第三十三話 商人との遭遇
シュウとベルガはアルメダ王国を出発すると馬を北に走らせる。
依頼のある港町までは夜営をしながら馬の足で五日ほど。
従軍経験があるベルガと冒険者として生きてきたシュウは野宿など特に問題なかった。
馬上から感じる乾いた風が頬を撫で、髪を梳いていく。太陽が照りつけてはいるが特に熱いと感じるほどではなく、暖かい日差しが気持ちいい。
シュウの服装は先日ミリアリアから贈られた魔術補助のための術式が内側に描かれた黒のロングコート。表面上は表に赤いラインが幾つか入っている普通のコートにしか見えない。
そしてベルガの服装はアルメダ王国統一装備の騎士服ではなく、レーザーアーマーの所々を金属で強化した物の上から灰色のフード付きの外套を着込んでいる。
全体的に地味目な装いだがベルガが持つ華やかな美貌との対比で一層目を惹かれてしまう。
当初、ベルガは普段通りの騎士装備で出発使用としたのだがシュウが待ったをかけた。
騎士というのは非常に目立つ。
夜盗などの犯罪者を威圧する目的があるため、普段であれば問題ないが、今回は調査依頼。情報収集のためにも不要な注目を浴びるのは避けたい。
この話をベルガにしたところ、反対されるのは覚悟の上だったのだがあっさりと受け入れられた。
拍子抜けし、理由を聞いてみると「今回はシュウが助言役とお爺様に言われているのだ」とのこと。
……確かに助かるのだが準備の良さに不吉な感じがしないでもない。
と言ったように今の服装ではシュウとベルガはペアの冒険者にしか見えない。少なくともベルガを騎士だと疑う者はいないはずだ。
「そう言えば、ベルガはアクアポートに行ったことはあるのか?」
「いや、初めてだ。だが話は聞いたことがある。多くの船が出入りする非常に活気がある町だと」
「……まあ、そう言えなくもないか」
「なんだ? 引っかかる物言いだな。違うのか?」
「活気はあるんだろうけど、あんまり治安が良いとも言えないんだよな」
「ふむ? 荒くれ者どもでもいるのか?」
「町を利用する者の大半は冒険者や入港してきた船の水夫なんだ」
ベルガは得心がいったと言ったように何度も頷いた。
「なるほどな。確かに水夫は乱暴な者も多いと聞く」
「正直、俺もベルガも若い。絡まれる可能性が十分ある」
「うん? シュウはAランク冒険者なのだろう? だったら絡まれても問題ないのではないか?」
「俺みたいな若いのがAランクだと逆に侮られる可能性がある。水夫たちは冒険者のことをそこまで詳しく知っている訳じゃない。それに今回はアンタもいる」
「私か?」
「ああ。女を連れて歩くとなると絡まれる可能性が上がる。まして……」
「アンタみたいな美人だと特にな」という言葉は飲み込んだ。
流石に正面切って女性に美人などと言うのは気恥ずかしい。
黙り込んでベルガに視線を向けると何故か馬上で笑みを浮かべていた。
「何だよ」
「いや、すまない。ミリアリアから聞いていた通りだと思ってな。つい笑ってしまった」
シュウはしかめ面を作った。
何を言われているのか非常に気になるところだが逆に聞きたくない気もする。
ムスッとして表情で前を向くとベルガがたまらず吹き出した。
「怒るな、怒るな。ミリアリアは君を褒めていたぞ。強くて頭が切れるとな」
「他にも何か言ってただろ」
「うむ。不器用でお人好しだとな」
「アハハハ」と声を上げて笑うベルガに釈然しない感情がわく。
俺は本当にお人好しか? 確かに何度か言われたことはあるが自分でそうだとは思わないんだが。
「今、自分はそうじゃないと考えているだろう。最初に絡まれると言いつつ私の心配をしていた時点でシュウは十分お人好しだ。普通なの冒険者ならそこまで気は回さないさ」
「そうか? 懸案事項はパーティーで共有するのが普通だろ?」
