南禅寺義和②
翡翠のペンタスでアジトに救援に向かっている者は、
誰もがみな無言で道を急いでいる。
一体だれがこの日に攻め込まれることなど予想できただろうか。
いくら敵の大将を倒せたとしても、
こちらのアジトが壊滅してしまっては意味がない。
叶野や南禅寺とて一筋縄ではいかないことは間違いない。
そんな彼らが残っているので、すぐに全滅することはなさそうだが、
実際のところどの程度まで保つのかまったく想像がつかなかった。
翡翠のペンタスにヴィンテージは残っていない。
当時の2人を知る者は誰もいない。
つまり彼ら2人の全力を見た者がいないのだ。
移動系のコア能力を持つ者はいたが、
一度に全員を運ぶことはできないため、
ゲリラ戦に向いている数人を先に送り込んだ。
移動系のコア能力がないと、
こんなときでも呑気にバスに乗っていることしかできない。
だが、焦っても仕方がない。
きっとあの2人ならそこまで心配はいらない。
そんなに神経質に思い詰める必要はない。
そう互いに言い聞かせ合ったり、胸の内でそう思うように努めた。
まずはバスが無事にアジト付近の山中のバス停に辿り着けるかどうかが懸念だった。
しかしコアの影響は国道まで来ていないらしく、杞憂に終わった。
バス停に着いた瞬間、みな飛び降りるように駆け出す。
アジトからはうっすらと煙が上がっているように見える。
「無事でいてくれよ……」
後発組の1人の剣持は逸る心を押さえつけながら、
アジトへの道を駆け上っている。
「いくつかの組に別れてそれぞれ別方向から助けに向かおう」
誰からともなくそういう意見が出てきた。
今彼らが向かっている方向は南側である。
剣持はそれを東側から迂回し敵が強引に突破した形跡が見つかれば、
そこからアジトに入って救援へ向かうこととなった。
向かう途中でいくつかの目印が壊れていた。
外部の者が通ったことを味方に知らせる証だ。
しばらく林を進むと、アジトが見えてきた。
だんだん近付いて視界が開けるにつれて、
その惨たらしいまでの戦いの跡が見えてきた。
大地はえぐれ、わずかに炎が当たりにメラメラと舞っている。
堅牢な城壁は一部に大穴が空き、がれきが転がっており、
何人かの人間とその破片が散乱している。
いずれもこちら側の人間ではなかった。
こちらが一方的に攻め込んでいたら、
さらに凄惨な状況になっていたかもしれない。
などと思う者は誰もいない。
選定のときからそれぞれがみな、
この戦いに縋りつくしかなくなってしまっているのだ。
ここはすでに戦場ではなくなっていると判断して、
再び駆け足でアジトに入ってゆく。
敵の姿は見えない。
明らかに荒らされた跡がありそれを恐る恐る辿っていく。
その数刻前、南禅寺は依然として、
シェルターには行かずに一人監視室に戻り孤軍奮闘していた。
直接戦闘をこなしているのは分身だが、体中から汗が噴き出ていた。
(今この場で戦えるのはほぼ私だけだ。
だが、他の者は決して戦わせるわけにはいかない!
私一人で彼らが戻ってくるまでなんとしても守り切る!!)
彼の気力には鬼気迫るものがあった。
すでに作り出したその分身の数は1000を超えた。
常に自らのコア能力の影響をほぼ休みなくこのアジトに施していた体力は異常というほかない。
そんな南禅寺が初めて全力を出したのだ。
その能力の総量は間違いなくこの戦争で歴代で最大だった。
全身からは薄紫色の光を周囲に放っており、
彼のいる室内は文字通りオーロラが現れている。
南禅寺の位置は味方にはもちろん、
レッドコアズにもはっきりとわかる。
だが、そこへ辿り着くことはおろか、
向かおうとすることすらできない。
だが、いくらそのえげつない規模のコア能力とは言え、
強力な破壊力を持つ選抜者たちの前では、
多少の強化などないに等しくほぼ一般人と変わらない。
だがそれでいい。
今は同時にすべての侵入者の足止めをしなくてはならない。
次々に葬られる分身をそれを上回る速度で精製していく。
一人でも多くコアを破壊してやるという確固たる意思をそれぞれが持っており、
油断すればその人波に引きずり込まれ、
軍隊アリに貪られるかのように、
常人離れした握力の大量の手に全身を少しずつ千切り取られて絶命する。
数百人の南禅寺の包囲網を抜け出した者がいても、
すぐにその抜け出したアジトの先で数十人でお出迎えする。
分散すればするほど彼の負担が増えるが、そんなことは一向にかまわない。
もとより彼はここが死に場所だと決めている。
彼の気力に体がついていけないため、
先に体の方がボロを出している状況である。
砂漠に水を撒くがごとくの勢いの消耗戦の中で、ついに転機が訪れる。
「この感覚は……来たか」
震える体に力を込める。
すでに避難している味方の元に分身を作り出し告げる。
「救援が戻ってきた。もう少しの辛抱だ」
それから彼は最後の力を振り絞って、
わかっている範囲での敵の新たなコア能力などの情報を伝えると、
まばたきの間に消え去った。
救援が戻るまでの間、敵の軍勢に対してたった一人で南禅寺は味方を完全に守り切った。
「紗矢……
これで私もようやくそちらへ行ける」
満足そうな顔で壁に寄り掛かるように座り込む。
そこへ、個人用の通信機に通信が入る。
「そろそろ君も脱出しろ。
必要なら僕が迎えに行こう」
いつもの穏やかな調子をやや失っている、
南禅寺に接するときの叶野の声だった。
「いや、俺はここまででいい」
南禅寺もまた、他の者には見せない口調で返す。
それは、いつになく穏やかな声音だった。
「バカな。こんなところで逃げ出すのか」
「抜け出すのさ」
それ以上叶野は何も言わずに通信を切り上げた。
「あとは頼んだ、ぞ……」
壁にもたれかかっていた南禅寺の首がかくんと落ちて動かなくなった。




