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エリートウォーズ  作者: 流山治満
スキルスティーラー編
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9/58

ライラック班

 春先で澄み渡るように晴れた穏やかな空の元、

 ピンクの象の滑り台がある公園でグローブを構えている。

 水岡は数メートル先に立つ油井に向かって山なりにボールを投げた。

 構えたところにボールが収まり、こちらに笑顔を向ける。

 投げ返してきたボールが目前まで迫ったとき、目を覚ました。


 見慣れてはいないが、一度見たことのある天井があった。

 体を起こすと横から声がする。


「あら、もう起きたのね」

 声のした方を見ると、華憐が椅子に座ってこちらに笑顔を向けていた。

 ぼうっとしていたが、気を失うまでのことを思い出し、

 すぐに頭が動き始める。


「あの男は……?天花はどうなったんですか!?」

 慌てた様子で水岡が尋ねる。

「大丈夫よ。落ち着いて」

 そこには、相変わらずの包み込むような華憐のいつもの笑顔があった。


「まず後の質問から。天花ちゃんは無事よ。

 今は自室で安静にしているわ。

 あなたのおかげよ」

 それを聞いて水岡はひとまず安堵する。


 次にあの男のことを聞こうとしたとき、

 ドアをノックする音が聞こえ、男が入ってきた。


「なんだ華憐。ここにいたのか」

「ちょうどよかったわ。

 水岡くんが目を覚ましたところよ」

「おお、本当だ」

 男は水岡を見て少し驚いた。

 水岡はその声にどこか聞き覚えがある気がした。


「ちょうど君にも話がある。聞いてくれ」

 男は近くの椅子を引っ張り出してきて、

 華憐の隣に腰かける。

「沢田さん、まずは自己紹介したらどう?」


 いまひとつ状況が掴めていない水岡を見かねた華憐に指摘され、

 沢田は自分があのとき救援に駆け付けた者の一人であったことを話した。

 彼は34歳の会社員だが、選定に遭いここで暮らすことになった。

 コア能力は指でなぞって囲んだ三次元の領域を爆破するものらしい。


 もう一人の男、ウェンはとある企業で働くためこの国にやってきた技術者で、

 勤務先の工場で選定に遭ったらしい。

 アジトで居合わせていたところ、

 救援要請がきたため沢田とともに駆け付けたとのことであった。

 コア能力は四肢をどんなもので切れるという名剣にできるものらしい。


「どうしてここまで詳細に能力を教えてくれるんですか?

