不破昌和③
しばらく夢中で走っていたが、
徐々に衝撃がクールダウンしていき、
冷静に思考できるようになる。
そして、油井はとあることに気付く。
(朋也を守りながらこの敵を攻略しろってか)
ここに来てかなりハードなミッションだと自覚する。
しかし、それを歓迎するように受け入れる。
亘を殺してからの放浪生活は常に危険が付きまとっていたが、
それでもどこか退屈であった。
真坂と戦ったときのような、
一歩間違えれば身を滅ぼす危険の中での無理難題に挑むときの、
あのどこからか湧いてくる高揚感は、
あれ以来一度も感じていない。
そんな中、朋也がいるハンデというスパイスと、
子どもは守るべきだというごく一般的な正義感から、
少なくとも亘と別れて以降では一番生を実感できていた。
最初に朋也と目が合ったときの、
あの救いを求めるような目が妙に脳裏に焼き付いている。
(そういや、リアルで誰かに頼られるのはあんまりなかったな)
だが、このままの状況では戦闘とは言えない。
ただの一方的な狩りだ。
――少なくとも今の段階では。
いつの間にか油井は笑みをうっすらと浮かべていた。
(やってやろうじゃねえの)
ここからすべてをひっくり返す。それでこそ俺だ。
そのために思考を巡らせていると、
早速次の魔の手が押し寄せる。
油井が通り過ぎようとする進路の横にいた一般人の耳元を蠅が通り過ぎる。
このときの羽音で驚いた一般人は驚いて思わず手で払いのける。
その指先がちょうど横を通り過ぎようとした油井の顔面、
それも目に刺さるようなタイミングと位置に出る。
油井は咄嗟に下を向き直撃を避けようとする。
ギリギリで目に刺さることはなかったが、
眉の下あたりを小突かれ、顔を手で覆う。
(くっそ、そういうのもアリなのかよ)
「大丈夫!?」
後ろから追いついた沙莉に返事をし、すぐに走る。
(歩みを止めている方が危ない)
めげずにまた無言で進んでいると、
今度は突然バチンと音がして上方にあった電線の1本が切断された。
それはバチバチと漏電させながら、
油井の後方にいた沙莉たちの方に垂れかかってくる。
(俺じゃ防げない)
油井一人であれば電気を受け流せるのでまったく無傷だが、
電線から智也たちを守ることはできない。
だが沙莉が前に出る。
左の手のひらから出てきたコアが形を変え、
今度は鞭のようになった。
すぐさまそれを振るうと、電線に巻き付いて捕える。
捕らえられた電線はそのままピタリと動かなくなった。
「ま、適材適所ってやつだね」
「助かった」
沙莉がコア能力を解除すると、
その鞭がコアになり、
出てきた左手から吸収されて元あった位置に戻った。
垂れかかった電線は空を切って寂しそうにブラブラとしている。
その後も油井は、身を挺して朋也への攻撃を防ぎ続ける。
逆転をはかるためにこの状況を抜け出そうとするも、
しかしゴールが見えない。
そもそもどの方向に逃げるべきなのかもわからない。
ここで、朋也が声を発する。
「今すぐしゃがんで。
大きいおじさんのかばんが顔に当たるよ」
朋也がしゃべったことに驚くが、
それに気を捕らわれず反射的にしゃがんでみる。
その髪をかすめるように、
突然右の角から出てきた慌てて走っているサラリーマンのカバンが空を切った。
感心して声をかけようとするも、再び朋也の声に遮られる。
「次、しばらくしたら後ろからよそ見してる自転車がぶつかってくる」
沙莉が後方に注意していると、確かに突っ込んできたので、
わずかにコア能力を使って優しく止める。
やはり言われた通りに事が起こった。
「朋也、お前もついに……」
朋也から発せられるそれは明らかに選抜者特有の気配だった。
彼はもう立派な選抜者だ。
コア能力を使うということはその覚悟があるということだ。
もう彼はただの足手まといではない。
それに加えて沙莉もいる。
このとき油井は、一人でいたときにはなかった感覚を思い出した。
かつてプレイしていたネトゲでは、
チーム戦にもかかわらずずっと1人で戦っていた。
自分以外には誰も信用できなかったのだ。
しかし今は沙莉と朋也の手も借りながらこの状況を切り抜けようとあがいている。
「思ったよりは耐えるじゃないか」
ここまで誰一人欠けていないのは不破にとって予想外だった。
だが、この程度なら今までもあった。
依然としてこの状況はただの狩りだ。
この能力は、「結果」についてはまさに混沌としていて、
本人にもどうなるかわからない。
タバコをふかしながら、次々と「弾」を装填していく。
この作業は1人でいる時間が長く割と退屈する。
独り言を呟いて語り手のようになることが気分転換であり楽しみでもあった。
一方の油井たちはそれから逃げ続けるも、
敵の範囲から遠ざかっている感覚がまるでしなかった。
(相手もこちらの動きに合わせて移動しているのかもしれない。
そうだとしたら、これじゃいたちごっこだ)
彼らが戦っているのは一個の意思を持った現象だ。
(位置を割り出して攻めに転じることができれば……!)