「それが正式なパーティーならな。臨時のパーティーなら冒険者は他人のことよりまず自分の事を考えるものだ。あくまで絡まれたとしてもそれは自己責任だからな」
確かにその通りだが
「だが心配してもらうというのは意外と新鮮だな。普段私はされるというよりする側だからな」
「まあ、分からなくは無いけどな。確かにベルガは強いが、それでも女の子だろ? そういった類の心配はして当然だと思うが」
確かに凛々しいと言った表現が似合うベルガはお姫様というよりは王子様タイプだ。
彼女が剣片手に捕らわれのお姫様を救い出す勇者役だとしても全く違和感がない。だがそれでもやはりベルガは女性なのだ。相応の配慮を持つのは当たり前だと思うが。
「まあ、女性にしては男前だけどな」などと失礼なことを考えていると、ベルガが驚いた表現で固まっていた。
「な、どうした? 俺、何か変なこと言ったか?」
「あ……いや。何でもない」
「そ、そうか」
それっきり二人して黙り込む。
妙な空気が二人の間を支配していた。
シュウは視線だけ動かしてチラリとベルガを盗み見る。
俯いていて表情は見えなかったが、真っ白な頬や首筋などがうっすらと赤く染まっているように見えた。
照れてんのか? いやそんなわけ無いか。
日頃から美麗文句を並べ立てる男の貴族を相手にしているなら褒め言葉など日常茶飯事だろう。
少なくとも口下手なシュウが女の子扱いしたくらいで赤くなるとは考えにくい。
シュウは理由を考えるが特に納得のいくものは思いつかなかった。
妙な空気のまま互いに沈黙を守って先を進む。
するとシュウの耳にかすかに人の悲鳴のようなものが飛び込んできた。
急いで感知魔法で辺りを探ると感知魔法の感知範囲ギリギリに人間の反応があった。
「ベルガ」
「なぅ、な、なんだ?」
何故か動揺しているベルガを不思議に思いながらもシュウはそれを表には出さない。
「この先に人の気配がある。感知魔法で探れないか?」
「わ、分かった」
広範囲での感知魔法は魔法の才で劣るシュウには荷が重い。
純粋な魔術師としての力量ならベルガのほうが遥かに上だ。
ベルガは先程までの態度が嘘のように表情を引き締めると感知魔法を発動する。確かにシュウが言った通り、複数の人間の反応を掴んだ。
「いたぞ。馬車と数人の者たちが取り囲まれてる」
「数は?」
「待ってくれ……十五……いや三十人だ」
シュウは荒々しく舌打ちした。間違いなく盗賊だ。
それにかなり数が多い。三十人規模で襲撃してきたのなら間違いなく大きな盗賊団だろう。
下手をすれば相手側に魔術師がいる可能性もある。
二人だけならともかく、襲われている者たちを庇いながら戦えるかは微妙なところだ。
「助けにいくぞ」
「良いのか?」
「私は騎士だぞ。民を見殺しに出来るものか」
そう言うが早いがベルガは一気に馬を走らせる。
慌てて後を追うがベルガで方が騎士であるだけあって馬の扱いに長けているのかぐんぐん離される。
すぐに取り囲まれた馬車と複数の男たちが視界に入った。
何人か血を流して倒れており、馬車を背に庇うようにして三人の冒険者が盗賊たちの攻撃を捌いている。
だが相手の方が数が多く、防戦一方。既に身体のあちこちに小さな傷が幾つも出来ている。
「援護する!」
ベルガはそう叫ぶとすぐに愛用の槍を取り出し、騎乗したまま突っ込んでいく。
速度の乗った突きを盗賊の背後から心臓めがけて突き入れると、すぐに引き戻し続いて槍を矛のように振るい、二人の首を切り裂く。
「援軍だと!? 女の槍使いだ! 強ぇぞ! 気をつけろ!」
ベルガに気づいた盗賊たちも慌てて武器を構え襲いかかるが、彼女の動きは止まらない。
槍をまるで手足のように扱うと敵の攻撃を弾き、反撃に穂先での刺突、槍全体での振り回しによる打撃を見事に使い分け、周囲に盗賊たちを近寄らせない。
絶えず止まらず槍で攻め続ける姿は美しく、戦場であることを忘れてしまいそうな魅力があった。