 中にはコア能力を他人に話すことを嫌う人もいるって聞きましたよ」

 沢田はふっと笑って人差し指を立てた。


「1に、協力した方が行動しやすくなるからだ。

 2に、俺は仲間を信頼しているからだ。

 最後に、スキルスティーラーに万が一俺が敗北したときにも、

 対処法がわかるようにするためだ」


 そして、水岡に向かって手を差し出す。

「改めてよろしく頼むよ」

 固い握手を交わす。


「そうだ、気を失っていた君には、

 まだ伝えられていない叶野さんからの伝言があるんだった」

 表現から察するに、何か重大なことなのだろうかと勘ぐる。


「伝言の前にさっきの続きをやりましょう」

 華憐が告げた。

 水岡は少しビクっとするのを見て嬉しそうな笑みを浮かべる。


「あなたが最後に戦った男は通称スキルスティーラーと呼ばれているわ」

「奴のことなら俺に話をさせてくれ」

 沢田が割り込む。

 初対面ながらも穏やかで快活そうな人物であると水岡は思っていたが、

 このときの表情はどこか鬼気迫るものがあった。


「スキルスティーラー、レッドコアズの同僚から『ワタリ』と呼ばれているそいつの詳細は不明だが、

 どうにかしてコアを移植して能力を奪えるらしい」

 そこでようやく複数のコア能力を持っていたことに合点がいった。


「あいつのコア能力のうちいくつかはよく知ってるものだ」

「それって……」

 水岡は自身を戦闘不能にしたあの羽のコア能力を思い出した。

 あの能力の発動の前にスキルスティーラーの体は翡(・)翠(・)色(・)に(・)発光したのだ。


「君の想像通りだ。

 奴は既に俺たちの仲間のコアをいくつか奪っている。

 その中には俺の班員もいた。その能力は知っている。

 だから、すぐに対処もできた」

 そう話す沢田の鋭い視線には怒りよりもどこかに苦悩が見えるようだった。

 だが、すぐにその目は寂しそうな表情に変わる。


「おかしいよな。

 付き合いなんて長くないはずなのに、

 いざ死なれたらけっこう悲しかったんだぜ」


 自嘲気味に笑いながら話を戻す。

「すまない。スキルスティーラーの話だったな。

 奴はこちらのコアはもちろん、

 瀕死になった味方のコアでさえも奪っている。

 味方からも恐れられていて新たな王を名乗ってるっていう噂があるくらいだ」


「新たな王?」

「そうだ。

 それから察するに、レッドコアズのリーダーは奴ではないようだ」


 レッドコアズのリーダーがどのような人物なのか想像したこともなかったが、

 叶野と同じくらいに頭の切れる人物であったなら、

 この戦いは厳しいものになると思った。


「スキルスティーラーは、いくつ能力を持っているんですか?」

「少なくともこちらのコア能力は4つ奪われている。

 このまま放っておけば、手が付けられなくなる。

 そうなる前に奴を葬ることが当面の俺たちの課題だ。

 そのために南禅寺さんは班の見直しを行ったんだ」


「見直しですか……?」

「そうだ。

 今までは必要に応じてその都度編成していたが、

 これからは固定のメンバーで班を組むことになった」


 そして、華憐の方を見た。

「ようやく最後の班が決まったから、

 それを伝えるために華憐を探していたんだ」

 華憐は何も言わずに沢田が告げるのを待った。


「最後の班、ライラック班は君たち2人と城嶋天花、それから犬養俊介の4名になった」


 水岡はきょとんとしている。

 あまりに急な話だったのでどう受け止めたらいいかわからなかった。

 少なくとも、華憐がいるのは心強いが、

 犬養の存在が気がかりで手放しで喜べない状況でもあった。

 そんな表情を察してか、華憐が少し落ち込みながら尋ねる。


「やっぱり私じゃ不安だったかしら?」

「違うんです、犬養さんがいるのが不安なんです」

 水岡は慌てて否定する。

 気を遣っているのではなく、

 他の理由があるとわかった華憐はひとまず胸をなでおろした。


「確かに、犬養くんはちょっとぶっきらぼうなところもあるし、

 因縁の相手のことになると目の前が見えなくなっちゃうけど、

 あなたが思っているよりも仲間思いの人よ」


 華憐はそっと水岡をなだめるも黙殺される。

 そうは言っても、水岡は自分たちを危険に晒した原因の一端は、

 犬養の勝手な行動にあると考えている。


「そういえば、あの後犬養さんはどうやって帰ってきたんですか?」

 単純な疑問ではあった。

 

「気が付くと帰ってきてたな。

 ボロボロの姿で『またケリをつけられなかった…』って言いながら、

 治療も受けずに自分の部屋に戻っていったよ。

 あいつはいつもそうなんだ」

 沢田は犬養の行動にはもう慣れているようで、少し笑いながら言った。


「あの猿渡とかいう人と犬養さんの間に何があったんですか?」


 犬養の猿渡に対するこだわりは、

 これが命をかけた戦争だということを差し置いても尋常ではなかった。


「昔……、たまたま酒を飲んで珍しく酔っ払っていたときに、

 学生時代に知り合いだったらしいことは聞いたけど、

 それ以上は何も話してくれなかったんだよな」


「というか、聞けないわよね」

 沢田と華憐は顔を見合わせて笑う。

 少し間を置いて、沢田は一度姿勢を正した。


「さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか」

 それから沢田は班の役割について説明を始めた。

  諜報班と撹乱班とスキルスティーラーの討伐を目的とした特務班の3つがあった。

 班に属さない者は支援要員に位置付けられた。


「君たちライラック班はまず諜報班として活動してもらうことになった。

 今回君たちが調査に行く場所は水岡くんの家の付近なんだ。

 調査の効率が段違いってことさ」


「やっぱりそこで選定があったんですか?」

 あの後の戦闘で一時的に忘れていた嫌な事実を突き付けられ、

 思わず水岡は尋ねる。


「その可能性が高い」

 おそらくそれを生き延びたのは油井だ。

 最も大きい懸念は、その油井が敵側であることだった。

 この戦争において、仲の良い友人同士が互いに違う陣営に属して戦うことなどあったのだろうか。


 そこで水岡は犬養の因縁の相手は昔の知り合いだったということを思い出した。

 奇しくもあの犬養とはどうやら似た境遇にあるらしい。

 だが、どうにも犬養に何かを頼ろうという気にはなれなかった。

 それ以上考えるのは今はやめておくことにして、別の話題を切り出す。


「そういえば、コアを破壊されたレッドコアズの人はどうなったんですか?」

「それは、どうされたんですかって意味かな」


 戦争における捕虜の扱いなど知る由もなかったが、

 残酷な想像が水岡の脳裏によぎる。


「冗談だよ冗談。

 あそこに倒れていた彼はいくつか質問をしてみたけど、

 何一つピンと来ないようだった。

 明らかに敵意もなかったしそのまま解放して、

 その後こっそりと付けて様子を見てみたんだが、

 やっぱり記憶は失われていた。

 だからもう彼をマークからは外した」


「それってつまり……?」

 水岡はまだ少し不安そうな表情で尋ねる。


「彼は戦いのない日常に戻ったよ。幸せかどうかはわからないが」

 翡翠のペンタスにも世間一般と同じような倫理観があるとわかり安心した。


「ところでなんでライラック班なんですか?」

 思いつく限り聞きたいことは聞けたので、少し雑談をする。


「ボスは花言葉とかが大好きでねえ。一度喋ったならわかるだろう?」

「確かにわかりますけど……」

 水岡は苦笑いをした。

 沢田は水岡の様子も問題なさそうだったのでこ切り上げることにする。


「じゃああんまり長居しても迷惑だろうから俺はそろそろ戻るよ。

 また何かあったらいつでも聞いてくれ」


 席を立ちドアノブに手をかけたところで、思い出したかのようにこちらを振り返る。

「ライラックの花言葉は後で調べてみるといい」


 そのまま静かにドアを閉めて去って行った。


「リンゴでも剥くわね」

 そう言って華憐は水岡の隣でゆっくりとしている。

 どうやら華憐は水岡を一人にする気はないようだ。

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