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エリートウォーズ  作者: 流山治満
スキルスティーラー編
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11/58

アジト

 ――水岡、自室にて


「あーあ、結局あんまり荷物を持ってこれなかったなあ」


 水岡は唯一持って来ることのできた、

 背負っていた大きなリュックを開けながら呟く。

 中を漁っていると、

 布の袋に入った携帯型のゲーム機を掘り当てた。

 余分な物はあまりないが、

 昔よく油井と遊んでいたゲーム機だけはなぜか持ってきてしまっていた。


(なんでこれを詰めたんだろうな)

 それと同時にあの日、油井を見かけたことを思い出す。

(あれは油井だったんだよな……?)

 だがそうだとして、なぜ何も言わず一瞥しただけですぐに去って行ったのか疑問だった。

 少なくとも、水岡は多少狼狽えたのだから。


(それは後だ。さっさと片付けを終わらせよう)

 水岡もまた今の状況に適応することに精一杯だった。


 一通り荷ほどきが終わると、

 水岡はベッドに寝転んでため息をつきぼうっと天井を見つめた。

 すると、急に体が震えてきて横になりながら丸まった。

 これは誰にも話すことのできず、

 生きるか死ぬかの出来事を1人で抱え込まなければならない戦いだということに、

 実感が追いついてきた。


 それからずっとベッドで丸まっていたが、

 とうとうその晩、水岡はほとんど一睡もできずに翌日を迎えた。


 翌朝、朝日がカーテンの隙間から差し込む中、

 眠れなかったことにより湧いてくる妙な高揚感と、

 これからでも眠るべきだという理性との間で迷いながらベッドで寝転んでいる。

 すると、ドアをノックする音がしたのでひとまず起き上がる。


 返事をしてドアを開けると、

 黒いルームワンピースを着た華憐が立っていた。

 朝っぱらから、それも寝起きに家族以外の女性と会うのは初めての経験で、

 水岡はなんだか気恥ずかしくなってきた。


「おはよう。その様子じゃ昨日はあまり眠れなかったみたいね」

「えへへ……まあ」

 確かに華憐は美人だが、

 普段とは違って朝には朝の色気があり、

 思わず挨拶を返すのを失念してしまう。


「これから朝ごはんを食べようかと思ってたの。

 一緒に行きましょう」

 水岡は返事をするとすぐに支度を済ませた。


 このアジトには食堂がある。

 部屋から歩いて5分ほどで大きな赤色の扉の前に着いた。

 扉を開けて中に入ると、

 既に各人がそれぞれいくつか並んでいるテーブルに着いて朝食を取っており、

 カチャカチャと音を立てている。

 ほんのりといい匂いがしてくる。


「使うのは初めてよね?」

「ええ」

 何か特別なシステムがあるのかと思ったが、

 特にそんな様子はなかった。

 部屋の奥にあるカウンターに進むと、

 横にある小さな4本足の立て看板にメニューが掲げてある。


 カレー、日替わりパスタ、日替わり定食、ライ麦パンとサラダの朝食セットとシンプルな内容だった。 

 今日の日替わりパスタはクリームパスタで、

 日替わり定食は鮭のムニエルとほうれん草とベーコンの卵炒めだ。


「おはよう、縞田さん。

 朝食セットをお願いします」

 食器のこすれる音がしているカウンターの向こう側に華憐が呼びかけると、

 ちょび髭を生やしたいかにもな恰好をしたコックが顔を出した。


「華憐か。おはよう。

 隣の君は噂の新入りだね。

 何にする?」

「じゃあ、カレーをお願いします」

「はいよ」 


 縞田は短く返事をすると、

 カウンターから見えない棚の死角へと消えていった。


「これを持って席に行くのよ」

 華憐はカウンターに置いてあった小さなブザーを持って水岡と一緒に席に向かった。


 席に着いて辺りを見回していると、

 コップとカップを持って華憐が戻ってきた。

 飲み物はセルフサービスのようだ。


「ありがとうございます」

 華憐から水の入ったコップを受け取りながら、

 自分が先に動くべきだったと少し反省する。


 もう1つ思い出したことがあり、

 華憐が座って紅茶に手を付けたときにそれを切り出した。


