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不破昌和②

(つってもどこ行くかな……

 安全だと確信を持って言える場所なんて知らねーよ)


 雑踏の中を油井は沙莉と朋也の2人を引き連れて進んでいる。

 とりあえず人目の付かない場所を目指そうとするが、

 休日のまちはどこも人で溢れている。

 どうやらまちを一旦出たほうがよさそうだと判断した。


 ドン、と道行く人と肩がぶつかる。

 「すみません」と一応は謝罪しておく。

 引きこもりだった油井にはこの人混みはしんどい。

 後ろでは沙莉が朋也に色々と話しかけている。

 同じ境遇ではあるし、年も小さいので、

 沙莉は弟のように世話を焼こうとしているのだろう。


 一方の朋也も少しずつ心を開こうとしているようだ。

 気楽でいいな、とは油井は決して思わない。

 なぜなら彼らはみな選定に遭ったのだ。

 惨たらしい光景を目にしながらも、

 必死でもがきその場の誰よりも生を渇望してここにいる。

 すでに一般人がするような苦労の量などとうに振り切っている。


 しばらくすると、またすれ違いざまに肩をぶつける。

 謝りながらも、多いなあと心の中で油井は悪態を付く。

 しかしこの瞬間、一気に彼は戦闘態勢に近い集中状態になった。


 沙莉と数日行動を共にしているときはもちろん、

 一人でいるときはなおさら周囲の状況に気を配ってきた。

 そんな油井がこの短時間に不用意に他人に肩をぶつけたのだ。

 よくよく考えてみれば、行く先々や今もなお、

 常に人混みがあるのは明らかに異常だ。


 立ち止まって目を閉じ、

 周囲のコア能力の気配を探ろうとする。

 だが、ほとんど何も感じられなかった。

 ただ、何か薄いものがこの周囲、

 いやまち中を覆っているような気がする。


(もしコア能力を使っているなら、

 人がいなくならないのがおかしいな……)


 だが、考えすぎかもしれないと断じて、

 お気楽に過ごすには彼の本能が危険を告げておりそれを許さない。


 油井の頬を一筋の汗が伝う。

 まったく敵の攻撃の正体が掴めない。

 とにかく、このままじっとしていてはいけないことはわかる。


「沙莉、朋也。走れる?」

 振り返った油井の顔つきから沙莉は理由を察する。

 彼女自身も、何かを感じつつあった。

 2人は無言で頷く。

 それを確かめると油井は先頭を走り始める。


 後ろの2人より常に少し前を行く。

 向かう前方から来るとは限らないが、

 なるべく敵の攻撃を引き付けるためだ。

 万が一のときでも朋也の傍には沙莉が付いている。


 何かが軋む音がしたかと思うと、

 まちなかを行く油井の頭上に、

 ビルの改装工事の足場がちょうどぶつかるようなタイミングで落下してきていた。

 

 それに油井は気付かない。

 それを後方から視認していたのは沙莉だった。


 思わず叫ぶもその悲鳴は油井を反射的に振り返らせただけで何の意味もなかった。

 間に合わないかと思われたが、

 沙莉の叫びに呼応するように左手に黒い模様が浮かぶ。


 肘のやや肩側にあったコアが手の先まで移動し、

 沙莉の体を飛び出した。

 それは平べったく細長い巻かれていないリボンのようになり、

 落下してきた機材にするりと巻き付く。

 すると、それらの落下物がすべて空中で静止していた。


 油井が安全な場所まで避難したとき、

 そのリボンはするするとほどけて沙莉の左の手のひらに入り、

 もとあった肘の先へと帰って行った。

 それと同時に、金属音を響かせながらそれらの機材は地面に落下した。


(沙莉のおかげで助かった……

 だけど今のは……)

 ひとまず周囲の安全を確認してから沙莉に礼を言う。


「能力が使えるのはあんた一人だけじゃないんだからね。

 で、やっぱり今のも敵の攻撃なのかな?」

 言おうとしたことを先に言われる。

 油井は沙莉がそれを勘付いていたことに驚く。


「これだけじゃない。

 気付いてると思うけど、

 さっきからこのまち一帯が何かおかしい」

「私もあんたに会ってから少しは選抜者って奴らには会ってるけど、

 これって実は多数派だったりする?」

「いや、これはかなり異質だ」


 そのコア能力の正体だけでなく、

 その使用者の位置の気配さえもまったくわからない。

 とにかく敵の攻撃範囲から逃れるべく、

 一点の方向を目指して距離を取るべきだということは同意した。


 敵は何人いるのかわからない。

 一方的に標的にされている。

 さっきまた通行人と肩をぶつけたが、

 あれは偶然だったのか、

 このおかしな状況によるものなのかわからない。


(次も何かが来るのか?)

 走りながらも最大限に周囲へ警戒する。

 しばらく直進すると、交差点で人だかりができていた。

 反対側も同様であり、人が詰まりに詰まっているため牛歩となっていた。

 信号を複数回待たないと横断歩道を渡れそうにない。


(行かせないってか?

