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モーグル

 その日告げられたのは攪乱班としての任務だった。


「俺はパスだ。そんくらいお前らだけでも大丈夫だろ」


 犬養にしては珍しく積極性を欠いた言動だった。

 油断しているようで、水岡にはどこか不安のようなものがあったが、

 ほかの2人はそうではないようだ。


「じゃあ3人でいきましょ」

「たまにはいいかもね」


 水岡はため息をつきながら、一度自室に戻った。



 任務はすぐに終わった。

 会敵することもなく、実にあっけなく終えることができた。

 水岡自身も、たまにはこういうこともあるのだと納得していた帰路にて、

 突如嫌な違和感が3人に走る。


「選定……!?」


 それは前方の少し古びたテナントビルで起こっているようだった。

 見た目は隣にあるものと大きな違いは感じられないが、

 中の様子はなぜか見えず、不自然なほどに人の出入りがない。

 街中にいる人々は何も気付いていない。


 周囲への警戒を最大限上げる。

 選定の発生はすべて補足できるわけではない。

 突発的に発生したものに対して事後に遅れて回収に行くこともある。

 周囲に視認できたそれらしき人物はいない。

 今回はど(・)ち(・)ら(・)のものなのか。


(すぐに動くべきか、どこかで身を潜めて様子を見るべきか)

 周りを見渡し、3人が身を隠すのに手ごろな、

 死角の多いところを発見した水岡は、

 無言で2人の手を引く。


「見守る者(ウォッチャー)、何か聞いてる?

 姿は現さず私たちの中に直接回答して」


 天花が小声で尋ねるとすぐに返事が返ってくる。


「いんやァ。

 たった今叶野にも確認したところだが、

 こちらのものではないなァ」


(じゃあ、やっぱり……)


 水岡は、禍々しい気配を放っているテナントビルを睨みつけるように見据える。

 たとえ敵であろうと、悲劇が新たに起こっていることはやるせなかった。


「叶野からの伝言だ。

 無理に対処する必要はないが、

 で(・)き(・)る(・)の(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)任せるとのことだァ」


 3人は無言で顔を見合わせた。

 問題は、レッドコアズがすでに到着し待ち構えているのかどうかだ。

 彼らが取るべき行動は場合分けされる。


 だが、仲間内で相談する間もなく選定は終わった。

 選定において、内部と外部では時の流れが違う。

 どんなものだったのかはわからないが、

 ここにまた一人、悲劇を背負った者が生まれてしまったことは確かだった。


 選定を終えたテナントビルの中はボロボロになっており、まるで廃墟のようだった。

 そのがれきの山の中から、

 生まれ出るように這い出てきた者がいたのを、水岡は見つけてしまった。


「いた……」

 おそらく水岡と同年代の男だった。

 顔には生気がなく、ぼんやりとしているようだ。


「やっぱり、誰も来ない……

 あいつらは本当に出遅れたみたいだね」


 この中で一番コアの反応を察知できる天花が言うのだから間違いない。

 おそらく彼は何も聞かされていない。

 コア能力の使い方どころか、発現すらままならないだろう。

 今ならすぐに事を終えることができる。


 だが本当にそれでいいのだろうか。

 無論、これは戦争だ。

 一切の慈悲など必要ないし、迷いのあるものから脱落していく。


 とはいえ、凄惨な悲劇を体験し、

 何も知らないまま終わらせてしまっていいものなのだろうか。

 これまで戦ってきた凶悪な者たちであれば、ここで迷わずに殺していただろう。


(コアを破壊するだけだ)

 水岡は自分に言い聞かせるように告げて歩み出す。

 水岡が目の前に立ったとき、

 その男は、救いを求めるかのような儚い表情をしていた。

 赤黒いコアが右肩に見えている。


 水岡の体が翡翠色に光った瞬間、全身が危機を告げた。

 叶野が防ぎ続けているレッドコアズリーダーの死を振りまく光の塊が飛んできたのだった。

 それはいつの間にか出現していた叶野の盾に阻まれ、恐ろしい甲高い音を立てて互いに対消滅した。


 防げることがわかっていても、

 いざその恐ろしい力を目の前にすると、体が固まってしまうものである。

 そして、その躊躇いの直後に、敵は現れた。


「政人くん避けて!!」

 何かが飛んでくるのがわかり、反射的に飛び退くと、

 元いた場所にズドンと何かが衝突する音がした。


「新人に手を出すとはなかなかえげつないマネしてくれるじゃねえか」


 視線の先には2人組の男がいた。

 もう1人はちょうど今、黒い模様が薄く消えていったところだった。

 代わりにいま言葉を発したものの腕に黒い模様が浮かび上がる。


「1人回収して3人殺れば4人分得するなあ」

 左手の指の先から、

 レーザーが伸びたかと思うと長く伸びた爪のようになった。

 彼がレッドコアズ内で鉤爪と呼ばれる所以である。


「焼き切れろやクソガキが!」

 ガレキだらけの薄暗い室内に、

 鉤爪の左手から赤い光が怪しく発せられている。

 水岡はもう動き出していた。


(相殺できるか……??)