「華憐さん、あのときは突っ走ってすみませんでした」

 頭を下げる水岡に華憐は少し驚いて尋ねる。

「どうして……

 何を謝る必要があるのかしら?」

「あの戦いのとき、囮役になって走れるのはボクだけだって言いました。

 でも、本当は華憐さんの助けがないと死ぬところでした。

 生意気なこと言って本当にすみませんでした」


 水岡は立ち上がって再び頭を下げる。

 華憐は笑いながら水岡の頭をポンと撫でた。


「実際にあなたの足は速かったわ。

 それに、フォローをするのが年上の役割でしょ」

 水岡は顔を上げると、華憐に促されるまま座った。


「でもあのときね、本当はすぐにでも助けに行きたかったの。

 アジトの近くだったから、

 救援が到着するのにそんな時間はかからなかったわ。

 でも、あまりすぐだと敵に怪しまれてしまう。

 だからすぐには来れなかった」

 むしろ華憐の方が申し訳なさそうに俯いて話していた。


「あなたたちには悪いけど、

 敵に重大なヒントを与えることは避けなければいけなかった。

 本当にごめんなさい」

「なんで華憐さんが謝るんですか」

 他のテーブルにいる人たちからの視線が集まる。

 なんとなく気まずくなり、

 どうしたらいいかわからなくなってきたとき、

 机の上に置いていた小さなブザーが振動して音が鳴る。


「……取りに行きましょうか」

 ブザーの中央にあるスイッチを押して音と振動を鳴り止ませると、華憐は立ち上がる。

「そうですね」

 水岡もそっとついて行った。


 

 できあがった料理を持って席に戻ってくる。

 この時点でかなりいい匂いがしており、

 まともな飯を食べる機会のなかった水岡にはようやくありつけたご馳走だった。


 さっそく一口食べると、ほどよい辛さとコクのあるルーが身に染みる。

 空腹のせいだけでなく、それ以上に美味しい何かがあった。

 確かに今まで食べていたものとは明らかにレベルが違う。

 夢中でまた口へと運ぶ。


 気が付くと華憐がその様子を微笑みながら見ていた。

 少し気恥ずかしくなって食べる速度を緩めて周りをよく見ると、

 他に食事をしている者たち、

 とりわけ男連中はみなガツガツと勢いよく食べていた。


「これ……誰が作ってるんですか?

 プロの味ですよね??」

「そうよ。だってプロが作っているんだもの」

 水岡は怪訝な顔をする。

「縞田さんは元々レストランでシェフをしていたの。

 しかも三ツ星レストランよ」


「でも、どうしてそんな人が……」

 と、途中まで言いかけたところで、

 数カ月前に見た、とあるレストランで発生した集団失踪事件のニュースを思い出す。


「選定に遭ったんですね」

 水岡は目線を落としてテーブルの上のカレーに向けた。


「そんなに落ち込む必要はないわ。

 彼は美味しく食べてもらえることが一番の幸せなのよ。

 だからさっきみたいに美味しそうにもっと食べて、ね?」

 華憐は水岡に優しく言葉を投げかける。

 こくりと無言で頷いて再びカレーに手を付けた。


 一通り皿が片付いたところで、食堂を出る。

 午前中はアジトの周辺を華憐に案内してもらうことになっていた。

 準備のため一度別れて自室に戻ることにする。


 廊下を歩いていると、角から目つきの悪い男が出ていた。

 犬養である。

 その瞬間、あのときのことを思い出す。


 そもそも、犬養が勝手にいなくならなければ、

 危険な目に遭わずに済んだかもしれない。

 身勝手な行動をして周りに迷惑をかけることが、

 規律を重んじる部活動の中で過ごしてきた水岡には何より許せなかった。


「なんであのとき勝手にいなくなったんですか!」

 水岡は気が付くと犬養に掴みかかるかのような剣幕で詰め寄っていた。

 薄暗く長い廊下にその声が小さく反響していく。


「あ?なんだよ?」


 犬養はその鋭い視線を水岡に向けながら低く唸る。

 その目は敵を見るそれと同じだった。

 だが、水岡はひるまない。


「なんであのとき勝手にいなくなったんですか?

 そのせいで仲間が危険な目に遭うとは考えなかったんですか?」

 しかし、犬養はなぜそんなことを聞かれているのかわからないようだった。


「あ?だから猿渡ってやつは俺がやるって言っただろ?

