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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第三十一話 依頼

「待て」



 気づけば吐息すら触れそうな距離に騎士服の女が立っていた。

 鮮やかな赤い髪を後ろで結い上げ、ポニーテールにしている。

 瞳もガーネットのような赤。

 肌の白さもあるだろうが赤い髪、瞳、唇が目を引く。



 シュウは慌てて後ろに飛び退いた。自分の刀に触れられる至近距離に接近されるまでこの女に気づかなかったことが信じられなかった。

 すぐに足を肩幅に開いて抜刀術の構えを作るといつでも動けるように刀を握る手に力を込める。



「お前、誰だ。どうやって此処まで近づいた」

「ふむ。私としては特別なことをしたつもりはないぞ。普通に歩いて近づいたのだがな」

「嘘つけ! あの距離に近づかれるまで俺が気づかないはずはない」

「うーむ。本当に特別変わったことをした覚えはないんだがな。君は随分殺気だっていたからなそのせいじゃないか?」



 シュウが言葉に詰まると赤い髪の女はバイエル将軍の方に向き直った。



「バイエル将軍。申し訳ありませんが彼らはアーベル将軍の客人です。今回はここまでで勘弁していただきたいのですが」

「ふん。儂は別に何かした覚えは無いがな」

「あまり彼を刺激しない方が宜しいかと。あれは少々手に余ると思いますよ」



 赤い髪の女はシュウに流すように視線を送る。



「これは言葉を疑いますな。アーベル将軍旗下、第二隊隊長、『氷角の魔女』と謳われるベルガ殿がただ一人の冒険者を恐れると。隊長格がこれではアーベル将軍大隊の実力も知れるというもの」

