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犬養俊介

「滝沢さんも一緒の班ですか?」

 水岡は、滝沢と華憐と犬養という男の4人でアジトを出ようとしていた。


 犬養俊介という男は大学生のようだが、

 目つきがかなり鋭く、常に睨むような視線を放っている。

 たまたま部屋を出てすぐにみつかったので華憐が事情を話し、

 班に加わるよう声をかけたのだが、

「ああ、そういうことか」と唸るように呟き、

 無言で2人の後についてきたのだった。


 アジトの出口まで向かう道すがら、

 どうして部屋の前にいたのか華憐が尋ねると、

 本人は叶野にここで待っているように指示があったとのことだった。

 それ以上の会話はなくどこか気まずい雰囲気に思えた。 


 そんな中、華憐に加えて見知った顔である滝沢も同行するとわかり、

 少し安心したように尋ねるも、

 残念ながらその期待は裏切られる。


「いや、俺はアジトの外までだ。そこで4人目と合流だってよ」

「そうですか……」

「滝沢さんは次の班は聞いたの?」


 建物の入口と思っていたドアを開けて外に出るも、

 まるで中世の城壁のような大きな壁に囲まれており、

 敷地の外には出られそうになかった。

 滝沢は両腕を上げながら何気ない華憐の問いにこう答えた。

「俺はしばらくは送り迎え専門になるらしい」


 犬養が先に行くよう促したので、

 水岡と華憐がそれぞれの腕に掴まる。

 滝沢が地面を蹴ると、5~6メートルはあるその壁を軽々と飛び越えた。

 壁の向こう側には草木が生い茂っており、

 叶野の言葉通り要塞のようであった。


「確かにあなたのコア能力があれば、出入りする手段が増えるわね」

 眼前の景色を見渡しながら華憐は呟く。

 水岡はまだこの移動に慣れず、

 必死に滝沢にしがみついている。

 まもなく高度が下がり始め、

 見るからに人通りのなさそうな道路に着地した。

 滝沢は2人を下ろすともう一度犬養を迎えに戻った。


「犬養くんはね、ああ見えても根はけっこう優しくて仲間思いなのよ」

 意外ではあったが、仲間として信頼されているようだ。

 だが、どうも馬が合う気がしない。

「あれ?そういえばもう1人もここで待ってるんでしたよね?」

 水岡は辺りを見回した。


「さっきからずっとここにいるんですけど」

 声のした方を振り返ると、木で上からは見えなかったが、

 2人のいる道路のすぐ横の茂みにある、

 座るのにちょうどよさそうな大きさの石に座っている少女がいた。

 少女は毛先にすこしパーマがかかっている暗めの茶髪で制服を着ている。

 顔立ちは整っており、街で見かけたら振り向く人もいるに違いないと思った。


(この制服、どこかで見たような……)

 見覚えがあったものの、それがどこの高校のものかはわからなかった。

 考え込んでいると、もの言いたげな目でじっとこちらを見つめてきた。

 それに気付いた華憐が意地悪く付け足す。


「違うわよ天花ちゃん、

 水岡くんはあなたのことがかわいくて見とれてたのよ」

 慌てて弁解したが、このおせっかいの焼き方は、

 もし自分に姉がいたらこんな感じなのだろうかと思った。

 華憐が肘でつついてくる。


「ほら、自己紹介して」

 思わず姿勢を正して自己紹介を始める。

「水岡政人です。赤葉高校に通ってます」

 だが、出てきた言葉は意外にも短かった。

 天花はため息をつきながら答えた。 

「城嶋天花。南良高校。

 同い年だって聞いてるし、

 今更敬語なんていらないよ」


 水岡はようやく合点がいった。

(南良高校といえば、前に集団失踪事件があったところだ。

 つまりこの人がそのときの選定の生き残りか……)

 そうこうしているうちに、滝沢は犬養を連れて戻ってきた。


「なんだ、4人目は城嶋か」

 犬養はあくびをしながら呟いた。

「お前も大して経験が長いわけじゃねーんだから、

 あまり出しゃばって自滅するなよ」

 天花は一瞥した後何も答えなかった。


(犬っていうより一匹狼だな)

 水岡はふとそう思った。

 この4人を見た滝沢は少し驚く。


(なんだこの超攻撃的なパーティは……!

 攻撃こそ最大の防御ってか?

