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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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閑話3 魔王と魔将の一幕

 とある城の一室。

 そこに数人の者たちが集められていた。



「ったく、何時まで待たせんだよ。あのオッサンは!」

「止めておけ。ここで暴れるなど陛下に失礼であろう。それに()の方が遅れるのは今に始まったことではなかろう」

「確かにそうだけど。正直、臣下が国王より会議に遅れるのはどうかと思うわ」



 三者三様の反応で待ち人を待つが、共通しているのは誰一人としてこの場に人間がいないことだった。



「良い。余は気にしておらん。それにヤツは自由に生きるのが合っている」



 黒い肌に魔術師が身に着けるようなローブを纏い、精巧な意匠が施された玉座に腰掛ける一人の男性。

 彼こそがこの魔族領を治める魔王シド。



「陛下、甘過ぎんだろ。まあ良いけどよ。アンタが決めたんなら文句はねぇよ」



 ブルーノ。

 狐の獣人。

 白い髪、赤い目。

 きちんと整えれば美しいであろう白の髪を無造作に短く刈り上げ、宝石に例えられてもおかしくない赤い瞳は強烈な攻撃性を宿している。



「ブルーノ。口には気をつけろ。私はお前とやり合いたくはない」



 クレイグ。

 白竜の竜人。

 全身に白い鱗が浮き出し、腰元から生える尻尾が彼の気持ちに反応してゆらゆらと揺られる。

 その身た目は線が細く、まるで研究者のような印象を抱かせるが服の切れ目から見える肉体は筋肉が固く引き締まり、信じられないほど鍛え上げられていた。



「分かってますってクレイグさんよ。次からは気ぃつける」

「そうしろ。私としては無益な殺生は好まない」

「ハッ。よく言うぜ。この間の砦の生存者一割未満だって聞いたけどなァ。魔将の中でアンタほど残忍な奴はいないと思うがねェ」

「その言葉そのまま返そう。私は降伏勧告を行ってから戦いに望む。貴様のような無差別に戦いを挑む者と一緒にされたくはない」



 鋭い眼光同士が正面からぶつかり、一丁触発の雰囲気が部屋の中に漂う。



「ハイハイ。そこまでよ。ブルーノもいい加減挑発するのを止めなさい。子供じゃないんだから」



 エドナ。

 その身を覆うのは露出度の多い異国風の民族衣装。背中から蝙蝠のような艶のある黒い羽と尻尾が生えている。

 彼女は夢魔族(サキュバス)

