討伐戦⑧
「よお、待たせたなあ」
伸びきった雑草をかき分けながら亘が姿を現す。
数本の触手が心なしか嬉しそうにウネウネしている。
「で、覚悟はできたか?」
突き刺すような眼光がこちらを向く。
一気に空気が凍り付くように重苦しくなる。
そのままゆっくりとこちらに歩いてくる。
こちらの命はもってあと1分といったところか。
それでも、水岡は真正面から対峙する。
互いの時間はゆっくりと流れている。
水岡たちは崖の際にいる。
にじり寄ってくる亘との距離が5メートルほどの目前に迫ったときだった。
水岡は駆け出した。
同時に盾を精製する。
触れさえすればいい。
「うおおおおおお!!!」
多少のことでは相殺されない。
水岡の正面は盾で固く守られている。
だから亘はその脇から攻撃を加えた。
触手を目一杯広げて、それを水岡を包むようにして放ったのだ。
突き刺すような触手を手足に食らった水岡はバランスを崩して転げる。
だが、それだけでは終わらない。
亘の真横に転がりながら次の武器を精製する。
立ち上がって亘に黒い飛沫を投擲する。
それも触手によって咄嗟に掘り起こされた土ですべて相殺される。
それでも終わらない。
(なんとしても追い込む!!)
剣を精製し向かっていく。
亘は触手を地面に突き刺しながら後ろに退く。
水岡はそれを追うように飛びかかる。
(よし!少し崖側に近くなった)
喜んだのも束の間、
亘がいた場所から触手が槍のように飛び出てきた。
「うっっ!」
コアは無事だったが、足と下腹部から肩にかけて鋭い触手に貫かれていた。
亘は後ろに飛び退く際に、
触手を地中に潜ませてトラップを作っていた。
吐血しながらも水岡は倒れない。
剣を支えになんとか立っている。
「ハハッ、今のは効いたろ」
その煽りもほとんど頭に入ってこなかった。
ただ、チャンスを作ることだけを考えている。
(もう少し、もう少しだ……)
ぼやける視界で次の精製を試みる。
ナイフを7、8本。
原料の段階で亘に投げる。
それらは変形しながら向かっていく。
自らも先ほど精製した剣で突進していく。
今まで、ここまで連続かつ大量に物体を精製したことはない。
それに対して、亘は近くにあった石ころや枝を使い、
すべてのナイフを丁寧に撃ち落とし、
触手で水岡の腕を弾き剣を叩き落とした。
「最後の手はこんなもんかよ?」
全力を出し切った猛攻もすべてあっけなく防がれる。
それでも、想定している距離まであとほんのわずかまで迫りつつある。
「それなら!!!!」
水岡は盾を精製しそれを前に向けて突進していく。
「それは効かないってわからねえのか」
だが先ほどとは違った。
水岡はその盾を亘に向けて放り投げた。
「何?」
水岡を包むはずだった触手は空を切る。
そして、
「うおおおお!!!!」
一瞬の隙を突いた死に物狂いの体当たりで、
亘が崖側へと押し出される。
「今だァァァァァァ!!!!」
合図とともに天花の全力を乗せた両翼が、
思い切り地面を叩く。
ドゴンと岩の割れる音とともに足場が一気に崩れ落ちる。
亘は落下から逃れようとするが間に合わない。
足場までの距離が足りなかった。
亘共々、3人は落下していこうとする。
そのとき水岡を抱えながら、
天花の両翼は崖を蹴って勢いをつけ跳ぶ。
反対側の崖まで着地しようとしている。
しかし、向こう岸まで半分も届かず、落下を始める。
水岡をキャッチするのに無理やりな体勢になったことが原因で、
崖を蹴るときに力が入らず、
思ったほど距離が出なかったようだ。
「それなら次だッ!!!」
水岡は天花の翼を自身のコア能力である分解液の塊で包み、
重厚だった部分を削り軽量化させる。
もともと硬さの割にはしなやかであり、
軽量化さえすればまさしく翼として使えるはずだと考えたのだ。
天花は即答して不可能だと言ったが、
それでも水岡は確信して疑わなかった。
どうせ詰んでいるならと半ばヤケになって天花も同意したのだった。
水岡の見立て通り翼を滑らかに動かすことはできている。
しかし、やはり翔べない。
(やっぱ駄目だったじゃん)
これから死ぬというのに、
案外冷静な自分に天花は驚いている。
諦観の表情でふと水岡を見た。
その顔にまだ諦めはなかった。
必死に前を向いている。
天花が翔べると信じているのだ。
当の本人は既に諦めているというのに。
今の戦闘で傷を負ったのはほぼ水岡だ。
先ほど貫かれた箇所には血が滲んでいる。
(なんでこんなに一生懸命なんだろう)
亘が到着するまでに一度聞いてみたことをふと思い出す。
「どうしてそんなに私のことを信じられるの?」
命をかけた戦闘に入る前のほんの息抜きというか、
気になったまま死ぬのも癪だったので興味本位で聞いてみたのだ。
水岡は真っすぐな目で即答した。
「そんなに綺麗な翼が翔べないわけないじゃないか!!」
今になってそのときの言葉が胸を刺してきた。
既に落下は始まっているというのに、
天花にしがみつく水岡から生気は消えていない。
(私のことを信じてくれる人がいる。
だったら……!)
