ナスタチウム班⑨
「油井くん!無茶だ!!」
亘の戦闘を見守っていたミノムシが慌てて駆け寄る。
「行かせてください」
今にも倒れそうな様子だが、
油井は意思の籠った声で告げる。
その様子を見ていた真坂は、
付近に落ちていた小石を拾って殺人的な勢いで油井の方へ投げた。
「危ない!」
ミノムシが油井とともにダイブしたため、
かろうじてそれを避けることができた。
そのまま死角になりそうな木の後ろに2人して身を隠す。
「こんな状態じゃ殺されるよ……!」
「それでも、亘さんが負ければ次は俺たちですよ」
ミノムシの顔が打ちひしがれたように険しくなる。
油井が近付ければアシストくらいはできるかもしれないが、
ああいった投擲攻撃は今の彼には対処できないのも事実だ。
(なんとかして注意を逸らせば、
その隙に亘さんなら倒してくれるはずだ。
俺はそのきっかけを作るだけでいい)
油井は這ってでも亘たちの戦闘の渦中へと向かうことに決める。
死角になっていた木の陰からふらふらとした足取りで這い出た。
今のところ真坂は特にこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はなく、
亘との近接戦を繰り広げている。
(さっきのは危なかったけど、
そう都合よく石がたくさん落ちているわけでもない。
最悪数発は食らうのも覚悟すればいい)
片足を引きずり、時折つまずいて前のめりになり両手を地に付く。
のろのろとではあるが、激しい戦いの渦中へと歩みを進める。
当に限界は超えており、その動きは不規則でひどく不安定だった。
そのおかげで、時折飛んでくる真坂の「弾」を運よく回避することができていた。
だが、それもほんの数回であり、
動きに慣れ始めた真坂の「弾」の狙いが的確になり始める。
「うっ……」
頬を恐ろしい勢いの小石がかすめ、
油井は思わず声を上げる。
次は眉間を貫くかもしれない。
それでも、にじり寄っていくのを決してやめない。
(前途ある油井君みたいな人間をほっとけない、か……)
木の陰からその様子を見ていたミノムシは、ついに駆け出した。
不意に真坂の方を見ると、亘の触手をさばいて避けながら、
手頃な大きさの小石を見つけて拾ったところだった。
(間に合えっ……!)
ヴェールを出現させる。
頭上に出たそれをジャンプして掴み取ると、
闘牛のように広げながら油井の前方に出る。
ちょうど放たれていた「弾」をヴェールで受けると、
銃弾のように鋭かった勢いが減殺され、弾くことができた。
真坂は亘との戦闘の合間に、
油井たちにまじまじと視線を向ける。
(防がれるか。
無暗に投げてどうにかなるものでは無さそうだな)
油井は着実に亘の方へと迫っている。
ミノムシも油井のペースに合わせて進み、
飛んでくる「弾」をできる限り防ぐことに専念していた。
真坂はこれまで以上に油井たちに注意を向け、
違う方向へ遠ざけようと試みる。
しかし、むしろそうせねばならない状況が足を引っ張り、
そのために一手費やす必要が出てきてしまった。
ここで、ついに真坂は覚悟を決めた。
「友江さん、あの2人がスキルスティーラーに合流する前に倒そう。
出力を上げるがいいね?」
ここが正念場だと友江は察しコクリと頷く。
周囲を鋭い赤紫色の光が包んだ。
能力を発動するため立ち止まった真坂に亘は素早く接近し、
先端を固く鋭い形状にした触手を突き刺すように伸ばす。
「隙あり!とった!!」
しかし、その触手は手ごたえ1つなく空を切る。
一瞬、それは姿を消す類のコア能力に思えた。
だが、それは紛れもない身体強化だった。
驚く間もなく、亘は左腕に外側から衝撃を加えられ、
バキっという音を出しながら右方へ飛ばされる。
それは、友江の蹴りだった。
さらに、その亘の飛ばされる速度を上回る勢いで、
踏み抜く地面にひび割れのような足跡をつけながら真坂が追いかけてくる。
亘は吹き飛ばされながらも、
温存しておいたワープで一度退避しようとした。
だが、そのコアがすでに破壊されていたことに気付く。
代わりに前方に炎を発生させる。
反射的にそうしたが、
すぐに突破されると直感し、
自分の触手に発火させた。
