霧の中の攻防
今回の移動のための足は滝沢ではなかった。
どうやら滝沢は特務班の送迎に回されたらしい。
出口がないように思えるアジトには、
隠された出入口がいくつかある。
その中の1つを通ってアジトの外に出た。
もはやおなじみのバスに乗って彼らは再び水岡の自宅付近へと向かう。
バスでの移動中はやはりみな終始無言であった。
水岡の自宅に最も近いバス停で降りる。
以前のようにマスコミの姿はなかったが、
住宅街へ入る道には立ち入り禁止のテープが貼られ、警官が立っていた。
しかし、先日ほどの賑わいはなく、
相変わらず中には入れないものの住宅街には人影は見えなかった。
「残念ながらこのメンツに侵入に向いている能力を持っている者はいない。
ここはいつもの荒業で突破するとしようか。
天花くん、頼むよ」
天花は警官の方に近付いていき、コア能力を発動する。
天花の体が翡翠色に鈍く光り、
大きくて堅牢そうな彫刻のような翼が生えた。
コア能力を発動したことにより、
警官は無言でその場から立ち去った。
「早く行こ」
すでにコア能力を解除していた天花に促され、
水岡は今回のガイドは自分であったことを思い出す。
「じゃあ、打ち合わせ通りとりあえずはこの住宅街の中心部に向かいます」
そうして、先導して歩き始める。
数分後、目的の地点に到着すると、銅野は辺りを見回した。
「ふむ、ここらへんでいいかな」
そのまま舗装された住宅街の道路のど真ん中に座り込む。
「ではコア能力による調査に入る。
その間に万が一があったときは頼んだぞ」
そう告げると、水岡たちの返事も聞かずに目を閉じて、
コア能力を発動させると翡翠色に光る。
(このコア能力の範囲内にレッドコアズの構成員が住んだことのある家はいくつあるか)
銅野は頭の中で質問を宙に投げかけるように念じる。
数秒後、自分の中にその答えが浮かんでくる。
この質問に対する答えは1。
やはり、このコア能力の有効範囲の中に新たな敵の情報が眠っている。
続けて次の質問を投げかける。
(この付近一帯で私より南側にレッドコアズの構成員が住んだことのある家はいくつあるか)
今回の質問への答えは0。
今度は質問を西に変えると1つヒットした。
これを繰り返し、銅野は今の位置から能力で統計を取れる500メートルの範囲内の北北西側に、
目的の家があることを突き止めた。
次に、あらかじめ入手しておいた住宅地図を広げ、
その範囲の家を確認する。
そしてまた何度かコア能力を使う。
5分ほど経って銅野が声を発した。
「よし、今回の選抜者の自宅がわかったぞ」
その顔は大粒の汗にまみれていた。
「お疲れさま」
華憐がペットボトル飲料を差し出すと、
銅野は何も言わずそれを一気に飲み干した。
「ありがとう」
そして、そのままその家の前へ向かう。
(やっぱり、油井の家だ……)
何度も見たことのあるその門とドアを見ながら、
水岡は静かに失意を感じていた。
心のどこかで、あのときの敵は油井ではないのではないかと思っていたが、
もはや言い逃れができない。
銅野がドアに手をかけると、
鍵はかかっていなかったようで何の抵抗もなく開いた。
そのまま慣れた手つきで玄関を上がり、タンスなどを物色し始めた。
「銅野さんって前職は泥棒なんですか……?」
一緒に中を見張っている華憐にこっそり尋ねてみると、
笑いながら否定された。
「調査に慣れたせいでそう見えるだけね。
統計学の学者だったみたいよ。
どこかの大学で授業も受け持ってたんだって」
(納得はした。
だけど、友達の家を物色されているのを黙って見ているのも気分はよくないものだな……)
それでも止めることもできないので、
銅野の作業をただ見守ることしかできなかった。
こうして、今回新たにレッドコアズのメンバーとなった者のあらかたの素性を掴むことができた。
やはり水岡の幼馴染の油井浩明がその人物である。
水岡と同じ高校なうえに小中学校も同じであることがわかり、
いくつか質問を受けたが不登校のためあまりわからないと答えておいた。
油井が不登校であることは事実なので、
そう答えるとそれ以上は質問されなかった。
このとき、水岡は胸の奥がキリキリと痛む感覚がした。
(平然と嘘をつくのって難しいものなんだな)
調査を終え、3人で油井の家を出て外にいた天花や犬養と合流したときだった。
油井の自宅に入ったときには快晴だったはずだが、
いつの間にか辺りがうっすらと霧がかっている。
人除けによって一般人はいないはずの数十メートル先の路上に人が立っており、
こちらにゆっくりと近付いてきているのが見える。
その雰囲気にはどこか見覚えがあった。
だんだん顔が見える位置まで近づいて来ると、
水岡はその人物を思い出した。
猿渡である。
すぐに横にいる犬養に目を遣ったが、動じる様子はなかった。
「あれは猿渡じゃねえ」
なぜだか犬養にはわかるようだった。
それでもなお、それはゆっくりとこちらに近付いてくる。
時折、陽炎のようにゆらめいている。
「あれは罠だ。
おそらく誘い出して一撃を与えるつもりだろうな」
犬養は指をコキコキと鳴らした後身構える。
「攻撃役は近接タイプだろう。
お前らが近付くのは危険だな」
水岡は、不敵な笑みを浮かべながらそう言う犬養の横顔を見る。
次の瞬間、犬養の体が翡翠色に鋭く発光したかと思うと、
まさに雷光石化のごとくそれに突進していった。
一瞬で距離を詰めた犬養が鋭く刺すような蹴りを入れると、
