第二十七話 赤の騎士
困ったことになりました。
ミリアリアは公用の微笑の裏でこっそりとため息をついた。
場所は王城の一室。
そこで先程から二人の貴族が激しく意見を戦わせている。
それは熊と歴戦の狩人との戦いに見えた。
「だから何度も言っておるであろう! この状況下での亜人優遇措置など戦争に参加している国への挑発と受け取られるぞ。貴様、この国を戦乱に巻き込む気でおるのか?」
熊ーーーギルベルト=バイエル公爵。
二メートルに迫る体躯。
体の横幅など成人男性を二回り以上上回り、会議のために着ている礼服の上からでもその鍛え上げられた鋼の肉体が分かる。
髪はキッチリと剃られ、見事なスキンヘッドが強面の顔をより一層凶悪な物に見せる。
彼こそがアルメダ王国に五人しか存在しない公爵の一人であり、貴族たちを纏める貴族派のトップである。
「儂にそのような思惑はない。逆にこの状況だからこそ他国に対して我らが戦争に参加するつもりがないと示す良い機会になると考えただけだ」
狩人ーーーアーベル=クラウゼン子爵。
バイエル公爵に比べると身体も細く、背も小さい。
だが漏れ出す威圧感はバイエル公爵に負けず劣らず強大だ。
細身の体躯でありながら、限界ギリギリまで無駄をそぎ落とし、鍛え上げられたその身体はまさに剣。
白髪交じりの銀髪を短く無造作にしていることもあって歴戦の剣士の風貌をに見える。
彼らはアルメダ王国二大将軍。
先日まで兵を率いて遠征に出ていたアルメダ王国でも屈指の実力者たちである。
「止めよ。今日の議題はそこではない」
待ったをかけたのはアルメダ王国国王。
すでに先程から二人の威圧感に負け、他の貴族たちは会議に参加することを放棄している。
この国の軍の頂点に立つ二人の威圧感を日々書類と向き合っている文官に受け止めろと言うのも酷な話であるが、例えそうであっても女性の目から見るとマイナスイメージを抱いてしまう。
情けない、それでも男ですか、とミリアリアが考えてしまうのも無理からぬ事であった。
「先日も帝国と神国から戦争への参加要請が届いている。一応断っておいたが突っぱねすぎるとどのような措置を取ってくるかわからん」
「我らが国には魔法学院がありますからな。あそこから生徒を召し上げられのは国の防衛面から見ても非常に拙い」
「それに加えて学院の中には戦争に参加しないことに不満を持つ者もおるようです。早急な対応が必要かと」
国王と将軍二人に触発され、他の貴族たちも積極的に意見を述べ始める。
アルメダ王国には他国から生徒を受け入れ、魔法や戦闘知識を教える教育機関が存在している
他国の魔術師の雛たちを偵察する目的や優秀な生徒の引き抜きを目的に多くの生徒が毎年学園に入学してくる。
中小国であるアルメダ王国が他国に対してある程度の発言権を有しているのはこの学園の存在があるからである。
なんとかなりそうですね、とミリアリアは安堵の息を吐いた。
女性でこの場に参加しているのは自分一人。
有力貴族との会議など幾度となく経験してきたが多くの男性に囲まれた状態はどうしても心身に大きなストレスを感じてしまう。
結局、会議では学院に演習メニューを多く取り入れ実戦的な訓練を課していること、実務教員の増員をしていることを対外に強く訴えていくことが決まった。
自分たちは戦争参加も見据えているという形だけのアピールだが、やるやらないでは大きく差が出てくる。
他に重要な案件もなかったために会議はほぼ終わりを迎えた。
シュウがいれば何かお菓子でも作ってもらいますのに、とストレスが無くなれば不満を漏らす余裕も出てくる。
件の青年は現在冒険者の依頼でこの国にいない。
教会に遊びに行った際にその旨を伝えられた時にはいない日の分として普段よりもケーキを堪能した。
あれは至福でした、と会議の終わりが見えるためか不覚にも完全に気持ちが緩んでいた。
「ところでエーデル公爵、陛下の命を救ったという例の冒険者に一度会って見たいのだが」
クラウゼン子爵が放ったこの発言に背中に冷や水を流しこまれたように意識が覚醒した。
見れば雑談に興じていた貴族たちも一斉に話すことを止め此方に耳を傾けているために室内は静寂に満たされ、ピンと緊張感が張りつめている。