「今だ、押し返せー!」
ベルガがに人数が割かれたことで冒険者たちへの負担も減り、次々と盗賊たちを押し返し始めた。だが相手の方がまだ圧倒的に数が多い。
シュウは状況を確認すると馬から降り、馬車を迂回するようにして盗賊たちの背後に回り込む。
正々堂々正面からなど有り得ない。背後から一撃で相手を仕留める。
シュウは隠蔽魔法、幻影魔法を同時に展開すると敵の死角から一気に距離を詰める。
今回は殲滅よりも援護に従事する。
ベルガという重量級(騎乗騎士)がいるなら攻撃力は問題ない。自分は戦闘を優位に進められるように援護に徹すればいい。
右手にコンバットナイフを持つと、左手でスローイングナイフを投擲。
高速で飛んだナイフは盗賊たちの足や腕に突き刺さる。
「ぎゃあ!?」
「なんだ!?」
「伏兵だ! 後ろに気をつけろ!」
振り向こうとした盗賊の心臓に力の限りナイフを突き立てる。
手に伝わる肉を貫く感触に顔をしかめるが、刺された相手は即死だ。
その後も首筋、手首、心臓などの急所を狙いつつ、投擲用のナイフで残りの盗賊たちを牽制していく。
シュウの正確な投擲術は確実に相手を貫き、ベルガの騎乗突撃で命を刈られていく。
最初は士気の高かった盗賊たちも加速度を増してその数を減らしていく。
シュウたちの参戦から十分、それが盗賊たちの限界だった。
「だ、だめだ! 逃げろ!」
「嫌だ、助けてくれ!」
「死にたくねぇ!」
「撤退だ! 撤退しろ!」
一人が逃げ出すと戦線はあっと言う間に瓦解した。
傷の少ない十人少しの盗賊たちが一目散に逃げ始める。
追撃をかけようと冒険者たちが武器を構えたところでベルガが待ったをかけた。
「後は任せてくれ」
ベルガは右手を前に突き出すと静かに詠唱を始める。
魔力が彼女の体内を駆け巡り、氷属性となって辺りを浸食し始める。
更に詠唱が進むと周囲の気温が下がり、空中に生じた氷の小さな粒が光を反射。ベルガを中心に少しずつ風が渦巻き始めた。
「氷霜の吹雪!」
ベルガの右手の先に魔法陣が展開するとそこから莫大な威力の竜巻が生み出される。
ただの竜巻ではない。竜巻内に幾つもの氷や雪の欠片が見て取れる。
竜巻が光を反射して輝く姿は幻想的だがその威力には空恐ろしいものを感じる。
シュウは余波で生じた風のあまりの冷たさに背筋が凍りついたように感じた。
本能的な恐怖すら感じさせる吹雪の竜巻はまるで蛇のようにうねりながら盗賊たちに向かうと、背後から全員を飲み込んだ。
風で切り裂かれ、氷の魔力で骨の芯まで凍りつく。
悲鳴も怒声もなく、ただ静かに盗賊たちは全員その命を終えた。
戦闘が終わると互いの挨拶を後回しにして後片付けに入る。
シュウや他の冒険者たちは討伐証明として盗賊たちの首を集め、水の高位魔術師であるベルガは治癒魔法で負傷者を治療していく。
普通であれば重傷で死を待つしかない者たちもベルガのお陰で何とか一命を取り留める。
粗方片づけ終わると馬車の護衛と思しき冒険者たちがシュウとベルガに近づいてきた。
取り分け体格の良い両手剣を装備した冒険者が代表して話し始める。
「助かった。アンタたちのおかげだ」
そう言って右手で順番に握手を交わす。
「俺は『草原の狗』のリーダー、アルノルフだ。アンタたちがいなけりゃ俺らは全員此処で死んでいた。しかもけが人の手当までしてもらって、感謝する」
「シュウだ。気にしないでくれ、冒険者は持ちつ持たれつだろ?」
「ベルガだ。シュウの言う通りだ。気にする必要はない」
更に感謝を述べてくるアルノルフに気にするなといった旨を伝えつつ、彼の後ろに控えていた細剣使いと盾を装備した片手剣使いとも順番に握手を交わす。
「悪いが付いて来てくれるか? 俺たちの雇い主に紹介したい」
アルノルフはそう言って馬車に向かって歩いて行く。シュウとベルガもすぐその後に続いた。
