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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
16/46

…あまり尻尾で遊ばないで下さい(1)

…脱出します!

 宿舎には出入り口が二つある。

 教会堂に通じる扉と正面扉。

 どちらも、中から開けることができないように作られている。特に後者は鍵ではなく、外から閂が下ろされているため、女の力では束になっても開けられない仕組みになっている。

 しかしあいにく、閉じこめられているのは普通の女ではない。

 カナリアと呼ばれる、穢れた女どもである。


「……私、本当に壊せるのでしょうか?」


 分厚い扉を前に、奴隷は不安をこぼす。


『まぁ、今のきさまの腕力では無理だな』

「ちょっと――あんた、ユアを怪力に出来るんじゃなかったの?」

『そういうきさまは、なぜ椅子を抱えている?』

「これは、その……加勢というか……」

「サラちゃん……気持ちは嬉しいですけど、私なら大丈夫です。晩ご飯も食べたから、元気いっぱいです。だけどネロ様、私の手はただ思いっきり殴ればいいというわけではないのですね?」

『あぁ。きさまが狙うのは目の前の扉ではなく、その奥……つまりは、閂そのものだ』

「閂さん……でも、そんなのどうやって壊せば?」

『きさまはライラの背中越しに、呼吸器の穢れに触れた。同じ要領で扉から閂にまで手を伸ばしてみろ』

「そう言われましても……」


 呟きながら扉に触れた途端、奴隷は手を離した。


「は、入った……なんか、入っちゃいましたぁ!」

『手を離すな、この馬鹿!』

「いいから続けなさい、おばか!」

『……ぷぷっ……おおばか……』

「……みんな、ひどいです……」


 泣きそうな顔で、奴隷は再び扉越しに閂まで手を伸ばす。


「……指の感覚だけがどんどん入っていく……不思議な感じです……」

『そのまま閂を握り潰してみろ』

「うりゃ――って、出来ませんよ、そんなこと!」

『だろうな。しかし、穢れは十分に入り込んだ。じゃ、扉を開けてみろ』

「でも、閂がまだ……」

『掛けられたままか? だったら力いっぱい押してみろ』

「え、えい――」


 両手を突き出し、奴隷は扉に突撃した。

 一撃では開かなかったものの、閂が割れたため、外への隙間が出来た。

 あとは何度か扉を開け閉めするだけで、閂が完全に抜け落ち、遮るものは無くなった。


「――開きました――」

「うそでしょ……あんなへっぴり腰で、こんな風になるなんて……」

『違うわ、サラ。原因はへっぽこ突きなんかじゃない』


 ライラが落ちた閂の破片を拾い上げる。


『よく見て、断面がすごくきれい。この割れた部分だけ、砂みたいにボロボロ崩れる。こういうの、私たち見たことあるわよね?』

「……穢れの、残骸……」


 穢れに侵された部位を切除した際。

 切り取られた部分は、黒く結晶化する。

 それは肉ではなく、穢れ……。

 奴隷が閂に触れたのは時間にして数秒。

 だが、命無き材木、それも一箇所だけなら十分な時間。

 入り込んだ穢れが材木と結合した結果、閂はもはやその機能を失った。 


『――結果、奴隷のへなポコひとつで壊れるくらい、もろくなったというわけだ』

「やるじゃない、へなポコ」

『ナイス、へなポコ』

「あの……褒めてくれているんですよね?」


 今のところ、おれたちの脱出に気付いた人間はいない。

 まだ戦闘は始まったばかり。警備の連中も、今のところ意識は外に向けられている。

 だが、見張りは居た。

 おれの居所を探るために入り込んだ、野犬の群れが数頭。

 警備の連中をさんざん引っ掻き回した後、この教会堂を包囲するように潜伏していたのだ。

 そいつらが、物陰からじわじわと近づいてくる……。


『気をつけて。囲まれている』


 気配や物音は隠せても、呼吸や意識は隠しようが無い。

 近づいてくる獣どもの息づかいに気付いたのは、やはりライラだった。


「うそ。どこに?」

『建物とか、樹の陰……。暗くて見えないけど、四方から寄って来てる』

「このまま門のところまで行けば、諦めてくれるでしょうか?」

『そして警備隊の連中に任せるのか? それは、その後の選択もやつらに委ねるということになる。自分から檻を開けた意味が無いだろう』

「じゃあ、どうするの? 戦えというの?」

『その通りだ』

「む、無理です。無茶ですよ、ネロ様」

『案ずるな、奴隷よ。狙うのは一頭だけ。きさまとサラの二人がかりでやればいい』

「そんな勝手に……向こうは四頭いるのに、一頭だけ狙うなんて、出来るわけないじゃない?」


『可能だよ』

 おれは奴隷の肩から、ライラの肩に飛び移る。

『あくまで、狙いはこのおれだ。二手に分かれてしまえば、やつらも二組に分けざるをえなくなる。あとは、きさまら二人でリーダー格を狙えばいい。そいつさえ居なければ、残るはただの野犬。どうとでもなる』


「残りは野犬……つまり、私たちの相手は……」

『当然、グリムだ』


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