迂闊でしたッ、と完全に油断していた少し前の自分を罵ってやりたい気持ちになる。
反乱鎮圧の中心になった冒険者はその存在が公表されているだけで具体的な名前までは公表されていなかった。
しかし既に貴族の中には独自の情報網からシュウに行き着き、勧誘を行ってくる家も確かに存在している。
引き抜き対策としてシュウ個人と臨時契約を結び、彼がエーデル公爵家の庇護化にあると言外に訴えたことで勧誘も減ったが、今なお少なからず本人と会わせろと言ってくる家は少なくない。
今日も会議でその話題が出ることを警戒していたが最後の最後でその警戒が緩んでしまった。
勧誘されたとしても本人がその提案に乗るとは考えづらいが、自ら彼を手放す確率を上げることはない。
「申し訳ありませんが本人はあまり目立つことを望んでいません。それに現在依頼で国外に出ておりますのでいつ頃帰るのか……」
「それほど警戒しなくても良いよ。儂はただその者にきちんと頭を下げて礼をしたいだけだ」
「アーベル将軍に頭を下げて貰うほどのことでは……」
「いかん。それはいかんぞ、ミリアリア殿。儂が留守の間に陛下の命を救って貰ったのだ。礼はせねばなるまいよ」
「は、はい。しかし……」
「うむ?……そうか、他の者のことが気になるのだな。安心して良い。彼らとて誇り高き貴族。礼を失した振る舞いなど取るまい」
(……あっ)
ここでミリアリアはアーベル将軍の意図に気が付いた。
将軍はミリアリアへ手を貸してくれていた。
クラウゼン子爵家は貴族の中でそれほど高い家格にある家柄ではない。だが子爵は将軍職にあり、この国最高格の貴族と同格に扱われる資格がある。
その彼が一冒険者に対して頭を下げるという礼の取り方をするとこの場で宣言した。
そしてその彼が彼の基準で礼を失した行いをしないと国王の前で公言したのだ。
これによって他の貴族はシュウに面会した際に最低でも頭を下げなければならなくなった。
一貴族が国王の命を助けたと言っても平民に頭を下げるなど貴族の在り方として問題がある。
しかしアーベル将軍は日頃からそのような振る舞いを行い、それでも結果を残して軍最高職の将軍にまで登り詰めた本物の武人である。
彼なら黙認されよう行いも他の貴族ではそうはいかず、実質クラウゼン子爵家とエーデル公爵家を除く他の家はシュウと言う冒険者に干渉できなくなった。
見れば他の貴族もその事に気が付いたのか苦々しい表情を浮かべる者、「やられた」と悔しげな表情を浮かべる者が何人かいる。
ただし例外もおり、初めから平民には興味がないといった者もいる。
バイエル公爵もその一人。
彼の騎士団は純粋な貴族で構成されている。
ただし家格による依怙贔屓など無く、実力が伴わなければ容赦なく退団させられる実力派集団である。
「……それではこれで会議を終了します。各自退出を」
話の切れ目と見た進行役が会議の終了を宣言し、退出を促す。
各々の表情で貴族たちが出て行った後部屋の中にはアーベル将軍とミリアリアだけが残された。
「アーベル将軍ありがとうございました」
「なに、孫娘の親友となれば見捨てるのは後味が悪いと思ったまで。礼を言って貰うほどの事はあるまい」
「いえ、あのような演技のおかげで他の貴族たちに余計なちょっかいを出されずにすみます」
「ん? 演技?」
何とも不思議そうな表情を浮かべるアーベル将軍。
「儂は演技なとした覚えはないぞ。他の貴族への牽制目的であのような事を言ったのは事実だがな」
「え?」
何か自分が勘違いをしていたと気づくミリアリア。
何より目の前の男性が自分より経験のある政治家であることを失念していた。
「当然頭を下げるのだから会わせてもらえようなミリアリア殿」
「え? え、本気?」
「下手な勧誘などするつもりはないが、まあ、儂も人の子。ミリアリア殿子飼いの冒険者に会って心変わりしてしまうやもしれん」
「……」
「それでほんのちょっとばかり騎士団に勧誘してしまっても、しょうがないであろうな」
「こ」
「この老獪が!!」とミリアリアが叫びたくなったのは仕方あるまい。
人を助けるための策かと思えば同時に自分の希望も叶える二重性。
それでいて他人への牽制も兼ねている周到性。
わたくしの感動と純粋な感謝の気持ちを返せ!
