結晶化する。
それは肉ではなく、穢れ……。
奴隷が閂に触れたのは時間にして数秒。
だが、命無き材木、それも一箇所だけなら十分な時間。
入り込んだ穢れが材木と結合した結果、閂はもはやその機能を失った。
『――結果、奴隷のへなポコひとつで壊れるくらい、もろくなったというわけだ』
「やるじゃない、へなポコ」
『ナイス、へなポコ』
「あの……褒めてくれているんですよね?」
今のところ、おれたちの脱出に気付いた人間はいない。
まだ戦闘は始まったばかり。警備の連中も、今のところ意識は外に向けられている。
だが、見張りは居た。
おれの居所を探るために入り込んだ、野犬の群れが数頭。
警備の連中をさんざん引っ掻き回した後、この教会堂を包囲するように潜伏していたのだ。
そいつらが、物陰からじわじわと近づいてくる……。
『気をつけて。囲まれている』
気配や物音は隠せても、呼吸や意識は隠しようが無い。
近づいてくる獣どもの息づかいに気付いたのは、やはりライラだった。
「うそ。どこに?」
『建物とか、樹の陰……。暗くて見えないけど、四方から寄って来てる』
「このまま門のところまで行けば、諦めてくれるでしょうか?」
『そして警備隊の連中に任せるのか? それは、その後の選択もやつらに委ねるということになる。自分から檻を開けた意味が無いだろう』
「じゃあ、どうするの? 戦えというの?」
『その通りだ』
「む、無理です。無茶ですよ、ネロ様」
『案ずるな、奴隷よ。狙うのは一頭だけ。きさまとサラの二人がかりでやればいい』
「そんな勝手に……向こうは四頭いるのに、一頭だけ狙うなんて、出来るわけないじゃない?」
『可能だよ』
おれは奴隷の肩から、ライラの肩に飛び移る。
『あくまで、狙いはこのおれだ。二手に分かれてしまえば、やつらも二組に分けざるをえなくなる。あとは、きさまら二人でリーダー格を狙えばいい。そいつさえ居なければ、残るはただの野犬。どうとでもなる』
「残りは野犬……つまり、私たちの相手は……」
『当然、グリムだ』




