第三十話 一触即発
見上げた先にあるのは白亜のガレトレイブ城。
空は雲一つ無い青空。青い空と白い城が絶妙なコントラストを描いている。
シュウはミリアリアとの約束通り王城を訪れていた。
普段であれば平民が王宮の中に入るなど叶わないのだが今日はミリアリアの付き添いとして特別に許可が下りている。
「凄いな」
口から思わず純粋な感嘆の声が漏れる。
城の大きさもさることながら、城の先端から末端まで白一色で統一された美しさにシュウは目を奪われる。
元の世界でもこれほど美しいと感じる建物は記憶にない。
日本の建造物は地震への備えとして強固に作られるため、西洋のような複雑な装飾が施しにくいといった事情がある。
元の世界にいたときは海外旅行の経験などなく、此方の世界に来てから西洋風(?)の建物を目にした。
遠くから眺めるのと近くから見上げるように見るのとでは美しさの感じ方も段違いだ。
「ふふ。そう言っていただけると嬉しいですね。わたくしたち貴族にしてみてもガレトレイブ城の美しさは誇りですから」
「確かにそうですな。私も何度見てもこの城は美しいと思いますからな」
小さくも魅力的な笑みを浮かべるミリアリアに同意するガイラ。
今回はガイラがミリアリアの護衛として同行している。
最初は副長のクリフが同行を申し出たそうだが相性が悪いと言うことで反対され、変わりにクリフよりも階級が高いガイラに白羽の矢が立ったらしい。
少々申し訳ない気がしないでもないが、此方としてもありがたい上に毎度突っかかってくるのは向こうの方なので諦めて貰うほか無い。
警備と思われる騎士たちに見送られながらシュウはミリアリアの後に続いて城の中に歩を進める。
中は外と打って変わって煌びやかな美しさを放っている。
水晶で出来たシャンデリアに大理石と思われる壁や床。
所々に花や額に入れられた絵が飾ってあり、美しさに拍車をかけている。
当然床には赤い絨毯が通路の果てまで敷かれている。
産まれも育ちも庶民である自分からすると何とも居心地が悪くてしょうがない。
案内役の騎士に連れられ、通路を進む。
騎士の背中からはありありと緊張が感じられる。
間違いなくその原因は目の前を歩く白く美しい少女であり、その歩き方からも気品や高貴な者独特の雰囲気が感じられた。
普段はケーキ一個にはしゃぎ、体重やウエストを気にしている者と同一人物だとは思えない。
因みにミリアリアは全く太っていない。寧ろどこにそれだけのケーキが入るのかと思うほど白のドレスで締め上げられたウエストは細い。
あくまで甘い物を食べた後の女性特有の反応であり、シュウもそれ程気にしていない。
そんなことを考えていると目の前に見下ろす形でミリアリアの真っ白なうなじが目に入った。
彼女は全体的にショートカットではあるが、後ろの髪だけを長めに残し、結い上げている。
肌がうっすらとピンク色であることまで分かり、シュウは何だか後ろめたくなって視線を逸らした。
「しかし坊主も災難だな。あの将軍に目を付けられるとは」
ガイラがあまりにタイミング良く話しかけてきたためにシュウは思わず跳び上がりそうになった。
「な、何が?」
「アーベル将軍に目を付けられたことがだ。苦労するぞ」
「その将軍は平民が嫌いなのか?」
動揺を押し隠し、平然と話すシュウ。
「いや寧ろアーベル将軍は平民、貴族問わず実力があれば登用される。彼の騎士団には平民出の騎士も多い。良い意味で貴族らしくない方だ」
「じゃあ、苦労するとはどういうことだ? 話を聞く限りじゃ悪い人じゃなさそうだが」
「何というか。強い者に眼がないというかな。強い奴が現れるとなりふり構わず手合わせをしたがる方なんだ」
シュウは嫌な顔をしてミリアリアを見た。
此方の声は聞こえているはずだが毅然とした態度で歩いており、振り向く様子はない。
ミリアリアの顔を伺い知ることは出来なかったがまず間違いなくどんな顔かは予想がついた。
此処に来てどうしてこの間ミリアリアがあれほど気まずそうにしていたのかを悟った。
はめられた!
