第二十九話 Aランク冒険者も女には勝てない
「凄い、すごいですよ~! シュウさん!」
「分かった。分かったからまず落ち着け」
『二頭蛇』との戦闘から四日、俺は無事にアルメダ王国に戻ってきていた。
到着早々冒険者ギルドに『剣尾狼』と『二頭蛇』の査定を頼み、教会に直行すると疲れが出たからか丸一日眠って過ごした。
じゃれついてくる子ども(ガキ)たちを修道女たちに任せ、査定結果を聞くために朝からギルドを訪れている。
因みに受付嬢はニーナだ。
「何でそんなに平然としてるんですか! 『剣尾狼』だけでも凄いのに『二頭蛇』まで討伐して来るだなんて。しかも『二頭蛇』はステージ4ですよ! 特殊能力持ちの個体でここまでの大物はギルドでも初めてだって支部長たちも騒いでたんです」
「だろうな。相当強かったからな。俺も一歩間違えたらやられた」
「ですよね! 普通の『二頭蛇』でも四人以上のパーティーを最低三組揃えるのが常識なのに、シュウさんは個人で討伐。しかもステージ4をですよ! これで驚かないなんてあり得ないですよ」
確かに俺の冒険者歴の中でも上位に食い込む強さだった。
隠密性の高い隠蔽能力と頭二つに尻尾による連続攻撃。
最初の襲撃でやられなかったのは幸運であり、またその後の戦闘でももう少し時間が長引けば間違いなく負けていた。
確かに受付嬢が興奮するのは分からないではないのだが。
(もう少し声のボリュームを考えて考えて欲しいな)
受付嬢をしていることもあって彼女の声は滑舌も滑らかでよく響くのだ。
そのせいで「『二頭蛇』」とか「ステージ4」の単語を聞いた他の冒険者がこっちを見てきて非常に落ち着かない。
「それでシュウさん、報酬は『剣尾狼』と『二頭蛇』の素材と魔石を合わせて金貨五十枚になります」
この言葉には沈黙を守って聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちも驚きの声を上げる。
「金貨五十枚!? アイツ何者だよ。金貨五十枚なんてAランク冒険者でも早々稼げないぞ」
「しかもあんな若造が。あんなヤツウチのギルドに居たか?」
「お前ら知らねぇのか? この間国から反乱の鎮圧に協力した冒険者がいたって話があっただろうが」
「あ、もしかして空飛ぶ竜を切り落としたってやつぅ?」
「竜!? 噂じゃなかったのか。じゃあアイツが……」
「ああ。でなけりゃ金貨五十枚なんて稼げないだろう」
驚愕、嫉妬、羨望といった感情が込められた視線が此方に向けられる。
正直居心地が悪い。
早く退散したいところだがその前にやっておきたいことがある。
「悪いが『二頭蛇』の素材を売らない。査定は『剣尾狼』だけにしてくれ」
「えーっ、そんな困りますぅ」
「そう言われても売るか売らないかは冒険者の自由だろ? 能力持ちの個体の素材なら後で使い道があるかもしれないから取っておきたい」
「そ、そんなぁ~。支部長たちに売って貰うように言われてるんです。困りますよぉ~」
「大方転売して利益を上げる気だったんだろうが、そうはいかない。そもそも金貨五十枚なんて安すぎるだろうが。防具や武器に加工してオークションに出せば金貨百は堅いぞ」
能力持ちの個体の素材は腕の良い職人が武具に仕立てればマジックアイテムになる。
特に今回の素材は隠蔽の能力付き。
斥候、暗部、偵察といった姿を晒すことを避けたい者たちからしてみれば喉から手が出るほど欲しい筈だ。
「そ、それはそうですが。か、加工前ということでこのお値段に……」
「支部長たちに言っとけ、禿頭磨いて一昨日来やがれってな」
「そ、そんなこと言えるわけないですよぉ~! し、シュウさん、何とか」
「甘いな。冒険者ギルドに義理立てするつもりは全くないぞ」
「そんなぁ~!」
頭を抱え込むニーナ。
本人には悪いと思うが手加減する気は全くない。寧ろそういう話は本人が来るべきだと思うのだ。
正直それは建て前で、持って帰ってくるのに非常に苦労した素材を安く買い叩かれそうになったことに腹が立っただけなのだが。