それはフッと霧のように消えた。
そして、背後に突然大男が槌を振り上げている姿が現れる。
「犬養くん!!後ろよ!!!」
華憐が叫ぶも犬養は既に把握しており、
振り下ろされる槌をひらりと躱し、
大男から飛び退いて距離を取った。
(こんなノロマな攻撃当たるかよ)
風を切る音とともに勢いよく振り下ろされた槌は、
ガキンと鈍い音を立ててコンクリートの路面に当たった。
よく見るとその槌の先は鋭く尖っており、
まさに人を殺めるためにあるかのような形状をしている。
路面に振り下ろされた衝撃で破片が飛び散る。
それが大男から2メートルほどしか離れていない犬養の方にも飛んできた。
(さっさと片付けるか)
飛んでくる破片など気にも留めずに反撃に移ろうとしたとき、
大男の両腕に黒い模様が浮かび上がっていた。
この瞬間、犬養は妙な感覚とともにやけに時間がゆっくりと流れるのを感じたかと思うと、
飛んできた道路の小さな破片から突如大きな衝撃を受けた。
血を吹き出しながら吹き飛ばされ、
コンクリートの塀に背中から激突する。
(なんだこの能力は……?)
瞬時に危険を直感し、
身を守るためにコア能力による力を上半身に集めたため、
重篤なダメージは間一髪で免れることができたようだ。
(だが、能力なんざどうでもいい。
さっさと片付ければ終了だ!)
そのまますぐに起き上がり口に溜まった血を吐き捨てると、
大男に攻撃をしようと鋭い翡翠色の光に身を包みながら一瞬で近付く。
大男の顔面に拳を打ち付けとき、
その姿が一瞬で消え、辺りが霧に包まれる。
「お前らはこっちに来るな!!!」
犬養が叫んで制止したため、
犬養の元へ駆け出していた華憐たちは思わず動きを止める。
「華憐!!この霧を吹き飛ばしてみてくれ!!」
犬養までの距離は15メートルほどだった。
華憐はうちわで扇いで、
周囲に大きな風を巻き起こし立ち込めていた霧を吹き飛ばす。
だが、そこに大男の姿はなかった。
すぐに霧が発生してくる。
ものの数秒で周りには靄が立ち込める。
敵が視界からいなくなったので、
華憐たちが犬養に駆け寄ろうとしたとき、犬養は再び叫んだ。
「後ろだッ!!!」
天花が振り返ると、背後に先ほどの大男が槌を高く振り上げる姿が現れていた。
思わず目を瞑る。
そこへ黒い槍が投げつけられ、
大男の脇腹を貫くもその姿は再び雲散霧消した。
代わりにそこに霧が現れる。
華憐の突風がそこへわずかに遅れて到達し霧が吹き飛ばされるが、
やはりそこに大男の姿はなかった。
(特訓の成果はあったみたいだ……)
今の黒い槍は水岡だ。
以前は黒い物体を出してから変形させていたため、
素早い変化に対応できていなかったのが弱点だった。
そこで、あらかじめ使いたい形状を思い浮かべて発現させることで、
そのタイムラグを少なくすることを目指したのだった。
たった2,3日の特訓であったが、
コツを掴めばすぐに使いこなすことができた。
「もうここは奴らのテリトリーだ。一度脱出するぞ」
そう言うと先ほどのダメージはなかったかのように、
すぐさま走り出す犬養にみな付いていく。
気が付くと辺りは2~3メートル先程度しか見えないほど濃い霧に包まれていた。
後方に気配を感じ取ったので振り向いてみると、
先ほどの大男が5メートルほど後方で槌を大きく持ち上げていた。
(この距離で?まさか……)
犬養は走っている水岡たちの後ろへ回った。
「振り返らずに進め!!」
水岡たちに怒号を浴びせる。
ちょうどそのとき大男のいる方からガキンという鈍い音がした。
槌が振り下ろされた衝撃でアスファルト舗装の道路が少し砕け、
その破片がこちらへ飛んでくる。
やはり、尋常ではない勢いだった。
「ハッ、もうその対処法は見切ってんだよ!!!」
犬養の両腕、特に手のひらの部分が濃く翡翠色に発光する。
すべてを手で撃ち落とした。
弾かれた道路の破片は付近の塀や道路に突き刺さるようにめり込んでいた。
大男が地面に刺さっている槌を引き抜くと、
再びその巨体がそこから消えた。
「敵は2人以上いる。
あのデブが消えたりするのは別の奴のコア能力だろう」
先を走っている水岡たちに一瞬で追いついた犬養が告げる。
水岡は犬養をまだ許したわけではなかったが、
戦闘での立ち回りとその冷静な分析能力は認めざるを得なかった。
「どうする?このまま逃げる?」
「冗談だろ。攻略は目前だ。
あんなザコどもで逃げてたらどの道この戦いでは生き残れない」
華憐の問いに余裕綽々といった表情で答えた。
だが、水岡はそれには賛同できなかった。
「でも銅野さんもいるんだから、
今は少しでもリスクがあるなら撤退するべきじゃないですか。
ボクたちの目的は情報を持ち帰ることで敵を倒すことじゃないでしょう」
犬養は何も言わなかった。
そのまま沈黙が訪れる。
アスファルトを踏み鳴らす音だけが閑静な住宅街の中に響いている。
いつまたあの大男が現れるかわからない。
周囲に気を配りながら走り抜けていく。
だが、いくら進んでも視界が開ける様子がない。
「おかしい。もうそろそろこの住宅街の外が見えてもいいはずなのだが」
ついには銅野が疑問を口にする。
後方からは金属製の重い物を引きづっているような音が、
こちらにゆっくりと近付いてきているのがわかる。
このままでは追いつかれる。
大男と遭遇してからどうにもほかの誰かに見られているような気がしていた。
(この街全体が霧に包まれているのか……?
