アベル②
ドクドクと流れ出そうとする血を、
コア能力を用いて必死に止めようとし、
息も絶え絶えながらも野内は水岡たちに呼びかけた。
2人は耳を傾ける。
「この出血の量じゃどの道足手まといだ。
長くは持たない。
俺が全身全霊をかけて隙を作る。
だから一度逃げろ」
それが彼の出した最善の可能性への決断だった。
相手の根城とそのコア能力の一端は割れたのだ。
今は堪えて持ち帰り対策を練ってまた挑めばよい。
すでに仲間が向かっているとはいえ、
自分たちのアジトもこうして襲撃を受けている。
そちらが無事でなければ意味がない。
霞み出した視界で野内は自らを奮い立たせようとする。
「ふざけるなよ」
犬養はそれを許さなかった。
「これ以上俺の目の前で死ぬ人間を見るわけにはいかねえんだよ!!」
薄い笑みを浮かべながらそれを聞き流して、野内は敵に向き合う。
やはり正面から向かうしかない。
ちょっとやそっとの勢いじゃ毛野に笑われてしまう。
だから、すべてが枯れ果てるほどにコアから力を絞りつくした。
群青色の一筋の光となって馬鹿正直なほどに正面から全力をぶつける。
光線の雨をしなやかにすり抜け、敵のコアを見事に打ち砕く。
彼の脳裏ではそんな風景が流れていきながら、
いつの間にか死の光に貫かれていたらしく、
煙のように蒸発していった。
水岡はここまで、動くことすらできなかった。
それを後悔することさえできないでいる。
犬養の叫びが轟く。
一瞬で体中に翡翠色の光を身に纏い、駆け出す。
獣のような咆哮を上げ、
血走った目で喉を食い破らんとする鬼神のような見た目とは裏腹に、
彼は自身の限界を感じていた。
(俺の声ってこの程度だったのかよ)
感情のままにこれまでに出したことのない雄たけびを上げたつもりだが、
相手の前では蚊の羽音程度にしかなっていないように思えてならない。
向かう敵のコアに凶悪な力が集まり、今にも放たれるのを感じる。
自分も先ほどと同じように、
数秒後には得体の知れない光となって蒸発するのだろう。
すべてを諦めた中で、なぜかふと猿渡の顔が浮かんできた。
何が何でも絶対に自らの手で殺さなければならない人物。
宿命付けられた仇。
それはこちらをあざ笑うかのような表情を浮かべている。
「こんなところで死んでいられねえ」
思わず口に出していた。
一瞬の間だったが、急に視界がクリアになったように感じられる。
すでに敵の刃は放たれる寸前だが、体は動く。まだ間に合う。
コアに力を込める。この一瞬だけ。
このわずかな瞬間だけ足に力が与えられればいい。
敵の恐ろしい死の光が迫りくる中、
至って冷静に自らのコア能力を解き放つ。
そして、その場で身を横に回転させ、
そのまっすぐで神々しくも死のように冷たい光線を見事に回避する。
彼の集中力はそこで途切れることはない。
すでに放たれていたほかの光線も間を縫うように、
すんでのところで躱し続ける。
傍から見るとまるで激しい演舞を行っているようだった。
その動作を繰り返して攻撃を避け続けることは神業に近かった。
(だが避けてるだけじゃ勝てねえ。
攻撃に転じるには何か別のものが必要だ)
敵のコアを撃ち抜くまでの方法はなんとなく浮かんではいるが、
それを実行に移す余裕がない。
これ以上近付くことはできそうにない。
かといってもはや後退することもできない。
相手もまた、こちらがいつまでこれを続けられるか試すかのように乗ってきている。
誘い込まれていのだ。
それをしたら興ざめかと言うように、
一切水岡を狙おうとはしない。
「私の出番のようだな!」
そこへ扉から突き破るようにして現れていたのは金剛だった。
水岡は思わず声を上げる。
「金剛さん……、アジトに帰ったんじゃ……」
「うむ、こちらの方に加勢するべきだと判断してな。
それにあっちは南禅寺さんがいれば保つだろうし、
叶野さんだってそんな簡単にやられないはずだ」
そう言うと、金剛もまたアベルの方へ一直線に向かっていく。
当然、そこには死の光線のお出迎えがある。
しかし、金剛もまた自らのコア能力を最大限に駆使して、
ギリギリのところで躱す曲芸を始めた。
確かにアベルは何発でもどの方向にでも照射することが可能だが、
それを放つ元はあくまでも普通の人間である。
激しく動き回る者2人を同時に狙うことはできない。
どちらかの精度は犠牲にする必要がある。
「犬養くん!
一度下がりたまえ。
ここは私が時間を稼ぐ。
何か考えがあるのだろう?」
攻撃を躱すわずかな合間に途切れ途切れながらも犬養に意思を伝える。
すぐさま意図を察して後退する。
そこへさらに複数の光線が飛んでくるが、
ここで金剛はそれらを屈折させ逸らした。
ジャッカルとの戦闘でもやったのと空気の屈折率を変える方法だ。
「なぜこんなに撃ち続けているかわかるか?」
相も変わらず無表情にアベルは攻撃を続ける。
あれだけ恐ろしい威力を持ったコア能力であれば、
とっくにバテていてもおかしくないはずなのに、際限なく続けられている。
金剛は敵の底知れない桁違いの体力に恐れおののきそうになるが、
深く考えるのをやめて回避に集中する。
「あと100発ほど撃つ頃に、追尾させることができる気がするからだ」
誰も返事ができないことはわかっているので、
一方的に語り掛けるように間をおいて言い放つ。
翡翠のペンタスに、より深い絶望の淵に追いやるような戦慄が走るが、
金剛はそれをパフォーマンスにはまったく影響させない。
水岡はここまで何もできていない。
犬養がこうして前に出ていなければ、
野内たちと運命を共にすることになっていたことは間違いなかったが、
彼にはとある賭けに乗るかどうかの決断をする時間が必要だった。
だが、敵はそれを待ってはくれない。
「そこでただ突っ立っているのも退屈だろう。
そろそろ昇天してくれ」
一筋の無慈悲な光差す死が美しいくらいに直線的に向かってくる。
それは、先ほどのものよりも一回り大きい。
おそらく数人分を貫通するであろうことが直観できた。
だから、いざとなれば金剛がやろうとしていた身を挺して庇うことも意味をなさない。
すべてが無慈悲に消失させられるのだ。
試すならここしかない。
水岡の体は冷静に動いていた。
(当たると消滅。
威力は桁違いだけど俺と似ている。
だから対処法もわかる!!)
水岡が精製した黒い物質の壁は、
一直線にこちらに進んできたものとぶつかる。
それらは蒸発するように溶けたが、
対する相手の光が水岡に向かってくることはなかった。
どうやらコア関連のものはそうそう簡単にはすり抜けられないらしい。
それを見た犬養は即座に水岡に言う。
「お前の物体を俺の拳に巻き付けろ」
水岡は犬養がくじけるところを見たことがなかった。
水岡もまた強大な力にも屈することのない克己心が、
彼にそそのかされたように沸き上がってくる。
犬養の意図はなんとなくは読めたが、水岡は躊躇った。
その物体は本人以外が触れればなんであれ分解するのだ。
その障害があり実現不可能だと思った。
促すように、本人は決して意識していないが、
より奮い立たせるように犬養は続ける。
「今すぐできるように調整しろ」