因みにアルノルフ意外の『草原の狗』のメンバーは盗賊たちが使っていた馬車に向かっている。
今回の被害の穴埋めのためにも多少でも財産があるなら回収したいとのこと。
「ベルトラムさん。もう良いぜ。降りて来てくれ」
馬車の荷台から姿を現したのは商人風の衣服を身にまとった四十過ぎと思われる男性だった。
やや長髪気味の髪を後ろで束ね、眼光は鋭いが顔には無精髭が浮いている。
シュウは何となくやつれているような印象を受けた。
「サラン商会会頭のベルトラムさんだ。俺たちの専属雇い主でもある」
「シュウだ」
「ベルガと言います」
「ベルトラム=サランだ。最近Aランクに上がられた冒険者のシュウ殿と、宮廷魔術師のベルガ=クラウゼン殿だな。今回は助けていただいたこと感謝する」
この発言にはシュウもベルガも驚いた表情を浮かべた。
「俺たちを知っているのか」
「商人にとって情報は最大の武器だ。高位冒険者と宮廷魔術師程度、知らなくては王都で商人などやっておれんよ」
そう言って握手を交わす。
挨拶も適当なところで切り上げるとシュウは今回のことについて聞いた。
話をまとめると馬車二台の護衛としてベルトラムが雇ったのがBランク、『草原の狗』であり、シュウたちと同じくアクアポートに向かう途中で襲撃を受けたらしい。
「サラン商会の会頭ともあろう方がたったこれだけの冒険者で移動を?」
「お恥ずかしながらこの街道の治安が良いことに油断しておりまして、不覚を取った次第です」
ベルトラムはいかにも悔しそうな表情を取ったがシュウには何か腑に落ちない。
アルメダ王国でも一位、二位を争う大商会の会頭がそんな浅慮なことをするだろうか?
少なくとも大商会の会頭であれば普段から命を狙われることはあるはずだ。
それなのに治安が良いとはいえたった五人しか冒険者を雇わないなどあり得るのか?
シュウは何か事情があり、少人数の護衛しか雇えなかったのではないかと思った。
「そこで提案なのだが、アクアポートまで護衛を引き受けて貰えないだろうか? 勿論謝礼は弾ませて貰おう」
「私としては問題ありま「駄目だ」」
ベルガ言葉を遮るようにシュウが言い放つ。
「ベルトラムさん。アンタの話は腑に落ちない点が多い。申し訳ないが納得できない以上、護衛など引き受けられない」
「……良いのですかな? 宮廷魔術師が冒険者一人をお供にアクアポートへ行くなど何か緊急の用事があるのでは?」
言外に「アクアポートに宮廷魔術師が訪れることをバラすぞ」と脅すベルトラム。
正直言ってバラされたとしても罰せられる訳ではないがサラン商会の会頭が情報を流すとなればシュウたちは間違いなく注目を集めることになる。
先のことを考えればそれは得策ではないがここで相手に主導権を握られるのも面白くない。
「なら俺は王都にサラン商会会頭が不在であると情報を流す」
「っ」
ベルトラムが僅かに奥歯を噛みしめたのをシュウは見逃さなかった。
やはり今回、アクアポートへ行くことは周囲には秘密であったらしい。
大商会の会頭にしては連れている護衛の数が少なかった事から薄々そうではないかと思っていたが当たりのようだ。
ベルトラムの顔にははっきりと迷いが感じられた。
「旦那、申し訳ないが話しておいた方が良いと思う。もし次襲撃に会えば俺たちだけでは対処しきれない。それに相手は貴族様に高位冒険者なんだろ? だったら旦那を強請ったりするような汚い真似はしねぇだろう」
「ベルトラム殿、聞いたことは誰にも他言しないと騎士の誇りにかけて誓おう。だから話してもらえないだろうか」
「クラウゼン殿。……分かりました」
アルノルフは「じゃあ、俺は仲間の手伝いに行って来っから」とその場を後にした。
どうやらベルトラムに対して気を使ったらしい。
シュウとベルガは椅子に座り直すと佇まいを直す。
ベルトラムは少しの間迷った後、意を決して話始めた。