とミリアリアが訴えたくなっても誰も攻められないだろう。
まさに老獪。
自分との場数と経験値の違いにミリアリアは頭を抱えた。
「お爺さま。その辺で意地悪はお止めになって下さい。ミリアリアは私の友なのですよ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは一人の女性。
燃えるような赤い髪に鋭利と呼ぶべきその美貌。
頭の後ろで束ねられた髪は俗に言うポニーテール。
肌は白く、逆にその白さが赤い唇と髪をより一層引き立て、見た者に強烈な印象を残す。
ミリアリアが控えめで今にも消えてしまいそうな花に例えられるなら、この女性は誰もが視線を奪われる鮮やかで艶やかな花。
美男子と言っても通用しそうな顔だが野暮ったい騎士服を押し上げる胸元が彼女が女性であることを示していた。
「ベルガ。報告は終わったのか?」
「はい。団の引き継ぎも滞りなく。多少疲れからか動きの鈍い者もおりましたが目立つほどではありません」
「そうか。ご苦労」
満足げに頷く、アーベル将軍は知らなかったが引き継ぎが遅れたのはベルガと呼ばれた女性に目を奪われた騎士たちが大勢いたからだった。
「久しいな。ミリアリア」
「本当に。ベルガも元気そうで良かったです」
「反乱に巻き込まれたと聞いたときは冷や汗をかいたものだが、何もなくて良かった」
「ありがとう。ベルガも元気そうで安心しました」
自然と笑みをこぼす二人。
そこからは二人の関係が親しいことを感じさせた。
「すまんな。お爺様が迷惑をかけた」
「待て、ベルガ。儂は別にその様な事はしておらんぞ」
「あれはそう取られても仕方ありませんよ。全く、いい年して子供みたいなことするんですから」
「お、お、ベルガ。お前、実の祖父であり、上司でもあるこの儂に向かって」
「まあ、そういうことで許してやってくれミリアリア。お爺様は単純に例の冒険者の実力見たいだけなのだ。陛下が無事と分かった途端冒険者のことを聞きたがる始末でね。本当に困ったものだ」
軽くため息をつくベルガと完全にへそを曲げ腕組みしたままムッスリとした表情のアーベル将軍。
彼の本質が武人であることを考えれば仕方のないことかもしれないが、自分のような若い当主をはめるような真似は今後は控えて欲しいというのがミリアリアの正直な気持ちだった。
「それでどうなんだ? その冒険者は強いのか?」
実の祖父を戒める一方でベルダの顔にも堪えきれない好奇心があった。
強い者を求める血はやはり争えないようだ。
「強いですよ。わたくしの目からはどちらが上かまでは判断が付きませんが」
「それは、お爺様でもか?」
少し考えた後にコクリと頷くミリアリア。
それに驚くベルガ。
自分と祖父に比肩しえる戦士などこの国にそうはいない。
武術を磨き、女の身でありながら国内でも五本の指に数えられるベルガ。
彼女にとって優れた強者と出会えるのは至上の喜びなのである。
(これは思いも寄らない楽しみができたかな)
無意識のうちに唇を舐めるベルガ。
その様子は肉食獣が獲物を見つけたときの様子によく似ていた。




