表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】魅了つきの刺繍のせいで、王太子殿下が溺愛をやめてくれません  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第四話 刺繍がなくとも

 終わらなかった。


 殿下は、翌日も手紙をよこした。

 一週間後も来た。


「刺繍がなくとも、あなたに会いたいのですが」


 まっすぐにそう言われて、私は返事に詰まった。


 一ヶ月経っても、変わらない。

 むしろ、刺繍という用事がなくなったことで、殿下は別の方法で時間を作ってきた。庭の散歩に誘われた。読書の感想を語り合った。私が前世の価値観で「それはどうかと思いますよ」と反論したら、殿下は目を丸くしてから、楽しそうに笑った。


「あなたは面白い人ですね、本当に」

「……失礼なことを申し上げました」

「いいえ。好きですよ、そういうところが」


 好き、という言葉が。

 軽く言っているように聞こえるのに、どうしてこんなに胸に残るのか。


 混乱した頭のまま帰宅して、侍女に話すと、彼女は腕を組んで唸った。


「……エリナ様、もしかして殿下は、単にエリナ様がお好きなのでは?」

「そんなこと」

「でも、そうとしか見えませんよ?」

「……そんなこと、ありえない」


 私がそう言うと、侍女は少しだけ眉を下げた。


「何か、私には言えないことがあるのですね」

「……ええ」

「では、殿下には?」

「言えないわ」

「なぜですか」

「嫌われるかもしれないから」


 声に出した瞬間、胸の奥が痛んだ。


 嫌われたくない。

 その気持ちが、もう逃げられないほど大きくなっていた。


 春になった日、庭で並んで歩きながら、殿下が口を開いた。


「エリナ嬢。一つ、聞いてもいいですか」

「はい」

「なぜ、刺繍を辞めたのですか」


 逃げられない声。

 責めているわけではない。ただ、ずっと待っていた人の声。


 私は足を止めた。

 風が吹いて、庭の若葉が擦れる。土の匂いが湿っていた。春の匂いだ。なのに、喉の奥が冬みたいに冷える。


「殿下」

「はい」

「信じていただけない話かもしれません」

「聞きます」

「嫌われるかもしれません」

「それでも、聞かせてください」


 私は、全部話した。


 転生のこと。

 前世では刺繍などしたことがなかったこと。

 転生した時に、魅縫という加護を与えられたこと。

 自分の施した刺繍には、見る者を引きつける魅了の効果が宿ること。


 あの茶会の場で、それを思い出したこと。


 思い出したのに、殿下に何度も刺繍を渡してしまったこと。

 だから、殿下の好意が本物かどうか、信じられなくなったこと。

 話し終える頃には、手が震えていた。


 殿下は、しばらく黙っていた。

 その沈黙が苦しい。いっそ怒ってほしかった。騙したのかと責めてほしかった。その方が、こちらも頭を下げられる。


「初めて茶会で会ったとき」


 殿下が、ゆっくりと言った。


「あなたは真っ赤な顔で、唇をきゅっと結んで、それでも布を持ち上げて見せてくれた」

「……」

「不格好な刺繍を。誰に笑われても。自分の不出来を誤魔化すために、誰かの作品を貶すこともなく、ただ、あの布を差し出した」


 やっぱり不格好だとは思っていたのか。

 変なところに意識が逃げて、私は泣きそうなのに少しだけ困った。


「私の目が最初に引きつけられたのは、刺繍ではありません。あなたの、その顔でした」

「そんな、出会って数分で」

「ええ。ひとめ惚れというやつですね」


 殿下は、穏やかに笑った。

 そんな理由で。

 そんなことで。


「その後、必死に練習したのでしょう?手に、針の跡がいくつもあった。あなたはいつも隠そうとしていたけれど、見えていました」

「……」

「刺繍に魅了の力があったとしても、私はあなたが針を持つ前から、あなたを見ていました」


 喉の奥が熱くなる。


 信じたい。

 信じてしまいたい。

 でも、信じるのが怖い。


「私は、殿下の心を縛ったかもしれません」

「では、確かめましょう」

「え?」


 殿下は、私の手を取らなかった。

 いつもなら自然に差し出される手が、今日は彼自身の横に下ろされている。


「ひと月、会わずにいましょう」

「……ひと月」

「手紙も送りません。あなたの刺繍も身につけません。今、私の手元にある刺繍はすべて箱に収め、側近に預けます」

「そこまで、なさらなくても」

「必要です」


 殿下の声は、静かだった。


「あなたが罪悪感に潰される前に、私自身の心を、私自身で確かめたい」

「……もし、それで」

「はい」

「もし、それで殿下のお気持ちが消えたら」


 声が震えた。

 殿下は私を見つめたまま、少しだけ眉を下げた。


「その時は、あなたに謝ります。私が、自分の心を見誤っていたのだと」

「謝るのは、私です」

「いいえ。私は王太子です。自分の心も選択も、加護一つに奪われたとは言いたくありません」


 風が吹いた。

 殿下の金髪が、春の光を受けて揺れる。


「ひと月後、ここで会ってください。エリナ嬢」

「……はい」


 殿下は証明しようとしてくださっているんだ。

 私の魅縫による気持ちではなく、本心でのことだと。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