表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】魅了つきの刺繍のせいで、王太子殿下が溺愛をやめてくれません  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

第三話 運命というより事故

 翌日、王宮から手紙が届いた。


 エリオット殿下からの直筆で、「昨日は佳き時間をありがとうございました。近いうちにお話がしたい」と。


 侍女は涙目で私に抱きついてきた。


「エリナ様ぁ!」

「く、苦しい」

「これはもう、運命です!」

「運命というより、事故かもしれないわ」


 口の中が乾いていた。


 数日後の面会で、殿下は単刀直入に言った。


「エリナ嬢。私の所持品すべてに、刺繍を入れていただくことはできますか」

「……すべて、ですか」

「ハンカチ、外套の裏地、手袋、本の栞……思いつく限りすべてに」


 殿下は至って真剣な顔をしている。


 この人は本気だ。

 私の不格好なハートの、何がそこまで刺さったというのか。


 分かっている。

 そんなの理由はひとつだけに決まっている。私の魅了スキルだ。


「畏まりました」


 私はそう答えた。


 断れるはずがなかった。

 王太子殿下からの依頼を、伯爵令嬢が簡単に拒めるわけがない。しかも、殿下は嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔に、胸が軋む。


 そこから、私の刺繍地獄が始まった。


 月が変わり、季節が変わる頃には、私の刺繍の腕は明らかに上達していた。

 最初はハートしか縫えなかったのに、今では薔薇の花弁を一枚一枚重ねることができる。小鳥の羽根を、細い糸で表現することもできる。

 そりゃ、毎日六時間はみっちり針を刺しているのだ。


 指先には何度も針の跡ができた。水に触れるとしみる日もあった。肩は凝り、目の奥は熱くなる。それでも、注文された品は増えていく。


 殿下は、私が刺繍を施した品を身につけるたびに、褒め言葉をくれた。


「エリナ嬢の手から生まれるものは、どうしてこんなに心が揺れるのだろう」

「可愛らしい。これを縫っている時のあなたの顔を、何時間でも見ていたい」

「また来てもいいですか」


 また来てもいいですか、じゃないんですよ殿下。

 あなたが来るたびに、私は緊張する。

 笑顔が綺麗だし、声が低くて穏やかで、ずっと聞いていたくなるし、褒められると胸が勝手に温かくなるし。


 困る。

 本当に困る。


 好きになってはいけない。

 この人を好きになれば、魅了で縛った相手から都合よく愛を受け取ることになる。

 刺繍を渡すたびに、殿下の目が柔らかくなる。そのたびに嬉しくて、怖くて、手の中の針が重くなった。


 私は殿下を見ているのか。

 それとも、自分が作った魅了の結果を見て、喜んでいるだけなのか。

 答えは出なかった。


 初雪が降った朝、私は決めた。


「刺繍は……もう、致しません」


 面会に来た殿下に、向かい合って、きっぱりと言った。

 殿下が少し目を見開いた。


「……何か、不都合なことをしましたか」

「いいえ、殿下は何も悪くありません。ただ、私自身の問題です」

「理由を聞いても?」

「申し上げられません」


 まだ、言えなかった。

 転生者だと明かすことも、魅了のスキルがあることも、あまりに突拍子がない。信じてもらえないかもしれない。信じられたら、もっと最悪だ。


 私は、王太子殿下を魅了していました。

 そう告げる勇気がなかった。


「刺繍を辞めたら、殿下も私のことなど気に留めなくなりますでしょう」

「そうは思いませんが」

「いいえ。きっとそうなります」


 そうであってほしい。

 その方が、まだ楽だろう。

 もし刺繍をやめて、殿下が私に興味を失うなら、これは全部スキルのせいだったと諦められる。傷ついても、納得はできる。


 殿下はしばらく黙っていた。

 窓の外で、白い雪が細く降っている。暖炉の火が燃えているのに、膝の上の指先だけが冷たかった。


「わかりました。無理に頼むことはしません」

「……ありがとうございます」


 殿下の静かな返答に、私は深く礼をして、その日は帰った。


 それで終わるはずだった。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