「全くですな」



 バイエル将軍の取り巻きたちが笑い声を上げるが赤い髪の女とバイエル将軍は互いの視線を交差させたまま表情が変わらない。

 次第に取り巻きたちの笑い声も尻すぼみになり、消えていった。

 赤い髪の女の目はバイエル将軍に問いかけていた、「あなたは彼の剣を防げたのか?」と。



「申し訳ありませんが時間も押していますのでここまででお引き取りを」

「……行くぞ」



 そう言うとバイエル将軍は困ったような表情を浮かべる取り巻きたちを引き連れ、去っていった。

 一度だけシュウの方に視線を向けたがほんの僅かだったために誰も気づくことはなかった。





「ふぅ。全く、肝が冷えたぞ。遅いので様子を見に来てみればまさかバイエル将軍本人に噛みついているとは思わなかった」

「ありがとう、ベルガ。助かりました」



 二人の声を聞きながらシュウはゆっくりとした足取りで戻ってきた。

 そしてベルガと呼ばれた少女に視線を向ける。

 背は女性にしては高く、おそらく百七十センチ前後。この世界の男としては小柄に入るシュウと殆ど差はない。

 髪、瞳、唇と艶やかな赤であるために白い肌の色との対比でいっそう目を惹く。

 そして何よりしっかりと軸が作られたその身のこなし。

 余程修練を積んでいるのが普通の動きからでも分かる。

 相当出来るな。それもおそらくリーチのある武器、槍かハルバード、もしくは……。

 そこまで考えたところで相手の頬がうっすらと赤く染まり、恥ずかしそうに身を縮めていることに気づく。



「な、何というかな。私も女なのでな、そんなに見つめられると恥ずかしくなるぞ」

「シュウ、いくら何でも失礼ですよ」



 気づかぬうちに見つめてしまっていたらしい。

 シュウは決まり悪げに頭をかくと謝罪した。



「あー、すまない。別に変な意味はないんだ」

「うむ。気にしていないぞ」

「そうか。俺はシュウ。好きに呼んでくれて構わない。さっきは助かった。ありがとう」

「私はベルガ=クラウゼン。アーベル=クラウゼン将軍の下で騎士として働いている。宜しく、シュウ」



 そう言って握手を交わす。思った通り、女性特有の柔らかさに混じって手には幾つもの固い肉刺(マメ)ができていた。

 普段から休むことなく鍛錬を続けていなければここまでの肉刺はできない。



「アンタは良い戦士だな」

「ん?」

「手のひらが固くなって、肉刺が出来てる。毎日欠かさず鍛練を続けていなければこうはならない」



 この手からは確かな努力の跡が見て取れた。貴族嫌いのシュウからしても素直に感心できるほどベルガと名乗った少女は努力を重ねているのだと分かる。



「得意な得物はハルバード……いや、槍か?」

「ほう。良く分かったな」

「優秀な武人は普段の動作に武人としての動きが現れる。アンタの動きはリーチのある武器で斬ることよりも突くことに比重が向いてる感じがする。そうなると槍位しか俺には思い浮かばない」

「……私はシュウから何も感じないが……」



 ベルガはそう言ったところで気づいた。いくら何でも感じなさすぎる。

 使っている得物はともかく、相手の動きが武術に心得があるのか、そうでないのか位の判断は付く。しかし目の前に立つシュウからは良く分からないのだ。

 達人のようでもあるし、ズブの素人のようにも感じられる。



「……もしかして、動きを隠しているのか?」

「ああ。俺は個人(ソロ)の冒険者だからな。相手に動きを読まれるのは戦闘での危険性を上げる。だから普段は意識して隠すようにしているんだ。まあ、完全とはとても言えないがな」