油井はそれを狙っているが、
特定するのにあと一つ決め手に欠いていた。
それでも、朋也の指示を得ながらヒントを模索しようとしている。
朋也はそのコア能力も相まって、
彼らの中で一番索敵能力が高かった。
この攻撃の合間を縫って主の位置を探ろうとすることは決してやめない。
先ほどと比べて攻撃は明らかに激しさを増している。
前線の油井はそれらを完璧に処理し後方、
ひいては朋也にまで及ばないように防ぎながらも、
自身の感覚と計算を頼りに敵の位置を予測しながら進まなければならない。
その過程で油井の目に入ったのは工事現場だった。
今や当たり前のように即死しうる落下物が多くある工事現場の近くは、
もはや地雷地帯と化した。
安易には近寄れない。
それでも、油井の中の何かがそこを突き進めと言ってくる。
だが油井だけならまだしも、3人とも無事で突破するのは明らかに不可能だと感じた。
「二手に別れよう。
私たちが時間稼ぎする。
だから行ってよ」
「でも……」
ここまで、油井が第一陣となって積極的に攻撃を引き受けてきた。
だからこそその負担は本人が一番よくわかっている。
今までは3人でそれを防いでいたが、
それらをすべて2人で防がなければならないことになる。
とても同意できるものではなかった。
「そのためのチームでしょ」
有無を言わさずに行動してしまえば、
すぐに二手に別れることはできる。
沙莉はあえてそれをしていない。
「大丈夫、私には朋也がいる」
朋也の方を一瞬見てみると、首肯が返ってくる。
その目にははっきりと意思が感じ取れた。
「わかった」
沙莉たちの厚意を1秒でも無駄にしないため、
すぐに加速し目標を目指す。
こちらを狙えと言わんばかりに周囲にバチバチと稲光を帯びながら走る。
迫りくるものはすべて受けて立つという意思の表れのように見える。
「大きな力だ。奴らもここが正念場だと勘付いたか」
二手に別れたことは不破にとって大きな問題ではなかった。
片方ずつ確実に仕留めていけばよい。
どうせ相手にこちらの位置は掴めない。
どちらから狩るべきかはすぐに判断できた。
やはり1人になった方からだ。
こういうときには確実に数を減らしていくべきだという定石に加え、
もう片方と比較してこちらに近かったこともある。
不破の能力は対象を見ていないと使えない。
あとの2人は一度見失ってしまうが、
すぐにこの光る方を始末してから探せばよい。
ものの数分で油井は先ほどにも増してボロボロになっていた。
だがその一方で、敵の居場所については油井の中である程度の答えは出つつあった。
攻撃から逃げ続ける渦中でとある仮説が思い浮かんだ。
常にこちら側は攻撃を受けていた。
絶えることなく動いていたにも関わらず。
と言うことは、敵もこちらの位置に合わせて動いていたのかもしれない。
仮にそうだった場合、いつもこちらの位置がわかる場所にいた可能性がある。
そうだとしたら、それは敵の居場所は大幅に限られてくる。
それに加えて、どこかへ向かう度に行く手を遮られているが、
その中でとある一定の方向に向かうことは、
常に嫌がるかのように阻まれることにも気づいていた。
不破は自分のいる方向へは向かわせないよう状況をコントロールしている。
けれども、それが居場所のヒントにならないようあからさまな妨害はしないように気を付けている。
それでも、時にはどうしても防がねばならぬ進行もある。
そういった心理に敏感な油井は、
これらの情報を組み合わせることで、
不破がこれまで敵対してきた者たちの中で、
今まで経験したことのない速さでその居場所のヒントに近付きつつあった。
だがそれらをより正確に計算するには、
攻撃の大荒波を防ぎながらデータを蓄えて統計していかなければならない。
それを油井はおおよそ完璧にこなした。
「なぜこちらへ向かってくる!?」
不破は思わず声を上げ立ち上がる。
「まずい、ここを動くべきか!?