 相変わらずボスは何考えてるのかよくわかんねーな)


「……じゃあな、気を付けろよ」

 そう言い残すと滝沢は帰って行った。


「じゃあとっとと行くぞ」

 なぜか犬養が先導して歩き始めた。

 その後は意外にも近くの停留所からバスに乗り、街まで出た。

 コア能力を使っての移動を想像していただけに面食らう水岡であったが、

 バスでの移動中に会話はなく、みな終始無言だった。

 バスに乗る前に華憐が教えてくれたが、

 公共の場ではあまり話さないことにしているらしい。


 4人はバラバラの席に座った。

 互いに警戒は怠っていない。


 最後にバスを降りた水岡に3人の視線が集まる。

 犬養が何かを促すようにじっとこちらを見ている。

 数瞬してはっと気が付く。


「すいません。ついうっかりしてました。

 ここからもう一つバスに乗ります。

 着いてきてください」

 次のバスに乗っている最中、

 水岡は見知らぬ人を3人も連れて自宅へ戻るのは、

 なんだか新鮮な気がしてきた。


 だが、それも束の間だった。

 最寄りのバス停を降り、自宅のある住宅街の一角を曲がろうとしたとき、

 大勢の人が集まっていた。

 近寄ってみると、行こうとしていた道の先にはバリケードが張られ、

 大量の警官とマスコミが右往左往していた。


「何か様子がおかしいわね」

 思わず駆け寄っていた水岡に追いついた華憐が呟く。

「こりゃだめだな。迂回するぞ」

 犬養の一声で一行は別の方向から水岡の家を目指したが、

 どこも同じ状況だった。


「おい、お前の家の住所を言ってみろ」

 何かに気付いた犬養が唸るように尋ねる。

 水岡が訳も分からず住所を告げると犬養はため息をついた。


「こういうこともあるもんなんだな」

 差し出されたスマートフォンには、

 とあるニュースの記事が映っていた。

 今まさにいるこの場所で、集(・)団(・)失(・)踪(・)事(・)件(・)が(・)発(・)生(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)を告げる内容だった。

「昨日ニュースでやってたね」

 天花は無感情に呟く。


「まさか、選定に……」

 水岡はその場にへたり込む。


 選定により、この住宅街一帯の人間は行方不明になった。

 事件の手がかりを掴むべく、警察はこの付近を問答無用で封鎖していた。


「お気の毒さま。じゃあもう帰るしかないね」

「ちょっと待って」

 すぐに帰ろうとする天花たちを華憐は引き留める。

「彼にこの現実はあまりにも残酷だわ。

 そんなすぐには動けない」


 この会話さえ、水岡には聞こえていない。

 視界がぐにゃぐにゃとぼやけている気がする。

 このままならいずれ目が覚めて、

 すべてが夢だったと気付き安堵できるかもしれない。


 とっさに犬養は水岡の胸倉をむんずと掴んだ。

「おい、しょぼくれるのは勝手だが、

 こうしている間にもいつ敵の襲撃を受けるかわからねえんだぞ!

 お前のような新人の足手まといがいる状況で襲われたら、

 俺はお前を真っ先に見捨てるからな!」


「犬養くん……!」

 華憐にかまわず犬養は続ける。


「俺たちはなあ、生き残っちまったんだよ!

 その重みを背負ってんだから、

 半端な覚悟で戦ってるわけじゃねーんだよ!」


 天花は黙ってその様子を見ている。

 華憐もそれ以上は何も言えなかった。


 水岡ははっとして自らの使命を思い出した。

 彼の命は彼のものだけではない。


(そうだ、こんなところでしょぼくれている場合じゃない)

 水岡は胸倉を掴んでいる犬養の手を掴んだ。


「もう大丈夫です。犬養さんの言う通りです。

 それに、ボクの願いで生き返らせる人が増えただけのことです」


 犬養は無言で水岡の目を見た。

 そこには先ほどにはなかった強い意志が感じられた。


「初めからそうしろよ」

 水岡は思わず掴んでいた両手をあわてて離した。

 それに続いて犬養も手を離す。


「でも、着替えとか必要なものだけは取りに行かせてください」

「さっさと済ませるぞ」


 歩き出した犬養に天花が無言で付いていく。

 華憐は慈愛に満ちた表情で、水岡に手を差し出した。


「さあ、行きましょう」

「はい。ありがとうございます」


(油井の選定のときに巻き込まれたんだ。

 それしか考えられない。

 次に会うときがあれば聞くしかないな)


 再び、4人は水岡の自宅を目指して迂回する道を歩き始めた。

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