「で、では素材は……」
「全部俺の口座に入れておいてくれ。名義は教会宛てだ」
冒険者は自分が本拠地に構えるギルドに口座を持つ権利がある。
Bランク以上の上級冒険者でなければ使用許可は下りないが、素材を保管しておく特別な倉庫や、金貨を貯めておける銀行口座、その他他人に盗られると困る物を閉まっておける特別口座などがある。
また、もしもの時のことを考えて二つ名義を用意でき、万が一冒険者の身に何かあった場合は名義になっている家族や親類などの財産になるように決められている。
俺は教会を名義にしている。
院長や修道女たちにお世話になっていることもあってである。
「う、ううっ。分かりました。いつも通り口座に入れておきます」
「よろしく頼む」
泣き出しそうな顔のニーナに礼を告げる。
この様子じゃ支部長たちに相当強く言われていたらしいな。
えげつ無いことをする。
「それでは此方がお預かりしていたギルドカードになります。シュウさんはAランク昇級されました。おめでとうございます」
「は? Aランク?」
手元に返ってきたカードを確認すれば、名前や種族の個人情報に混じってAのアルファベットが大きく記されていた。
カードを渡したときは間違いなかくBだったので確かに昇級している。
「確か、もう五、六回はBランクの依頼をこなさないといけないんじゃなかったのか?」
「本来ならそうなんですけど、今回の『二頭蛇』討伐とその他ギルドへの貢献が認められまして、今回昇級となります」
「ギルドへの貢献」のところでチラリと此方に視線を送るニーナ。
おそらくこれには「『二頭蛇』の素材を提供」が入っていると考えられる。
だが残念。
例え厚顔無恥と言われようとも冒険者ギルドに遠慮するつもりはない。
「そうか。ありがとう」
「あ、あの~」
「ん? 何だ?」
何か言いたげなニーナに笑顔で返す。
「やっぱりいいです……」と彼女は押し黙った。
少し申し訳ない気もするがギルドに遠慮すると何処まででも巻き込まれるのでここはキッパリと言っておいた。
「シュウさん、Aランクに昇級したのでもしかしたら指名依頼があるかもしれません。気をつけておいて下さい」
「分かった。じゃあな」
ニーナに別れを告げるとそのまま冒険者ギルドを後にする。
途中何人かに勧誘を受けたが全て断り、帰路に就いた。
まっすぐ教会に帰ると見慣れた大きな馬車が建物の前に止まっていた。
馬車の側面にはエーデル公爵家の家紋。
教会の前を通る亜人たちは貴族が珍しいのかチラチラと馬車に視線を向けている。
ミリアリアの評判は悪くない。大幅な減税を行ったこともあって亜人たちからは大きく指示されている。だが一方で慕われているかと問われれば否である。
亜人にとって貴族とは恐怖の対象でしかない。下手に機嫌を損なえば何をされるか分かったものではないからだ。
正直悪目立ちするので教会に来る頻度を控えて貰いたいが臨時契約の内容上俺に意見する権利はない。
契約は早まったな、と考えつつ中に入る。
「あ、お帰りなさい。シュウ」
出迎えてくれたのはミリアリア。
いつも着ている白を基調としたドレスに身を包み、その立ち姿にも気品が感じられる。
彼女が居ることは表の馬車から分かっていたのだがいつも真っ先に出迎えてくれる子供たちの声はない。
見れば二十近い子供たちが長机に座り、目の前の紙と睨めっこをしていた。
一人の子供の後ろから覗き見ると、簡単な計算問題と単語の問題が書かれていた。
「お久しぶりですね。シュウさん」
「ああ。久しぶりだな。何やってるんだ?」
「いえ、少々気になりましたので子供たちの学力調査を。……ですが驚きました。前々から凄いことだとは思っていましたが、此処にいる子供の殆どが魔法学院の生徒と同じ程度の学力を持っています。魔法学院の入学年齢が15歳であることを考えるとこれは異常ですよ」
本当に驚いたといった表情のミリアリア。
教えていたのは三桁までの足し算と引き算までなのだがそこまで驚くような結果だろうか?
