第二十五話 Aランク昇級課題
今日の仕事と昼食を終えると黒色のマントと簡単な防具を身につける。
蜂型の瘴魔種との一件で長年愛用していた防具類は全滅。ミリアリアがお詫びにと新しい物を用意してくれる手筈になっていて、それまでの繋ぎとして今はこの防具を使っている。
俺とミリアリアのその後の関係だが臨時契約という形で落ち着いた。
普段は行動を束縛されない代わりに一度彼女から依頼が入った場合、他のどの依頼よりも優先しなければならない。だが公爵家の庇護を得られるというのは教会を守るためにも悪くはない。
二つ返事で契約書にサインしたのだが、よく見てみるとミリアリアの教会への自由な出入りの許可や菓子の提供など関係のない項目が多々含まれており、彼女に問いかけてみると、イイ笑顔を返された。
彼女の中で俺が菓子を作るのは決定事項であるようだった。
腰にダメになってしまった愛刀の代わりの刀を差し、数日分の食料などが入った袋を持ち、教会を出る。
既に太陽は昇り、大通りは行商人や買い物客で賑わっている。
屋台からは肉を焼く香ばしい香りが漂い、商人たちが客を呼び込もうと声をはりあげるのが聞こえてくる。
昼食を終えたばかりだというのに暴力的なまでに胃を刺激されるが我慢。
今日の目的である冒険者ギルドを目指す。
王都を騒がせた侯爵家の反乱から早一月。小さな混乱はまだ残りつつも民たちはいつも通りの活気を取り戻している。
こうして普段通りの光景を目にするとあの一件が夢か幻であったかのように感じられて仕方ない。
瘴魔種。
過去に遭遇した中でも一位二位を争う甲殻を持ち、様々な特殊な攻撃を仕掛けてきた強力な魔物。
言い訳はしない。ミリアリアを抱えていたというハンデはあったが、それでも『魔人兵』としての能力を十全に発揮できていれば討伐は可能だったはずだ。
何よりも俺はヤツの関節は斬れても、ただ一度として甲殻を斬るには至らなかった。
近頃はよく鍛練を行っている。次にあのような甲殻を持つ魔物に出会わないとも限らないからだ。
そして最後に使ったあの魔法。
ふと自分の手の平に視線を落とす。
おそらく俺の中にはまだ俺が知らない能力がある。
柔らかい触手と言ってもそれを斬るでも燃やすでもなく消し去ったあの魔法。
とっさに使ったためにどう発動したのかも覚えていないが、それでも日々あれを使えるように試行錯誤を繰り返している。
考え事をしているうちに冒険者ギルドの目の前まで来ていた。
年代を感じさせる木造建築はいつも通り。
中に入ると既に人影はまばらだった。
依頼が早い者勝ちであることを考えると仕方ないとも思うが、どうしても出遅れた感があるのは否めない。
騒ぎが収まったら次はもう少し早く来ようと、何度目か分からない決意を抱きながら、クエストボードに貼られている依頼書の中から適当な物を見繕う。
たまに生産系や雑務のような依頼を受けることはあるが大体は実益と訓練を兼ねた討伐系になる。
「これを頼む」
手に取った依頼書をカウンターに控えていた受付嬢に渡す。いつもは顔見知りであるニーナに渡すのだが今日は生憎姿が見えない。
「はい。『剣尾狼』の討伐確かに承りました。あっ、もしかして話に聞いていたシュウさんですか? 」
「ああ。俺のことを知っているのか?」
「それはそうですよ。ギルド職員には貴方がランクB以上の依頼を受けに来たら必ず受理するように通達されていますから」
「……あまり目立つのは好まないんだが……」
「仕方ありませんよ。なんせアルメダ王国始まって以来、最悪と呼ばれた反乱解決に尽力し、単身でステージ3の竜種を討伐。しかも最年少Aランク冒険者の可能性があるんですから私たち職員に気にするなと言う方が無理ですよ」
にこやかな笑顔を浮かべる受付嬢とは反対に内心は憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