 でもそうはさせない)

 油井の全身に黒い模様が浮かび上がる。

 そのまま進んで行くと、人だかりが割れて道ができる。


 選抜者がコア能力を使った際に通常発生する人除けは、

 小規模ではあるが有効だった。

 だが、その人混みは激しく、

 後方の沙莉たちと分断されてしまった。


 沙莉も同じ方法で進んできている。

 互いにコア能力の気配を辿ることではぐれることはないので、

 その心配はせずに人混みをかき分けていく。


 横断歩道の中間を少し超えたあたりで、

 油井の耳に激しく吹かせたエンジン音が響いて来る。

 人混みの中ではあったが、

 車高の高いトラックの運転席に気を失って伏しているドライバーが見えた。

 ほぼ減速せずにこちらへ向かって来る。


 この人混みの中では横断歩道を渡り切ることはできない。

 左右に安全な場所はない。

 これから巻き起こる大惨事のことを考慮する暇はなかった。

 

 瞬時の判断で、ちょうど頭上のかろうじて射程範囲内にあった信号機に電流を流す。

 一瞬で油井の体が信号機に引き寄せられるように浮かび上がる。

 靴底をかすめた気がしたが、

 ギリギリでトラックは油井の下を通り過ぎていった。


 トラックの進路にいた憐れな者たちは悲鳴を上げることもなく、

 そこにあるオブジェクトのように赤い飛沫を出しながら肉塊と化していった。

 沙莉と朋也はまだ横断歩道に差し掛かっていなかったので免れたが、

 ちょうどその眼前に通り過ぎた痕があり、目に入れてしまった。


 咄嗟に、沙莉は朋也の目を手で覆うことを試みた。

 沙莉自身は気付いていないが、それは間に合っていなかった。


 しかし、こういった光景を見るのは朋也は初めてではない。

 あのときのショックが蘇ると言えるほど時間も経っておらず、

 未だそのショックの最中にある状況のため、

 沙莉が心配するような影響は出ていない。

 冷静と取ることもできるが、それは心神喪失状態に近いものであった。


 選定並みの惨禍を目の当たりにし、

 油井もまた吐き気を催すがすぐさま思考を切り替える。


(悲鳴すら上げないってことはやっぱり操られている!?

 だけど、このまち中の人間すべてを?どんな条件で?

 なぜ俺たちだけが正気なんだ?)


「クソッ……、沙莉、朋也!!

 速く渡れ!!!」

 目の前の惨状に愕然としている暇はない。

 景色も思考も決して振り返ることはせずに走る。


 

「そうだ。せいぜい逃げ惑うがいい。

 すべてはお前たちの行く先で起こる」


 その様子を遠くのビルの屋上から望遠鏡で眺めているのは、

 翡翠のペンタスの不破である。

 スナイパーのごとく、1点を集中して見据えている。

 彼はいま、単独での戦闘が許されている数少ない存在であった。


 噛んでいたガムを包むと、

 屋上の柵の間に手を伸ばし、ポイ捨てする。

 それは軽やかに落下していく。

 ちょうど落下先を歩いていた冴えないサラリーマンの頭上に当たる。

 サラリーマンは首を傾げて上空を見るが、

 何も見当たらないので再び歩き出す。


 しかし、わずかに歩みが止まってしまったために、

 信号を1つ渡り損ねる。

 それによって、本来はそのサラリーマンに道を譲るはずだった車両が、

 すんなりと信号を左折していく。

 そのまま直進して行った車両は次の信号で捕まり停車する。


 それによってその横の歩道を歩いていた者の視界が狭められ、

 反対側の歩道を歩いていた友人に気付かなかったことにより、

 待ち合わせていた友人に電話をかけることになる。

 電話を受けた友人はもう1人の友人に電話をかけ損ねる。


 本来電話を受けるはずだった友人は止まることなく歩き続ける。

 すると、あと1歩遅ければ見逃していた好みのタイプの女性が目に入り、進行方向を変える。

 それは油井たちがいる方向だった。


 後ろからその女性に追いつき、

 声をかけようと横に回るとき、

 油井とすれ違いざまに肩がぶつかる。


「あ、すいません」

 男は反射的に謝って通り過ぎていった。

 これは不破にとって外(・)れ(・)だ。


 それは日常に潜む暗殺者(アンノウンX)と叶野に名付けられており、

 彼のコードネームにもなっている。


 ちょうちょが南米ではばたけば、ハリケーンが発生する。

 ほんの些細な現象が廻りに廻って大きな影響を及ぼす。

 いわゆるバタフライエフェクトを、

 不破は一定の範囲でこれをある程度操ることができる。


 ここ最近、レッドコアズ側の選定を生き残った者が、

 味方に回収される前に事故死することが複数あった。


 選定直後の知識も心構えもできていない状態で敵の芽を摘む。

 これが不破に日々与えられている指令だった。


 これは互いに数を減らし合う戦争だ。

 こういった効(・)率(・)的(・)な方法も大いに有効だ。


 今のは道行く人と肩がぶつかる程度だったが、

 波はあるものの徐々にその出来事の強度を上げていく。

 次に大きいのが来るときはもっと危険なものが来ることは間違いない。

 不破は気付いたときには間に合わないようにする案で動いている。

 もちろん、その過程においても、小さくない危険を潜ませる。 


「どこへ逃げても無駄だ。

 お前たちは一方的に狩られるんだよ!!」

 愉しそうに告げながら次のゴミクズを投げ捨てた。

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