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カナリアは、もう啼かない!  作者: 愛章
1章 おれさまは、猫である
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お箸を折ってはいけません!(2)

言われてみれば、どうしてネロ様は私を奴隷にしたのでしょう?

気になります……。

 …………本音は別のようだが、プライドを刺激しても面倒なだけだ。


『きさまはどうも思い違いをしている……』

『どういう意味?』

『おれは猫だ。グリムだが、本質は変わらん。猫のおれが、この村に、都に、一体どんな用がある? 人間を攻撃したり、滅ぼしたりして、おれにどんなメリットがある?』

『……その気は無いと言うの?』

『あるなら最初からそうしている。そもそも、おれの縄張りに踏み込んだのはきさまらだ。この地を開拓するということは、おれには縄張りを守るか、明け渡すかの二択しか無い。無意味な争いをするくらいなら、きさまらカナリアの世話になるほうが効率的だ。こいつを奴隷にしたのは、その足がかりに過ぎん』

『その言い方だと、奴隷にするのは誰でも良かったみたいに聞こえるわね』

『あぁ、そうだ。さらに言えば、本人が望むなら解放してやってもおれは一向に構わん。きさまかライラ、あるいは他の誰か……』

『そ、そんなのダメです!』

『……もっとも、本人はこう言っているが?』


「…………あんたねぇ…………」

 ため息がそのまま言葉になって漏れ出る。


『私、猫のお世話は初めてで、ライラみたいに上手じゃないかもだけど……ネロ様は私が責任を持って面倒見ますから――』

『あのね! こいつはペットじゃないの! グリムなのよ、グ・リ・ム!』

『そうだけど……ネロ様、別に悪いグリムじゃないですし、ただ一緒に住みたいって言ってるだけですから……』

『ふふふっ……確かにペットを飼うのと同じね』

『ライラ、あなたどっちの味方!』

『もちろん、ふたりの味方よ。でも今は、どうしてユアを奴隷にしたのかって話の途中。私でもサラでもなく、ネロちゃんにとってユアはどんな利用価値があるのかしら?』


 あけすけな笑顔。

 なまじ心が読めるだけあって、言葉に遠慮が無い。


『まぁ、当然の疑問だな……』

 当たり前すぎて、あくびが出る。

『確かに、ユアはおれの世話係としては三流以下だ。きさまやそこの小姑のほうがまだマシだろう』


『がーん……』

『――誰が小姑よ!』

『だが、おれさまは猫だ。犬のように餌付けで序列を決めたりはしない。あくまで主人はおれ。きさまら人間はおれに食事、寝床、そして暇つぶしを与える存在だ。拒否しても一向に構わん。選ぶのは、このおれだ』


『「…………」』


『一方で、おれはグリムだ。そこらの猫と違って、愛想ふりまくだけで世話してもらえるなどと、甘ったれるつもりはない。だから、穢れの使い方を教えてやった。おれの世話を焼くためにも、早死にされては困るからな。話せることや見えることは、その結果に過ぎん。どちらもおれにとって重要ではないが、こいつの腕だけは別だ』

『私の、腕……ですか?』

『穢れで出来た腕だ。ただ動かせるようになったと思うなよ。声や目に比べて、ずっと直接的な力だ。おれはグリムだが、宿主が猫である以上、純粋な力の暴力はきさまに劣る。だからきさまを奴隷に選んだ。おれを守るためにな』