「あの……」



 感心したようなベルガにミリアリアが控えめに声をかける。



「あ、すまない。ミリアリア。つい話し込んでしまった」

「いえ、ベルガが武術に眼がない戦闘おバカなのは昔からですから」

「むぅ。なんだか棘のある言い方だな」

「当然ですよ」

「二人は知り合いなのか?」



 拗ねたように頬を膨らませるベルガを見ながらシュウが問いかける。

 二人の間の空気は友人のような気安さがあった。

 他人に対して壁というか、一定の距離を保って接するミリアリアには珍しく、自分から冗談とはいえ貶しにかかっている。

 普段のミリアリアからは想像できない姿だ。



「はい。ベルガとは魔法学院の同級生なんです。わたくしは公爵という立場上、どうしても周囲に利益を得ようとする人が集まりやすいものですから」

「私はあまり人付き合いが得意ではなかったからな。当時は随分ミリアリアに助けられたよ」



 人付き合いが苦手なベルガに最高位の貴族であったために純粋な友人関係が作りづらかったミリアリア。

 二人が友人関係になるのはある意味で必然に思えた。



「あと不思議と女友達は出来なかったな」

「そうですね。何故か周りの女性たちからは避けられていたように感じましたし。ベルガには女性のファンはたくさんいましたけど」

「あまり言わないでくれ。気にしてるんだぞ」

「ふふ。申し訳ありません、ベルガ」



 二人の暢気な話にシュウは女の同級生たちに同情した。

 ベルガもミリアリアも絶世のと表現してもおかしくない容姿の持ち主だ。

 ベルガの人目を引く華やかな美しさに、ミリアリアの目を逸らせば消えてしまいそうな儚い美しさ。この二人と友人関係を作ることは常に二人と比べられることを意味する。

 シュウは少なくとも自分なら確実に遠慮する、などと考えていた。



「まあ、立ち話もなんだ。続きは歩きながら話そう」



 ベルガは案内役の騎士に此処までで良いというような指示を出すと、先頭になって歩き始める。

 彼女の隣にミリアリア、その後ろにガイラと並んで続く。

 ガイラは主君の思い出話に完全に聞き役に徹しており、後は任せたと視線で言われた。

 まあ、年の離れたオッサンにはきついかも知れないが正直男のシュウにもこの二人の相手をするのは気が疲れる。



「今日は呼び立ててすまなかったな」

「いえ、アーベル将軍には何かとお世話になっていますから」

「いや、お爺様の我が儘には困ったものだよ。まあ、私としても興味はあったんだがな」

「そう言えば、クラウゼン殿は将軍と家名が同じだが身内なのか?」

「ベルガで良い。あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ」

「……分かった。それでベルガ、どうなんだ?」

「ああ。アーベル=クラウゼン将軍は私の祖父だ」

「『天剣』、アーベル=クラウゼンか……」



 今まで沈黙を保っていたガイラがぽつりと漏らした。

『天剣』アーベル=クラウゼン。

 生まれは子爵でありながらその実力を買われ、将軍にまで抜擢された英傑。

 その実力は大国すらも無視できず、過去に幾度となく引き抜きの勧誘があったらしい。

 既に肉体の全盛期は過ぎているものの未だ実力は健在であり、平民、貴族関係のない実力主義の登用で人気も高い。



「将軍にはわたくしも随分お世話になりました」

「お爺様もミリアリアを実の孫のように可愛がっておられるからな。今日も必ず連れてくるように念を押された」



 ベルガも苦笑混じりだ。

 話を聞く限りでは好々爺といった印象だが実力は一級品だろう。

 後学のためにも一度手合わせしてみたいものだ。



「ここだ」



 通路を抜け複雑な城内を進むと大きな木製の扉がついた部屋の前で止まった。

 成金趣味の貴族のような派手な装飾はない。だが落ち着いた色合いの木製の扉は不思議な重厚感を演出している。



「将軍、エーデル公爵と護衛の方をお連れしました」



 数回ノックをした後にそう声をかけると、中から「入れ」と返答が返ってくる。開いた扉から最後に中に入ると銀髪を綺麗に短く刈った男性が椅子から立ち上がるところだった。



「ご苦労。ミリアリア殿もガイラ殿も久しいな」

「はい。お久しぶりです。アーベル将軍」

「ご無沙汰しております」



 軽く挨拶を交わす二人に対してシュウは沈黙を保ったままだった。

 いや、そんな余裕がないと言った方が正しい。


 一目で分かる。

 この男に自分は剣では叶わない。

 この男を例えるのであれば「鋼」だ。

 極限にまで鍛え上げられた肉体。無駄という無駄ををそぎ落とし、ただ剣を振ることだけに特化した肉体。

 細められた眼はまるで猛禽の眼ような鋭い光を宿し、全身から溢れ出る威圧感が容赦なくシュウを襲う。

 そして何より武術的な所作を隠そうとする姿から理解した。この男は自分と同種だ。

 ただ騎士の誇りがどうと謳うお綺麗な騎士様ではない。戦闘というものを良く理解し、勝利のためにあらゆる手を使う。

『騎士』というよりも『兵士』の属性。

 無意識にカラカラに渇いた喉に唾液を送る。

 経験の差、技量差、そして背負ってきた物の差、おそらくシュウが叶うものなどなに一つない。だが、端っから勝負を諦めるなどという選択肢は持ち合わせていない。