既にどうしようもないが叫ばずにはいられなかった。
どうしたものかと頭を悩ませていると進行方向から熊のような大男が数人を引き連れて歩いてくるのが見えた。
強面の顔にスキンヘッド。
赤子なら間違いなく泣き出すほどの強面に綺麗に剃られたスキンヘッドとぱっと見ると、そっち方面の職業の人間にしか見えない。
全身は服の上からでも分かるほど鍛えられており、その身のこなしからも一流の武人であることが伺える。
引き連れている男たちも豪華な衣装に反して持っている雰囲気といい、身のこなしといい、相当戦えることが分かる。
「これはこれはエーデル公爵」
「バイエル公爵。お久しぶりです」
丁寧に頭を下げるミリアリア。
彼女が礼を払っている姿からもかなり高位の貴族だとは感じていたがまさか最高位の公爵だとは予想の範囲外だ。
「今日は訓練でしょうか?」
「ええ。部下たちと汗でも流そうかと思いましてな」
「そうですか。バイエル将軍が参加されるとなると騎士たちの士気も上がることでしょうね」
「ハハ。それほどのこともありますまい」
「ご謙遜を」
終始にこやかに話すミリアリア。
どう見ても美女に襲いかかろうとする野獣だが思った以上に紳士的な人物であるようだった。
同じ公爵位だとしても年若い筈のミリアリアに偉ぶったような態度は取らず、同格の人間として扱っている雰囲気がある。
イメージと違うな。
高圧的な態度を取ると考えていたためにこの男への印象が変わりつつある。
シュウは自分の見る目のなさに頭の後ろをガシガシとかいた。
「それで後ろにいるのは……ガイラ殿か」
「はっ。お久しぶりです。将軍。お元気そうで何よりです」
「ああ。貴様もな。貴様の名も時折耳に入ってくるぞ。下級貴族の出でなければ俺の騎士団にスカウトしたいくらいだ」
「自分など。後ろに連れられている騎士の方の方が私などより余程腕がたつでしょう」
「ふん。謙遜などしなくて良い。貴様が優れた騎士なのは周囲の事実だ」
そこでバイエル将軍は腕を組むとジロリと睨むような視線をシュウに向けた。
「それでそこの者はなにかな? 見たところ貴族でも騎士でもないようだが」
「彼は私が雇っている冒険者です。今日はアーベル将軍が彼に会ってみたいということで城に連れてきた次第です」
「ほう。では例の内乱解決に協力した冒険者か。……しかし、まあ所詮は平民か」
冒険者と聞いた途端、バイエル将軍のシュウを見る目が露骨なものに変わる。
前言撤回。どうやら見たとおりの人物のようだった。
シュウも思わず不機嫌そうに鼻を鳴らした。
それに柳眉を逆立てたのはバイエル将軍の後ろに控えていた騎士たちだ。
「おい、貴様。将軍に失礼であろうが」
「初対面の相手に露骨に嫌な顔するよりはマシだろ。どっかの将軍様みたいにな」
「なっ!? 貴様!」
このような切り返しは予想していなかったのか騎士の顔が怒りで歪む。
対してシュウはこの将軍の一団への興味を完全に失っていた。
なんてことはない。この者たちも家や格式を重視し、平民を搾取対象にしか見ていない典型的な貴族と変わらないのだ。
その様子と話から家柄が低くとも実力を評価しないというわけでは無さそうだが、平民に対しては傲慢な貴族とそう変わらない。
故にシュウが最も嫌うタイプの者たちだ。
「ふん。これだから実力を過信した平民は手に負えん。我ら騎士と違い、貴様等冒険者は何かを守るというわけでもない。己のことしか頭にない利己主義的な者ばかりだ。貴様、名は?」
「名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀だぜ」
「貴様ぁ! 将軍が寛大なことを良いことに、いくら何でも失礼であろうが!」
シュウは気だるげな動作で視線を向け、それがより騎士たちの怒りを増幅することになる。
「ふん。まあ良い。バイエル公爵家当主、ギルベルト=バイエルだ。軍では将軍だ」
「シュウ。冒険者だ」
「ほう。貴族位を聞いても態度に変わりなしか。余程肝が据わっているのか、ただのバカか。……貴様、冒険者ランクは?」
「Aランク」
思ったよりも高位のランクにバイエル将軍の眼が驚いたように少しだけ見開かれる。
「なるほど。その不遜な態度はハッタリではないということか」
「貴族といえど人間として最低限の礼儀を払う奴には此方も相応の態度を取るさ。それすらない奴に礼を払う義務があるとは思わないな」
「しかしシュウなどと言う冒険者の名前は覚えがないわ。高位冒険者の名前はある程度……いや待て、シュウ?」
突然何かを考え込むバイエル将軍。
「思い出したわ。貴様、教会で亜人の面倒を見ているという変わり者の冒険者か」
「なん……だと」
「はっ。聞こえなかったのか。亜人のようなゴミ当然の家畜共を世話している変わりの冒険者と言ったのだ」
これに慌てたのはミリアリアだ。
今まで仲介に入るタイミングを逃してしまい、状況を見守っていたミリアリアだがバイエル将軍のこの発言に顔が青くなった。
ミリアリアはシュウが教会の子供たちや修道女をまるで本当の家族のように大切にしているのを知っている。
本人は否定するだろうが彼が子供たちに向ける感情は十分愛である。
同時にシュウは権力というものを恐れないことも何度も教会に通ううちにミリアリアは気づいていた。
シュウは決して失礼な人間というわけではない。
きちんと礼儀を払う者には相応の態度で答える上に、自分より実力が低い相手でも尊敬できると思えば頭も下げるし、礼も払う。
しかし逆にそうでない者は例え相手が王族であっても礼を払うことなどしない。
そして教会や他の親しい者に危害を加えようとする者が現れれば、容赦なく牙をむく。
(これはマズいです……)
ミリアリアとしても顔見知りになった教会の子供たちを悪く言われることは気分が良くないが今はシュウを鎮める方が先だと判断した。
「あのような薄汚い者たちの世話をしていれば、本人がそうなってしまっても仕方あるまい」
「この禿げじじぃが……」
シュウは自分の刀の柄に手を伸ばした。頭の中では沸騰したように怒りの感情が沸き上がるのを感じる。コイツは斬り殺す。
自分のことを悪く言われることはともかく、教会の子供のことまで言われるのは別だ。
相手が誰だろうと関係ない。
膨れ上がる感情に身体が熱くなる。此処がどこで剣を向けようとしている相手が誰なのかなど、とうに頭から抜け落ちていた。
自分の大事な物を侮辱したコイツを斬る。
ただそれだけの目的意識に支配され、目の前の男の首を落とそうと刀の柄を掴む。
「待て」
しかしシュウの刀が抜かれることはなかった。
いつの間にか近づいていた赤毛の女がシュウの柄を押し止めていた。




