アベル③
(ぶっつけ本番でやれってことかよ!!)
だが、水岡はなんとなく浮かんでいた自らのコア能力の活用方法を明確に示された。
その賭けに乗るしかない。
この場において、水岡は守ることはできても、
攻めに転じることはできない。
それが可能なのは犬養だけだ。
(ただ犬養さんを傷つけないようにするだけじゃだめだ。
今までかそれ以上に強力なものにしないと……!!)
ここで失敗したらみんな死ぬ、
などという余計な雑念が入る余地がないほど水岡は集中していた。
これまで何度かあった死線は必死に乗り越えてきたが、
今日もまた乗り越えなければならない。
分解能を精製しようとしたときの感覚がいつもとは少し違った。
さながら、小学生のときに日々の練習の成果が積み重なり実って、
ある日急に守備のコツを掴んだときと同じような感覚だった。
みぞおちの下部から出てきた分解能の見た目は、
いつものものとは変わらなかった。
だが、水岡にはできる気がしている。
それを犬養の拳に纏わせる。
その瞬間に緊張はなく、無心であった。
結果は、何も起きない。
犬養の手は分解されていない。
「俺のコア能力がバレてる?
なら話は単純だ」
犬養のコアから力が集まるのがわかる。
まだコア能力は発動していないのに、
コアからは翡翠色の光の粒子が漏れ出ている。
犬養は水岡の方を見ずに頷くと、
付近に群青色の光の粒子を漂わせ、
音もなく消えるように地面を蹴って、
青白い稲妻のごとくアベルに向かっていく。
その瞬間は、野球で鍛えた動体視力があるはずの水岡にも、
捉えることができなかった。
金剛は限界を迎えつつあった。
瞬間的に自身の足元の空気を膨張させ、
爆発的な加速での移動を反復して行うことは、
かつてないほどの負担になっている。
加速するのは一瞬だけでいい。
いや、むしろ一瞬でしかいけない。
調整を誤れば、金剛もまた野内たちと同じ命運を歩むことになる。
(私はこんなにも疲弊始めているというのに、
敵は相変わらずか。
こんなにも差が開くものかね)
だが彼は希望を信じている。
若い2人の力を。
泣きそうにはなっているが、絶望するにはまだ早い。
精神よりも先に体の方が悲鳴を上げ始める。
あまりの激しい動きの連続に、体がやけに重く感じ、
激しい頭痛がし、吐き気を催してくる。
酸欠である。
そんな状態でも、気力で動きは維持される。
そこへすべてを壊すかのように、
犬養がすでに猛スピードで迫ってくる。
傍からみればそれだけで勝敗が付きそうな勢いだったが、
アベルは顔色1つ変えずに矛先を犬養へ向ける。
光の銃弾の雨からようやく解放された金剛は、
その場に膝を突いて激しく咳き込む。
(どうやら準備は整ったようだね)
力なく笑いながら犬養を見やる。
瞬時に照準を犬養に切り替えたアベルは、
正面から数発放つ。
それらは確実に殺せるように放っている。
(相殺できる!!いけ!!!)
水岡は精製した物体を使って何度か攻撃をかいくぐったうえで接近し、
一撃を浴びせるものだと思っていた。
だが犬養はそれを拳で防ごうとはしなかった。
(あくまでも武器として使うつもりか!
