↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/58

夜野涼介

 冷たく重たい灰色に包まれた償いの牙城が佇んでいる。

 水岡たちは次の選抜者を回収に来ていた。


 本日2件目だ。

 アジトに帰るルートの付近で突発的に選定が発生したことと、

 戦闘向けの者が多い班のため、急遽彼らが向かうことになった。


「ここか……」

 来る前までは重苦しい雰囲気に包まれているのだろうと思っていたが、

 静かな郊外にあるためむしろどこか牧歌的でのどかな雰囲気が漂っていた。


 ただし、その中はどのような日常なのかはわからないし、わかりたくもない。

 こんなことがなければ刑務所になど関わりたくないと思うのが普通だ。


 すると重苦しくおぞましい雰囲気を感じ取る。

 予測通り選定が始まったようだ。

 選定のある場所はこの建物全体だった。


「始まった……」

 思わず水岡は呟く。

 紀尾のときは選定後にちょうどに着いたため、

 選定をまじまじと外から感じるのは初めてのことだった。

 規模は数千人程度はあろうか。


 どんよりとしているが背筋の凍るような冷たい鋭さのある空気が漏れ出てきており、

 外からでもその凄惨な様子の一端を、

 その場にいるかのように感じられる。


 この間に紀尾にあらかたを説明しようとするが、

 彼もまたこの雰囲気に当てられているようでそれどころではない。

 仕方ないので、水岡たちはそのまま黙って待つことにした。


 しばらくすると、建物がいつの間にか崩壊しており、

 がれきの中から一人の男性がキョロキョロとしながら這い出てきた。

 どうやら選定は終わったようだ。


(この選抜者も次世代型のコアを持ってるのかな)