だが、移動している余裕はない!!」
本人の計算ではもうとっくに全員を仕留めていてもいいはずだった。
それがことごとく失敗している。
こんなことなら、補助要員の1人くらい連れてくればよかったと後悔しかける。
だが、本人にもこれまでの実績と自信というものがある。
何の成果もなしにおいそれと逃げ帰ることはできない。
それに、このミッションの当初から選択肢の1つとして想定していた、
不破史上最大の当たりを狙うという手もまだある。
その仕込みは着実に進んでいた。
次回につなげるために撤退するか、
本人の名誉にかけて仕留めきるべきか。
敵は迫っている。
彼らのチキンレースはとっくに始まっていた。
不破は覚悟を決める。
ここに辿り着かれる前に必ず仕留める、そう自身の名誉にかける。
油井の強い意思に呼応するように、
不破もまた自らのコア能力に集中する。
ここまで出力を上げたのは初めてのことだった。
自分が思っていた以上に集中でき、
今までにない大きな力を引き出そうとしている。
「やはりギリギリの狩りはいいものだ」
妙な高揚感を得ている。
先ほどまではあんなに取り乱していたが、
今は笑みを浮かべる余裕すらある。
「人は戦いの中でしか成長できない。
平和な時代などゴミ以下だ」
この戦争で心の奥底のどこかで感じていたことが急浮上してくる。
そして、まもなく訪れるであろう溢れ出てくる勝利の瞬間の喜びの感覚が、
ひしひしと伝わってきている。
祝福するような敵の鮮血がクラッカーのように弾けて舞う光景が目に浮かぶ。
確実に最大級の当たりは発生する。
彼らはもうここに来ることはできない。
これで今日はミッションコンプリートだ。
己の誇らしい実績がより輝きを増す。
そう不破が確信したときだった。
「勝ったッッ!!!!」
不破の歓声と同時に屋上のドアが勢いよく開く音がした。
沙莉が姿を現したのだ。
「なぜここがわかった!?」
「さーね」
すぐに撃退しようとするも、
すでに沙莉の左手から素早く飛び出て槍のように変形したコアが、
不破の額のコアを破壊していた。
油井と別れる際、狙われなかった方が敵を直接叩くと決めていた。
それ故に油井はコア能力の反応を自分から発生させることで、
他の小さな反応をかき消したのだ。
それによって、こっそりとかつ、できる限り最速で沙莉たちは、
油井が割り出していたこの現象を引き起こしている主のいるビルへ侵入し、
駆け上っていたのだ。
不破は白目を剥いて気絶しその場に倒れる。
コアがするすると戻ってくると、沙莉は息を吐いた。
スマホに手を伸ばし油井に一報を入れる。
「終わったよー」
「ああ、助かったよ」
安堵のため息を吐きながら油井は往来のど真ん中で座り込んだ。
――翡翠のペンタスアジト
「おい、不破が殺られたぜェ」
薄暗い監視部屋にガイドが現れ告げる。
「そうか。流石にあちらも手を打ってきたか。
もう少し先のことだとは思っていたが、
まあ十分に削ってくれたからよしとしよう」
叶野は淡々と告げる。
彼にとって不破は、初めから消耗品に過ぎなかったのだ。
部屋は相変わらず薄暗く、モニターの光が怪しげに彼らを照らしている。
少しだけ楽しそうに叶野は呟いた。
「本命はもうすぐだ」




