ナスタチウム班③
「うっひゃあ、すっげえ能力だなあ」
連絡を受けた油井は、亘が立て籠っているマンションへ向かっていた。
ちょうど今しがた真坂のコア能力の範囲に入ったところだ。
聞いていたとおり体の動きが重くなっている。
それでも不敵な笑みを浮かべながら亘を迎えに行くべく突き進む。
数百メートル先の上空には、
作り始めの綿あめのような縦に細長い形をした異常な黒雲が出現している。
雨は降っていないようだ。
「あれがそうか」
屋外に出た途端、すぐに攻撃してやるといった意思が伺える。
油井は向かう先に見えている雲を眺めながら足を速めた。
その様子を1羽のカラスが電信柱に止まりながら凝視している。
「スキルスティーラーの動きはどうだ?」
ザッ、ザッと地面に向かって踏みつけるような動作を繰り返しながら、
大島は舛森に尋ねた。
「先ほどやった仲間のコアを移植してます。
こうやって能力を得ていたんですね……
この間に仲間と合流してこちらに向かおうとしてますね。
真坂さん、領域には入っていますか?」
「ちょうど一人入ってきたね。
スキルスティーラーとはここを挟んで反対側だ」
舛森は真坂が指さした方向を確認すると、
そこへさらに複数のカラスを向かわせる。
1分もしないうちにそれらしき姿を捉えた。
「それっぽい青年が対象の元へ向かってます。
友江さん、出番ですよ」
「位置を教えて」
舛森のコア能力は鷹見の見物と命名されている。
周囲の動物を自在に操るもので、憑依するレベルに達している。
動物の移動能力と、人間からは気付かれにくいことを利用し、
今までにやったように敵を常に監視できる。
今日は枡森の誕生日であった。
学友ならまだしも、この年齢になるとそういったことを話す相手も機会もなく、
誰もこの事実を知らないのは致し方ないことだ。
しかし、よりにもよって誕生日に、
こんな一大ミッションを遂行することになったのはほとほと不幸である。
亘は気付いていないが、
既に舛森の操る複数のネズミが物陰からその姿を捉えていた。
そこに向かっている油井のほか、
もう一人の居場所もまもなく捕捉される。
「スキルスティーラーの元にそれらしいのがもう一人向かっていますねえ。
今しがたみつけたのですが、
うっすらとコア能力の気配がするものの、
特に変わった様子はないですねえ」
「先手を打たれる前にこれで終わらせてみせる」
友江は先ほど発生させた積乱雲を既に消していた。
代わりに、油井のいる方の空に向かって水分を集中させ始める。
「ちょっと待ってください」
油井がいる上空に積乱雲を発生させようとした友江を舛森が止める。
真坂は何があったのか尋ねようとしたが、
舛森が目を瞑り能力を使うことに集中していることに気付き、黙っている。
舛森は右手をそっと上げた。
盗聴した会話をそのまま伝えるという意味のジェスチャーだ。
目を閉じたまま、亘と油井の通話内容をそのまま復唱し始める。
「油井、お前はできるだけ敵の攻撃を引きつけるためにゆっくり来い」
「敵の攻撃って、この広範囲を包んでるとんでもない能力のことですか?
それは無理っすよ」
そう言いつつも一応足を緩める。
「違う。敵の中に落雷で攻撃してくる奴がいるようだから、
そいつの攻撃を引きつけろ。
宮島じゃ防ぐ手段がねえ!