 ふとそう思いながら天花は新たな選抜者に声をかける水岡の姿を見ていた。


 その選抜者の名は夜野涼介といい、20代後半であり、

 やはりこの刑務所に服役していたところを選定に遭ったようだった。

 今回の選定はこの刑務所全体であり、

 職員含め数千人近くが「行方不明」となった。


 命からがら生き延びたというのに、

 夜野はまったく動揺する様子がなく、

 至って冷静に説明を聞いていた。


 新たな仲間とは言え罪人であり、

 水岡は完全には信用していなかったが、

 どうにも落ち着き払っており、

 怜悧な人物のようであることが感じ取れた。


 一通り説明が終わると、黙って頷き水岡たちに着いてきている。

 犯罪者という者はみなごろつきや、

 ろくな学のない者たちばかりだと思っていたため少し拍子抜けした。


 今回の移動手段は選抜者の手は借りられなかったので、

 通常の交通手段を利用していた。

 故に無事に帰るまでは油断できないが、

 下手にコア能力を使ったために、

 その反応を感知されることに怯えながら逃げるように移動するよりはマシだと水岡は思っている。


 このまま何事もなく帰還できればいい。

 そう考えていたが、バスを降り、電車の駅に向かおうとしたとき、

 前方にあるものを目に留めてしまった。

 水岡は息を潜めて後ろにいる犬養に囁く。


「前方にいるあの派手な赤いシャツを着た人の首元に、

 コアのようなものが見えるんですけど」

 犬養は眉をひそめて前方を凝視する。

 確かに、それらしきものが見えた。

 明らかにレッドコアズの者のそれである。


「確かに、そうだな」

「ボク、様子見て来ます」

 そう合図を送ると、まばたきもせずに近寄っていく。

 足音だけは立てないように気を遣う。

 しかし、それより速く犬養が見かねたように前に出た。


「しゃらくせえなあ」


 これは戦争だ。

 スポーツではない、日常での殺し合いである。

 故に正々堂々とすることも、様子見をする必要もない。

 犬養は速攻で殴りかかったのだった。


「ちょっ、待っ」

 水岡が止める間もなく、全身を鋭い翡翠色に発光させた犬養が、

 光の矢のように一瞬で近付き、

 そのコアを拳で撃ち抜いた。

 ――はずだった。


 殴られたそれは蜃気楼のように消え去った。

 と思うと、光の粒子となって一気に広がって燃え滾るような赤い熱線となり、

 犬養の頭を貫こうと直線を描く。

 その瞬間、それを阻むように白く細長い盾が出現し何事もなかったかのように防いだ。


「どうしたの!?」

 華憐たちが駆け寄って来る。

 犬養は舌打ちをしながらも周囲に注意を促す。


 今の現象はなんだったのか。

 それに考えを巡らせようとすると、

 前方の角から先ほど攻撃したはずの派手な半袖赤シャツで長身の男が出てくると同時に、

 周囲の一般人が続々とこの場を去っていった。


 赤シャツの男はくっくと笑い始めた。


「やはり防がれるか」

 犬養は構えるがさすがに今度は簡単には突っ込んでいかない。

 こちらには回収したての選抜者を2名も抱えている。

 うかつな行動を取れば次は全滅させられる可能性すらある。

 自然と彼ら2人を後ろへ下げ、華憐と天花が近くに付いた。


 辺りには味方はいないようだ。

 あちらは1人に対して、こちらは6人いる。

 が、それでも今すぐにでも逃げ出すべきだと本能が叫ぶように言っている。


「お前たち、見ねえ顔だな。

 そっちのメンバーもだいぶ入れ替わったようだな」

「あぁ?お前こそ誰だよ」


 犬養は相変わらずの調子で返す。

 だが水岡が横目で見ると、うっすらと汗が滲んでいるのがわかった。


「俺はジャッカルだ。

 どうせここで死ぬんだから覚える必要はないぜ。

 だがまあそりゃ知らねえだろうな。

 なんせ、こうして表舞台に出るのは久方ぶりだからなあ」


 犬養も華憐も知らない。

 どうやらジャッカルと名乗ったこの男はこの戦争の黎明期から生き残っている歴戦の猛者のようだった。

 これらの選抜者は古参(ヴィンテージ)と呼ばれている。

 ほとんど残っていないが、

 それらはみな、ここまで生き残るだけの戦闘力あるいは知力、

 もしくはその両方を持っている。

 いずれにせよ、ここまでコア能力を使いこなしてきたことには間違いはない。

 故に、それらが高められていることは疑いようがない。

 仮に戦闘向きでなかったとしても、どれほどの脅威となるのかわからない。

 最大限警戒しなくてはならない相手となる。


「んじゃまずは肩慣らしと行きますか」

 ジャッカルの全身に服の上からでもわかるくらいの黒い模様が浮かぶ。

 早速仕掛けてくるようだ。

 十中八九攻撃型のコア能力であろう。

 ここまで生き残っているそれがどれほどの威力なのか想像もつかない。


 が、むしろ水岡たちは安堵した。

 なぜなら、古参(ヴィンテージ)のコア能力であれば、

 叶野がすべて一度は防いでいるからだ。

 故に、叶野の範囲内にいれば自動で無力化される。

 やはり叶野もまた圧倒的な古参(ヴィンテージ)なのだ。


 ジャッカルは目を見開き、全身から力を放つような動作をする。

 その瞬間、彼を中心にいくつもの赤赤としてまぶしい熱線がプラネタリウムの照射機のように四方八方に放射された。


 それがそのまま放たれていれば辺り一帯は焼け野原と化すレベルのものだ。

 だが、それらの熱線の一本一本はすべて同時に出現した白く細長い盾により、

 何事もなかったかのように対消滅した。


「そうか。やはり奴はまだ生き残っているか」

 その独り言は誰にも聞こえなかった。

 ジャッカルの意識はこの瞬間はここではないどこかに向いていた。


「お前、古参(ヴィンテージ)だろ?