触手のうちの数本を使い衝撃を減殺して着地する。
めらめらと燃える触手を、
めちゃくちゃに鞭のようにしならせて自分への接近を阻む。
その様子はまるで激しく燃え盛る大木のようだった。
すぐさま友江の操る水流が直撃し、すべての火を消火した。
障害が取り除かれ、真坂が素早く突っ込もうとしたときだった。
友江が吐血した。
真坂はすぐさま強化の段階を戻す。
真坂は友江をかばいながら後退し、
亘から距離を取った。
声をかけようとしたときだった。
後ろからザッ、ザッという足音がしたので振り向く。
気が付くと、油井はミノムシに支えられて歩き、
真坂たちの方へと迫ってきていた。
「超強化はやめるけど戦えるかい?」
「大丈夫です。問題ありません」
友江は口元の血を手でさっと拭い、
前方の亘をきっと睨む。
治癒力を上げており、
既に先ほどの超強化の反動による傷は塞がっていた。
(やはりこれを使いこなすのはまだ難しそうだ)
真坂はもう一度後ろを振り返った。
ここにきて、真坂は油井たちを先に仕留めることに決める。
(問題ない。
振り出しに戻っただけだ)
真坂は懐から数本の釘を取り出す。
それを振り向きざまに油井たちに投げつけた。
とっさのことであったが、
ミノムシは介抱していない方の左手でそれを防ぐことができた。
しかし、一度に複数飛んできたためすべては防ぎきれなかった。
数本が命中し膝を突く。
ミノムシが右手に出てかばっていたため、
油井にはダメージがなかったが、
両足の膝下と右肩に釘が刺さっていた。
「宮島さん……!」
油井自身もバランスを崩し片膝を突きながら力なく声をかけた。
既に亘と真坂たちは戦闘を再開している。
多数の触手を身体強化された真坂と友江が間をすり抜けたりいなしては、
これ以上は攻めることができないと判断し後退するという、
先ほどと同じ均衡状態であった。
激しい戦闘の余波が離れている油井たちにも伝わってきている。
喧噪のさなかでミノムシは油井に返事をする。
「油井くんに比べたらこれくらい大丈夫だよ」
ミノムシは再び立ち上がって亘たちの方を目指した。
油井も無言でふらふらとついていく。
相変わらず真坂はこちらへの注意を怠っていない。
その後も、懐から取り出した釘を数本放ってきた。
やはりすべては防ぎきれず、ミノムシは数発をもらっていた。
恐怖と痛みと出血で徐々に意識が朦朧としていく。
第三波が来たとき、腹部にズシリとした重い衝撃を感じたかと思うと口から血を噴き出した。
自分の腹部にナイフが刺さっていることに気が付いた。
前に倒れそうになるがそれでも踏みとどまる。
一方の真坂は、懐にある投擲用の釘はあと2回分しかないことに気付いた。
さらに、隠し玉のナイフもあと1本しかなく、
亘への攻撃手段として残しておく必要があるためここでは使えない。
これはもはや真坂とミノムシの気力の戦いと化していた。
真坂は亘との戦闘では汗一つかいていなかったが、
ここにきて額にうっすらと汗が滲んできていることに気付いた。
そして、ミノムシへの攻撃のための行動回数を増やし始める。
一方のミノムシはかつてない恐怖と痛みを感じながらも、
なぜだか湧いてくる力で死にもの狂いで油井の進路を死守している。
ついにミノムシがその場に膝を突いたとき、
真坂たちは油井の攻撃範囲内にギリギリ入っていた。
もはや油井をここで真っ先にかつ確実に仕留める必要があると真坂は考えた。
しかし、電撃がある以上友江に行かせるのは危険だ。
だが、これ以上油井から距離を取ろうとすると、
今度は亘の攻撃範囲に舛森が入ってしまう位置になっていた。
二択を迫られることとなった。
(あの青年がどの程度余力があるのかわからない。
そうであれば、僕が行くべきか……)
真坂といえども、生身の状態での電撃は危険だ。
そうであれば、殺傷能力のある遠距離攻撃で仕留める必要がある。
だが、大島が倒れた以上、即席でそれをやるには準備が必要で、
当然亘がそれを許さない。
(ここにきて追い込まれたというのかッ……!!)
逡巡していると、地を這っていた油井がついに立ち上がり、
よろけながらも迫って来た。
「友江さん!!離れろッ!!