電気を発生させるお前のコア能力なら相殺できるだろ」
用件を告げると亘は電話を切り、
すぐに携帯を操作し始める。
油井も再び走り始める。
舛森は上げていた右手を下げて会話が一度終わったことを示した。
「やっぱり、舛森さんがいてくれてよかったよ」
友江は指示を受けるまでもなく、
舛森に宮島という男のおおまかな位置を尋ねて、
そちらの方へ意識を集中させる。
宮島が亘の元へ辿り着くまでに少なくとも一発は落雷が可能だ。
これで1人を葬れる。
(もっとも、この時点で友江さんのコア能力に気付いているあたり、
伊達に場数を踏んできたわけじゃなさそうだな)
真坂が敵の想定以上の適応力に感心していると、
標的を監視していた舛森は予想外の光景に思わず声を上げた。
「なぜ真坂さんのエリア内に入った奴が普通に動けているんだ!?」
その標的の男、ミノムシこと宮島のコア能力は特殊なヴェールを出現させるものだ。
彼は幼少期から嫌なことがあると、
カーテンに身を包み外界から自分を遮断する癖があった。
レッドコアズに所属する前までは、
しがない会社員として日々小さくないストレスを感じ、
その度に帰宅後に自宅でカーテンにくるまっていた。
選定の際も、部屋の隅でカーテンに身を隠していると生き残ることができたため、
その信仰は衰えることはなかった。
それどころか、選抜者になっていよいよ命の危険に晒されるようになり、
コア能力を得てからもより一層その癖が強まっていた。
今、彼は真坂のコア能力を無効化するヴェールを身に包み、
亘の元へ向かっている。
そのヴェールはミノムシ本人にも見えないが、
ただそこにあることが感触でわかる。
そのため、視覚や聴覚しか情報のない舛森たちには何が起こっているのかわからない。
大島が水飲み場の付近に大穴を空けた。
そこに埋まっている水道管の破裂により大量の水分が放出される。
亘の元に向かうミノムシの上空に、
真っ黒な雲が急速に浮かび始める。
ゴロゴロと不穏な音がしたとき、
ミノムシは再びヴェールを出した。
(早速きちゃったよ、勘弁してくれえ)
ミノムシは心の中で泣き言を言うと、コア能力を解き放つ。
いつものように背中から放出された後に、
手を広げているとちょうど目の前にそれはパサリと落ちてくる。
被るとなぜか体に吸い付く。
これで、発現させたヴェールの加護を身に纏うことが完了した。
(今、何をしたんだ?
そもそも今の真坂さんの領域内では、
自由にコア能力を使うことすら難しいはずだろ……?)
舛森は必死に頭を巡らせるも、
そのコア能力の正体が掴めなかった。
今のところ、真坂の影響を受けていない以外はミノムシに変わった様子はない。
亘のいるマンションまでは走ってもまだ3分くらいする距離がある。
「あと数分もしないうちに宮島とやらは、
スキルスティーラーと合流します。
友江さん、それまでに間に合います、か……?」
そう尋ねようとしたとき、
上空の暗雲からまばゆい閃光が落ちる。
予告なしに落雷があったので、
舛森は驚いて少し固まった後、
すぐに憑依しているカラスに意識を戻して様子を確認する。
地に伏しているはずの対象は咄嗟に腕で頭を覆ったものの、
無傷で亘の元へ走り始めた。
「なぜッ……
傷一つないんだよ……!」
思わず舛森はうろたえながら呟いた。
友江の表情も曇る。
(うわ、頭がクラクラする……
こんなことなら衝撃も抑えられる仕様にしておくんだった)
ここまで準備ができたのは、
亘からあらかじめ携帯のメッセージで敵のコア能力の概要と、
これから一芝居打つことが伝えられていたからだ。
つまり、舛森たちは電話の内容に釣られたのだ。
亘は最初に舛森の操るカラスを能力で見た際に、
真坂のコア能力は一定の広範囲内にて影響を及ぼすタイプであることと、
様々な動物を操りこちらの様子を窺っていることを、
視界の端で捉えた翡翠色の反応により勘付いていた。
さらに、この芝居は安全に合流するためには必要なことであった。
油井のコア能力は確かに電流を受け流せるかもしれないが、
この状況下においてはコア能力の出力が弱まっている。
落雷を防げるかは怪しかった。
そこで、ミノムシにターゲットを向けて油井が安全に合流できる時間を稼いだのだ。
「どうしましょう真坂さん!
とりあえず友江さんに奴らを窒息させますか?」
「できるならやってるわよ……!」
友江は忌々しそうに唸る。
結局、有効打を与えられぬままレッドコアズの合流を許してしまった。
「やはりしのがれてしまったか」
「この間に一気に数発分を溜めてる。
ここには来させない」
友江はマンションからこの公園までの道に積乱雲を移動させた。
相変わらずゴロゴロと不穏な音を立てており、
言葉通りの激しい攻撃を予感させる。
それでも、おそらく防がれるだろうと友江は内心考えている。
「大島さん、仕込みは終わったかな?」
「ああ、だいたい終わったぜ」
だからこそ、本命の作戦を実行するべく、その進捗を互いに確認する。
彼らのいる公園にはあちらこちらに掘り返した跡がある。
決戦のときは迫りつつあった。
「じゃあ、もう少し貯めながら待っていてくれ」
「あいよ」
そのとき、真坂がどこか楽しそうな様子で笑っているのを舛森は見る。
(勘弁してくれよ……
今日は誕生日なんだぞ……)
今週も1話更新です。