 男女問わず性の虜として生命力を吸い尽くす魔性の種族。


 彼女の言葉に気を削がれたのかブルーノは小さく舌打ちするとクレイグから視線を逸らした。



「エドナ。すまないが少しその気を押さえてくれんか。私はともかく部下たちにはお主の魅了(チャーム)は刺激が強すぎる」



 見ればクレイグの後ろで直立していた部下の二人は顔が紅潮し、まるで熱に浮かされたようになっている。



「あら、ごめんなさい。うっかりしてたわ」

「此方こそすまない。この者たちは私の部下の中でも魔法耐性が強い者たちなのだがな」

「気にしなくて良いわよ。私が魔性の女なのは隠しようのない事実ですもの。美しいっていうのは罪よね」

「ハッ。単なる種族特性だろうが。年考えろっつうの」



 ブルーノが頬杖をつきながら漏らした言葉にエドナは柳眉を逆立てた。



「へぇ。そんな口きくからには覚悟は出来てるんでしょうね?」

「ハッ。そりゃあんたの方だろ。戦闘力0の夢魔族(サキュバス)が俺に勝てると思ってんのか?」



 夢魔族(サキュバス)はその特性上、戦闘能力が低い上に魅了(チャーム)が効かない相手には丸裸と言ってもおかしくない。

 ブルーノの発言は的を射ていた。しかしエドナはにっこりと笑みを浮かべて言った。



「私に戦闘力がないなんて私が一番よく知ってるわ。その代わりにラザレスをけしかけるわ」

「なっ!?」



 彼女の発言に焦ったのはブルーノである。

 彼は慌てて立ち上がると声を大にして叫んだ。



「馬鹿言え! あのオッサンにそんなこと言ってみろ。嬉々として俺に襲いかかってくるに決まってんだろ!」

「なら言葉には気をつけなさい。私とアンタじゃどっちが信用されるかなんて日を見るよりも明らかだわ」



 わなわなと肩を振るわせながら席に戻るブルーノ。

 彼が席に座ったのと同時に部屋の入り口の扉が勢いよく開け放たれた。



「ガハハハ。すまんな! すっかり寝坊してしまった!」



 入ってきたのは身長三メートルに届くのではないかと思うほどの大柄の男。

 全身の筋肉は盛り上がり、まさに筋骨隆々という表現がよく似合う。

 肌の色は人間に近いが髪、瞳、髭、服やマントにいたるまで全てが赤一色で統一されている。


 ラザレス。

 彼は魔族。

 その異名は『死霊王』。



「遅せーぞ。オッサン!」

「お待ちしていた。ラザレス殿」

「時間は守って欲しいわ」



 ラザレスが席についたのを確認すると沈黙を保っていた魔王シドがゆっくりと口を開いた。



「では始めようか」

「「「「魔族に栄光を」」」」



 彼らは魔王と魔族軍が誇る一騎当千の魔将たち。

 彼らの願いは魔族の繁栄と人間の絶望。

 人間たちが預かり知らないところで静かに会議は始まった。





「……先日も議題に上がったが、ルーナ聖王国とソルダ帝国で勇者召還が行われた。それぞれ一名ずつ勇者が召還されたようじゃ。既に余を超える魔力と複数の強力な加護を確認している」

「なんと、シド陛下以上の魔力ですか」

「うむ。ここ数年は勇者召還が行われなかったために油断していたがかなり強力な異世界人を呼び寄せたようじゃ」

「で、例の召還魔法陣を封じてたヤツは特定できたのか?」

「いいえ。悔しいけど全然よ。情報が少なすぎてどこの誰かすら分からなかったわ」



 そう言って唇を噛み締めるエドナ。

 魔族軍の情報全体を統括する立場にある彼女にとって情報が得られないというのは何よりも屈辱的なことだった。



「そやつが誰か分かれば儂等の陣営に引き抜けるかもと期待しておったのだがな」

「引き続き調査は続けるけどあまり期待はしないでちょうだい」

「ガハハハ。そうヘコむでないわ」



 ラザレスが声を上げて笑う。



「それで現在の状況はどうなっているエドナ?」


「はい。全体的に見て我ら魔族軍が優勢かと思われます。しかしこれから先の状況は読めません。今までは勇者がいたのはルーナ聖王国だけでしたのでそれほどの驚異にはなっていませんでしたが勇者が三人となると我らも相応の被害は覚悟する必要があるかもしれません」