 シュウも剣士と言うよりも「兵士」の属性。

 剣も使えば、他の武器も魔術も、必要とあれば罠も騙し討ちも使う。勝利のためだけに己の力を全力で発揮できる。



「ほう。随分若いと思ったものだが、その年に似合わぬ経験を積んできているようだな」

「アンタと比べれば大したことはない。『天剣』アーベル=クラウゼン将軍」

「相手との技量差を理解した上でなお闘志を沸き立たせるか。うむ、良い。主のような骨のある若者は久しぶりだ」



 アーベル将軍は満足そうに肯くと鋭い眼光をシュウに向けた。



「アルメダ王国将軍兼護衛騎士団団長、アーベル=クラウゼンだ」

「シュウ、冒険者だ。生憎肩書きはない」

「構わんさ。堅苦しい敬語も不要だ」



 そう言うと全員に部屋の中にあるソファを勧める。

 ミリアリアとアーベル将軍が向かい合わせに座り、その背後にベルガ、ガイラ、シュウが立つ。

 アーベル将軍とミリアリアが簡単な挨拶を済ませると、アーベル将軍はすぐに本題に入った。



「シュウと言ったか。まずは陛下を助けてくれたこと、礼を言う」

「止してくれ。アンタには悪いが俺が助けたのはミリアリアだ。国王はついでに助かったに過ぎない」

「それでもだ。君が瘴魔種(タイプ・デーモン)に力を使ってくれなければまず陛下は助からなかった。孫も親友を失っていただろう」



 シュウは驚いてミリアリアを見る。

 瘴魔種(タイプ・デーモン)や『魔人兵』のことを言われるのは完全に想定外だった。



「シュウ、彼らは信用できます。それにあなたにとっても有益な協力者となるはずです」

「だがな」

「ミリアリア殿を攻めるのは止めてくれ。無理言って聞き出したのは私だ」



 シュウはアーベル将軍に視線を戻した。



「君の秘密は守ると約束する」

「それを鵜呑みに出来ると思うのか?」

「だろうな。であるなら互いに条件を付けよう」

「条件?」

「君の秘密が明るみに出そうになったときは私が全力を持って隠蔽しよう。変わりにもし、この国に脅威が迫ったときは君の力を貸してもらいたいのだ」

「協力関係、と言うことか」



 シュウは考えを巡らせる。

 万が一の場合に情報の隠蔽が出来る手段があるのは確かに心強い。

 人前で『魔人兵』としての能力など使うつもりはないがそれでも備えがあることに越したことはない。

 逆にシュウが提供出来るのは戦闘能力くらいだ。それに高位の貴族と繋がりが出来るのも悪くない。



「分かった。それで手を結ぼう」

「そうか。では早速だが一つ依頼を頼みたい」

「依頼?」



 アーベル将軍は頷くと一つの資料をシュウに手渡す。



港町(アクアポート)に行った経験はあるか?」

「ああ、過去に何度か」

「ならば話は早い。実は最近、港町(アクアポート)で魔物が活発化しているという情報が入っているのだ。シュウ殿には孫のベルガと共にそれの調査に行って貰いたいのだ」



 シュウが手元の資料を流し読むと、主に海洋関係の魔物が港町(アクアポート)に多く出現するようになり、貿易船等に少なくない被害が出ているらしい。



「知っての通り、アクアポートからは多くの貿易品を仕入れている。あまりに騒ぎが続くようならこの国の経済自体に大きな打撃を与えかねん」

「了解した。だが彼女と一緒に行かなければいけない理由を聞いても良いか?」



 そう言ってベルガに視線を向ける。

 シュウとしてもベルガの同行に不満があるわけではないが、将軍自らが孫娘に同行を命じたことを疑問に思ったのだ。

 女連れだと絡まれそうで面倒くさい――等と考えていたわけではない。



「うむ、そうだな。一言で言えば身分証明と調査役か」

「身分証明と調査役?」

「そうだ。今回は儂からの直接依頼ということを証明する役割と君の実力を計ることを目的としてベルガを同行させる」

「……俺の実力は信用できないと?」



 剣呑な光を宿すシュウの鋭い視線に晒されながらもアーベル将軍の表情は一ミリも変わることはなかった。



「儂は自分の目で見た物しか信用せん。本来であれば、儂が同行してでも実力を見極めたいものだが役職上それは出来ん」

「だから孫に実力を計らせると?」

「ベルガは身内の贔屓目を除いても信用にたる戦士。ベルガが認めるのであれば儂も文句はない」



 そのまま無言で睨み合うような二人。

 しかし先に表情を崩したのはシュウ。

 その口元には小さな笑みすら浮かんでいた。



「了解だ。自分の目で見た物しか信用しないというのは大いに同意する。そういうことなら問題ない」

「……ふむ。少しは気分を害されるかと考えていたんだがね」

「相手の力量を把握したいと考えるのは戦士としてなら当然だ。寧ろそうでないなら俺の方から協力を断るところだよ」

「アハハハハハハ!!」



 突然声を上げて笑い始めたアーベル将軍に信じられないような物を見た表情のベルガとミリアリア。

 アーベル将軍は暫く笑い続けた後、シュウの前に手を差し出した。



「良いな! 貴様は聞いていた以上の男だ。よろしく頼むぞ」

「ああ。此方こそよろしく頼むよ、アーベル将軍」



 シュウは差し出された手を取ると二人は固い握手を交わした。


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