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夜野涼介②

 金剛という男の声は、最初は少し震えているような気がする妙に力んだ声音だった。

 文字通りヒーローの気持ちでいるのだろう。


 水岡自身、金剛のことは聞いていたが、

 戦場で会うのは初めてだった。

 彼自身、現在の翡翠のペンタスの中で、

 もっとも古参(ヴィンテージ)に近い男と言われている。


 翡翠のペンタスでは班での行動が原則だが、彼は遊撃員だ。

 このようにピンポイントで戦力が不足すると思われる任務を嗅ぎ付け、助太刀する。

 それが彼の信念であり、強くそれを希望し叶った形となっていた。


 先のスキルスティーラーとの戦いでは、

 進路を破壊されなければ本来は彼がスキルスティーラーと戦う本命のはずであった。


「さて、新人クンたち、私が来たからにはもう大丈夫だ。

 この金剛と共に戦おう!!」


 高らかに告げてきた。

 が、イライラしていたのかジャッカルは問答無用でそこへ熱線を叩きこむ。


 一瞬で上昇した金剛には当たらず、

 空に赤黒い線を描いて彼方へと消えていった。


 金剛は地面を蹴るように宙を蹴って、

 ジャッカルへと急接近していく。

 そこへ今度は若干細めの熱線が放たれる。

 それも急降下中の体がなぜか横へとずれ難なく回避する。


 しかし、避けたと思った熱線は途中で止まり、

 急に波打ち、鞭のように蠢いた。

 少しでも触れればただでは済まない。

 それでも金剛は、そのうねりも見事に見切って空中でも体を自在に操り、

 間を縫うように避ける。

 そのままジャッカルへと接近していく。


 対するジャッカルも「鞭」を消し、

 接近してきた金剛に両手のひらに纏った熱線を突き出す。

 そしてそれを避けさせた先に丸い形状の熱線を放つ。

 それはもはや熱線ではなく、火の玉だった。

 この至近距離で避けることは難しい。


 金剛の体が淡い群青色に輝く。

 大砲を放ったような轟音と地響きが辺りに広がる。

 再び煙に包まれる。


(一緒に戦おうたって、俺に何ができるんだよ…… 

 こんなの次元が違う)


 水岡は茫然とそれを眺めていた。

 視界不良の中、楽しそうな声が響く。


「いいぜぇ、お前。

 見たことない奴だが、ちっとは骨のある奴もいるようじゃねえか。

 肩慣らしにこれほど持ってこいの奴はいねえ」


「やはり古参(ヴィンテージ)は一筋縄ではいかないな」


 いつの間にか距離を取り、金剛は一度水岡たちの付近まで退避してきていた。

 その左腕からは煙が立ち上り、

 手の甲から肘にかけて腕の外側の皮膚が焼け爛れていた。


「君たちの力が必要だ」


 いかにもな台詞を吐いた。

 この男はどうやらずっとこんな調子のようだ。

 犬養もそうしたいのは山々だが、懸念があった。


(俺は奴に触れられるのか?)