ここは僕がやるッ!!!」
そうして真坂が前に出たのとほぼ同時に油井も飛びかかった。
(一度防いでから確実に仕留める。
先に動いた方が負けだ)
肉を切らせて骨を断つ。
一瞬でそう判断した。
だが、油井が一向にコア能力を使う様子がない。
あちらもギリギリまで引き付けてからその能力を放つつもりなのか。
真坂はどのタイミングで電撃が起きても対応できるよう目を見開く。
ほんの刹那の出来事であったが、
恐ろしく長く感じられた。
しかし、油井は結局コア能力を使うことなく、
飛びかかったそのままの勢いで倒れた。
もう人間を殺傷できるほどの出力を持った電撃を出す力は残っていなかったのだ。
(こいつッ……!!
ブラフだったというのか……)
「頭いい人ほどハッタリに弱いってね……」
薄笑いを浮かべながら油井がバタリと倒れたとき、
首のやや下あたりにある真坂のコアを亘の触手が背後から貫いていた。
辺りに鮮血が舞う。
声にならない声を出し。
真坂は首下から血をドクドクと流しながら倒れていった。
その様子を放心状態で見ていた友江は、
亘がギロリと視線を向けた瞬間、
ポケットからナイフを素早く取り出すと左手のコアに突き刺し、
次に正確に頸動脈を切った。
切ない表情をし、真坂の方を見ながら果てていった。
「俺にコアを渡すくらいならその場で死ぬってか」
ため息をつきながらお前はどうなんだと言わんばかりの視線を向けようとすると、
既に舛森はその場から逃げ出していた。
「俺は自殺なんかしたくねえ!」
舛森はしんと静まり返った住宅街を死にもの狂いで駆けている。
極度の恐怖で滅茶苦茶な走り方になっており、
転びそうになりながらも、
とにかくあの場から離れようとしている。
しかし、ついには足を絡めて転んでしまった。
両膝と両肘をすりむき、
痛みと急な無酸素運動による酸欠で涙目で咳き込みながらうずくまる。
そのとき、ふとアジトで大島に誘われて断ることができずに付き合った体力錬成のことを思い起こしていた。
そのときも、同じように酸欠になり思わず両手をつきながらむせていたが、
大島は気さくに笑っていた。
友江はそれを咎めつつ、水を差し出してくれていた。
臆病でろくに戦闘はできず、
まだコア能力の精度も高くなかったときは、
翡翠のペンタスのメンバーたちにとって置物でしかなかった。
舛森自身も葛藤はあったが、やはり戦闘の前線に立つことは怖くてできなかった。
そんな舛森に、真坂に会ってから転機が訪れる。
コア能力の活かし方を手ほどきしてもらい、
高度な情報収集が可能なものへと化けた。
真坂に指示をもらうことで彼にしかできない役割を遂行できるようになった。
それは戦闘の最前線に立つことなくできた。
舛森は人並みの自信を取り戻すとともに、
仲間からの指摘や罵倒に怯えることのない、
安心して生活できる日々を勝ち得たのだった。
「俺がここまでやってこれたのは真坂さんたちのおかげだ……
なのに逃げ出そうとしている俺は卑怯者だ……
何一つ恩返しできずじまいじゃないか」
舛森は顔を上げる。
まだ息は荒いがなんとか動けそうだ。
「せめてできることは……」
立ち上がって録画をしていたカラスに念を込めた。
それをアジトの方へと向かわせる。
「あいつ、今の戦闘を記録していたな。
俺の情報を仲間に送るつもりか」
亘もそれに気付きカラスの飛んでいる方向に近付き念を込める。
すると、そのカラスが発火しながら消し炭のようになって落下する。
これで一安心、と思った矢先だった。
今度は他のカラスが右方から飛び立っていくのが見えた。
それも燃やして落とす。
だが、今度はさらに複数のカラスだけでなく、
鳩や雀も飛び立っていくのが見えた。
いずれも選抜者の作用を受けているのが、
遠く離れていても伝わってきていた。
(『伝書魂』。
これが置き土産だ……)
舛森は次に、他の動物も使って亘の現在位置を捜索する。
ものの10秒ほどで捕捉する。
どうやらアジトへと飛ばした鳥たちを屠ることは諦めて、
こちらへ向かっているようだった。
心臓がキュっと縮まるような感覚がしたが、
それを拳を強く握りしめ抑え込む。
(だけどやっぱり生きるのを諦めたくはない。
だから……)
覚悟を決めると不思議と恐怖は消え去っていた。
「真坂さん、俺は最後まで戦うよ」
今回はもう1話だけ続きます。