 なら無駄だぜ。

 攻撃はすべて叶野さんによって防がれる」

 犬養は自信満々で勝ち誇ったように告げた。

 念のため、この間に華憐たちは紀尾と夜野を連れて逃走している。

 犬養と水岡が残った。


 だが、ジャッカルはそれらを気にも留めずくっくと笑い始めた。


「知ってるよ。守るしか能がないあいつだろ」


 とりあえずは、華憐たちが逃げる時間を稼ぐことに専念するため、まだ切り込まない。


「こいつはどうかなァ!!」

 再びジャッカルの体に模様が浮かび上がる。

 が、その様子は先ほどとは打って変わっていた。

 その模様は服の上からでもわかるのはもちろんだったが、

 色はおどろおどろしく赤黒いものだった。


 まるで彼の燃え滾るような憤怒を表しているかのような、

 思わず目を背けたくなるほどの輝きがあった。


 そしてコアのある胸の中心から放たれた熱線は、

 明らかに当たってはいけないものだと本能的にわかった。


 いつもならぼうっと突っ立っている味方を安全な場所まで蹴飛ばしてから回避する犬養が、

 何も考えられず横に飛び退いた。

 だが水岡自身もあまりの圧力によって湧いてきた恐怖により、

 唖然とすることもできずに無我夢中で横に飛び退いた。


 発生した敵の攻撃は、叶野のコア能力が適応されるのであれば、

 何かに当たる直前に盾が出現して衝突を防ぐ。

 今回も、水岡たちがギリギリで回避した熱線が進んだ先にある小さなテナントビルに当たる直前に、

 確かに盾は出た。

 だが、それは全く意味がなく、

 ただの板切れのように一瞬で溶け、

 テナントビルに大穴が空いた。


 熱線が通った跡は文字通りすべてが溶解しており、

 無事だった壁との境界には燃えるようなオレンジ色に光る鉄骨と溶け出したコンクリートが、

 煙をシュウシュウと発しながら垂れている。


 ジャッカルは思わず高笑いが出てしまった。

 過酷で長きにわたった執念のみで続けてきた彼の鍛錬の成果が花開いたことを告げる。


(あいつのおかげで俺は役立たずになっちまった。

 なんとしても這い上がって誰にもナメた口は聞かせない)


 もはや彼を知る者は敵味方共に少なくなってしまった。

 だから、かつて以上にその名を轟かせ、

 これまでのすべての挫折を傲慢さへと昇華させ君臨してみせる。


 次は冷静に犬養に狙いを定め、

 体中に赤黒い模様を浮かび上がらせ再度照射する。

 犬養もまた冷静だった。

 持てうる最高速を叩き出し、

 近距離からの熱線を横っ飛びで転がりながらも回避する。

 ただし、その中でも目線は決して敵から逸らさない。


 外れたそれは先ほどと同様に、

 現れた盾ごと物体を燃やし尽くした。


「やっぱりなあ。この攻撃は防いだことないもんなァ!!」

 ジャッカルが人知れず敢行した特訓によりもはや、

 その熱線は以前のものとはまったく別のものへと化けていた。

 その盾に防げないのは、一(・)度(・)も(・)防(・)い(・)だ(・)こ(・)と(・)が(・)な(・)い(・)攻(・)撃(・)である。


 一応、叶野のコア能力が反応はしていることから、

 過去に防いだことがある攻撃とはみなされているようだが、意味をなさない。


(だが、そんな単調な攻撃じゃ俺は捕まらないぜ)

 と、犬養は口に出かけたが、それをつぐんだ。


 ジャッカルには最初にやったような曲芸もある。

 おそらく今のは試し打ちだったのだろう。

 彼はれっきとした古参(ヴィンテージ)だ。

 それらが組み合わさった芸術的なものが来るであろうことは優に想像がついた。


(こいつは間違いなくスキルスティーラーよりも強い……!!!)

 水岡は脂汗がタラタラと流れているというのに、

 背筋が凍るような寒気を感じている。

 絶望の矛先が今度は水岡の方を向いた。


(今からでも最速で水岡を蹴飛ばしてやるべきか……?

 それとも本体を狙って攻撃を逸らした方がいいのか……!!

 クソッ、正解が見えねえ)


 犬養の脳内をかつてない逡巡が駆け巡り、

 その結果、すべてにおいて一歩間に合わなかった。

 赤黒い悪魔のような風貌をした化け物から光が放たれた。


 その瞬間、辺りを何かが崩壊するような轟音が包んだ。

 ジャッカルの放った熱線が折れ曲がり空の彼方へと飛んでいった。


 何かが瓦解したような砂煙と、

 熱線が発生したことによる白煙が晴れたとき、

 ジャッカルと水岡の間に一人の男が身を群青色に輝かせながら神々しく空中に立っていた。


 その男は、軍手を着け、よくわからない英語の入った黒いTシャツとジーパンを着て、

 どこから用意してきたかわからない外側は白で内側は赤いシルクのマントを羽織っている。

 極めつけに、センスの外れた仏像の面を着けている。

 今時の幼児でもしないようなありきたりで前時代的なヒーローを模した格好をしていた。


「なんだァ、てめえは」


 ジャッカルの血走った目がギロリとその者に向けられる。


「私は金剛。正義の味方だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。