ミリアリアのおかげで俺が『魔人兵』だという話は知られていない。だが竜種討伐を多くの亜人に目撃されているのと侯爵の騎士と戦っている姿を国王に見られていたこともあって多少注目されるのは覚悟していた。だが国内の有力貴族による反乱という不祥事から目を逸らさせるため、国王派が大々的に反乱鎮圧に協力した冒険者がいたということを公表した。
冗談じゃねぇぞ、と公表された夜は頭を抱えたものだが、ミリアリアの尽力もあって名前を公にされる最悪の事態は回避された。
しかしいつの時代も人の口に戸は立てられないと口コミで竜種を討伐した冒険者の話が広まり、ここ最近ものすごい数の勧誘を受けているのだ。
人が多い時間帯をわざと外してギルドに来たのもそれが理由だ。
けれど全てが悪いというわけではない。竜種討伐に反乱鎮圧の功績を含め、冒険者ギルドからAランクへの昇級手続きを受けることが出来た。
今まであまり遠出が出来ない事もあって高ランクの依頼はほとんど受けていなかったのだが数回のBランクの依頼達成後、Aランクに昇級ということで最近は教会を院長を含めた修道女たちに任せ、精力的に依頼に取り組んでいる。
ーーーそのせいで余計に注目を浴びてしまったことは気にしないようにした。
「それで私、シュウさんのファンなんですけど今度一緒にお酒」
流し目で誘惑しようとする受付嬢の話を最後まで聞くことなく、俺は建物を飛び出した。
後ろから聞こえてくる声は完全に無視。
最近あの手の人種が増えて落ち着いて酒も飲めないのだ。
帰ってきたらエリナさんの所にでも寄るか、と考えつつ俺は大通りを駆けた。
馬を五時間ほど西に向かって走らせると巨大な森林地帯が見えてきた。通称「リウマの森」。
薬草や毒消しと言った魔法薬の材料になる貴重な植物が自生していることもあり、多くの者たちが訪れる。
だがその一方で魔物の数も多く、強力な個体も少なくないため、ある程度の実力を持った冒険者を護衛に雇うか騎士団に依頼しない限り安全が確保できない危険な土地だ。
既に辺りは暗くなり始めており、木が作り出す影が森の中に幾つもの黒い筋を作り出している。
馬を森林の前で放すとそのまま森の中へと進む。
木々の瑞々(みずみず)しい香りに混じってホコリや獣の死骸、そして血が入り混じった表現しづらい魔物特有の獣臭さが鼻につく。
「魔物が多いというのは本当らしいな」
試しに感知魔法を使ってみれば無数の生き物の存在を捉えた。
ほとんどは小物ばかりだが中にはそれなりのレベルの物もいる。
夜に動くのは危険だと判断して今日の野営に使えそうな場所を捜すことにした。道なき道を刀を片手に切り開きながら十分ほど歩くと鳥の鳴き声や風で木々が揺れる音に混じって水が流れるような音が聞こえてきた。
やや駆け足で歩を進めると川に出る。
試しに手ですくってみると驚くほど透明感があり、中で泳ぐ魚の姿も見て取れた。
飲み水としても使えそうなので河原に石で即席の竈を作り、拾ってきた木の枝を積み重ねると、魔法で火をつけた。
パチパチと火が燃え始めると辺りを照らし出す。
さっきまでは気づかなかったが河原に落ちている石はどれも角が取れ、丸みを帯びた物ばかり。大きな岩も無いことからここがかなり下流であるのは間違いなさそうだった。
持ってきた小鍋を火にかけ、干し肉をナイフで細かく削り、木の枝を拾いに行った際に摘んできた香草と一緒に鍋に入れる。
干し肉がお湯で戻り柔らかくなる頃には肉と香草の香りが辺りに漂い、何とも食欲をそそられる。
手持ちの固くなったパンをちぎり、干し肉と香草のスープに浸して柔らかくして食べる。
普段食べている物からすれば雲泥の差だがたまには栄養バランスを無視した手抜き料理も悪くない。
ガツガツと一気にかき込むと温かいスープが胃に落ち、大きな満腹感が襲ってきた。
それが睡魔に変わる前に鍋や食器を川で洗い、簡素な布で丁寧に水分をふき取る。
後片付けを終えて再び火の前に座り込むと辺りは獣の鳴き声一つ聞こえない静寂に満たされていた。
パチパチと木が燃える音だけが辺りに響き、まるで周囲の時間が止まってしまったような感覚に囚われる。
数年前まではこんな生活を送っていたはずだが今となっては遠い昔のように感じられた。