「聖王国の勇者というとあの魔術師か。確かに私たちが見たことの無い強力な魔法を使っていましたな。あれが三つになるかと思うと多少の苦戦はあり得るかもしれません」



 納得だという表情で肯くクレイグ。

 軍の前線を預かる彼としては勇者が使う強力な魔法に何人もの同胞たちをやられているだけあってその恐ろしさを身にしみて理解していた。



「ハッ。あのはずれ勇者か。今回はもう少しマシなヤツが相手だと良いんだがな」



 めんどくさそうに呟くブルーノ。

 彼は強者と戦うことを喜びとしている。

 特に接近戦で死ぬか殺すかのギリギリの緊張感を味わうのが何よりも好きだった。

 彼からしてみれば遠くから攻撃するしか脳のない純魔術師の勇者とはハズレも良いところであった。



「ガハハハ。強敵と合間見えるというのはなんとも胸踊るの!」

「確かにな。そこんとこはアンタと同意見だぜオッサン。だがよぉ。俺はアンタのソレ(・・)をやったヤツにも興味があるんだがなぁ」



 ブルーノの視線の先、それはラザレスの左腕に注がれている。

 ラザレスの左腕は明らかに異なる体色の腕が縫合によって縫いつけられていた。



「三年前だ。左腕を無くして帰ってきたアンタに誰もが驚いた」



 ブルーノの言葉を聞いてラザレスの顔には深い笑みが浮かんでいた。しかしそこに悲壮の色はない。



「魔族であれば誰もが知ってることだ。単純な攻撃力だけならアンタより俺やクレイグの方が上だ。だが魔族軍最強の魔将はアンタだ『死霊王』ラザレス」



 ブルーノの言葉に誰もが耳を傾けている。

 それは魔族の誰もが持つ疑問。

 最強の魔将、ラザレスの左腕は誰にやられたのか。



「アンタの強さは誰もが認めてる。だから規律が絶対的に重んじられる魔族軍の中でアンタだけは特別だ。どんなに馬鹿なことをしようと自由に振る舞おうとアンタだけは許される。もう一度聞くぜ、アンタの左腕誰にやられたんだ?」


「……それを聞いてどうする?」



 不気味なほど静かに受け答えするラザレスに先程までの剛毅さはない。

 今の彼から溢れ出る強者としての独特の雰囲気を誰もが感じ取っていた。



「決まってんだろ。俺は強ぇヤツと()りたいんだよ」



 当時のブルーノはまだ魔将の地位になく、腕を失って帰ってきたラザレスを遠目から見ることしか出来なかった。

 それでも彼はラザレスの身を心配する以上に歓喜の声を上げた。


 ラザレスの左腕は滑らかな断面から刃物によって切り落とされたものだと一目で分かった。

 自分では手も足も出ない最強の魔将の左腕を切り落とした剣士がいる。

 それを知っただけでブルーノはまだ見ぬ強敵に心躍らせた。



「止めておけ。アレは儂の獲物だ」



 しかしそんな熱もラザレスの言葉に一気に吹き飛ばされてしまった。

 声は決して大きなものではない。

 しかし猛禽を連想させる鋭い眼光に漏れ出る絶対的な捕食者の気がブルーノから言葉を奪い取る。


 知らず知らずのうちにカラカラの喉に唾液を送る。

 ーーいいねぇ。実に良いじゃねぇか。

 未だ最強の名前を欲しいままにする魔将ラザレスをこれほど執着させる謎の剣士。

 何としてでも死合ってみたい。

 彼の胸中を満たしているのはただそれだけの感情だった。



「……執着するのは良いが仕事はして貰うぞ、ラザレスよ」

「ガハハハ。当然だ。我が友にして王の期待裏切ることなどせんわ」



 静まり返った部屋の中にラザレスの笑い声が響く。

 彼の気によって威圧され、言葉を無くしていた者たちも意識を取り戻していた。



「さて、もう一つ話がある」



 全員が元に戻ったところでシドが口を開いた。



「我が娘、イヴが東の空に大きな気を感じたらしい」

「何とイヴ様が」

「それは勇者でしょうか?」

「分からぬ。だが本人が言うには人であり、魔物のようでもあったらしい」

「は? なんだ、そりゃ」



 誰もが疑問符を浮かべるなか、ラザレスだけがその顔に獰猛な笑みを浮かべていた。

 だが何も言葉を話さないために、誰も彼の表情には気がつかなかった。



「ひとまずそちらは後回しで良い。まずは勇者の情報を探れ。エドナよ、任せるぞ」

「はっ! 陛下に誓って」

「うむ。クレイグ、ブルーノ。主等は前線で存分に力を振るってもらう」

「ハッ。了解しました」

「はっ! 好きなだけヤっていいんだろ?」

「うむ。手加減の必要はない」

「なら儂はいつも通りここで待機であるな」

「そうなる。ラザレス。貴様が守りの要だ。迷惑をかけるがよろしく頼むぞ」

「おう。任せておけ」



 シドは指示を出し終わると全員の顔を見渡して言った。



「ここまでは前哨戦。これからが本格的な戦争である。全員気持ちを引き締めよ。我ら魔族の悲願、何としてでも叶えるのだ」



 各自がそれぞれの表情で肯くと部屋を後にする。

 人間勢が知らないままに魔族軍が動き始める。


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