 俺は言ったとおりに動いただけだ。

 てか、ちけーんだよ!」

 犬養は水岡を軽く突き飛ばしながら答えた。


「それがおかしいつってんだろ!!!」

 水岡は思わず掴みかかる。


「おい!お前らなにやってんだ!!」

 騒ぎに気付いた付近にいたメンバーがやってくる。

 やがて、2人は羽交い締めにされ、取り押さえられていた。

 周りには数人の人間が集まっている。


「チッ、離せよ。別に手を出しやしねえよ」

 おとなしくなった様子なので犬養は解放される。

 一方の水岡はまだ頭に血が上っているようである。


「次勝手なことしたら班から追い出すからな!!!」

 取り押さえられながらも吠え猛る水岡を背に、

 舌打ちをしながら犬養は去って行った。


 その後、その場にいたほかの人間に付き添われながら自室に戻った水岡はベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 なぜあんなに怒ってしまったのか少し恥ずかしくもなったが、

 決して自分は間違っているとは思っていない。


 ふと壁にかかっている時計を見て焦る。


「やべ、時間だ。華憐さんが待ってる」


 それから、1分もせずに身支度をして、

 華憐と待ち合わせているアジトの出口へと向かった。

 出口と言っても通れるような道があるわけではない。


「よう、遅かったな」

「すみません」

 待ち合わせ場所に着くと滝沢が声をかける。

 もう会うのはこれで三度目なので幾分か柔らかい対応になっている気がする。


「さあ、行きましょうか」

 華憐は気にもかけないようであった。

 この2人は先ほどの騒ぎのことは知らないようだ。


「掴まってくれ」

 滝沢が両腕を広げる。

 華憐と水岡がそれに掴まる。

 もうそろそろ慣れてもいい頃かもしれないが、

 水岡にはまだこの移動方法には苦手意識があった。


「よし、飛ぶぞ」

 滝沢が声をかけると、その場をジャンプした。

 そのまま高度は上がっていき、

 アジトを囲んでいる万里の長城のような大きな塀を飛び越えて、

 林の中にあるやや平坦な場所へと降り立つ。


「ここらへんでいいな」

 いつも通りの華憐と、少し顔のこわばった水岡の様子を確認する。

「じゃあ俺は戻る。時間になったらまたこの場所で合流だ」

 そう言うとすぐにまた大きく飛んでアジトへと戻って行った。


「うふふ。まだ怖いのね」

 華憐がいつもの調子で水岡をからかうように笑顔を向ける。


「だいぶ慣れてきたつもりです……」

 少し胃液が逆流して食道まで昇ってくるがなんとかこらえる。

 小学生の遠足の遊園地でひたすらジェットコースターに乗っていた油井が、

 8回目でついには嘔吐していたことを思い出す。


(まさか、今頃あのときの油井の気分を味わうことになるなんてな)

 自虐と懐古の念が混じった笑みを浮かべる。

 少し冷静になれた。

 それに勘付いたかどうかはわからないが、華憐は歩き始める。


 その後、ゆっくりと2時間程度かけてアジトを囲んでいる林を練り歩いた。

 遠目で見ると何の変哲もない林であったが、

 いくつか隠された目印と法則性があり、

 華憐が一つ一つ教えてくれた。


 アジト付近に通じる車道は林の外側にある国道から伸びた、

 細く途中で舗装が途切れた砂利道の一本しかなかった。


「ところで、これだけ目立つ建物なのにどうして敵は攻めて来ないんですか?」

「それは南禅寺さんのコア能力のおかげね」


 翡翠のペンタスの副官である南禅寺義和の能力は高レベルの隠蔽だった。

 だが、それがあったとしても、叶野曰く、

「相手のコア能力によっては簡単にひっくり返る」とのことだった。

 能力的には防御側となる翡翠のペンタスは後手に回っていると言わざるを得ない。


「だが、だからこそやりがいがあるじゃないか」

 叶野は不敵に笑いながらそう豪語しているという。



「確かに、よく考えられたアジトですね」

 水岡は少なくとも信頼に足る能力と人々の思慮があるので、

 ここの生活は安心してもいいと思えた。

 

 その後も何事もなく見学は終わり、華憐と昼食を取ったのであった。


 

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