お箸を折ってはいけません!(1)
もうお腹ぺこぺこです…!
「いただきます」
――長い。
実に長い黙祷のあと、ようやく奴隷たちは食事に箸をつけた。
用意したのは村の住民。
この宿舎の窓のひとつが専用の受け渡し口になっていて、朝と夕方の決められた時間に持って来るそうだ。出前というより、家畜や囚人の扱いに近い。
しかし食事内容は意外と人並み。実体はともかく、カナリアもまた聖職者という肩書きがある以上、無下にはできないということらしい。
おれたちが教会堂で話している間に、ライラは受け取った食事に手を加えて、テーブルに並べていた。
食器がひとつ多いのは、おれの分だと言う。
『ネロ様、食べないのですか? おいしいですよ?』
『……おれは猫舌なんだ……』
『じゃあ、ふーふーしますね?』
『よせ、ばか!』
止める間もなく、スープが飛び散っておれに襲い掛かる。
「あわわわ、ごめんなさい――! は、早く拭かないと――!」
『いてっ、いでででででで……むちゃくちゃにこするな!』
もういい、放っておけと、おれは部屋の隅で毛づくろいしながら丸くなる。
『ネ~~ロちゃん。私ので良かったらどうぞ。まだ口はつけていないから』
ライラめ……さてはこうなると分かっていて、あらかじめ取り分けておいたな。策士め……奴隷の顔を立てつつ、おれのご機嫌を取るとは……。
まぁ、良い。望みどおり頭くらい撫でさせてやろう。
『ず、ずるいです、ライラ。ご飯は私の役目なのに……』
『あら、ちゃんと順番は守ったわよ? あなたも奴隷なら、主人の好みくらい考えておきなさい、おほほほ』
「……あほくさ……」
独り、我関せずといった顔で、黙々と食事をしているサラ。
こんな得体の知れない、どこまで猫なのかどうかも怪しい、自称グリムの一体どこが可愛いというのか、全く理解できない。
……という心の声が混じったつぶやきである。
『まぁまぁ、サラの心配は分かるけど、かといって邪険に扱う理由もないじゃない』
おれの体毛を愉しみながら、ライラはもっともらしい顔をする。
『こうやってお互いに思っていることだって分かるんだから。少なくともネロちゃんの言葉に嘘は感じられないわよ?』
『…………だとしても、本当のことを言っているとは限らないわ』
『――全く、面倒なやつだ。素直に触りたいのなら、そう言えばいいものを』
「だっ、誰もそんなこと言ってないわよ!」
『声が出てるぞ』
『出たわね』
『出ましたね』
「~~~~~~っ!」
『……というわけだ。きさまの心の内はもちろん、おれの内心だって多少は漏れ出る。互いの全ては読めなくても、相手に向けて語りかける以上、考えを隠し切ることはできん』
『だとしても、全てが本心とは思えない。考えの全ては読めない……それは自分が言いたくないことは話さない、って意味じゃない?』
『なるほど。では質問しろ』
『何ですって?』
『本当のこととやらが何なのかは知らんが、要するにきさまはおれに質問したいわけだ。答えてやるから、勝手に判断しろ』
サラはユアを一瞥した後、箸を置いておれに向き直った。
『――分かった。とりあえず三つ質問する』
『好きにしろ』
おれはライラの手を払い、伸びをしてテーブルの下に戻る。
『さっきはどうしてユアにあんなことを言わせたの?』
『さっき……あぁ、山猫かもしれないというやつか?』
『あんな丸分かりの嘘ついて、一体どうするつもりよ』
『全くの嘘ではない。奴隷は大きな猫を見たと言っただけ。山猫だと言ったのはやつらで、奴隷ではない。ましてやそれがグリムかどうか、確かめなかったのはやつらのほうだ』
『じゃあ仮に、その猫がグリムだったのかと聞かれれば、あんた何て答えたのよ』
『その通りだと、答えるまでよ』
『――そんなの!』
『実際、やつらはその猫がグリムだとは考えなかった。やつらにとってグリムとは、凶悪強大で穢れた怪物。まぁ、間違ってはいないが、イコール猫ではないのだろう』
『……だから、あんな馬鹿げた答えを言わせたの?』
『連中にとって重要なのは、奴隷を襲ったのが恐ろしい怪物だったかどうかだ。本心では、それがグリムで無い事を願っていた。やつらにとって、未知のグリムよりも未知の獣のほうが好ましい。山猫など、このあたりでは見たことも聞いたこともないのに、どうしてときさまは言いたかったのだろう? ありふれているものなど、誰も驚いて逃げ出したりはしない。ありえないくらいが、ちょうどいい場合もあるということだ』
『…………へたな嘘を並べるよりマシということね』
『事実、おれは奴隷に一言だって嘘を言わせていない』
『それがあんたのやり方というわけね。もしかして、ユアを奴隷にしたのも同じ理由かしら?』
『答えはノーだが、今のが二つ目の質問か?』
『聞き方が悪かったわね…………。あなた、一体どうしてユアを奴隷にしたの?』
『そんなものに訳が必要なのか?』
『だってあなた、ライラを話せるようにしたり、あたしの目もちゃんと見えるようにしたじゃない。なのに、ユアを奴隷にした根拠が分からない。もっとはっきり言えば、別にユアの助けを借りなくても、この村に侵入することだって、何なら都に入り込むことだってできるはずよ。むしろユアが居ないほうが、好き勝手に行動できるはず。どう考えたって、ユアが必要とは思えない』
『……サラちゃん、ひどいです……』
『事実よ。こんな食事の世話もまともできない役立たず、わざわざ奴隷にしたのはどうして?』
…で、結局触りたいのか?




