初任務
水岡が初の任務を言い渡されたのはその翌々日の朝だった。
任務はそれぞれの自室に文書が届き伝えられるようだったが、
初めてということもあり、副官の南禅寺に呼び出されていた。
「君が水岡君か。私は南禅寺だ。よろしく頼む」
長髪の男は短く簡潔に自己紹介とあいさつを終えると、すぐに本題に入る。
「今回の任務は、最近新たにレッドコアズに加わったとされる人物について、情報を得ることだ」
南禅寺は水岡に紙を手渡す。
ネットの地図を印刷したもので、その地形には見覚えがあった。
「これが今回君たちライラック班に調査に行ってもらう場所だ。
君の自宅付近一帯で選定が行われたようだ。
だが調査と言っても、もちろん君たちのような素人だけで行うわけではない。
専門家を同行させる。
どんな人物なのかは会えばわかる。
午後にはアジト内で合流して出発してくれ」
水岡は自室に戻った後、椅子に深く座り込んでため息をついた。
(今回の任務、わざわざ調査に行かなくても俺はその結果を知っている……)
選定を生き残ったあの日の戦闘で、
水岡が見たのは確かに油井だった。
幸い、翡翠のペンタスのメンバーには誰にもそのことを知られていないが、
いつまで隠し通せるかわからない。
隠す必要があるのかわからないが、
少なくとも今は言い出すべきでないと考えている。
(だけど、それを言ったらどうなってしまうんだ……
油井と戦わないといけないのか……
クソッ、どうしてあのとき何も言わずに去っていったんだよ!)
自主練習をこなしてそのまま午前中が終わり、食堂に向かうと、
何やらがやがやしており多くの人が集まっていた。
様子を窺いながら食堂に入ってみると、
大島を含む数人が即席の特等席で数十人ほどに囲まれて、
まるで芸能人の記者会見のように喝采を受けている。
「スキルスティーラーなんてさっさとやっちまえ!!!」
「能力取られるなよー!」
何やらみなで檄を飛ばしているようだった。
人混みの中に沢田の姿を見つけたので話しかけてみる。
「なんですかこれ?」
「あれ?水岡くんは聞いてなかったっけ?」
どうやら、特務班の初の任務の日らしく、
みなで送り出すことになっていたらしい。
「誰が決めたってわけじゃないけど、そういうことになったの」
振り返ると華憐が立っていた。
今日は深紅のルームワンピースを着ている。
ちょうど食堂にやって来たらしい。
「えーでは一言ずつお願いします」
ついには、司会を引き受ける者さえ出てきた。
前へ出るよう促され、特務班のリーダーらしき人物が照れながら歩み出てくる。
丁寧にお辞儀をしてからあいさつを始めた。
「えーと、じゃあ一言だけ。
僕は特務班であるナスタチウム班の真坂です。
今日は特務班として初の任務になりますが、
このような会を企画してくださりありがとうございます。
僕たちに与えられたスキルスティーラーの討伐という最大の目標に向けて、
できることを少しずつやっていきたいと思います。
みなさんもご協力よろしくお願いします」
真坂は水岡の想像していた特務班のリーダーとは大きくかけ離れていた。
見た目のとおりのおっとりとした人間のようで、
虫も殺したことのなさそうな柔らかい表情をしている。
(人は見かけによらないといったところか)
水岡は改めて、これはコア能力による戦いなのだと自覚する。
「見知った顔も多いと思うが、俺は特務班の大島だ」
気が付くと大島のスピーチの番になっていた。
先日話しかけてきたときと変わらない様子で、
その意気込みを語っている。
その人柄からか、観衆側からもよく野次が飛び、
大いに盛り上がっていた。
その後も特務班のスピーチが続いたが、
やはり選りすぐりだけあって、
観衆も含め誰もがその勝利を信じて疑わないようだった。
「大島さん、この前はありがとうございました。
もうちょっと色々試してみることにしました」
スピーチが終わりもみくちゃにされている大島が解放されたときを見計らって話しかける。
大島は水岡を見るとこの前と同じような屈託のない笑顔で肩をポンポンと叩いた。
「うむ、それでいい。この任務から帰ってきたらその成果を見てやるよ」