いや……)
そのとき犬養にある仮説が浮かぶ。
「ここを曲がるぞ」
先ほども真っすぐ通ったはずの十字路を今度は右に曲がる。
住宅街の外に行くのとは反対方向だ。
今回は問題なく進むことができた。
後ろから近づいてきていた何かを引きずる音が遠くなっていく。
そのまま進んでいくと次の十字路にぶつかった。
「やはりここも外へは抜けられないというのかね?」
確かめるように呟いた銅野に犬養は確信を持って答える。
「ああ。おそらく奴らのコア能力でこの付近に閉じ込められているようだ。
ある程度の範囲なら動けるみたいだな」
自分の考えを述べながらその十字路を右に曲がる。
すると、その仮説の通り戻されることなくまたもや進むことができた。
「このままこの住宅街をグルグル回りながらの戦闘になるだろう。
銅野さん、どうやら脱出は奴らを倒さない限り無理みたいだ」
「私はかまわん。
奴らはこちらよりも明らかに移動する速度が遅い。
一定の距離を取りながら戦闘を続けることは容易だ」
それから更に次の十字路に行き当たり、
やはりそこを右へ曲がった。
相変わらず見られている感覚はするものの、
先ほどまで後ろからしていた何かを引きずるような音は、
彼らとの距離が遠ざかったためか聞こえてこない。
「ちょっと待ちたまえ。
このあたりで少々時間をいただいてもよろしいかな?」
十字路を曲がって少し進んだところで銅野が4人の足を止めた。
誰からも異論を唱える様子がないので、
その場に座り込むと、辺りを翡翠色の閃光が一瞬包み込む。
ブツブツと自問自答するように独り言を呟き、
1分ほどして銅野は立ち上がった。
「どうやら犬養くんの言う通り、
敵は複数みたいだ。
3人のようだね。
それも固まって行動している」
再び走り始めた銅野たちの後ろに続きながら、
水岡は1つの懸念を覚えていた。
(1人目はあの大男だ。
そして、2人目はあの霧だろう。
じゃあ、3人目は……?)
その場の全員が3人目について、考えを巡らせる。
「今回の相手、私の能力じゃ対応が間に合わないと思う」
各々が思考を巡らせている中、
天花がある種の諦観のように切り出した。
(天花のコア能力はタイムラグがあって小回りが利かない。
ここぞというときの一発だな。
華憐さんのはある程度の霧を吹き飛ばすのには有効だけど、
もう一人の攻撃はおそらく防げない……
銅野さんは攻撃向きの能力じゃない)
水岡はこのメンバーの中で敵の攻撃を防げるのは、
犬養以外では自分しかいないと自覚した。
拳をより固く握りしめるとうっすらと額に汗が滲んでいるのがわかった。
「問題ない。俺がなんとかする」
平然と切り返した犬養の表情には、
いつもの粗雑さの中にどこか優しさが感じられた。
「それより、他に何か掴めた情報はないのか」
「いや、敵の人数とおおまかな位置だけだね。
距離は少し余裕があるがどう迎え撃つ?」
銅野は後方をちらりと見ながらみなに尋ねる。
先ほどから時折何かの光が点滅するように、
光っては消えてを繰り返している。
「この十字路で迎え撃つぞ」
先頭を走っていた犬養が急に立ち止まった。
水岡たちもつられて思わず足を止める。
「そうだな。それがいい。
ちょうど私も迎撃を提案しようとしていたところだ。
それに、一つ疑問が湧いたところだしね」
「角待ちか。ま、基本だよね」
銅野と天花にも背中を押され、
水岡たちの反撃が画策される。