無茶だ……)
犬養はいつも折れない。
そして予想を超えてくる。
迫りくる数本の光の矢に向かって飛ぶ。
その動きはアベルでさえも予想外だった。
光はほぼ同時に放たれている。
それでもまったくの同時ではない。
放たれたタイミングの差はほんのコンマ1秒にも満たないが、
その光の速さの中ではちょうど胴体程度の隙間が生まれる。
これらに目を付け、自身の身体強化を用い、
左右に手足や体をコンマ1秒単位で細かく動かすことで、
無傷での突破を図ったのだ。
先ほど金剛がやっていたことと同じかそれ以上に神業に近い精度が求められたが、
今の犬養にはなぜかできると確信していた。
その動きを見た金剛は口には出さなかったが、
心の中で最大の賛辞を贈る。
(自身の能力の限界に伸び悩んでいる君を見ていた。
だが、僕には君が殻を破る直前のそれに見えていた。
あの予感は間違いじゃなかったようだね)
(速く、もっと速く)
わずかな光線の合間を縫ったあとも決して集中を切らさない。
ただ目的を見据えてそのコアを破壊することだけを考えている。
第一波を抜け出しても、
すぐに第二波が放たれていた。
それはアベルから見て斜め左から照射されていた。
犬養はさらに加速して自らも並行するように走り抜け、
置き去りにした足音に直撃する光線を背に、
さらに少しアベルに迫る。
その姿は、まさに紫電だった。
だがアベルとて簡単には直進させてはくれない。
足を進める先を一歩でも間違えれば貫かれる罠を張り巡らせるような、
幾何学模様を描くように美しくそして激しい光線の群れを一瞬でいくつも作り出す。
すんでのところまで接近しては、
道を塞ぐべく壁のように光の束が現れ、やむなく後退する。
人智を超えた速度の中で互いに一進一退となっている超人的な彼らの戦いは、
盤上遊戯のような心理戦と化した。
けれども少しずつ少しずつ、刹那を競う中で近付いていく。
こと敵の隙を見つけ出す嗅覚においては、
犬養が持つ最大の武器と言っても過言ではない。
すでに何百と達したやり取りの中にもそれは綻びとなって表出し始める。
犬養が直観したほんのわずかな、ミリ単位の隙を突こうとし、
それを迎撃するアベル。
そのわずかな隙が積み重なり、やがて一手遅れ始める。
だがここでアベルもまた一歩、人間の域を外れる。
進化を遂げ叶野の盾を貫くようになった死の光は、
ついに追尾性能を取り戻した。
しかし、それが犬養の正面だったのが運の尽きだった。
敵もまた進化したことに気付いた犬養は、
ここでようやく水岡に施してもらったボクシンググローブのようになった拳を突き出す。
黒い拳と光が衝突した瞬間、稲妻のようなひと際大きい閃光となって発光する。
それらは確かに相殺されていた。
水岡の施した処置は幾重にもなっており、数回は使うことができる。
何も臆することなく犬養は隙を突き続ける。
だが、回数制限のあるこちらには猶予がなくなってきた。
それはアベルも同じだった。
接近戦はもともと得意ではなく、
敵にここまでの接近を許したのはレッドコアズのボスになって初めてのことだ。
その殺傷能力が高過ぎるコア能力ゆえに、経験になりうる戦闘もまるでなく、
彼にとってコア能力の行使は作業でしかなかった。
指示を出してこの戦争の盤面を動かすことは常に目論み策を巡らせてきたが、
それは現場から遠のき、感覚を失った管理職に等しいものだ。
強すぎるコア能力が仇となり、
アベルの経験値はとっくに犬養に追い抜かれていた。
それからは早かった。
畳みかけるように激しく複雑な運動をして差をより広げ、
水岡がまばたきをする間に、
犬養の拳がアベルの右手にあったコアを右腕ごと吹き飛ばしていた。
やや遅れてアベルの体が吹っ飛ばされ、
背中から壁に打ち付けられ吐血する。
犬養の顔には喜びではなく、
何かを超越し悟ったような表情が出ていた。
水岡たちもアベルの様子を窺うべく恐る恐る近付く。
壁には亀裂が入り、吹き飛ばされた腕の付け根から飛び出た血が、
水を打ち付けたように壁にも飛び跳ねこびりついていた。
衝撃で内臓は潰れ、荒い呼吸さえなく静かに今わの際を迎えている。
「兄さん……、すまない」
力のなくなった目で呻くようにそう呟くと、アベルはこと切れた。
今週はここまでです。
ではまた次の金曜で!




