討伐戦⑦
付近を彼自身から放たれた翡翠色の光が覆う。
あっけに取られる水岡たちを一瞬で包む。
水岡たちは言葉を発することすらできない。
(こうなったらもう勝てる見込みがない……)
水岡は本能が逃げろと訴えかけてくるのを感じている。
だが、真坂のコア能力の影響がまだわからない。
吹き付けた風で水岡は我に返る。
試しに手を握ったり開いたり、
軽く体を動かしてみるも特に異常は感じられない。
視覚や聴覚にも異常は感じられない。
気が付くと亘は試すようにゆっくりとこちらに向かってきている。
その顔には今まで以上の笑みがあった。
水岡は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
しかし、天花は前に駆け出していた。
(見かけ倒しかもしれない……!)
やはり、戦わずに逃げるという選択肢はなかった。
やや遅れて水岡もフォローに回る。
「いきなり突っ込むな!!最初は俺がやる!!!」
叫びながら黒い物体を精製しそれを飛ばす。
(どうだ……!?)
亘の余裕の表情に変化はない。
触手を地面に突き刺したかと思うと、
一気に引き上げる。
掘り起こされた土が水岡の放った物体とぶつかり、
シュウシュウと音を立てて落ちた。
わずかな隙を期待してすぐに天花も翼を振り下ろすが、
先ほどと同じようにがっちりと捕らえられる。
恐ろしいことに、ほとんどその動きが見えなかった。
(これだけじゃない……!!)
天花はもう片方の自由になっている翼で、
倒木を拾って投げつけた。
まるで大きな杭を飛ばしているようである。
それも当然のように撃ち落とされる。
まったく動きが見えなかったが、
触手を使って一瞬にして細かく切り刻んだようだった。
その様子には目もくれず、続けて木を引っこ抜いて投げる。
それも破砕される。
それでもさらに追加しようとするも、もう力が出なかった。
(この隙に逃げるしかない)
あくまでもこれが目的だった。
事実、砂煙が辺りには舞っており視界が悪くなっている。
水岡は近くにいる。
様子を見ている暇はない。
触手に捕らわれている方の翼を解除し、
もう一度発現させる。
それで両脇の木を掴みスリングショットのようにして跳ぶ体勢を整え、
水岡を巻き込みながら勢いよく飛んだ。
この動きは事前に打ち合わせていたので、
咄嗟の判断だったが実行できた。
一瞬で80メートルほど距離を取ることに成功する。
先ほどまであれだけ気張っていた天花が、
すぐに意見を翻したことへのショックは大きい。
それでも水岡は頭を切り替えて、
少しでも逃げ切る方法を考えようとする。
こうなった以上は、逃げ帰って情報を味方に提供することが、
彼らにできる最大限の仕事だ。
それ以上に戦い続けることへの本能的な恐怖が大きかった。
(さっきの攻撃も防がれた……
もうほとんど力も残ってない。
私にできることは囮になるくらいしかない。
私は1人じゃ何もできない)
もはや天花に戦意は残っていない。
意思はなくただ水岡に連れられて走っているだけだ。
だが、水岡にはそれを気にかけている余裕はない。
頭の中にはいくつかの選択肢が不安定に浮かんでくる。
この作戦の実行前に、合図のための小さなロケット花火を渡されている。
(これは使えない。増援が先に来たら本当に終わりだ……
でも、もう呼ばれてるかもしれない……)
それと同時に、この場所がレッドコアズのボスの放つ、
触れたものを消滅させ追尾機能まで持つ必殺の攻撃から、
叶野のコア能力により守られる範囲なのかという不安も湧いてくる。
(そもそも、こんな僻地の山の中すべてが安全圏と言えるのか……!?)
不安が疑心暗鬼を呼び、さらなる不安のスパイラルへと陥っていこうとする。
一度考えることを止め、とにかく前に進もうとする。
走りながら呼吸を整えることで、少しずつ冷静さを取り戻そうとする。
少し進んだところで、フクロウが不自然にこちらを見ているのに気が付く。
「とにかく急いでここを離れよう」
「うん……」
天花はうなだれるように同意した。
水岡は黒い液体を精製しフクロウに向けて放つ。
それを見届けることなく天花の手を取る。
10メートルほど右方に断崖絶壁が見える凹凸のある悪路の中、
ギャッという悲鳴のようなフクロウの断末魔を背に走り続ける。
後方からは枝や落ち葉をのしのしと踏む音が聞こえてくる。
次第にその音は小さくなっていった。
(まさか、走れないのか……!?)
亘の体型はお世辞にも痩せているとは言えない。
中年であり、それ相応の体型をしていた。
触手での移動を常に続けるのは燃費が悪い。
亘は相変わらず余裕の表情でゆっくりとこちらへ歩いて来ている。
表情が見えているわけではないが、
あの様子で油断しているのであれば、
このまま逃げ切れるかもしれないと水岡は考えた。
しかし、そんな希望もあっけなく破れる。
2人が逃げた先に見えたのは断崖絶壁だった。
行く手の右方にあった崖がカーブして前方にも現れた。
ちょうどテーブルの角のような地形だったのだ。
本来なら先に見える方へ橋がかかっていたのだが、
きっちり壊されている。
亘はこの先を知っているから急がなかったのだ。
水岡は少し肝が冷えるも焦りはしない。
まっすぐではなく進んできた左側の森に戻ればいい。
足を止めることなく進もうとしたとき、
天花に腕を引っ張られる。
「スキルスティーラーが操ってる生物がたくさんいる……」
前方の方からブンと不穏な羽音が聞こえる。
おそらくオオスズメバチだった。
さらに、何かの唸り声や地面を這う音もする。
2人は思わず後ずさりする。
小さな1匹でも取り逃がせば終わりだ。
森側に逃げようものなら、
枡森のコア能力で仕留められ、
先へ行こうにも崖が阻む。
引き返そうにも、スキルスティーラーを避けることはできない。
水岡は一つ気が付いた。
(本気で俺たちを殺るつもりなら、
生物を使って仕留めるはず。
それをしないってことは直接手を下したいってことかな)
皮肉な笑みを浮かべながら後ろを向く。
断崖絶壁ゆえの絶景が木々の間から垣間見える。
「こっちは駄目だ」
森を進むことは諦める。
残っているのは崖の際だけだ。
無言で天花の手を引いてゆっくりと崖の方へ向かう。
崖の直前まで来たところで、
天花が手を振り払って立ち止まる。
「なんで私は翔べないの」
今にも泣き出しそうな顔だった。
水岡はぼうっと空を見上げる。
(どうせ死ぬなら、か)
まだ諦めたわけではない。
可能性は低いがそれでも試してみたいことがあった。
「翔ぼう」
「できないよ……」
静かに、けれども意志の籠った声で告げる水岡に、
天花は諦めるように反論する。
しかし、それはどこか他人に否定してもらうことを期待しているような雰囲気があった。
「考えがある。どうせ死ぬなら、だ……!!」
水岡と天花の最後の策が決められる。