天花は念じる。
落下している最中だというのに、
森の奥の泉にいるように穏やかで深く集中している。
陸上部のことを思い出す。
飛び越えるべき一点を見つめ走り出す。
そして、跳ぶ。
あの瞬間の感覚を思い起こす。
そして、強く念じる。
飛翔することを。
天花の体の翡翠色の光が輝くように増した。
地面に落下するまであと10メートルもなくなった頃である。
気が付くと、2人の体が強くも優しい光に包まれて宙に浮いていた。
天花の重厚な翼は、天使の羽のような小さく美しい羽になっており、
翡翠というよりは青に近く群青色に輝いている。
「天花」
水岡は呟くように名前を呼んだ。
「一気に突撃する。倒すよ」
「わかった、連れてってくれ!!」
2人の体は一気に上昇していく。
一方の亘は触手を崖に突き刺してしがみついていた。
落下から逃れられる足場には届かなかったが、
すぐさま崖に張り付くことに切り替えたのだ。
自分自身が落下する心配よりも、
水岡たちが落下したことを気にかけている。
「ちくしょう。コアは無事でいてくれよ??」
足場が崩れた衝撃で一時的に砂煙が舞っており、
下の方がよく見えない。
だが突然、崖下の方から激しいコアの反応を感じ取った。
「まさか……!?」
砂煙の奥にあるものを目を凝らして確かめようとしたとき、
群青色に輝く物体が猛スピードでこちらへ向かってくるのがわかった。
「いけえええええ!!!!」
水岡と天花が弾丸のように宙を翔びながら、
こちらに足を突き出していた。
(速いッッ!!)
亘は反応できず。真正面から蹴りを食らう形になった。
まるで、青い稲妻が下から上に向かって突き上げるかのように、
それは亘に突き刺さった。
ゴッ!!!と衝撃が走る。
崖に突き刺していた触手は千切れ、
吐血しながら真上に蹴飛ばされる。
意識を失いかけながら落下し姿を消していった。
一方の2人はふわふわと浮遊しながら安全な足場に戻った。
着地と同時に天花は気を失った。
咄嗟にその体を水岡が支える。
「うっ……」
水岡もまた、着地時に体がズキズキと痛むのを感じた。
今になって先ほどの戦闘による傷が断続的に大きく痛み出した。
思わず呻きながら胸を抑える。
どこかの骨にヒビが入っているかもしれない。
ゆっくりと天花をその場に寝かせ、
自分の体も介抱しながら崖の下を恐る恐る覗いてみたが、
亘の姿は見えない。
本当に落下したようだった。
少なくとも大きな能力の反応が迫ってくる様子もない。
「死んだのか……?」
それを確認しないと今回の作戦や死闘の意味がない。
しかし、仮にまだ生きていたとして、
今の水岡には崖下まで確かめに行く方法もなければ、
戦闘をする力も残っていなかった。
水岡はゆっくりと息を吐き出したあとに振り返り、
倒れている天花を見る。
目立った外傷はないが、どの道このままにはしておけない。
安否は不明だが一応は目標を退けた。
しかし、亘が倒れたからと言ってこの戦いが終わるわけではない。
今もどこかで戦闘が繰り広げられている。
天花を背負ってここから離れ、誰かと合流することに決める。
しかし、もう限界は超えていた。
視界は歪み、体に力が入らない。
ここで倒れれば自身だけでなく、
天花もどうなるかわからない。
(まだ、だ……)
必死に前に進もうとするがもはや一歩踏み出すことさえできない。
ついに水岡の意識は闇に落ちていった。
その寸前、懐かしい誰かの姿を見たような気がした。