 どうやら敵もあの灼熱を自在に操れるらしい。

 だというのになぜか、スピードも金剛や犬養と遜色ない。

 仮にあちらの熱を帯びた拳とこちらの強化のエネルギーを纏った拳がぶつかったとき、

 無事でいられる保証がなかった。

 故に先ほど水岡が狙われたときも、行動に迷いが生まれてしまったのだった。


 金剛は空気を手足のように操り、触れることができる。

 最初に熱線を防いだのは空気の密度や温度などの諸条件を調節することで、光を屈折させたのだ。

 確実にできる保証はなく、いちかばちかではあったが、

 彼はヒーロー故に迷わずにそれを実行した。

 だが、次もできる保証はない。

 今の彼らに熱線を直接防ぐ術はない。


 ピルルルルル。

 そこへ誰かの携帯の着信音が鳴り響いた。

 どうやらこちら側の誰でもない。

 レッドコアズ側のようだ。


「人が楽しんでるときにうぜえんだよ!!」

 ジャッカルはそれを燃え滾る左手で握り潰した。

 携帯は溶けてゴミクズのように放り投げられる空中で固まり、

 文字通り鉄くずになった。


 灼熱の熱線を操るジャッカルが、

 紛れもない近接タイプの金剛と近距離でも渡り合えるのが疑問だった。

 なれば可能性は1つ。


「やはり役者はもう一人いるようだ」

「そういうことだよな」


 おそらくその者のコア能力により、

 ジャッカルの動きが軽快になっているようだ。


「水岡、行くぞ。

 俺たちでその野郎を見つけ出してボコる」

「でもどうやって……??」


 ジャッカルの後ろへどう回り込むかが問題だった。


「チャンスを作るのに君たちの力が必要だ。

 一度きりしかないだろうが成功すればあとは私が食い止める」


 しばらくして視界がクリアになろうかという瞬間、

 犬養は真っ先に翡翠色の閃光となって飛び出した。


「お前から死にたいのかァ!!」

 ジャッカルの熱線が犬養へ放たれる。

 一発目は横に躱す。

 2発目3発目も緩急をつけて横に避ける。 

 その目線の反対側から出てきた水岡は、

 すぐに黒い物体を精製し、液状のままジャッカルに放つ。


「当たらねえよ!!」

 瞬時に反応して、放射状に熱エネルギーを放ち相殺させる。


「で、今のを目くらましにして次が来るんだろ??」


 そこまで読めていても、それの出どころまでは読めていなかった。

 水岡の背後から金剛が出てきたが、

 衝撃が襲ってきたのは、相殺したはずのモノからだった。


「ごはッッ!!」


 顔面に一撃を貰ったジャッカルは吹っ飛ばされ仰向けに倒れる。


「水岡ァ!!行くぞォ!!!」

 犬養の掛け声を待つまでもなく、

 水岡は全速力でスタートを切っていた。


 金剛は空気を操る。

 水岡の精製する物質は空気には効力はない。

 よって、水岡のコア能力でコーティングするように拳を潜めさせたのだった。


(とにかく走り抜けて死角に入る。

 まずはそれからだ……)


 だが、そこから、いかに早く標的を見つけられるかの勝負になる。


 思わぬ死闘になりそうで、水岡が覚悟を決めたとき、

 舗装されているはずの足場が急にぬかるみ、

 犬養共々沼地に足を踏み入れたように動けなくなる。


 そこへ、一人の女が現れ、ジャッカルに罵声を浴びせる。


「もう撤収だっつうの!

 あんた連絡したのにガラケー壊したでしょ!!」


 やや長めで毛先にパーマのかかった黒髪で、

 白のレーストップスに淡いピンクのロングスカートを穿いている。

 端正な顔立ちだが清楚系ではなく、

 どちらかと言うといわゆるオタサーの姫のような雰囲気があった。


 水岡たちからは20メートルほど離れているが、

 こちらにはまったく目を向ける様子もない。


「聞こえてただろうが。邪魔するなつったろ」

「初めからそういう話だったでしょ!!」


 女は明らかにイライラしている。

 模様は見えないが、コア能力の反応は感じる。 

 この足止めはあの女によるものだろう。


「おいラビット、

 てめえはただの伝言役だろうが。

 俺に指図するんじゃねえよ」


 女はラビットと呼ばれているらしい。

 気焔を再び吐こうとしたとき、

 猛スピードでやってきた白い乗用車が彼らの目の前で止まった。

 すぐにでも乗り込めと言わんばかりである。


「戦闘中にナメてんのかてめえら」


 ジャッカルは味方に怒鳴り散らしている。

 犬養も心の中では同意したが、

 どうにもずっぽりと両足が地中に埋まって動けないため大それたことは言えない。


「私はかまわないがどうするかね?」

 金剛は話に割って入ってみた。

 ほんの前に生きるか死ぬかの瀬戸際に立っていた者だとは思えないほど軽やかな声音だ。


「ほら、あちらもああ言ってます。

 撤収しますよ」

 降りてきた窓から顔を覗かせたのは40代くらいの品のよさそうな女だった。

 どうやら彼女が運転していたようだ。


「マリアか。てめえもまだ生きてやがったのか」

「たいそうなご挨拶ね。

 その減らず口は車の中で聞くわ」


 小綺麗な服装をしており、どこか上品なマダムといった感じがしている。

 ジャッカルはラビットに押されながらも、

 ともに乗車するとすぐに発進してエンジン音を轟かせながら去って行った。


「逃がしてよかったんですか?」 

 動けるようになった水岡は安堵のため息をつきながらも尋ねる。

 犬養もやや不満そうに同意の目線を金剛に向ける。

「いや、今回はこれでいいんだ」


 どうも腑に落ちなかったが、あのまま戦闘を続けていてもどうなったかはわからない。

 水岡はひとまず安堵した。


 アジトに帰ってから、新たな選抜者を確実に安全に確保するという目的のため、

 泣く泣く先に帰還していた華憐から大げさなほど心配され、

 きわめて手厚く「介護」を受けたのは言うまでもない。

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