後ろ向きな考えを打ち消すように火から視線を逸らすと胡座をかき、目の前に薪として拾ってきた枯れ木を突き立てる。
そして座禅を組むと今日の鍛練を開始する。
最後に蜂を相手に使ったあの魔法。
アルゴの話では俺の周囲の景色が蜃気楼のように歪み、気付けば触手が消滅していたそうだが俺の手持ちにそのような魔法はない。
あの時に身体から魔力が抜けていくような感覚に襲われたことから最近では体内で魔力を循環。
その後目の前の標的を消滅させるイメージで魔力を放出する鍛錬を繰り返す。
魔法の発動に必要な要因は二つ。十分な魔力量と正確なイメージ。
前者は言葉通り、後者は魔法に対してのイメージが正確であればあるほど魔法はその威力を増す。
勇者が始めから強力な魔法を扱えるのもこれに起因している。
異世界人はこの世界の人間に比べてイメージが正確なのだ。
映像、情報、知識。生活の中に溢れているそれらによって小さな頃から培われたイメージ力が強力な魔法の行使を可能にする。
当然魔力自体が少ない俺であってもその法則は当てはまる。
魔力を感知。
全身に行き渡らせるように循環。
そして目の前の枯れ木を消滅させるイメージで魔力を放出。
「ハァッ!」
轟!
……。
「……はぁ。やっぱり、ダメか……」
目の前には先程と変わらず枯れ木が直立している。
自分の身体から青い魔力光が漏れ、枯れ木に触れているものの特に変化は見られない。
「何がいけないんだ? イメージか? それとも他の何かか?」
もう何十回もこの鍛錬を繰り返しているが期待したような結果は得られていない。
「いや、考え方は間違ってないよな。魔法はその発動にイメージが大きく関係してる。……となるとまだ練度が足りないだけか?」
基本的なスタンスは間違ってないはず、だと思う。事実一度魔法が発動しているなら不可能という事でもないはずだが……。
「まあ、すぐには無理か」
気長にやろう、と考え直し鍛練を続ける。
感知、循環、イメージ、放出。
これをひたすら繰り返す。極度の集中と魔力の循環は想像以上に体力を消耗する。
二時間ほど続けると火の側で鍛練を行っていたこともあって汗びっしょりになった。汗に濡れた上着の不快な感触に眉をしかめつつ、水浴びでもしようと、上着に手をかけた。
そこで近くの茂みがガサガサと大きな音を立てる。
「おっ……おっ!?」
見れば全長十センチほどの大きなネズミが茂みから飛び出してきた。
しかも一匹や二匹ではない少なくとも三十匹以上。
慌てて腰のホルスターからスローイングナイフを二つ抜きだし、投擲。
ナイフは吸い込まれるように二匹のネズミに突き刺さる。しかし他のネズミはそれに構うことなく走り続けると反対側の茂みへと消えていった。
「『ラージラット』か。ラッキーだな。明日の朝食分が浮いた」
『ラージラット』は魔物ではなく普通の動物だ。みた目通りの大きなネズミだが肉は食べられ、味もそこそこ。
とこにでも生息しているので冒険者の間では野営時に好んで食べられる。
「しかしあの慌てよう。何かに追いかけられてたのか?」
普段大人しい『ラージラット』の様子が気になり、感知魔法を展開。
自分の周囲五十メートル以内の生き物の痕跡を捜す。
だが、
「…? 変だな。特になにも無しか」
今走り抜けていった『ラージラット』の他に数種類魔物を感知するが特にこれといったものは見つからない。
偶然かと自分を納得させるとナイフが刺さったままのネズミの下処理を始める。
ナイフで首を落とし、近くの木にぶら下げ血抜きをする。その間に川で身体と服を素早く洗い、血が抜けたところで適当な大きさに解体し、食用以外の部分は近くの林に捨てた。
遮蔽物のない河原では通常休むことはないが、感知魔法を発動したまま眠れるのであれば逆に安全な場所になる。
一応背後から襲われることを気にして竈から離れたところにあった大きな木を背に眠ることにした。
刀をすぐ側に置き、目をつむる。久しぶりの遠出をしたこともあって疲れていたのか五分もしないうちに瞼が重くなり、気づかないうちに眠りについた。