「大袈裟だな。たかだか足し算と引き算だぞ」
「……シュウ。異世界人の貴方からしてみれば普通かもしれませんがこの世界においては十分異常ですよ。そもそもここまでの計算は商人でもなければ行うことはありません」
そう言われるとこの世界の正しい学習に対しての知識がないことに気づく。
どうやら知らず知らずのうちにやりすぎてしまったらしい。
これで年長組の中には二桁かける二桁のかけ算が出来る者がいると言ったらどんな反応をされるだろうか。
「あっ、シュウ兄ぃおかえり~!」
「え? シュウ兄ぃ?」
「ホントだ~。おかえり!」
「先生できた~!」
どうやら問題を解き終わったようで次々に顔を上げる子供たち。
子供の一度集中し出すと周りの音が気にならなくのはある意味才能だと思う。
子供たちに外で遊んでいるように言い、部屋の中でミリアリアと向かい合うようにして座る。
「それで今日は何の用だ? 生憎今日は菓子は無いぞ」
「わ、わたくしそんなに食いしん坊じゃありません!」
口ではそう言いつつ、本人も自覚があるのか眼が泳いでいる。
二日か三日に一度のペースで教会にお菓子を食べに来ていれば後ろめたくなっても仕方がないが。
会う回数も多いので既にミリアリアの送り迎えの護衛を勤める騎士たちとは顔見知りだ。
彼らの話によるとクリフと言った副長を除けばエーデル公爵家の騎士は亜人や平民にも寛容であるらしい。
護衛を務める騎士たちに差し入れとして何度か飲み物や食べ物を持って行ったのだが皆、良い奴ばかりであった。
毎度毎度、主君の我が儘に付き合わされて大変だなと言ったら、「分かってくれるか」という顔をされた。
どうやら『聖女』も菓子の魅力の前では暴君になり果てるらしい。
「い、いえ。その話は今はいいのです。……それでシュウにはお願いがありまして……」
視線が泳ぐミリアリア。
深窓の令嬢といったその見た目に反してミリアリアは言いたいことはきちんと言う女性である。
政治家であれば意見を述べられないなど論外であり、交渉ごとにしても断固とした意志が必要であろう。
その彼女が珍しく言いよどんでいるのである。
「珍しいな。どうかしたのか?」
「い、いえ。あの、ですね……」
それから数回ミリアリアは「あの、その」を繰り返した後、覚悟を決めたように口を開いた。
「実はシュウに会いたいと言っている人がいまして」
「俺に会いたい人?」
「はい。……それでですね、出来れば会っていただけると助かるというか……会う以外に選択肢がないというか」
後半になるにつれて声が小さくなるミリアリア。
彼女の態度からは本当にすまないという感情がありありと伝わってきて謝られているこっちの方が悪いことをしている気持ちになってしまう。
「そんなに謝らなくていい。大方貴族たちを押さえられなくなったんだろ?」
しかしシュウはミリアリアを責めるつもりはなかった。
彼女は寧ろ良くやってくれており、事件以来貴族の勧誘は全くと言っていいほど無い。
予想ではシュウに会わせろと言ってきている貴族を押さえきるのも限界に達し、押し切られてしまったのではないかと考えていた。
「それで何人くらいの貴族が言ってきてるんだ?」
「一人です」
想像していたより遙かに少ない。
所詮平民で冒険者と考えてくれているのなら此方としても好都合だ。
「それぐらいなら別に迷惑じゃないぞ。一人なら一度断ればそれで終わりだろう」
「ええと、人数の問題ではないと言いますか」
歯切れが悪いミリアリア。
余程会う相手が悪いのか。だがミリアリアは貴族の最高位である公爵。
立場上彼女に命令できる貴族は居ないはずだが。
「相手は誰だ?」
「アーベル=クラウゼン子爵……この国の将軍の一人です」
「は? 将軍?」
シュウは間の抜けた顔を作った。
ある程度高位貴族からの勧誘は覚悟していたがまさか騎士の最高職である将軍からだとは完全に予想外だ。
「何故将軍なんかが俺に会いたがるんだ?」
「ええと、これには色々とありまして……」
ミリアリアはシュウが罪悪感を感じてしまうほどオロオロしだした。
シュウとて男だ。年下の女の子が自分のために頑張っているのに見捨てるほど外道ではない。
「……分かった。その将軍様に会えばいいんだろ? アンタは気にしなくて良いからそんなにオロオロすんな」
「うう……ありがとうございます、シュウ」
こうしてシュウはこの数日後アルメダ王国騎士たちの頂点に立つアーベル=クラウゼン将軍と会うことになる。