『…………つまりあんた…………怪力だから、ユアを奴隷にしたってこと?』


『まぁ、そういうことだ』


『…………』

『――ふ、ふたりとも、どうして笑っているんですか――!』

「……だ、だってしょうがないじゃない……あまりにも、くだらなさすぎて……」

『……ふふ……ご、ごめんね、ユア……ふふふふ……悪気は、ないの……ほん、と……』

『もぉ、我慢しないで息をしてください。こんなことで悪化されても困ります』

『……くくく……だ、だめ……詰まって……』

『大変っ! ライラの顔が真っ青です』


 やれやれ……呼吸器に穢れを宿しているというのに、無理に笑いを止めようとするから、呼吸までも止めてしまったらしい。


『奴隷よ、背中を叩いてやれ』

『え、でも私……』

『さする程度なら問題ない』

『それもそうですね。ほら、ライラ……大丈夫ですから、落ち着いて息をして下さい……』


 指先から穢れが、ライラの呼吸器に入り込む。

 閉ざされた喉が開くとともに、肺に一気に空気が流れ込んだためだろう。ライラは声も無くその場でむせてしまった。苦しげではあるが、呼吸が戻った証拠だ。


『……あ、ありがとう……ごめんなさいね、ユア……』

『ライラこそ、痛くありませんでしたか……?』

『ううん……むしろ、少し気持ちよかったくらい……つらいところを優しく撫でてもらったような……不思議な感じだったわ……』

『……実は私も、ほんのちょっと指先が入り込んだような気がして……痛くなかったのなら良かったですけど……』

『あたしにも見えたわ。ユアの指先から、黒い穢れがライラの身体に入り込んでいくのを……一体今のは何? あんたユアに何をやらせたの?』

『見ての通り。穢れに直接触れさせた。こいつの両手が穢れで出来ているのは、きさまも知っているはずだが?』

『でもさっき、あんたはユアが怪力だって――』

『それはきさまの言葉だ。おれは最初に、こいつの両手は直接的な力だと説明した。怪力とは、暴力の一面でしかない』

『あの……私って、本当に怪力になっちゃったんでしょうか? あまり実感がないのですけど……』

『制限をかけているからな。今はせいぜい両手で箸を割れる程度に抑えてある』

『――読めたわ。あんた、ユアの両手を警戒しているのね。穢れに直接攻撃できるなら、あんたにとって天敵みたいなものじゃない。だからあんたはユアを奴隷にして、逆らえないようにした!』

『……きさまはあくまでおれを悪の侵略者にしたいらしいな……』

『事実、あたしたち人間をお世話係か何かだと言い切ったじゃない!』

『おれは猫と人間の真実を述べたまでだ』


 猫は人間の役に立とうとしないが、人間は猫の役に立とうとする。


『だいたい、天敵なら生かしておく必要もない』

『それは……奴隷にしたからであって……』

『あのなぁ、この際はっきり言わせてもらうが、おれがこいつの力だけ解放したらどうなる? こいつが、行く先々で、考え無しに両手の力を振るえばどうなると思う?』

『……私たちにとっても危険、ということ……?』


 指先が首の穢れに触れた感覚を思い返したらしい。


『子供が刃物を持つのと同じ。直接的な力とは、そういうことだ。だから、奴隷として管理することにした。おれのため、きさまらのため、こいつ自身のためにな』

『…………』


 ようやくサラが押し黙る。

 仲間の安全を口実にされては、反論できまい。


『……私、子供じゃありませんし、お箸だって折ったりしませんよ……?』

『きさま……おれの身体をへし折ろうとしたことをもう忘れているな?』

『へ……?』

『――というわけで、こいつの阿呆力はおれが徹底管理する。異論は無いな?』

『まぁ、阿呆力なら仕方ないわねぇ……』

『……分かったわ。きちんと躾けなさいよ、そこの阿呆力を』

『……あのぉ……それは馬鹿力のことでしょうか……?』

『さ、話はもう十分だろう。いいかげん眠くなってきた』

『待って。まだ質問がひとつ残ってる』

『明日にしろ、面倒くさい』

『――グリムって何? あんたは本当に私たちの敵なの――?』


 目を閉じてまどろむ。

 猫という生物は一日の大半を眠って過ごすらしい。

 肉体的な意味で休息は必要なくても、猫であるおれは心地良い眠気にいつでも身をゆだねることができる……。

『ちょっと、寝たふりなんてしないで答えてよ!』


 人間が何を騒ごうが、何を悩もうが、猫の知ったことではない。

 猫が目覚める理由。それはただひとつ。


『――思ったより早いな――』

『何? 何のこと?』

『……ちょうどいい。きさま確か、グリムとは何なのかと知りたがっていたな?』


 群れが真っ直ぐ近づいている……。

 ……この開拓村に迫るのも、もはや時間の問題だ。


『――ふたりとも、気をつけて――何か、来る――!』


 闇夜を疾駆する音を、ささやきを、真っ先に感知したライラが『声』で叫ぶ。

 しかし、気付いたところでどうすることもできない。


『教えてやろう。きさまら人間が敵と呼ぶ、グリムというものを』


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