 確信はなかった。

 だが彼の剣でもあり盾となるものはこれのほかにはない。

 黒い塊を分厚い鉄板のようにして、

 こちらに向かってくる相手との間を隔てるようにしながら距離を取る。


 水岡が精製した盾代わりの分厚い板の真ん中付近からは、

 鉤爪の赤いレーザー光が突き出ていた。

 即座に後退していなければ、体を貫かれていた。


(やっぱりモノ以外は相殺できないか……ッ)


 後退する水岡と入れ替わるように天花が前に出ていた。

 全身から翡翠色の輝きを放ち、重厚な翼を出しそれを叩きつける。


「うおっ!!」


 横に飛び退いた鉤爪がいた跡には、

 重機のような衝撃とともに破砕音がしていた。

 それは新人の背後で起こっていた。

 何もしない限り危害は加えないと言わんばかりに横を掠める。

 新人はただただ腰をぬかして座り込むことしかできなかった。


「砲台ィ!!オメーも援護しろ!!!」

 砲台と呼ばれた男は無言で右手を前に出して左手をかざし、

 黒い模様を浮かび上がらせた。

 わずかに遅れて周囲の足場に穴が開いたかと思うと、

 コンクリートの塊が右手から華憐目掛けて射出された。


「させない」

 水岡は体を翡翠色に輝かせながら、

 胸の中心のコアから黒い粘性のある塊を出して、

 直にそれにぶつけると、

 シュウという音ともにコンクリートの塊は分解された。


「もう逃がさねえぞ」

 少し前へ出た水岡に狙いを定め、

 鉤爪は両手に爪を出しながら迫る。

 天花の背後に回っており、その攻撃の死角に入っている。

 だが水岡に焦りはない。


「いつでも大丈夫よ」

 後方の華憐の声が聞こえると、

 再びコア能力を発動する。

 今度は、細かい雨粒のようにしてやや上方に射出するように放つ。

 それとほぼ同時に、華憐は突風を巻き起こした。

 水岡の精製したそれは、暴風雨のようになって鉤爪に吹き付けた。


「ぐおおオオオオ!!!」

 1つ1つは小粒だが、全身に酸を吹き付けられたように皮膚や体の組織が侵される。

 文字通りその場でのたうち回る。


 一方の天花はもう1人に狙いを定め、

 一撃を見舞おうとしている。

 ただ、相手は遠距離タイプの選抜者であるため、

 なかなか距離を詰められない。少し相性が悪い。

 だが、むしろ相手との距離ができたのは好都合だった。


 水岡と華憐に任せていた背後を見ると、

 ちょうどあちらは一撃を見舞ったところだった。


(今のうちにもう1人の方にとどめ刺しちゃうか)


 軽い足取りで鉤爪の方へ向かったとき、

 背後から何者かが猛スピードで天花を追い越した。

 それはもがき苦しんでいる鉤爪の前に降り立つと、

 彼を持ち上げてすぐに飛び、砲台の元へ一瞬で行った。


「もういい、退こう」

 それは矢岡だった。

 水岡はすぐに思い出した。

 忘れもしない、水岡が選抜者になった日に戦った相手だ。


「ふざ、けんな……」

 ゼイゼイと息を切らしながらも、

 鉤爪はその闘志を煮えたぎらせている。

 もっとも、それは闘志というよりは、

 格下に見ていた相手に不覚を取ったことへのいらだちだった。


 砲台は諭すように言う。


「敵だって素人じゃなかった。

 数的に不利じゃ仕方ないだろ」

「俺はお前たちを捨ててでも帰るぞ」


 矢岡は飄々と告げる。

 数秒の沈黙して息を整えた後、鉤爪は口を開いた。


「チッ、もういい。

 こんなところでコアを壊されちまってもしょうがねえのは確かだ。

 俺たちには大きな仕事が控えてるんだからな」


 レッドコアズの2人も退却を決めたようだった。


「追わなくていいわ」

 華憐は追いかけようとした2人を静止した。


「あまり欲張り過ぎるのはよくないわ」

「そうかもね」

 天花はすぐに新人の方へと向かっていった。


「ちょっと待って!」

 すぐに「仕事」を終わらせようとする天花を今度は水岡が静止する。

 水岡はすべての事情を新人に話した。

 そしてこれからコアを破壊する旨を告げた。


「敵のはずの僕にそんなことまで話してくれてありがとう」

 新人は一切の抵抗はしなかった。

 コアを砕くと意識を失った。

 そのまま近くのベンチまで運び出し、

 そこに座らせてから水岡たちは帰っていく。


 その遥か上空の成層圏に、ぽつんと何かが浮かんでいる。

 1メートル四方程度の気球だった。

 ここ最近選抜者になったモーグルのものだ。

 これは、選抜者にしか見えない。

 本人が念じれば、消耗は大きいものの割と簡単に出現させることができる。

 ただし、問題はその先にあった。

 対象を捕捉するまでが難しく、ここまでに何度か失敗を重ねてきた。


 だが、今回は成(・)功(・)した。


 モーグルの捕捉した相手の位置を追い続けるコア能力は、ついに発動したのだった。


 

次回で幕間は終わりです。

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