「ぜひ、お願いします!」
「任務頑張ってください」と言おうとしたが、
ほかのメンバーに話しかけられ、
大島がそちらを向いたのでここでやめておいた。
(俺もいつかはあれくらいにならないとな)
能力もありみなに慕われている大島たちを、
人混みの外から遠目で見ながらふとそう思ったのだった。
そうして、水岡も特務班の出発を見送った。
その後、昼食を済ませ荷物を持って集合場所へ向かう。
特務班を笑顔で見送ったが、
彼にも任務はある。
緊張感を纏いつつ自室を出る。
待ち合わせ場所のアジトの出口へとつながる廊下に行くと、
まだ誰も来ていなかった。
(少し早く着き過ぎたかな)
小さくため息をついた後、
なんとなくじっとしていることも憚られたので屈伸運動を始める。
しばらくすると、廊下の方から足音が聞こえてきて角から男が現れた。
「君が水岡くんだね」
白髪交じりで眼鏡をかけてこげ茶色のカーディガンを着た、
いかにも大学の教授のような見た目の男が甲高い声で話しかけてきた。
「私が今回の調査で同行させてもらう銅野だ」
「よろしくお願いします」
この銅野という男こそが南禅寺の言っていた、
今回の調査をサポートする人物のようだ。
「お待たせ」
そこへ、華憐もやってきた。
「やあ華憐君、私もちょうど今来たところだ」
銅野は朗らかに華憐にもあいさつをする。
「水岡くんと銅野さんは会うのは初めてじゃない?」
「そうなんだよ。
だから、自己紹介代わりに私の能力を披露しよう」
そう言うと、銅野は目を閉じてリラックスするような表情をした。
銅野の体が翡翠色に光る。
数秒後、目を見開き息を吐き出すとこう告げた。
「なるほど、この3人の中にヴァージンは2人いるんだねえ」
水岡は唖然として何をどう反応したらいいかわからず固まってしまった。
意外にも華憐は顔を赤くしてうつむいていた。
「ちなみにヴァージンという単語は男女共用だ。
そして私には妻がいた。
離婚してしまったがね」
水岡は何もできず動けないでおり、
華憐も同じくうつむいている中銅野は1人ほくそ笑んている。
かなり気まずい空間の出来上がりである。
「何やってんの」
そこへ天花がやってきたためそんな空気が壊される。
このとき水岡は救世主天花に大いに感謝した。
「なあに、初対面だったので自己紹介がてら私の能力を披露していただけだ」
「ふうん……」
天花はあまり興味なさそうに相槌を打った。
「ちなみに彼女を含めると3人だ。
ちょうど私の能力の範囲に入っていた」
水岡は再び固まってしまう。
天花はなんのことだかわからないといった顔をしたが、
やはり尋ねるほど興味がなかったため、
それ以上は何も聞かなかった。
「このように、私は一定の範囲で統計を取ることができる。
いずれはこの能力を駆使して敵のアジトを突き止めるつもりだ」
それっぽくまとめようとしたが、
気まずい情報を得てしまった水岡には、
その説明はあまり頭に入ってこなかった。
救世主天花の活躍はもうなさそうだ。
「ところで犬養くんはまだかね」
銅野が時計を見るとちょうど指定の時間になっていた。
だが、まだほかの足音は廊下の向こうからは響いてこない。
「犬養さんって、例の猿渡って人を倒す以外はどうでもいいんですかね」
水岡は思わずぶっきらぼうに悪態をつく。
華憐は先ほどまで顔を赤くしていたのが嘘のように、
まるで子どもに言い聞かせるように優しく諭した。
「前にも言ったけど、確かにちょっと乱暴なところはあっても、
犬養くんは根はやさしい人よ。
きっとそのうちあなたにもわかるときが来るわ」
水岡は華憐だけでなく、
叶野にも同じようなことを言われたのを思い出す。
みながそう言うのならそうなのかもしれないが、
どうにも素直にその意見を聞くことができず、
気に食わない男だという感情が離れることはなかった。
そうしているうちに、
遠くから足音が聞こえてきて、犬養が姿を現す。
既に全員揃っているのを目で確認すると、
出発の合図を待つかのように黙って壁に寄り掛かった。
銅野はフッと笑うと鶴の一声を発した。
「では、向かうとしようか」




